表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
My Nightmare~Last Loaring~  作者: Avi
花の咲く意味
18/21

散る花に手を伸ばす

メテオライ 最奥の古城


古びてはいるが風格や厳かな意匠など元々が豪奢な造りなことが、劣化風化の跡からも伺える最奥の城


その門を潜ってすぐの大広間


円形の広間は先に続く通路を備え、入口からは2階へと続く階段が壁を沿うように右、左に伸びている


静かな空間


中央にディエゴ・エルゲイトが立っていた


「…いよいよ我らの悲願が叶いこの世界は大きく変わる、我らのための世界が我らの手によって」


言葉を切ると


ディエゴは奥の通路を進み始めた


経年劣化著しい絨毯を踏みしめながら、一歩一歩に感情を乗せるように進むと


再び広間のような作りの部屋にたどり着く


教会のように対称的に長椅子が並び、その奥には大きな箱が


ミザリーが安置されている箱が佇んでいた


蓋が開けられているわけでもなく

公国から運び込まれたままの状態


いまだ目覚める気配はない


「忌まわしき魔狼よ、我らを選ばざる者とし、その存在が我らにとっての魂への枷として今尚縛り続ける。


だがそれを、今我らの未来への楔として…」


スッと

ディエゴがミザリーに向けて手を伸ばす


〈ゾッ…ゾ…〉


とディエゴの姿が悪魔へと瞬間的に切り替わる


〈ゾゾゾゾ…〉


程なくミザリーの身体から魔力が溢れ

紫色の光となりディエゴの手に導かれるように吸い込まれていく


「…なんという…っ」


取り込む度にディエゴの影が、悪魔としての影が形を変えていく


溢れ出る紫色の光は徐々にその輝きを強く激しく灯し


そのまま数分にも及び、それらをディエゴは自身の身体に取り込み続けた


時に汗を流し、痛みに耐えるように

眉間に皺を寄せ震える手を抑えながら取り込み続けた


そしてとうとう



「っ…ぐぅぅ…っ」


ミザリーの身体から溢れる光が収まる

というよりも、その光の全てがディエゴに取り込まれたということ


つまり


「…これで…フェンリルの魔力は…全て私の物…いや、我らイグリゴリのものだ!」



〈ダンッ!!〉



突然静かな空間に音が届く

入口の門が開かれた音だとはすぐに察する


「…ジャープか…?」



未だ、吸収の際の痛みが消えず

胸を抑えながらディエゴは元来た通路を辿り戻ろうとする



〈ドゥオンッ!!〉



「…っ!!」


〈ヒュンッ!!〉


と顔の横を掠めた弾丸が通路の壁に爆撃を浴びせる



「なぜ…貴様が生きている…?」



構わず通路を戻るとすぐにその人物が目に入ってくる


広間に立ち、こちらを真っ直ぐに見据える青年


「ベイカー・アドマイル…」


「悪いけど死んでる場合じゃないんでね、こっちは色々立て込んでるんだ。


1個ずつ解決させてもらうぜ。」


「…」


ベイカーの左胸、貫かれた心臓の部分衣服が損傷していることから一度命の危機に瀕したのは間違いない


だが何やら薄い氷のようなものに覆われており、その内側ではどうやら治癒が行われている様子が伺える


「悪魔の力で生きながらえたか…ではジャープは…」


「倒させてもらった…」


「そうか…仇は討たせてもらう…待て」


目を閉じようとしたディエゴがハッとベイカーを睨む


〈ピリッ〉


空気が張り詰めるような緊張感


「…なぜだ?何故かお前を見ているとメルファの姿がチラつく…メルファは…今どこにいる?」


恐らく魔力が満ちているために魔力となったメルファの存在を過敏に感じ取っているのだ


血縁関係であることも大いに関係があるのだろう



「…メルファは…亡くなった。俺を庇って…」



一瞬目を見開くとディエゴは震える手で拳を握った


「…そうか…そうか…」


空気が震える

足元の土埃が風もないのに微かに巻き上がり始める



「ミザはどっ…っ」


〈ドッ!!〉


気づけばディエゴは悪魔と化していた

眼前に、ベイカーの首を握り締め一直線に門の前にたどり着く


首への突然の衝撃にベイカーの呼吸が途絶える


そしてそのまま


〈バァンッ!!!〉


とベイカーは扉に叩きつけられ、勢いを殺しきれなかった扉がそのまま外の光を招き入れた


〈ザザーッ!〉


そのまま城門前へ放り出されたベイカーが地を滑る


なんの反応も間に合わなかった


「(さっきより速いっ…それになんだこの感覚?得体の知れない雰囲気はさっきも感じてた…でも今のこいつは…その雰囲気が余りにも深い)」


〈ザッザッ〉


と悠然とベイカーの跡を歩いて追ってくる

悪魔化を解いた人の姿のディエゴ・エルゲイト


「どうだ…感じるか?まだ馴染んではいないようだが…それも程なく一つになる」


ディエゴの言葉に嫌な汗が流れる

しかし、それを否定するようにベイカーは首を軽く振る


「男子三日会わざるばか?…そんなに時間は経ってないぜ」


「今の私にはフェンリルの力が宿っている。完全にな。」


軽口に被せてきたディエゴの言葉はベイカーに固唾を飲ませた


間に合わなかったのか、と頭の中を様々な情報が駆け巡る


処理しきれず吐きそうな感覚をベイカーは吐き出そうとしていた息ごと無理やり飲み込んだ


「じゃぁ…ミザは…どうなった?」


「さぁな、奥であの棺桶のような木箱で眠ったままだ。変わらずな」


〈バチバチッッ〉


ベイカーの髪がにわかに逆立つ


指を弾く合図なしに光る三つ編みが苛烈に権限する


「ふざけるなぁっ!!」


剣を握り猛然とディエゴへと向かうベイカー


ディエゴは手を伸ばすとその手にモヤが集まり、再び槍がその姿を現す


〈ギンッ!ガギィッ!!〉


剣と槍で競り合う


フェンリルの力を得たディエゴに対しても互角の力を見せるベイカー


それはまだフェンリルの魔力と完全適合していないと言うだけが理由ではなく


「(小僧ッ…感情が!自身の魔力と呼応し合っているのか!)」


ディエゴの推測通り

魔力と人間の感情は結びつきやすい


それもベイカーの中にある魔力

ミザリー、アーサー、メルファに由来するものであり全てがベイカーと完全適合している


ベイカーの怒りに呼応することは自然なことだ



「だからと言って我らの不遇の歴史に立ち向かうには足りんっ!」


〈ガギィッ!!〉


再度ディエゴが悪魔化

ベイカーを難なく弾き飛ばす


「ぐぅっ…」


通路の壁に叩きつけられるベイカー

既に満身創痍は越えている身体でありつつも再び立ち上がる姿はディエゴに微かな危機感を感じさせた


「…獣だな、貴様も。」


「ホントに…それでいいのかよ?」


「なに?」


「アンタらが酷い扱いを受けたことも苦しんだことも知ってる、分かるなんて簡単に共感出来やしないけど…


それでもメルファが生まれた時は幸せだったんだろ!何気なく過ぎる日々が大切だったんだろ!


メルファは3人でいた時の時間が、家族で過ごしてた時間のアンタが一番大切だったって言ってるんだ!


メルファが大切だって思うアンタの姿が…それでいいのか?」


「…」


「それを…アンタに伝えてくれって頼まれた。きっとその言葉の中には沢山の意味が、気持ちが込められてる。」


「…分かるさ。あの子は本当に優しい子だから…だが分かっているからこそ、代魔病というものを作り上げた悪習が歴史が、ルシアを追放したこの国が!


憎くて堪らない!」


〈ブワァ〉


と風が巻き起こる


強大な魔力を得たことに起因するのか、ディエゴの感情が環境にも影響を及ぼしているようだ


空は青々と晴れている、なのにディエゴの背景として見る空は何処か不気味な雰囲気が感じられる



「問答にもはや意味はない、私の覚悟も決意も揺るがない!」


ディエゴが槍を空に掲げる

紫黒の魔力がその身体から溢れ出す


それは水面に落とした絵の具のように徐々に徐々に空に溶け込んでいく


「なんだ…っまさか!」


「大人しく見ていろ」



〈ゾワッ〉


突如ベイカーの足元から茨のようなものが飛び出し、その手足を頑強に封じ込める


「…なっ!くそ…!」


動けない


〈バチバチッ!〉


ベイカーの周りで電気が爆ぜる

どうやらベイカーの中の魔力であるミザリーもお気に召さない、ということらしい


「フェンリルの欠片か。それだけは何故か吸収できない…が捨ておいて問題ないだろう」


以前の戦闘の際、心臓を貫かれたベイカーの中にある魔力を吸収しようと試みたディエゴだが、それは失敗に終わった


ディエゴの魔力の性質、いわば能力は奪取と模倣

奪い取った魔力を自身のものとし、その魔力の性質を模倣するというものだ


それによりディエゴは徐々に魔力を高めていきイグリゴリの長としての圧倒的な力を築き上げてきた


その奪取の魔力がベイカーに効かない理由


これはベイカーに理由があるわけではない


誰の知る由もないがベイカーの中のフェンリルの魔力はミザリーに大きく由来している


ミザリーの直接の意思ではなく、魔力が意思を強く持つ訳ではないが


単純にミザリーの魔力がベイカーと離れることを拒んだためだ



「まぁいい、もうフェンリルは我の中にある。


さぁ、私の中の憎悪、イグリゴリら全ての憎悪を帯びた悲願


ここに果たさせてもらう!」


「やめろ!っなにが!何が目的だ!」


「魔界の門を開き悪魔を招き入れるのさ。」


「なんで…そんなことを!」


「イグリゴリを…四大国同様に一つの国とするためだ。


だが領土も持たず民の数ももちろん比較にはならん。

それを同一のバランスにするためにはどうすればいいか、簡単だ。


他の国を削ればいい、幾多の悪魔の襲来によってな。」


「この世界を…地獄にでもする気かよ!」


「違うな!我らにとってこの世界は既に地獄だ!


それを平和だの共存だのと宣うもの達が見て見ぬ振りをし続けているだけだ、自分の周りだけが幸せならば他所が不幸でも地獄でも構わない、とな」


「だったらアンタだって自分の都合で世界を地獄にして…」


「我らが同じ位置に立つために必要なのだ!世界が悪魔に襲撃され、国は疲弊し消耗し、最悪破綻するだろう。


だが過去の悪習の犠牲となった我らには悪魔と戦う力があり、それらにも立ち向かうことができる。


何年も掛かるだろうが、イグリゴリは国となり誰も無視できない存在になる。日の当たらぬ我らに日が当たる。


理解できぬだろうな」


「されないって分かっててやるのかよ」


「ああ、世界にとっては愚かな反乱と捉えられるだろうがな。


それでももう門は開かれる


新たな時代を創る、開闢の門だ!」



〈ゾゾゾゾゾゾゾ…〉


不思議な光景だった


ベイカーの目にしていた青空に亀裂が入った


亀裂という言葉からは想像に難いが、その亀裂はどこか脈打つような生きているような生物的な鼓動を感じさせた


十字に切り開かれるようにゆっくりとその赤い割れ目が広がっていく


その赤い世界が魔界だとすれば、その毒々しさと不気味さは逆に想像に易い


高い空に開いたためどの程度の大きさか図りしれないがあまりにも巨大な亀裂


これが



「魔界の…門…」


「美しい日の出のようだ…さぁ、世界が混沌に包まれる。


我らイグリゴリが!国家となる!!」


宣言を合図に

魔界の門が激しく脈打ち始める


「なんだ…いったい?」


ベイカーはそう言いながらも悪い予感は頭の中で答えとして既に出ている


「来迎だ」



〈バササササササ!!〉


突然魔界の門から無数の悪魔が

まるで身体をぶつけあいながら我先にとくぐり抜けて来ているのだ


灯りに集まる虫よりも密度高く


一瞬で空中に悪魔が溢れかえる



「…冗談…だろ…」



身動き取れないままのベイカーが空からの来客に言葉を失う


「紛れもない事実だ。

人々の束の間の幸せなど、全て無に帰す。」


無情なディエゴの言葉が宣告のように頭を巡る


「(こんなの…俺になにができるんだ…)」


どうしたらいいのか分からない


虚無にも似た感覚

ベイカーがこれまで感じたことのないそれが身体を包み込もうとした


その時



「それは、困るわね。」



女性の声が聞こえてきた

どこかで聞いたことのある声


振り向くと通路からこちらへ向けて歩いてくるローブ姿の人が目に入る


それも両脇に体長5mほどの、翼竜

翼を持つ竜を二頭連れ添う姿は現実離れしているようにさえ感じる



「何者だ?」


ディエゴが突然の訪問者に警戒心を露わにする


同時に二頭の竜はベイカーに飛びかかってきた


「なっ…!…え?」


一瞬身構えたが、その二頭の竜はベイカーの身体を縛る鎖を即座に噛みちぎり拘束を解いてくれた


〈ギャス!〉

〈ガゥゥ!〉


どこか懐っこい声を上げながら、ベイカーに頭をぶつけ出す


「な、なんだ?」


戸惑いながらも敵意がないことには容易に気づく

むしろ、友好的だと


「久しぶりね。ベイカー・アドマイル」


ローブの人物が近づきながらフードを外す


両目の端、涙のような火傷跡のある


しかし、それが神秘的な美しさを醸す女性


その人物の正体に行き当たったとき同時に側にいる二頭の竜にも心当たりかが生まれた


「が、ガゼルリアさん…?」


「ええ、遅れてごめんなさい。公国王から要請があってね、助力に来たわ。」


「ら、ラビから?」


「もちろん国としてではないわ、友人として文を受け取ってね」


かつてのドライセン護国での騒動の際、大罪人として投獄、そして脱獄したガゼルリアへ公的に助力を求められない


だから友人として、ということだろう



「貴様…ドライセン護国の〈ツガイの竜〉か…?」


ディエゴが口にしたのは〈金色の狼〉ほど歴史が古いものではないが、近年噂に聞こえ始めた悪魔の逸話


ガゼルリアが連れ添う、いまは二頭ともベイカーへのちょっかいを止めずにいるそれらを見て〈ツガイの竜〉を想起させるのは自然なことだ


しかし


「ええ、でもこの子達のことじゃない。

私のツガイは、空にいるわ」



ガゼルリアが空に目を向けると

そこに激しく巨大な火柱が上がる


遠巻きのここにさえ熱が届く豪炎は空の無数の悪魔を一気に焼き払っていた


その火柱のそばには、以前とは姿が違う

翼を携えてはいるが幾度となく見た竜人の悪魔


クロジア・レンブラントだ


羽虫のような数の悪魔に対して、まさしく羽虫を払うように容易くそれらを剣で斬り砕いていく


「大した腕はあるらしい…だがたった二人の援軍が止められるものではない。


脇を通り過ぎた悪魔の群れは時期にニブルヘイズに到達する。


そこで起こす災禍が導火線となり世界を摩耗させることを止めることはできない」


〈ギャォオ!〉

〈グァアッ!〉


二頭の竜がディエゴに対して敵愾心むき出しで吠えたてる


「無視するなってご立腹ね、それよりベイカー…あの子は?」


ガゼルリアが尋ねるのはもちろんミザリーの事だ


状況はルベリオから聞いているだろうが、その情報も道半ばまでしかないはずだ


今尚ベイカー単独でいることがその答えだとしても、子細に聞かずには居られない


ガゼルリアやクロジアにとってもミザリーは恩人ということもある


「まだだ、でも…フェンリルの魔力は…こいつに奪われちまったって…」


ガゼルリアの視線がディエゴに向けられる

が、すぐにその視線をベイカーへと戻す


「まだ出会ってはいないのでしょう?それなら行きなさい


あなただけでは足りなくても、ミザリーだけでは足りなくても


2人が揃えば…あなた達に叶えられないものなんてない。


私もクロ…クロジアも、そしてこの子達もそれを信じてる。」


「ガゼルリアさん…ぁあ、まだ終わってない。


ありがとう…悪いけど目の前のコイツで手一杯でさ。

空のにまでは手が回らないんだ…力貸してくれないか?」


「ええ、私たちはそのために来たのよ。あなた達のためになるならば…クロも随分張り切ってた「やっと少し報いることができるかもね」って」


ガゼルリアがクルリと踵を返すと

二頭の竜がそれに付き従うように後を追う


「空の悪魔は私達に任せて…あなたはその心を貫いて」


〈ザッ〉


と竜の背に乗ると、もう一頭の竜と共に


〈バサッ〉


と空へ飛び立つ



通路には再び、ディエゴ・エルゲイトとベイカーが残される


「ご苦労なことだ。数えることさえかなわない程の悪魔が現れ続けるというのに」


「それでも足掻くのは…未来に希望を見てるからだ。

アンタとは違う、誰かを傷つけることを未来への予想図に組み立てたりしない。


ただ寄り添えることがあの人達にとっての希望だから!それを守るために足掻くことができるのが人の強さだ!」


「その未来のために、他の誰かを見て見ぬふりし続けてきた人間にさえそんなものを与えなければならないと言うのか!」


「だったらアンタらはずっと誰かを憎み続けるのか!…そんな気持ちでアンタらはどうやって幸せになるっていうんだ!メルファは幸せを願ってるはずだ…そのためには許すっていう選択を…考えてみろよ!」


「許すだと…妻を、娘を、同胞を失った怒りを飲み込めと、そんなことができるものか!」


〈ブァッ!〉


ディエゴの気迫を表すように突風が吹く


同時にディエゴが悪魔化し目前に迫っている


「くそっ!」


〈ギンッ!!ギン!〉


以前の冷静な、理知的な戦い方ではない

粗暴に、直情的に、怒りや憎しみをその身で表すようにディエゴは槍をベイカーへと叩きつける


攻め方が単調ではあってもその一撃一撃が、生身に触れれば命に関わるほど重い


〈ザッ!ジャキッ!〉


距離を取るバックステップと同時に大型拳銃ジャックローズを構え


〈ドゥオン!!〉


放つ


しかし直撃したはずのジャックローズの弾丸

その胸で極小規模ではあっても爆発は起こった


それでも意に介さずディエゴは攻撃の手を続けてくる


「(銃はこいつに、効かない!)」


〈ギンッ!〉


「(だったら!)」


意志を通じてベイカーの三つ編みの腕が淡く橙に光り、魔力によってエクスプロッシヴカートリッジを2つ生成


〈ガキィ、ガキン!〉


装填する


「行くぞっ!!」


ダイバーエースを思い切り振り上げると同時にトリガーを引く


〈ドゴォオン!!〉


爆炎を噴き上げながらの剣撃がディエゴへと向かう


防御行動を行ってはいるがベイカーの最大攻撃だ


防御もろともであろうとダメージは確実


だがディエゴは


「グゥゥ…ゥオオッ!!」


被弾しながらも攻撃の手を止めない


「なっ!?」


予想外の出来事にベイカーの反応がわずかに遅れた



〈ドッ!!〉



ベイカーの腹部に衝撃が走る


〈ピシシッ!〉


槍を受けたベイカーの身体から氷の結晶が弾ける


ベイガンの氷の魔力により攻撃に対する防御行動だ


しかし、魔力不足が災いしそれも十分に威力を殺せるまでのものではなかった


〈ドシャッ…ザァ…〉


ベイカーが再び通路を転がる


すでに満身創痍のベイカーにこのダメージは看過できるものではない


「かは…はぁ…はぁ…」


息をするのにさえ痛みが伴う

脳が揺れてしまったのか視界が上手く定められない


頭を左右に振るとほどなく視界がクリアになってくる


いつの間にかディエゴが居た城の広間にまで吹き飛ばされていたようだ


急ぎ立ち上がろうとした時、ふと通路が目に入り


自然とその奥に目線が行った


なにかが見える


「…あれって…まさか…」


2mほどの木箱

見覚えがあるその形は3年前の記憶を脳に浮かび上がらせた



「…ミザ…ッ!っぐぅ…」


その木箱の存在に気付いたと同時に背後からディエゴに首を掴まれ持ち上げられた


「未だにご執心か…アレが何のための物かは分からぬが余程大事と見える」


「ぐっ…当たり前だ!ミザは…俺の…大切な人だ…」


「そうか…ならばせめてもの手向けだ。

その大切な人形と共に尽きるがいい」


〈ズ…〉


と首を掴み持ち上げられ、抵抗のできないベイカーへと


ディエゴは槍を突き出した



〈ガシャァッン!!〉



再度氷の結晶がその攻撃との間に発生し衝撃を緩和しようとするがやはり出力が足りない



「がっ………!」



ベイカーは強烈な勢いに打ち抜かれ、通路を奥へと吹き飛んだ


意識が、保てない


気づけばミザリーの眠る木箱まで10mほどの所まで来ていた


「(ダメだ…まだ失うな、意識を…せめて…せめてもの…)」


ベイカーは這った

通路に敷かれた風化した絨毯の上を


血を引きずりながら最後の一滴までを振り絞るように


「ミザ…!」


不意に

〈ドォンッ!〉

と城が揺れる


外の悪魔がこの城へぶつかったのか、攻撃を行ったのか定かではないが這っているベイカーでさえ感じるほどの揺れを起こす


〈ギィ…〉


その勢いで、ミザリーの眠る木箱の蓋がズレ


〈ガンッ!〉


と床に落ちた


「っ、はぁ…はぁ…」


這ったままでは、顔が見えない


ベイカーは懸命に、振り絞るように立ち上がる


身体が微かでも身じろぐ度に出血はベイカーから滲むのを止めない


膝に手を置き、支え

身体をゆっくりとゆっくりと支え損なって倒れないように起こす


顔を上げる


ようやく、見れた


木箱の中で眠る幼なじみの姿を

3年ぶり、だがその道程はそんな数字で表せられないほどに遠く思えた


不敵な笑みを浮かべたり、しかめっ面を浮かべたり、誰よりも優しい微笑みを浮かべていた端正な顔立ち


ヴェールのようで僅かな風にも美しく揺れる金色の髪


その記憶の中と何一つ変わらない姿を目にしたベイカーは涙を堪えられなかった


「ホントに…魔力を全部取られちまったのか…?そんなわけないよな…


ミザがそんな勝手させるわけない、アリス先生がそんなの許すはずない。」


一歩、一歩だけでも近づきたかったがベイカーは理解していた


もう一歩踏み出そうとすれば自分は倒れる、と


「…ちくしょう…俺は…まだ…まだ全然足りなかったよ…


沢山の人に助けられた、いや今も助けられてるのに…


身体がいうこと聞いてくれないんだ…気持ちだけじゃ負けないつもりなのに…」


理解している

それをすればどうなるか


だがそれでもベイカーは一歩足を踏み出した


理解していた通り

ベイカーの足は上手く地を掴めず、バランスを崩す


それを立て直す体力はない


ベイカーはそのまま前向きに倒れる

同時に意識が遠のく


そんなときではあってもふとベイカーは思い出す


約束を


その約束を果たすために


〈ぽわ〉


と朧気ながらも光る三つ編みを顕現させる


か細く弱々しい微かな灯り


その三つ編みを伸ばし、木箱の

ミザリーの頬にそっと添えた


そしてベイカー自身もミザリーへと手を伸ばした


三つ編みが届いてもベイカーの手が届く距離では無い



「起きろよ…ミザ…」



手をミザリーへと伸ばす形でベイカーは床に倒れ込んだ


全てを振り絞り手を伸ばし、声を出したベイカーはそのまま意識を失った



〈バッ!!〉



不思議なことが起こった

魔力を全て吸収されたはずのミザリー


機械の身体を魔力による電気を動力としているため

魔力の枯渇=死、であるミザリーが


ベイカーの差し出した手に呼応するように右手を伸ばしたのである



それを離れた所から見ていたディエゴが異変に気付く


「なんだ…?なぜ動く…それにこの気配は…」



そんなディエゴの動揺もお構い無しに

ミザリーに異変は起き続けている


伸ばした右手を暫くそのままにしていると思えば


今度はゆっくりとその両目が開いていく


少しずつ、少しずつ

まるで久しぶりの明かりに緊張しているように開いていく


徐々に見えてくる瞳は宝石のような美しい翠色をたたえている


完全に開き終わると何度か瞬きをする

そして、右、左、上、と周りの景色を確かめるように動かすと


さらに、薄い唇が開く



『…どこよ、ここ?』


当人からすればルグリッド公国で眠りに着いている訳なので、目の前の光景が違うことに疑問を感じるのは当然だった



「貴様…なぜだ?なぜ動ける?」


ついにディエゴがミザリーへと声をかける


ミザリーもチラとディエゴを見る


『ん?…どなた?っていうか、あのアホ目覚ましはどこ行ったのよ…っと』


首を左右に動かすとミザリーは木箱のへりに手をかけ、身軽に箱の外へと飛び出した



そして


足元で倒れているベイカーを見つけた


3年ぶりだ


倒れているせいではっきりとはしないが随分背も伸びている

顔つきも精悍になってはいるが頬の傷はもちろん、どこか幼げの残る雰囲気は記憶の中のベイカーのまま


そして、血だらけだ

痣や擦り傷は多く、這った跡にも血が滲んでいる


ミザリーは目を閉じた



ミザリーは知っている

ベイカーは常に正しくあろうとし、自分を曲げることはない


知っている

ベイカーは強くどんなに強大な相手だろうが

立ち向かえる勇気を持っている


知っている

ベイカーは誰よりも優しい、誰かのために傷付くことを躊躇わない

自分が傷つこうがその誰かの笑顔のために一生懸命になれる



つまり


状況が正確に分かるわけではない

それでもベイカーが傷付くのは誰かのためであり、それを傷つける存在というのは純然な〈悪〉


いや、そもそもがミザリーにとってベイカーを傷つける全ては〈悪〉



〈バサッ…バササササササ…〉


外から無数の悪魔がディエゴの背後にそなえるように飛来する


ディエゴはそのミザリーの沈黙に言い知れぬ何かを感じていた



ミザリーはそっとベイカーの身体を起こすと、自身が眠っていた木箱に背を預けさせた


仰向けになるとその傷の酷さがよく分かる

心臓にさえ大きな跡があり、それを治癒するように氷で覆われているがそれも溶けかかっている


ミザリーはベイカーの旅路が、ここに来るまでの旅路の激しさをその傷から感じ取る


掌をベイカーの頬に、右頬の傷に添えるように触れた

ぽぅ、と魔力がベイカーの中に染み入るように流れ込むと、気持ちベイカーの呼吸が聞こえてきた


『…ばか』


ミザリーはゆっくり立ち上がった

そして目を閉じる


この感情はなんだ?と自分に問いかけるように眉間にシワを寄せる


この激情をどうしたらいい?と拳を握る


ベイカーを、大切な人を傷つけたのは誰だ?と振り返る


その視界に居るのは無数の悪魔を背に従わせたディエゴ・エルゲイト


言うまでもない



『…アンタね?』



〈怒り〉が目覚めたばかりのミザリーを苛烈に包んだ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ