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My Nightmare~Last Loaring~  作者: Avi
花の咲く意味
19/21

Last Loaring, Last song


この世の光景とは思えない空が広がっている

哀しき過去からの復讐者ディエゴ・エルゲイトによってバリオール奏国


遺棄された古城群メテオライ上空に開いた魔界の門


赤き十字の亀裂は脈動しながらも悪魔の出入口としてその役割を果たし続けている


そこに


〈ボォワァッ!!〉


と豪炎を巻き上げながら剣を振るう竜人の悪魔が、魔界の門を潜った悪魔達を屠っている


ドライセン護国からの援軍

あくまでも国から国への援軍ではなく、あくまでもミザリーとベイカー二人のためならばと駆けつけたクロジアとガゼルリア


過去の事件により、悪魔の力を宿したクロジア・レンブラントはその力を遺憾無く発揮し続けていた


襲い来る悪魔は何匹何頭いるのか数えることさえ馬鹿らしい百鬼夜行


それでも圧倒的な力を持つクロジアにとっては正しく虫を払うようなものだが


それら全てを対処しきれるわけではない


「(このままでは…ジリ貧になるな)」


まだ余力は十分にある、しかしすでに何体かの悪魔はクロジアの範囲を避けバリオール奏国王都 ニブルへイズへと向かってしまっている


「クロッ!」


そこに体長5mほどの竜に跨ったガゼルリアが加勢する


もう一頭の竜はすでに周囲の悪魔へと攻撃を始めている


「ガゼルッ、ベイカーは?どんな様子だった?」


「立派になってたわ。でも状況は良くない、ミザリーは魔力を奪われているしまだ二人は出会えていない。


邪魔をしているこの門を開いた男も並大抵じゃなさそうよ」


「そうか、でも彼らなら…必ず出会うさ。


奇跡も運命も一文字じゃない、彼らが出会えることで綴れる言葉は余りにも多い」


〈ギャス!〉


笑っているようにガゼルリアの駆る竜が鳴く


その首元をさすりながら


「そうね、テシル。またクロの詩的なとこが出ちゃったわね。」


「今は…そんなこと言ってる場合じゃなかったね。

さぁ、始めようガゼル。


これは彼らに報いるための戦いだ。」


〈グゥアッ!〉


少し離れた場所で悪魔を、尾で弾きながらもう一頭の竜も声をあげる


「分かってるさセシル、僕たちの為の戦いでもある。行こう。


あの門を破壊する」



___________________


ディエゴは感じていた

そんなものを開けたことはない、この世に存在するかどうかも定かではない


しかし今この身を襲う強烈なプレッシャーはまさしく


〈パンドラの匣〉を開けた、禁忌に触れてしまった、龍の逆鱗に触れた


どれも想像の範疇を出なかったそれらの感覚


今目の前の女性から感じてしまっている


「(馬鹿な…間違いなくあの娘からフェンリルの魔力は奪ったはず、でなければ私の身体に溢れる魔力の説明がつかない…なのにこの存在感は…なんだ?)」



『もう一度だけ聞くわよ…アンタね?』


怒りが内包し切れず溢れている

ゆっくりと確認するように問いかけ


〈タン〉


ミザリーは静かに一歩踏み出す


「ぁあ、そうだ。私があの小僧の心臓を突き刺し…殺した」



『そう…』



ミザリーの姿がディエゴの視界から消えた


即座に従えた悪魔の一体を自身の前方に移動させる


なぜそうしたかは明白、直感からなる警戒反応である



〈ゴシャッ!!〉


だが瞬きする間もなく目の前に写ったのは

その悪魔を一瞬に地に叩き伏せる


ミザリーの、まさしく〈狼〉の姿



「(速いっ!!)」


だが怯むことなく他の悪魔に襲来させる



『…マリー』


ミザリーが呼びかけると、ミザリーの眠っていた木箱から何かが弾かれたように飛び出してくる


〈ガチッ〉


と鋼の腕で受け止めたそれは、かつてベイカーがミザリーのために改修した大型拳銃〈マリーゴールド〉


ベイカーの持つ〈ジャックローズ〉の前身とも言える六連装のリボルバー


持ち手の傍には名前の由来となるマリーゴールドの花が刻まれている


それを



〈ドゥオン!!ドゥオン!〉


瞬間的に放つと同時にディエゴの傍の悪魔が砕け散った


「(馬鹿な!改造されているとしても銃撃だけで倒せる悪魔ではない、なんだこの出力は…)」


そこで失敗に気付いた

目の前の相手に対して、思考を挟むべきではなかったと


反射、反応に全てを注がなければ対応しきれない剥き出しの闘争をたたえた超高速の戦闘スタイル


それが〈金色の狼〉なのだと



〈ゴッ!!!〉


気づけばミザリーの回し蹴りがディエゴの腹に突き刺さっている


悪魔化しているディエゴの重量は300kgを越えるがそれでもその身体は衝撃に浮く


感じたことのない衝撃にディエゴは、迂闊だと思いはしても再び反応を疎かにしてしまった


そこを更に


〈ゴシャァ!!〉


外殻さえ砕かんとするようなミザリーの一撃がディエゴの顔を捉える


まさしく浮き足だった身体を今度こそ吹き飛ばす


〈ズザ…ズザァ…〉


倒れこそしないがそれでもバランスを崩しながら数メートル下がらされる


「なぜ、そんな力を…間違いなくフェンリルの魔力は私に宿っているはず!まだ馴染んでいなくとも莫大な魔力は内に確かに感じる」



『今そんなことは知ったこっちゃないわよ…』


怒りがそのまま言葉になった

そんな印象の冷たくも燃えるような言葉


周囲の悪魔もどこか気圧されているようなプレッシャーを醸すミザリー


フェンリルを失っているとはにわかに信じ難いほどの出力に歴戦の戦士であるディエゴさえ戸惑いを隠せない


魔力を奪い、それが内に確かに感じられる為になおさら


『ああ…邪魔よ…』


〈バチッ!!〉


静電気が爆ぜる


それもこの空間中にある全てのそれが爆ぜるように、周囲で


〈バチッ…バチ…〉


連鎖的に音を鳴らし始めると


周囲の悪魔が異様なプレッシャーと爆ぜる静電気に怯え翻りながら外へ飛び出していく


「…まるで化け物だな…」


ひりつく空気の中ディエゴが備えるように槍を構える


『悪いけど…や、別に悪いとも思わないわ。


私が化け物だろうが構いやしない。


ただ、私を化け物にしたのはあんたよ。』


ベイカーを傷つけた事がその原因という訳を含む言葉


〈バチチ…バチッ!バチ!〉


『もうアンタに言えるのは一つだけ


サヨナラ、よ』


〈キンッ!〉


小気味良い音は指を鳴らした音


それを合図に

ベイカー同様、いや本家でいうとミザリーではあるが


同様にミザリーの三つ編みから、さらに光る三つ編みが顕現する


〈グワッ〉と勢いよく三つ編みを伸ばすと再び木箱へと向かい


マリーゴールド同様に収められていたミザリーの剣を三つ編みの先の手で掴む


〈スカーレッド〉と名付けられた

元は竜人の悪魔、つまりクロジアから奪い取ったものだが結果的にそのまま譲り受けた形になっている特殊な剣


スライド機構を備え、刀身の長さを変えられる魔器である


それを剣先をディエゴに向けたまま三つ編みが張り詰める


これは強力な電気を帯びた三つ編みで剣を引き放つ、擬似的な電磁砲を模した技


それを喰らえば只では済まない

猛者であるディエゴでさえその例外にはなり得ない


「(まだか!…まだこの魔力は私の者になり得ていないのか!)」



『…行くわよ。』


ミザリーが意識的に、擬似電磁砲を放とうとした瞬間


「待ってくれ…ミザ…」


と微かな声が聞こえてきた



『…ビー…?』


ミザリーが過敏に声に反応し振り向く


「ダメなんだ…まだ…」


まだ動ける身体ではないはずのベイカーが身体を起こそうとしているのが目に入る


ミザリーは咄嗟に戦闘状態を解き、ベイカーの元へと駆け寄る


『何やってんのよ、おとなしくしてなさい』


「そうも言ってらんない…」


『っはぁ…たく』


ミザリーがベイカーに肩を貸す形で起き上がるのを手伝う


『…あ…?』


だが一瞬気が逸れてしまった内にディエゴの姿が見当たらない


『ちっ…逃がした…』


「…悪い…手間かけちゃったか?」


『…かまやしないわよ。で?立ち上がってどうする気?』


「アイツを追わなきゃ…俺には果たさなきゃいけないことがあるんだ。」


『はいはい、また何かに首突っ込んでんのね?…で、それはいいけどココ…何処よ?』


「そうだよな、わかった。支えて貰ってなんだけど、ちょっとだけ休ませてくれ。その間に…話すよ、ミザには聞いてもらいたいんだ…良いか?」


『良いも悪いもないわよっと』


今度はゆっくりとベイカーに腰を下ろさせると、ミザリーもそのそばに腰を下ろす


『聞かせなさいよ、そんなボロボロになってんのに何も無いわけないでしょ』


「ああ、聞いてくれ」


ベイカーはゆっくりと、事の顛末を話し始めた


ミザリーが王都から奪われたこと


それを追って単独バリオール奏国へ追ってきたこと


そしてメルファという女性に手を貸して貰いここまで来たこと


自身を庇い、メルファが命を落としたこと

ミザリーを攫ったディエゴ・エルゲイトとの関係


ベイカーが託されたこと


今何が起こっているのか、これから何が起こるのかということ


ガゼルリアやクロジアが助力に来てくれたことなど全てを



『そう…私も会ってお礼を言いたかったわね…残念だわ。』


会ったこともないメルファ

しかし、ベイカーの命を救ってくれた


それだけでミザリーにはどういう人間かが伝わる、悼む気持ちに偽りはない


「俺が…馬鹿だった。救えるつもりが救われて…ダサいよな…」


『…このまま終わればね、でも彼女の思いを伝え切ること、諦めてないんでしょ?』


「ああ、悪いけど力貸してくれないか。」


『アンタが世話になった…なんてもんじゃないわ。恩人だからね、私もやるわよ。』


「ありがとう。でものんびりしてらんない、クロジアさん達が抑えてくれてるけど魔界の門もなんとかしないと」


『その方法も開いた本人なら分かるんじゃない?』


「かもな。…よし、行こう」


ベイカーがゆっくり立ち上がろうとすると、ミザリーが素早く肩を貸す


『にしてもボロ雑巾ね、魔力分けてあげられてもそんな直ぐに回復するもんじゃないのよ。たぶん』


ミザリーの言うことは確かだ


ベイカーの肉体は既に限界などとうに振り切っている


火急の心臓の治癒には、ミザリーから分け与えられた魔力が賄われているがそれでも時間がかかる


そうでなくても肉体的疲労やダメージを鑑みると、絶対安静以外は無謀ともとれるほど疲弊しきっている


「分かってる…でもやるしかない。…でも待てよ、何でミザは動けてるんだ?ディエゴはミザからフェンリルの魔力は奪ったって言っていた…それを誤るような甘い人じゃない…」


『んー?何を奪ったのか知んないけど私は別に何ともないわよ。特に不調があるわけじゃないし…多分フェンリル…母さんとほぼ同一?みたいな感覚に近いと思う』


「でも…アイツの中には確かに何かデカい魔力が蠢いてる…なにかあるのは間違いないんだけど…あっ」


ふいにベイカーが何か思い出したようにミザリーへと顔を向ける


『…なに?』


「おはようミザ、待たせてごめんな」


突然の屈託ない笑顔はやはり幼いころの面影から近い


『…おはよう、ビー。ったく…寝過ごしたわよ』


「へ、もっとどやされると思ってたよ。」


『こんな状況でなけりゃぁね、で?アイツは何処行ったの?』


「ああ…もう大丈夫、自分で立てるよミザ。ありがとな」


二人はミザリーの眠っていた木箱のある部屋、さらにその奥に通路が続いている


視界の先には門、裏門だろうか

静かに、わずかな隙間を開け揺れている


「…あそこから外へ出たのかも知れない。行ってみよう」


まだ足取りは重いがベイカーがしっかりと歩き出す

その背中を一瞬じっと見ていたミザリー


『(こんだけ傷ついても、まだ行くのね)』


ふっ、と軽く口角をあげるとミザリーもベイカーの後を追う


さすがに廃墟とはいえ巨大な城

正門から裏門へと抜けるにも多少は歩く


ベイカーの呼吸は落ち着いてきてはいても

魔力により傷の修復はおこなわれているとしても

さすがに流した血まではすぐに賄うことはできない


『ビー…やっぱり休んでたほうがいいんじゃない?私がとっちめて引き摺ってきてもいいのよ』


「大丈夫だって…もう…倒れたりやしない。」


『ガッツあるわね…相変わらず。』


もうなにを言っても止まる気はないだろう、とミザリーは理解している


ベイカー・アドマイルはそういう男なのだ


程なくたどり着いた裏門は正門と比べるとやや小さいが、それでも相応な大きさはある


隙間程度に思っていたものも近づいて見れば人ひとりがゆうに通れるほど


開けるまでもないがミザリーはそれを押し広げた


〈ギィー〉


と歪に軋みながら門が開かれる


外に足を踏み出す


『…なにこれ?ひどいわね…』


ミザリーが悪魔が蔓延る上空を見上げ顔を顰める


「クロジアさんたちが抑えてくれてるって言っても数が多すぎるんだ…こっちの用事を早く終わらせないと」


視線を空から進行方向へと戻す


断崖の中さらに続く通路


先には異様な雰囲気、通路のサイズから見れば不釣り合いな巨大な円盤のような広場


『ビー…あれ』


ミザリーは視力が良い

ベイカーも人並みに良くはあるがそれでもまだ目視できる距離ではなかった


「見えるか?」


『ええ、なんかさっきと感覚が違うけどアイツがいる』


感覚が違う


ミザリーが感じるそれがどういう感覚なのかベイカーには分からないが、その感覚が嫌な予感としてベイカーを覆う


「行こう…」



数分も経たない内に、2人は円盤のような広場に到達する


その中心にいるのはやはりディエゴ・エルゲイト


2人が来ていることに気づかないはずがないがそれでも逃走することもなく


ただ、こちらに背を向けて立っていた



「ミザ…俺に行かせてくれ。」


ベイカーがミザリーを手で制止し、ミザリーもそれを許諾するように一歩引き立ち止まった


『危ないって思ったら手を出すからね』


コクリ、と頷きベイカーはディエゴへとゆっくりと歩き出す


広場に踏み入れ中心のディエゴに近づく


「これだけの悪魔が空に蠢いている…いかにツガイの竜だろうと抑えきれなくなることは分かるだろう。


それでも、足掻くか?」


「ああ、俺は…メルファに笑っててほしいんだ。」


ピクリ、とディエゴの眉間にシワが寄る


「メルファはもういない。…もう私の家族はいないんだ、傷口を…抉るタイプには思えなかったがな。」


「居なくても忘れられないのに、居ないからって願わないのか?


姿形はなくなっても気持ちは残ってる。メルファが残してくれた想いが笑うためにはアンタにも…それを願って欲しいんだ。


でもまずは魔界の門だ、どうすれば閉じる!アンタなら知ってるはずだ!」


「…知ったふうな事を……だが魔界の門を閉じる方法は簡単だ


開門状態を維持するために、私と門は魔力で繋がっている。こうしてる今も暗に繋がり魔力を供給しているんだよ」


「な…っ…それじゃぁ…」


結論は見えている


「私を殺せば開門状態は終わる。」


「…そこまでしてあれを…」


「それで全ての答えは出ただろう。私がなぜフェンリルを狙ったのか?が


確かにフェンリルは強力な悪魔だ、しかし魔界の門を開き維持するほどの魔力とするには足りない。


だが、神をも喰らうフェンリルは母たる魔と呼ばれる〈魔女の檻〉を喰らい、妖魔〈ナベリウス〉までをも喰らった


その結果元来のフェンリルを遥かに超えた魔力量を持った至高の悪魔となったという天啓


バリオール奏国とルグリッド公国という距離を持ってもその魔力を隠せるものではない」


「(2体の強力な悪魔を倒しちまったから、魔力量が増えすぎた…それを感知したからフェンリルを奪い、利用する計画を立てたってことか。


全ては魔界の門を開く魔力源にするために!)」


「そしてそれが成就された!


だが懸念は残されている。それがその娘が今なお生きているということだ」


「(奪われているはずなのに…奪われていない。


いや…そういえば前にリーダが言っていた。ミザリーは悪魔に限りなく近い存在になっているって。


だから内包する魔力が尽きていたとしても悪魔として生きていられる…そして眠っていたミザリーは魔力を消費せずに、再び自力で動けるぐらいの魔力を生産出来てるってことかもしれない。)」


『私が不都合なのはどうでもいんだけど、私はアンタを許すつもりないわよ。』


ベイカーの傷の借りがあるということだ

どうやらというかやはり、まだ怒髪天ではあるらしい


「…それも些末な事かもしれんがな。私の中に満ちてきた魔力の正体が…そうだと私に教えてくれる」


〈ズゾゾ〉


ディエゴから靄が立ち上り、幾度目かの悪魔化を始める


「…なんだ?さっきまでと…様子が…」


外見の変化のみならず、帯び始める魔力の雰囲気が様相を変えている


いや、今尚変え続けている

いまだ変化の途中のように外殻が脈動している様は異様な魔の息吹のようにも見える


魔力感知の力がないベイカーが感じるほど

ともなれば直感めいた感知鋭いミザリーには更にその変化が色濃く映っていた


『…この感覚…覚えが…』


肌をヤスリで撫でられるような

首筋が刃物に触れられたようなとかく嫌な感覚


その感覚には覚えがあった


そんなはずがない

だが無視できないその感覚にミザリーは眉間にシワを寄せた


『ビー…嫌な感じがする。抑えるわよ、そいつ』


ミザリーがベイカーの横に並ぶ

ベイカーもディエゴの変化を見るにそうする他ないことは感じていた


「ああ、悪いけど無力化させてもらう。話はそこからだ」


「吠えるな…小僧。もはや交わす言葉が何も生み出さないことは理解しているだろう。


残された選択は二つに一つだ、私が死ぬか、お前たちが死ぬか」


『お断りね、 生憎これ以上…死ねないのよ。』


その言葉に、ミザリーの言葉に微かの違和感を感じたのはベイカーだ


ディエゴへの怒りはあるだろう

その中に僅か、寂しさのようなものがある気がした


とは言え今それをミザリーへと問う訳にもいかない

ベイカーは剣の柄を握る


『行くわよ!! ビー!』


〈ザッ!ザッ!〉


二人が同時に駆け出す

左右に分かれ、二方向からの攻撃を仕掛ける


ディエゴの視線はミザリーへと向けられている


〈ジャキッ!〉


ベイカーが大型拳銃ジャックローズを構えると即座に発射する


〈ドゥオンッ!!〉


ディエゴの顔面へと命中した弾丸は小規模爆発を起こす


有効かどうかは問題ではないが、顔を覆うように爆炎が広がったためにディエゴの視界が一瞬閉ざされた


一瞬でも目を離せば、ミザリーのスピードなら再び捉え直すまでにタイムラグが発生する


「目眩しか…戯れ事だ」


「こっちも無視すんなよ!」


しかしそうやってミザリーに気を取られていてはベイカーへの注意が疎かになる


〈ギィィンッ!!〉


完全に不意をついたベイカーの剣撃を腕で防ぎきるディエゴ


エクスプロッシブカートリッジを使ってないとは言え、そう軽く見ていい斬撃ではないはずだが


ディエゴの腕の外殻はびくともしていない


「硬いっ…!」


『ビー!そのまま押して!』


ベイカーにも正確な位置が分からないが耳に届いたミザリーの声を受け、ガードされている剣に力を込める


「貴様の力では傷一つつけられん!」


余裕が見えるディエゴ、だったが


『貴様、らの力ならどうよ!』


〈ザッ!!〉


そこに飛び込んできたのはもちろんミザリーだ


飛び込んできた勢いそのままにベイカーの剣を、剣ごとディエゴへと蹴り込む


〈ズシャッ〉


剣が腕にめり込む音

しかしそれを受け即座にディエゴは腕を引いた


『…惜しいわね』


「ああ、でも傷はついたな?」


瞬間で引いたことによりディエゴの腕は切断を免れたがそれでも腕の外殻は大きな傷を刻まれている


十分に有効な攻撃は繰り出せる、ということだ


3年ぶりの目覚めとはいえ、お互いがお互いの理解者であることに異議を持たぬミザリーとベイカーの息はこれ以上ないほどに合っている


呼吸、テンポを熟知し合っているからこその連携は他の追随を許さない


しかし


『(…ビーの消耗がひどいわね、あんまり悠長にやってらんない。)』


あくまで援護に回っては欲しいが、それを口に出すのもベイカーに野暮だ


だからと言ってベイカーの傷の度合いを見るにそうも言っていられない


どちみちの短期決着を狙うべきだ


『もう…決めるわよ』


〈キンッ〉


とミザリーが指を弾くと光る三つ編みを発現させ、三つ編みの先の手で剣を掴む


魔力による剣の電磁誘導

擬似的な電磁砲を再びディエゴへと撃ち込む体勢をとる



『…ッ!』


だがその瞬間ミザリーは嫌な気配を感じとる


その気配はディエゴから、表立って見えるわけではないが奥底にあるソレが真っ暗な闇からこちらを覗き込んだような悪寒



そしてミザリーはそれを知っている


ある名前が浮かんだ途端


ミザリーとベイカーの周り、ディエゴを取り囲むように


赤い結晶が舞うように飛び始めた


「なっ!?…これって…!」


ベイカーも瞬間で気付く

なぜならば、ベイカーもそれとは対峙しており3年の月日程度で忘れられる存在


『…ナベリウス…!』


3年前、ドライセン護国での事件の際

ミザリーとベイカー、そしてクロジアやガゼルリアの前に現れた妖魔〈ナベリウス〉


それが攻撃手段として使っていたのが〈赤い結晶〉だった


「…ははははは!馴染んできた…馴染んできたぞ!フェンリルの力ではない…だが私に呼応する力だ!」


ディエゴが高らかに笑うと、周囲に異様なプレッシャーが走る


『どうなってんのよ…なんであのお化けの力が…』


「…多分…ミザの中に残ってたものだ。濾過によって魔力の確保をした後に処理する予定でフェンリル、やアリス先生は動いてた。その残留してた悪意をディエゴは吸収したんだ。」


『…悪意だけで力が使えるもんなの?』


「並大抵の悪意じゃないこと…そしてディエゴの憎悪に同調することでナベリウス自体がディエゴの力になることを選んだのかも知れない」


『…変な話依代みたいなもんね。ま、どっちみち私が責任取ってやってやるわよ!』


〈バッ〉


とディエゴへと視線を戻すとミザリーは再びディエゴへと駆け出す


〈シャララ…〉


粉々のガラス片のような結晶がミザリーを襲わんと空を流れる


だが、本来のナベリウスほど使役できているわけではないのか


ミザリーのスピードには追いつけるものではない


「(流石に本家には劣ってるみたいだな…


え……?)」


赤い結晶を掻い潜るミザリーを目で追いつつ、ベイカーはディエゴへも視線を向けた


未だ外殻が、鼓動するように脈打って見える

孵化を待つ卵のような、導火線の火花を待つ爆発物のようななにかが起こる予感を感じさせる


ベイカーの頭を過ぎったのは〈可能性〉でしかない

だがその可能性は起こったとして何の不思議はない


もしも、ディエゴの憎悪にナベリウスが同調している訳では無いとすれば?


ナベリウスが同調した事柄というものが


〈ミザリーという怨敵〉


それを倒すためにディエゴへと力を与えたのであれば?


もう一体いるのだ


同様にミザリーに倒され、同様にミザリーに対しての怨恨を持つ悪魔が



「ミザッ!!気をつけろ!!もしかしたらっ!!」


その時だった



〈ズアッ!!!〉


と突如ディエゴの背に、尻尾のような鉄の鞭が複数本畝りながら現れた



『…なっ!?』



結晶を避けている最中のミザリーへと

その鉄の鞭らは、まるで蛇のように唸りながら襲いかかってきた


『…冗談きついわ!…ちっ!』


〈ズシャッ!!ドシャッ!!!〉


ミザリーを捉えられず通路を易々と削りながら鉄の鞭はうねる


赤い結晶と鉄の鞭の波状攻撃は、どちらも軽視できない威力を振るう


ミザリーの顔から余裕はとうに消えていた


ナベリウスの力の片鱗だけではない

これは


『魔女の檻……』


ミザリーの運命の引き金となったと言っても過言ではない〈魔女の檻〉と呼ばれる大魔


鉄の鞭はその力そのものだった


そしてそれがベイカーの予感


ミザリーの中にあった悪意は〈ナベリウス〉だけではなく、〈魔女の檻〉も勿論そうであるということ


自ら達を葬ったミザリーへの憎悪がディエゴと歪な形で同調したということだ



奇しくも、狼を彷彿とさせるディエゴの外殻


そしてその尾のように顕現した〈魔女の檻〉の鉄の鞭

迸るように辺りを漂う〈ナベリウス〉の赤い結晶


紫黒の狼とでも言えるその様相


光る三つ編みをたゆたえながら電気を纏う

金色の狼であるミザリーと


相反する存在でありながら、どこか似通った出で立ちの魔人の姿となったディエゴ・エルゲイト


二匹の狼が相対する形となった


「悪意…これが悪意…魔力を持たぬこれがこれ程までに私に力を与えてくれるとは…嬉しい誤算だ」


自らの身体の感覚を確かめるようにディエゴはゆっくりと身体を動かす


『ビー…魔力もないのに檻もナベリウスもどうして…?』


「多分だけど…魔力自体はディエゴのものだ。でもそれを魔女の檻とナベリウスの悪意が増幅しているんだと思う…魔力と人の感情は作用し合う。

悪意と憎悪、それが悪い方に同調してるってとこだろう


共通の敵としてミザを倒すために…」



『最悪ね…あの尻尾みたいな鉄の鞭、私の身体にさえ傷を付けられる、気をつけてよ?』


地上最硬金属とされるミザリーの身体を覆うウルベイル鋼

それさえ切り裂くということは攻撃として、地上最強と言って差し支えない、それが1本だけならまだしも


「あの尻尾…6本ぐらいあるように見えるな。

でもあんなの放っておいたら…」


『ええ、ホントに地獄になるわよ。ここで止めなきゃ…!』



「できるものならば。」


自身の身体を理解し得たのか

ディエゴがゆっくりとこちらに近づいてくる


「この力があるならば…もはや魔界の門さえ計画には過剰だが。


まぁいい。万全、と言ったところだ」


『捨てる予定のゴミだったんだけど、勝手に持ってかれんのはムカつくわね。

私が処理する責任があるし…返して貰うわよ!』



「ふん、予定と違い奇しくもフェンリルではなくなった。

しかし新たな狼としてここから世界を始める


私は…そうだな

〈ヴァナルガンド〉と名乗らせて貰おう。


この世を地獄へと変えるもう一匹の狼として!」


〈ブワッ!!〉


紫の魔力が溢れるように漂う

決して巨大な訳では無い、しかしその存在感はこの世を地獄に変える、それが虚構や大口ではないことを示すように苛烈なもの


ミザリーがかつて対峙した〈魔女の檻〉や〈ナベリウス〉と並べて遜色ない


むしろ、混ざりあったがためにかつてない凶悪さを秘めているようにさえ感じる


『はっ、憧れてんのは結構だけど…私は世界を地獄に変えたりする趣味はない、させる趣味もね』


「同感だ…そんなことさせたら…それこそ顔向けできないだろ、アンタも!」



「大義のためだ…私にはイグリゴリの宿願を実現させる使命がある。私一人の…躊躇いなどで止められるものではないのだ!

ルシアの!メルファの命を奪った根源でもあるフェンリルの力でそれを果たす!」


『フェンリルの力は私の中にある、よりにもよってな紛いもん掴まされてないで自分の声も聞きなさいよ!』



「お前達には…分からんさ!!」


〈ズアッ!!!〉


鉄の鞭が自立する意思を持つように鎌首をあげる

一本一本が危険な危うさを持つ一撃必死な魔女の鞭


〈シャララララ〉


周囲を踊るように囲むのは赤い結晶

変幻自在の浮遊体でありつつも硬度を攻撃にも防御にも転換できるナベリウスの散布型チャフ


どちらも攻防一体の一級品


それらが同時にミザリーとベイカーらを狙う



「ミザ!!」


『気をつけろってんでしょ!アンタもね!』


2人は狙いを付けさせないために駆け出す

いっときでも脚を止めればひとたまりもない


〈ダッダッダッ!〉


〈キンッ!!〉


駆けながらミザリーは指を鳴らし三つ編みを顕現、ベイカーも合わせて指を鳴らす


光る三つ編みは防御にも転用できる、使用しないのは悪手でしかないが


「はぁ…はぁ…」


ベイカーの消耗が気がかりだ

短期決戦が望ましく、勿論ミザリーはそれを狙っている


ヴァナルガンド、神話の中にあるフェンリルのもう一つの呼び名


その名を自ら呼称するディエゴへとミザリーは狙いを定める


〈ズシュッ!〉


襲い来る鉄の鞭は躱す度に通路を削るため、ドンドン足場は悪くなる一方


襲う鞭も結晶もそんなのはお構い無しだが回避するミザリーとベイカーにとっては命取りだ


『ノーコンで助かるわね!』


〈ジャキッ!〉


ミザリーが走りながらマリーゴールドでディエゴを狙う


〈ドゥオン!!〉


発射と共に脚に力を込め速度を上げる

同時に三つ編みの先は剣を握り自身の後方へと伸びる


目眩しと同時に擬似電磁砲の構えだ


〈ドォンッ!!〉


と想定よりもマリーゴールドの着弾の爆発が早く耳に届く


〈パラパラ…〉


と見ると、赤い結晶がそれをディエゴへと届くまでもなく阻害していた


『チッ!』


〈ドゥオン!ドゥオン!〉


それに続いて今度はベイカーのジャックローズが火を噴く


逆側からディエゴへの装填数最大の六連発を放つ


〈ボワッ!ギィンッ…〉


しかしそれらを阻んだのは鉄の鞭だ

うねりながらその全てをディエゴへと届く前に撃墜させている


「くそっ…隙がっ!」


隙がない

攻防一体の鞭と結晶を前に拳銃での攻撃は効果が薄いことが一瞬で理解させられる


目眩し程度の役割は果たせられるかもしれないが


「(あの鞭と結晶…ディエゴの意思じゃなくてミザの三つ編みみたいに自動で防御行動取ってる可能性もある)」


ミザリーの三つ編みは母アリスの意思によって自動で防御行動を取る、それはフェンリルとなり娘を守る母の意思からなるものだが


同様に二つの強大な悪の意思が依代を守ろうと、基フェンリルを倒すという自ららの代行者を守るべく防御行動を取っている可能性もある


でなければ余りにも反応が鋭敏だとベイカーは感じた


「(だとすれば!有効打は…ミザの電磁砲しかない)」



〈バチチチチチチッ!!〉


ベイカーの思考と連動するようにミザリーの周囲に電気が爆ぜ始める


濾過されたことにより潤沢なミザリーの魔力量は以前と比較にならないほど溢れている


その状態で放たれる擬似電磁砲ならば



『…往けっ!!』



〈ピシャァンンッッ!!!〉



落雷が横に奔るような閃光

通路を抉りながらそれは一直線に走ったと同時に目的ディエゴへと到達



〈ギャリギャリギャリッ…〉



したとは思えない激しい鍔迫り合いのような火花が爆ぜる音が鳴る


『…なっ!?』


「嘘だろ…」



ディエゴへと届いていない


超高速で放たれた剣へと鞭が絡まり、結晶が盾となり苛烈な金属音を鳴らしながらそれを防いだのだ


確かに強力無比なミザリーの電磁砲ではあるが、防御手段を持つディエゴからすれば


予測、予見できる予備動作がある


いかに音速めいた一撃であろうとその僅かな予備動作、予兆さえあれば


〈魔女の檻〉と〈ナベリウス〉の武器さえあれば防ぎ切れるのだ


無論そんなものを併せ持った存在は、今ここに現れた〈ヴァナルガンド〉と化したディエゴのみ


「…っ!ミザ!引け!」


ベイカーが気づいた

ミザリーの放った電磁砲は三つ編みの先の剣を弾丸として放つ


それを止められたということは


〈ギャチッ!!〉


剣を絡めとった鉄の鞭

それが勢いよくミザリーをそちら側に引き寄せる


咄嗟のことで判断が遅れたミザリーは思い切り引かれたことによって身体を浮かせ


ヴァナルガンドの方向


鉄の鞭が構える方へと引き寄せられた


『なっ!』


身体を空へ投げ出されれば回避行動は難しい


ミザリーは咄嗟に捕われている光る三つ編みを解除し、再び発現させることで回避行動を取ろうとする


が間に合わない


「くそっ!!」


ベイカーが駆け出す

しかし、ベイカーの三つ編みはミザリーほどのリーチがない


精々有効距離数mのためにフォローが遅れた


〈ザリッ!!〉


ミザリーの腕を鉄の鞭が掠る

地上最硬のウルベイル鋼さえ切り裂く鞭の威力は健在


『ぐっ…!』


「ミザッ!!」


〈ガチッ!!〉


ベイカーは擬似エクスプロッシブカートリッジを装填し、更に追撃を狙う鉄の鞭を払おうと振るう


〈ドォンッ!!〉


数本の鞭をなんとか弾き返すとミザリーもその間に体勢を立て直す


『ありがと、助かった』


「助かってないだろ!大丈夫かよ?」


ミザリーの鋼の腕に大きな亀裂が入っている

その挙動にも僅かに影響が出ていることは見るに明らかだ


『これで済んだら御の字よ、腕一本無事ならアイツを殴れるわ』


「もう一本やられたら後がないってことだろ」


『そしたら蹴るわよ、頭だけになりゃ噛み付くわ』


「そりゃいいね、付き合うよ」


とは言い合っても状況は決して良くない

戦闘時間が長引くほどに劣勢の意図を辿っているのは二人とも自覚していた


逆に、と言えるほどディエゴは揚々としていた

完全に、悪魔として確立しているようにさえ


【ははは…悪くない、気づいたか?私の身体はヴァナルガンドとして完全な形へと近づいた。


否、もはや到達した!


先の攻防、貴様のフェンリルの魔力を多少奪えた】


「ミザ!?」


『あ?多分ホントにちょっとよ、別になんともない。』


【それで充分なのだよ、フェンリルの持つ〈変質〉の魔力さえ手に入りはしなかったが…半分を手に入れた】


『なにがどう半分なのか分かんないわね、流石に半分持ってかれてたら気づくと思うけど?』


【変質の半分、小僧なら気付くのではないか?多少聡いようだしな】


「変質の半分…変質はいわば作り替えることだ…構築する…いや、まさか」


【そうだ、作り替える為には一度壊す必要がある。この世界の力の差異同様にな。


イグリゴリらが四大国に並ぶためにも必要な事柄。


だからこそ我らは〈変質〉の力を持つフェンリルを求めたのかも知れない。】


『何が言いたいのかさっぱりね、どゆこと?』


【目にした方が、いや、その身で感じた方が早いだろう!】


〈ゾァッ!!〉


ヴァナルガンドの鉄の鞭が三本

うねりながら編み込まれるように結ばれる


まるで三つ編みのように


そして、結ばれたそれが勢い良く開かれると


〈ブワッ!!〉


と直径5mほどの魔力を帯びているためか色を持った紫色の竜巻

それが横向きに放たれる


一見するとただの小規模な竜巻

不穏な気配こそ漂っているが、先程までの鉄の鞭や結晶ほどの危機は感じづらい


『そんなのご丁寧に当たってやる理由ないんだけどね!』


「同感だ!」


【懸命だな、だがそれでは終わりはしない】


〈ゾァ…〉


もう三本の鉄の鞭が同様に編み込まれると

再びそれが勢いよく開かれる横向きの竜巻が発生する


それは赤色を帯びている

恐らくはナベリウスのチャフ、赤い結晶を巻き込まれているからだ


中を強烈なガラス片が舞っているようなもの

こちらは感じるまでもなく危険と分かる


〈ザッ!〉


ミザリー、ベイカーはそれぞれ別方向へステップで距離を取る


〈ザリザリザリッ!〉


赤い竜巻は地面を抉りながら走っているが紫の竜巻の正体はまだ見えない


確かに発生は早く、竜巻の速度も軽視できるものでは無い


だが魔女の鞭やナベリウスのチャフと比べれば、幾分避けやすい印象はある


しかしそれはそれらを単一で捉えた場合に限る


〈ズアッ!〉


『っ!』


気を抜けば鉄の鞭が襲ってくる


『うっとおしいわね!』


〈ドゥオン!!〉


マリーゴールドの射撃も


〈ボンッ!!〉


赤い結晶のチャフで防がれる


鉄の鞭を回避しながら、赤いチャフを掻い潜りながら


〈ブワッ!〉


紫色の竜巻

ミザリーの対処出来ない位置に置かれるように発生させられる


「ミザ!」


悪い予感がある

赤色の竜巻は単純に中にチャフが撒かれている以上、鋼の身体のミザリーはともかく生身のベイカーが触れれば必死である


では紫色の竜巻は


「(多分!ミザにとっての天敵だ!)」


『なんだってのよ!』


紫色の竜巻がミザリーへと迫る


それをベイカーが自身の光る三つ編みで掴み引っ張る


必然ベイカーは紫色の竜巻の進行方向に


そして


「くそっ!」


〈ジャキッ!〉


どうにかなるとは思えないが、反撃の意思としてベイカーはジャックローズを構えた


その射撃で竜巻は止められないとしてもヴァナルガンドへ反撃の姿勢は引っ込めさせられない


『っ!ビー!』


ベイカーの腕へと紫色の竜巻が迫り、触れた


〈ガシャンッッ〉


ベイカーの身よりも先にジャックローズが竜巻に触れた途端、破壊された


いや、正確には破壊ではない

なにも破損はしていない


幾つもの部品で構成されている大型拳銃ジャックローズ


それらがまるで組み立てられる前の部品群に戻ったのだ


「なっ!?」


慌てて腕を引くベイカー


『ビー!!』


今度はミザリーが距離を取りながら、光る三つ編みでベイカーを引っ張る


〈ズザァ〉


と引き摺られるように竜巻から逃れたベイカー


『ビー!大丈夫!?』


「え…あぁ、身体は…なんともない、みたいだ」


自分の腕を確かめるベイカー

間違いなく竜巻に触れたはずのその腕にはそれ以前の怪我はあれど


新たに刻まれた傷は見当たらない


しかし、間違いなくジャックローズはバラバラの部品群にされていた


「やっぱりかよ…ミザ、君はあの紫の竜巻に触れちゃダメだ」


『どういうことよ…?』


「アレは対ミザ用の竜巻だ。あれに触れたら君の身体はバラバラに分解されちまう」


『…は?』


と疑問は浮かんだものの、ミザリーもジャックローズがバラバラになった瞬間は目にしていた


あれに触れれば自身もそうなる、ということはすぐに理解できた


『わざわざ用意してくれたって?随分な歓迎ね』


【くしくもそうなった、ということだ。

瞬間的に奪った魔力では〈変質〉のうちの〈分解〉までしか力を発現させられなかった。


しかし、それが功を奏した。


理屈は理解し難いが貴様は機械の身体に悪魔の魂を宿して生きているのだろう。


だが、その依代となった機械の身体がバラバラになればそうもいかない、違うか?】



『…趣味悪いわね』


ミザリーの反応は、それに対して反論できないという含みを持つ


「…」


ベイカーの沈黙もそれを否定できないという表れ


如何に人の心を持つ鋼の身体だろうが、あくまで人の形の身体がないと成り立たない


部品に人の魂が宿るということは無いのだ


【皮肉だな、根源の原因となったフェンリルを宿す死ぬ事のない身体を持った貴様を…フェンリルの力を得た私が殺す


ルシアを…メルファを失う原因となったフェンリルの力で…


永遠の命を持つなど、若くして死した私の家族への冒涜だ!】


「違う!!」


ベイカーが叫んだ


「メルファは言ってくれたんだ!メルファはフェンリルのこともミザリーのことも憎んじゃいない


自分が代魔病なんて貧乏くじ引いちまっただけだったて!」


【そんな言葉が本音なわけあるまい!優しい子だから、慮った発言なだけだ!】


「そうだよ!自分が消える瞬間にさえ人に優しくできるんだよメルファは!


だから、だからアンタ…ホントにそれでいいのかよ…」



『(永遠の命…)』


グッとミザリーは拳を握った


永遠の命、機械の身体であるがゆえに

悪魔の魂を持つが故に死ぬ事の無いミザリー


それは〈残される〉という運命を背負うということ


その苦しみは未だ想像の域を出ない、分からない


『(でもきっと来る…)』


今側にいるベイカーでさえ

幼い頃から側にいたベイカーでさえ


だがベイカーをきっと悔やんでくれるのだろう

〈残して去っていく〉ということを


だからこそ、だからこそだ


『(ビーを…ここでは…終わらせられない…)』



〈ジャッ!〉


ミザリーが再度駆け出す


「ミザッ!?」


『アンタは下がっときなさいよ!』


「そうもいかないだろ!」


ベイカーも動き出す



【…】


ジッとヴァナルガンドの視線は何故か、フェンリルであるミザリーでなくベイカーへと注目している


鉄の鞭や結晶があるゆえ自動防御めいたものがあるとしても不自然だ


今のベイカーはフェンリルの力の片鱗があるとはいえ、死に体と言っても大袈裟では無い


【…良く動けるな小僧。その胆力や意気は関心や感心に値する


しかしお前が…フェンリルの泣き所であることは確かだ。】


ヴァナルガンドがベイカーを指差す


〈ズアッ!!〉


ミザリーを追っていた鉄の鞭とチャフがベイカーへと狙いを変える


先程まではターゲットがミザリーとベイカーに分散していた


故にベイカーでもかろうじて攻撃を避ける、防御行動を取るという選択を取れた


しかしそれら全てがベイカーに向けられるとそうは行かない


挙句


「…っ!」


満身創痍をとうに越したベイカーの身体の反応、初動が遅れる


その僅かな遅れが命取りになるのは確実


だがそれが罠だということにベイカーは気づく

狙いは自分では無い、ということに


『ビー!!』


「来るな!ミザ!!」


〈バチッ!!〉


電気を爆ぜさせながらミザリーがベイカーの前に立つと即座に三つ編みでベイカーを後方へ投げ飛ばす


鉄の鞭を剣で何本か打ち払う


〈ザシャッ!〉


しかし数撃は防ぎきれずミザリーの身体を掠める

裂傷のような傷がウルベイル鋼に刻まれる


〈ガッ!〉


同時に違和感


足が動かない


見ると赤い結晶がまとわりつき、行動を阻害している


攻撃力は鞭ほどではないが硬度や結晶という特性上、防御や捕縛行動に優れている


そしてミザリーの動きを阻害した理由は明白


〈ブワッッ!!〉


『…っ!!』


ミザリーの目前には

物質的を分解する〈紫の竜巻〉が迫っている


受ければ身体を部品群に変えてしまう絶望の竜巻が



「くそっ…ミザッ!!!」



ミザリーを包んだ



ベイカーは駆け出す


「ミザッ!…」


しかしその足は、止まった


諦めた訳では無い

決してそんなつもりはない


声が、聞こえたのだ

何度も聞いた底抜けに明るいあの声を

こんな時にでも笑顔で姿が浮かぶ彼女の声を


〈ポワッ〉


とベイカーの髪の一部が橙色に淡く光る

その光はベイカーから名残惜しそうに離れると、ミザリーの元へ飛び込んで行った


幻聴ではない。


ベイカーには確かに聞こえた


「アタシに任せとけ」と



それと同時に



____________________


紫色の竜巻に飲まれ身体が分解され始めている


ミザリーの意識は別にあった


何度か経験のある


知らないようで知っている

そんな草原のような場所にミザリーは立っていた


潜在意識のような、夢のような居心地

こんな危機的な状況に似つかわしくないような草原には至る所に花が咲き、香っていた


『これって…』


ふと、ミザリーは後ろを振り返ると誰かがいた


母 アリス・リードウェイでもフェンリルでもない


同じ年頃だろうか、橙のバンダナ

羽のピアス、ラフな出で立ち


猫を彷彿とさせるような整った顔立ち


そしてミザリーと同じ金色の髪



『あなたが…メルファ…?』


「そっちはミザリー、だろ?」


お互いに歩み寄ると2mほどの距離にまで近づく


「アンタみたいなのが幼馴染ってんなら…まぁそりゃベイカーも目が肥えちまうよなぁ」


へっ、と笑いながらメルファが少し顔を背け

そして再び目線を戻す


そこにさっきまであったミザリーの顔はなかった


メルファの目に映ったのは


深く、深く頭を下げているミザリーの姿だった


90度より深く頭を下げ、三つ編みは地に着いているが構う様子もなく手はまっすぐ腿に当てている


「…なっ、なんだよ、いきなり?」


『ありがとう…』


「へ?」


『話は聞いてる。ビーの命を救ってくれたって…身を挺してまで…本当に…ありがとう』


ミザリーの声はかすかに震えている

命を懸けてまで幼馴染を救ってくれたことに対する心からの感謝だとメルファはすぐに理解できた


「よせって…良いんだって!アタシがしたくてしたんだ!それにお礼ならベイカーに貰ったからいんだ!」


慌てて顔を上げるよううながすとメルファは腰に手を当てる


「はぁー!なんかベイカーがアタシと気が合うって言ってくれた理由わかる気がする…アタシも…こんな良い女なんかな…」


『…あなたの父親は私らが止める。きっと…』


「絶対絶命だろ?魔力としてベイカーの中にあったから分かってんだぜ」


『それでも…諦めない』


「…分かってる。ふぅーーーーー!!


次はっ、アタシの番だ…」


メルファは深く息を吐き出す


頭のバンダナを外すと、長い髪がヴェールのように解かれながら流れる


そして先程のミザリーと同じように深く、深く頭を下げた


『…え?』


「聞いてくれ…私の父さんだ。今ミザリーとベイカーらの前に立ってんのも…魔界の門なんてよく分かんねぇもん開いちまったのも、そもそもミザリーを拐ったのも私の父さんなんだ。


言えた義理じゃない、どの面下げて言うんだってのも分かってる!」


メルファの声が掠れはじめる


「それでも頼む!ベイカーを…助けてくれ、死なせないでくれ


アタシじゃ…アタシのちっぽけな魔力じゃもうどうにもできないんだ。

ベイカーに…もうなにもしてやれねぇんだ」


〈ポタリ〉


とメルファの目から涙が溢れはじめる


「アタシが生きたいって思えたのは、最後の最期にようやく生きたいって思えたのは!


ベイカーのおかげなんだ、だからアタシは…ベイカーに生きてて欲しんだよ…生きたいって思えた証明がベイカーなんだ


アタシが父さんのこと頼んじまったからベイカーはドンドン傷ついちまう、このままじゃ死んじまう


そんなの嫌なんだ…アタシなんかにゃ何も出来ないけど…アンタなら〈金色の狼〉ならなんとかできるんじゃないかって…」


一言一言、言葉を発すると同時に涙は地に落ちていく


鼻もぐずりはじめ、感情のまま

ありのままの感情だと、本音だと疑う余地もない


「でもアタシなんの力もなくて…見てるだけも辛くて…なんとかしたくて…でもなんもできなくて…なんの力にも…」


スっ、と


ミザリーはメルファの身体を起こし抱きしめた


『そんなことない。

あなたはビーを救ってくれたじゃない…今あいつが踏ん張ってられんのもあなたのおかげよ。


あなたが救ってくれた一瞬をあいつは絶対に忘れない。


忘れないからあなたに救われたという記憶が…あいつの力になり続けるのよ。』


「うっ…うん…そうかな…そうかなぁ…」


メルファはミザリーを抱きしめ返すと

呼吸を落ち着かせるようにゆっくりと息を吐いて、吸った


「よし…よし!もう…覚悟はできた!


アタシさ…いっときはフェンリルに選ばれた母さんの娘…だからかな。なんとなく直感?でわかってんだ。


それかベイカーの中に魔力としてあったときに、あんたの魔力とも混ざったからか?知らんけど


今のあんたに必要なものは、アタシが持ってる」


『っ!』


ミザリーはハッとした


今のミザリーに必要なもの

いや、ミザリー・リードウェイとして必要なもの


深層意識の中でフェンリルに語られた話


しかしそれは、本来この世にあるようなものではなかった


それをメルファが持っていると言う


「これをしたら…アタシなんて存在は魔力でさえ、魔力って形でさえベイカーの側には居られなくなる。


でも!…託す!あんたに…ミザリーに…託す」



二人は抱き締めあったまま


ミザリーは驚きを隠せず固まってしまっているが

メルファはその背中をばんばんと力強く叩く


「…あっ、そういやベイカーはミザって呼んでたな…アタシもそう呼んでいいか?」


『ええ、メルファ…でも』


「良いんだ…!やると決めたらアタシは、やる!」



感情が、熱い感情がメルファから身体に流れ込んでくるように伝播してくる


機械の身体であるミザリーは涙さえ零せない、零せなかった


「大丈夫…アタシに任せとけ。…なぁこれ、ベイカーには伝えないで欲しんだけどさ…」


『なに?』


「ベイカーのこと好きだったんだよな、きっと。だからこんな必死になってんだ…まぁ本人には言えないんだけどさ」


『意外と隅に置けないわね、あいつも。』


二人は揃って軽く笑った


「隅に置いとくなよ…ミザ。

ミザに託すんだ…あんたなら…ミザなら…良い。」


『メルファ…』


「…よし!そろそろお別れだ!


ミザ…頼んだぞ。女と女の約束だからな」


『ええ、誓うわ。私と同じ髪色の友達にね』


〈ポウ…〉


メルファは橙色の光に変わる


ベイカーの言っていた通りに笑っていた、光に変わるその最後の一瞬までメルファは笑っていた


そして最期にベイカーとミザリーへのたった一言のメッセージを残し


メルファは消えた



『メルファ……ありがとう……本当に…』


ミザリーは拳を握る、誓うように

受け取ったものを握りしめるように



メルファが言ったミザリーに必要なもの


その正体


ミザリーは先の戦い

〈魔女の檻〉〈ナベリウス〉との激戦の末、その強大な魔力を得ていた


濾過、という工程を得たがために残った不純な魔力を奪われ〈ヴァナルガンド〉としてディエゴに力を持たせはしたものの


その身体に未だ莫大な魔力を持っている


フェンリルが示唆したのはその莫大な魔力


そしてフェンリルの魔力〈変質〉、ミザリーの身体としてその運動能力が刻みついたウルベイル鋼


〈変質〉という特性を使役すればウルベイル鋼を変質させられるのだ


何に?というのはもはや愚問かもしれない


しかし、それには足りないものがある


それが〈肉体の情報〉


人間の肉体の情報、それは本来手に入れられるものではない


フェンリルと同一化したアリスでさえ、それはミザリーに与えられなかった


年齢の不一致が原因で精神と肉体に齟齬を起こすためだ


そもそもが肉体の情報を渡す手段というものがなかった


だが、この世に唯一それを満たすことのできる存在があった


それがメルファ・エルゲイトだ


ミザリーと同じ年齢

そして、くしくも〈代魔病〉という〈肉体を魔力に変える〉奇病に侵され最後にはその身体を全て魔力に変えベイカーに宿った


つまり、その魔力は持っているのだ


〈肉体の情報〉を



_____________________


〈ズザザザザザザッ!!!〉


紫色の竜巻は完全にミザリーを飲み込んだ



「っ!ミザ…ミザーッ!!」



突然のメルファの声に脚を止めてしまったベイカーだが、ハッと我に返り声を枯らす



【もう助からん!

機械仕掛けの命なぞ、人の命への冒涜だと身をもって知るがいい!】



〈ズァァッ………〉


とその竜巻が徐々に弱まっていく


「っ!!」


ベイカーはその中に見た

金色の髪の揺らぎを翠色に光る宝石のような目を


そして



〈バサッ!!!〉



竜巻の中から彼女は現れた


上着を脱ぎ捨てながら、真っ直ぐ前を見つめ

機械仕掛けではない


機械の身体ではない


生身の腕を、顔を、その身体を


ここにはいない彼女を思い、〈人〉としての生を取り戻させてくれたメルファの為に涙を流しながら


一人の人間としてミザリー・リードウェイが立っていた


頭の中に、反響するようにメルファの最後の言葉がまるで歌のように響いている


〈生きろ〉と言った彼女の最後の叫びが

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