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My Nightmare~Last Loaring~  作者: Avi
花の咲く意味
17/21

影の花

# ナルスダリア サイド


メテオライの古城群の一角

書物が所狭しと積まれている部屋の中

古びた書物や城の風貌の中においてまるで異物のように華やかにナルスダリアは立っていた


パラ、パラといくつかの書物のページを捲り

また別の本を手に取ってはパラパラとページを捲る


傍目にはまるで何の気なしにページを捲るだけの作業

内容に目が通せるような速度ではない


しかしナルスダリアは捲られるページの中に無数に綴られ並ぶ文字の輪郭を的確に一つ捉えているようだ


それをしばらく繰り返していたがやがてある一冊の本を手に取ると


例に漏れずパラパラと捲っていたがある瞬間に手を止める


捲った数ページを戻し、あるページに目を止めその部分を熟読するように真っ直ぐ見つめた


「古城群メテオライ…そして莫大な魔力を持つフェンリル…」


ポツリと呟くとナルスダリアは目を瞑り

眉間に人差し指を当てる


思考に耽けるように沈黙の中十数秒の間そうしていた


「…ディエゴ・エルゲイト。貴公は…相容れないのだな。」


〈タンッ〉


片手で本を閉じるとそれをテーブルの上に戻すと踵を返し


ナルスダリアはその部屋を後にした




# ベイカー サイド



〈ザッ〉


ベイカーは真っ直ぐに歩いていた

目は少し赤く潤み、何度も、何度も後ろを振り向きたい気持ちを堪えながら


もうベイカーを茶化しつつイタズラっぽい笑顔を絶やさない彼女はいない


飄々としながらも、一生懸命に手助けしてくれた


時折見せる思い切りの良い笑顔に、どれだけ救われてきたかを今更ながらに思う


「(だから、だから必ず…やり遂げる。)」


ベイカーは、もう潜むことはしなかった


ただ奥へ奥へとひたすらに進む



〈ジャリ…〉


進行方向、巨大な扉が見えた

城門のような大きさの扉だが城内に続くというわけではなく、その先には更に奥へと進む通路があるようだ


その前には10名程度のイグリゴリ団員の姿があった


こちらをまっすぐ睨み、すでに臨戦態勢に入っていると見て間違いない


だが、それでもベイカーは怯まない


堂々とその前へと進んでいった


「どいてくれ。俺は先に進む、邪魔するなら加減はできない」


ベイカーの気迫は凄まじい、しかしそれでもたじろぐ素振りを見せないのは彼らにも大いに覚悟があるのだと感じさせる


「それは我らのセリフだ。既に団長は祭壇へと向かっている…少し時間を稼ぐだけで我らの仕事は十分であり、そのために命を注ぐ覚悟は備わっている!」


〈ゾゾ…〉


と全ての団員が黒い外殻を身に纏う

各々が武器を持ち、それらがタイミングをずらしながらベイカーへと迫る


〈ガキィン!!〉


まず迫ってきた斧を剣で弾く

そして間髪入れずに振り下ろされた薙刀のような武器の一撃を躱す


防御が甘い

ベイカーは即座に反撃を試みるが



〈ガキンッ!!〉


「っ!?」


剣が通らない

手心ではないが確かに全力で振り切ったわけではない


しかし、それでも十分な力は込められている

傷がつかないということは、単純に外殻が硬いということなのだろう


「傷をつけられない斬撃なら幾度でも耐えよう」


その一団の長のような立ち位置らしい者の言葉


「(ほんとに時間稼ぎのために、硬度の高い外殻を持った奴らをあてがったのか)」


だとすると本当に時間をかけてはいられない


さらに強い攻撃となると

ベイカーはエクスプロッシヴカートリッジを2個取り出すとそれをダイバーエースのスロットにセットする


これが有効でなければ時間を無駄に浪費するだけだ


本来なら反動が強すぎてスロットに二個のカートリッジはさせない


だが


〈パチン〉と指を弾き、光る三つ編みを顕現させる


サードアームたる光る三つ編みを補助腕として使用すれば負担は軽減できる


イグリゴリらも光る三つ編みに対して警戒している素振りは見える


だがそれでも目配せをすると、内の一人が鎚のようなものを振りかぶり襲ってくる


「行くぞっ!」


〈ザッ!!〉


と踏み込んだとき、ベイカーは自身の変化に気付いた


それは自身の速度の変化


実はベイカーの魔力の源はフェンリルの欠片であるとしているが


厳密に言えば違う


ベイカーが同調しているのは〈フェンリル〉ではなく〈ミザリー〉である


それはミザリーがフェンリルと同調し、ほぼ同一の状態となっているが主人格がミザリーであるため


ミザリーによって認められたベイカーに力を目覚めさせている


よって、その力の欠片を持つベイカーは、ミザリーのフェンリル化と同等な状態を再現できるのだ


ミザリーのフェンリル化の特徴である


サードアームとして扱える〈光る三つ編み〉


そして機械の体を過剰駆動させることによる〈超高速戦闘〉


その2つである


しかし、機械の身体であるミザリーはともかく

生身のベイカーは過剰駆動を模した高速戦闘を行おうとすれば肉体に甚大なダメージを伴う


よって、あくまでも肉体的に無理のない加速


というよりも肉体の負担に精神がブレーキをかける


だが


今はその加速の上限があがっている


ベイカーは以前の自分よりも素早く動けることに気付く


そしてその理由にも


「これって…そうか、ベイガンの魔力か…」


関節の負担を粉雪のような氷がクッションとなり軽減してくれているのだ


それにより、肉体の負担は著しく減少しミザリーを模した高速戦闘がベイカーにも可能となった


「行けるか!」


想定外の速度にテンポを崩されたイグリゴリへと斬り掛かり、


〈ドゴォンッ!!〉


とタイミングよく引き金を引き、爆撃の勢いを乗せ切りつける


〈ザシャァッ!!〉


とイグリゴリ団員の外殻を切り裂く音が響く


有効だ



「…くそ!」


失念していた


エクスプロッシヴカートリッジは消耗品だ

内部にある薬品を使い切るという都合上仕方がないが、補充をしなければいけない


しかし、度重なる戦闘の中で補充のタイミングを取れなかった


手持ちのカートリッジがなくなってしまったのだ


「(くそ!タイミングが悪いっ)」


カートリッジありきの斬撃だと見抜かれたのか、それを察し畳み掛けようとイグリゴリらが襲いかかろうとする


「(カートリッジがなきゃ、有効打が…っ)」


〈ゴッ!!〉


畳み掛けるイグリゴリの団員らの攻勢に防戦一方となるベイカー


ベイガンの魔力を得た今、多対一であってもベイカーの力は引けを取るものではない


しかし、心臓を貫かれたダメージは易々と回復できるものではない


剣と光る三つ編みでなんとか防御行動をとってはいるものの


絶対的に手数の不利が拭えない


「(くそっ!引くしかない…でも引けるか?)」


撤退することも視野に入る状況ではある

有効打がなくともベイガンの魔力を使えば、足止めぐらいは可能とは思える


しかしそれも100%成功させられるわけではない


残された時間が少ないということを考えてもできるならば撤退は避けたいところではある


「(くそっ!!)」


とベイカーが歯をくいしばった時だった



〈ぽわ…〉



と温もりを感じた


ベイカーの視界には入っていないが

そのときベイカーの髪の毛が淡い茜色を灯していた


そしてその茜色の光はすぅっと三つ編みの先端へと移動した


そこでやっとベイカーは自身の異変に気付いた


「な、なんだ…これ…」


疑問に思うと同時に脳が瞬時に答えを出す


アーサーと同じことが起こったのだ


つまり、ベイカーの身体の中には今

ミザリーの魔力、アーサーの魔力


そして、代魔病によって魔力となった


メルファの魔力が宿っているのだと


聞こえるわけではない

しかし、彼女の声が記憶の底から声をかけてきているような気がした


〈アタシに任せとけ〉と


メルファの魔力は手を模した三つ編みの先に宿ると


〈ポォ…〉と魔力で何かを形成した


それはベイカーのよく知る形

今必要だと感じているものの形


エクスプロッシヴカートリッジの形をしていた


「…メルファ…」


目頭が熱くなる

だがもう零す訳には行かない


ただ、応えるために前を向くと決めた


「手を貸してくれ!」


ベイカーの叫びに呼応するように、光る三つ編みは形成したエクスプロッシヴカートリッジをダイバーエースのスロットにセットする


〈ガキィン!!〉


「できるのか…?いや、疑うなんて野暮だな!」


向かい飛び込んできたイグリゴリ団員へと剣を振り上げながらエクスプロッシヴカートリッジの起爆トリガーを引く



〈ズォゴォォン!!〉


橙色の炎を噴き出しながらダイバーエースの機構が爆発を起こす


その威力は元のエクスプロッシヴカートリッジよりも凄まじい


逆に言えばその反動も比にならないが、カートリッジをセットした流れで三つ編みが剣の背を、ベイカーを補助する副腕のような形で支えてくれていた


〈ズシャァ!!〉


何の遠慮もなくその斬撃はイグリゴリの外殻を切り裂く


〈ドシャッ…ドシャッ…〉


と切りつけられた団員が転がる


その威力に周囲の団員の動きが止まる


「(魔力で造られたエクスプロッシヴカートリッジ…そうか、アリス先生と同じようなもんか…)」


ベイカーが考えたのは


ミザリーの機械の身体を動かしているのはフェンリル


それは同一の存在であるアリス・リードウェイの意思により、魔力を電力に変換し動かしている


つまり、機械の身体を動かすために必要だと、それを理解しているからこそ行われている


同様にメルファはベイカーの機構剣ダイバーエースのことを理解している


完全な理解でこそないが、どういう薬品が使われているか、どういう機構で爆発を起こすか、それを断片的にでも理解しているからこそ


魔力を薬品代わりに使用し起爆させ、同様の効果を得るというが可能となった


「(…俺の話を真剣に聞いてた…技師になりたいって言ってた…本気だったんだな。)」


得意げな彼女の顔が浮かぶ

形を無くしてなお、ベイカーの手助けをしてくれる存在に胸が熱い


厳密に言えば、そこにはフェンリルの〈変質する魔力〉という前提条件こそ必要ではある


「(俺は一人で戦ってるわけじゃない、俺は弱い…でもだからって腐っていられない!みんなが…俺を見ててくれてる)」


身体は限界に近い

それでもベイカーは止まるつもりはない


その目は力強く敵を見据える


そんな気迫を感じたのか、自分たちの外殻を切り裂く剣撃に危機感を感じたのかは定かではないが


イグリゴリ団員らの動きが止まる


ベイカーはその一瞬の停滞を見逃さない


「まったりやってる暇ないんだ!」


〈ピシシシシ…ッ〉


ベイカーを中心に円のように地面が凍りつきはじめる


ベイガンの力を理解するまでに時間は必要なかった


身体の負担の緩衝材としてない的に機能している部分


そして、能動的に発動する氷結の魔力


凍結と速度は比例しており

絶対零度の瞬間凍結ともなると多少の時間を必要とする


しかし、凍結の強度を低く定めるとそれは早く且つ広範囲に及ぼすことが可能だ


悪魔化が可能なイグリゴリ団員らには、瞬間的な足止めにしかならないであろうが


今のベイカーにはその僅かな隙を突く速さがある


ふっ、と広がった足元の冷気は反応も間に合わず団員らの足を凍結させた


それぞれが僅かに足を取られたその一瞬


ベイカーはイグリゴリの輪の中に飛び込んでいる


靡く光る三つ編みの手は、出番を待ちかねるように指先を動かしている


ミザリーも、メルファもそういう落ち着きのないタイプだ


「(相性がいいのかもな…)」



〈ポワッ〉


と再び光る三つ編みはエクスプロッシヴカートリッジを形成する


それも


〈ポウッ〉


と二つを形成する


「(ダブルか!…いや、今ならいける)」


本来のエクスプロッシヴカートリッジを使った剣撃でさえ反動が大きい


カートリッジ一つの剣撃でも多大な負担が腕に及び、二つ使えばしばらくは剣も握れないほどの負担にもなる


それが魔力で形成されたカートリッジともなると負担は計り知れないが


それを第三の腕となる三つ編みで補える今


ベイカーの瞬間最大攻撃力は間違いなく


〈ガキィ…ガキンッ!!〉


剣の背のスロットに2つのカートリッジを装填する


そしてイグリゴリ団員らの中心に位置すると


一回転する形で剣を振り抜きながら、起爆のトリガーを引く


〈ボワァッ!〉


巨大な爆炎を噴き出しながら繰り出された一閃は炎で薙ぎ払うようにイグリゴリらにダメージを負わせる


ベイカーに繰り出すことのできる攻撃の中では間違いなく、頭一つ飛び出て強力な一撃


対象がバラけても尚

それぞれに多大な傷を負わせることができた


「(よし…、これならディエゴにだって…いや、勝つわけじゃない。ミザを取り戻して、メルファの想いを届けるために…戦える!)」


もはや、今のベイカーの前に立つにはイグリゴリ団員らでは力が足りない


それが例え多対一だろうと


それは団員らも自覚したのか、怪我を庇いつつ顔を見合わせると団員らは1人ずつ背を向けて撤退し始めた


「なんだよ…?ほっといてくれるのか?」


最後に去ろうとする団員にベイカーが声を掛ける


「無駄な犠牲を出すな、と命令が下されている。それに…お前の目的とするものの側には団長がいる、我らの旗印となるべき方が…お前に負けるものか…」



〈ザッ〉


捨て台詞などではない、団長であるディエゴ・エルゲイトの力への絶対的な信頼と崇拝


それが感じられるが


「…俺もさ…もう…負けるかよ」



改めて進み出すベイカー

見えていた巨大な扉の前に立つとゆっくりとそれを押し開けた


〈ズズズズズ…〉


木製であっても巨大な分、重苦しい重量を表す音が唸るように響く


自身が通れるほど押し開けるとスっと隙間を通り向こう側へと歩を進める


通路が更に奥へと続いており、その先にはまた城の残骸が不気味にそびえ立っている


残骸と言えどまだ形は保っており横目に見てきた物と比べても造りは豪奢の名残が感じられる


ちらと横を見ると、また別の扉からも同じ場所へ通路が続いており城の手前の広場で合流するような造りになっていた


50mほどの長い通路、通路の外は断崖となっているようで見下ろすと数十mはある谷底から風が吹き上げてくる


随分と高い


しかしそんなものが今のベイカーにとって怯む一因になりはしない


歩を進める


しっかりとした足取りで一歩ずつ


〈コツ…コツ…〉


いつの間にかベイカーの足音に重なるようにもう1つの足音が鳴っていることに気づく


横に見えていた通路を、いつの間にか誰かが歩いているのだ


その人物はよく通る声で話しかけてきた


「無事そうで何よりだ、ベイカー。」


「…ナルスダリア…アンタもここに来たのか?」


ナルスダリア・エルリオン

バリオール奏国の女王であり女帝


目的地は恐らく同じ



「ああ…ところで、メルファはどうした?別行動か?」


「…」


ピタリと足を止めるベイカー

合わせてナルスダリアも歩を止めていた


「…俺を庇って…死なせちまった…」


「…そうか。残念だ」


無為な慰めなどは不要だと感じたのだろう

そして、それを残念だと思う気持ちも本心


「ああ…それでアンタの目的は…」


再び歩き出しながらベイカーが尋ねる


「ディエゴ・エルゲイトだ。この先にいるのだろう、残念ながらマカブルも私もこの先にまでは行ったことがないからこうして歩いているところさ」


「会って…どうする?」


「対話。とだけ言っておくが…ベイカー、お前はどうするつもりだ?」


「ミザを奪い返す、それでメルファの想いを伝える。それだけさ」


「済まないが…それは諦めて貰わなければいけない。」


「どういうことだ…?」


「ミザリーを取り戻すのは止めないさ。むしろそこまでなら私も協力しよう、しかしメルファの想いを伝える…ということには同意しかねる。」


ベイカーは立ち止まるとナルスダリアの方を向いた


「何でだ?…俺はメルファに託されたんだ。それは俺にとっても大切な約束だ…反故には出来ない。」


「その想いがどういったものかは私には図り兼ねる。だが、その結果が望むべきものではないということもあるだろう」


「悪いけど…アンタの意図が読めない。俺は果たすべきことを果たしたいだけだ。」


ベイカーは再び前を向いて歩き始める



その少しの間、足音はベイカーのものだけが静かに響いた


ナルスダリアは立ち止まっているのだろう


その沈黙が何を意味するのかが、ベイカーには嫌な予感として背後から肌寒い風のように追ってくる


ほんの十数秒だが自分だけの足音を聞きながらベイカーは進む


進んでいる時だった


「止まってくれベイカー。」


突然耳元でナルスダリアの声が響く


即座にベイカーも振り向くがそれと同時に、視界にはナルスダリアの鞭が迫っていることに気づく


「なっ!?」



〈ガギンッ!!〉


間一髪で、迫る鞭を剣で弾く


別々の通路を歩いていたはずのナルスダリアが同じ通路でこちらを伺っている


これもマカブルの力の応用なのか


「なんでだ?アンタとは上手くやれてるつもりだったけどな」


「勿論だ。私にとっても貴公は良い友人と言っても差し支えない…だがこの選択は私が国を背負う以上選ばざるを得ないものなんだ。」


ナルスダリアの足元に影の水溜まりが現れる


場所と場所を繋ぐ悪魔マカブルのものだ


一瞬でナルスダリアはその水溜りに身体を落とし姿を消す



「(くそっ…なんなんだよ!)」


周囲に視線を走らす

姿をいかに消そうが、影の水溜まりがその入口と出口である以上


避けられないはずはない

影の水溜まりの発生位置さえ気を配れば難しくはないはずだ


とは思っていても


「(どこだ…っ!?)」


風を切る音が

ナルスダリアの鞭が空を裂く音が聞こえる


眼前にはない、ならば後ろだ

しかし振り向く間はない


即座に回避行動を取らなければいけないが鞭の軌道が、例えば縦に振るか横に振るかで回避行動も変わる


その判断が難しい


それも一瞬で判断しなければならない


〈ザッ!!〉


ベイカーは前斜め方向に飛び込み転がる


〈ドシャッ!!〉


と鞭がしなりながら地を激しく打つ音が響く


それを聞きながら即座に身体をナルスダリアの方向へ向け


〈ジャキッ!〉


大型拳銃ジャックローズを構える


しかし、想定した場所にナルスダリアの姿はない


「(くそ…読めない。だけならまだしも向こうには読まれてるっていう一方的な状況だ…)」


影溜まりから影溜まりへの移動


それを察知しようとしても一方向だけに気を配る訳にはいかない


絶えず視線を走らせなければいけないのだが、360度全方向を同時に見ることなど出来ない


つまりいかに動体視力が優れようが、死角というものからは逃れられない


心理的な部分もあるのかもしれないが、それ読むのがナルスダリアの武器でもあるとベイカーは感じた


「…ナルスダリア!俺とアンタが戦う必要はないだろ!俺はミザを奪い返してメルファの気持ちを伝える…そしたらアンタはディエゴと対話でもなんでもしたらいい。…違うか?」


〈ズズズズズ〉


ベイカーの目の前に影溜まりが現れ

ナルスダリアがせり上がるように姿を現す


「…では問おう。ベイカー、貴公は…


ディエゴ・エルゲイトを殺せるか?」


「…なっ…」


唐突な問いにベイカーは言葉が出ない

それでも絞り出すように


「なんで殺すだなんて話になるんだ!それを避けるために対話が必要だっていうのがアンタの考えだったろう!」


「それはあくまでも、奏国のためという大前提があるからだ。いかに罪を重ねようが、償う機会もなく断罪するということはしない。


イグリゴリという存在の背景にはかつての歪んだ王政や悪習の被害者だというルーツがある


それを許しあって共に進めて行ければと思っていたからだ」


「それがなんで今になって強硬策を取ろうってことになったんだ!」


「ベイカー、君はイグリゴリの目的を知っているか?」


「…いや、わかったのか?」


ナルスダリアは瞳を閉じる


「この古城群メテオライがなぜバリオール奏国に放置されているか知っているか?」


「え?…ああ、悪魔が頻繁に現れてて手に負えないってんだろ?」


「その通りだ。…ではそもそも


なぜここに悪魔が頻繁に現れる?」


「それは…」


言葉に詰まる

悪魔は神出鬼没ではあれど特定の場所に多く現れるなどというものではないはずだ


人間界に繋がる歪みが魔界で現れると、それが通り道となり悪魔が人間界に現れる


ということは入口と出口に関連性があるのかは分からないが


出口が特定の場所に多く繋がるということがあるのかは疑問ではあるが確かめようもないということだけは確かだった


「ここメテオライは…魔界の扉にもっとも近い存在なのさ。」


「…魔界の扉?ここが…?」


「ああ、磁場や魔力の歪みの影響で我らには感じづらいが非常に不安定な通路が繋がっている、ということらしい。


下手をすれば、人間界にいる悪魔達の多くはメテオライから現れたのかもしれない。


そう言っても大袈裟ではないかもな」


「なんでそんな…なんでここなんだよ。」


「魔力の歪み。その言葉から察することは貴公には難しくはあるまい」


「魔力の歪み…?……まさか…フェンリル…違う…選ばれざる者が関係してるのか!?」


「ご明察だ、どうやら魔力と人間の感情は共鳴しあうようでな。それも負の感情ならば殊更強く…」


魔力と人間の感情、そして負の感情

その全てが揃う〈選ばれざる者〉


人として生まれながらに魔力を帯び、そして〈フェンリル〉を継承するための歪な悪習に囚われた者たち


それに影響を受ける魔界からの歪み


それが門となり、メテオライに開くということは


「まさか…人間界にいる悪魔は全てここから……?」


そこでベイカーはハッと気づく


フェンリルの御伽噺


フェンリルはバリオール奏国に現れ、奏国王との契約によりバリオール奏国を守っていた


つまり、そこからの悪魔の往来を封じる〈番犬〉の役割を果たしていた


それがその時仕えた王の死後

魂として漂い始め、無論その間の悪魔の往来は止められなかったのだと



「…待てよ、それが今回の件に関係があるって言うならまさか、ディエゴは…っ」


「魔界の門を開こうとしている。そのエネルギー源として莫大な魔力を持つミザリー・リードウェイつまりフェンリルを贄としてな。」


「なんで…そんなことを!」


「動機については当人に聞かなくてはな。…それでも理解できるだろう?


ディエゴ・エルゲイトは奏国と言わず世界を危機に陥らせようとしている。


それを果たそうが果たすまいが、その思想を持つものを…生かしておく訳にはいかない。」


「…っ!」


ナルスダリアの言っていることはきっと間違ってはいない


世界を危機に陥らせる、という思考を

例え一度諭すことができたとしても


その思考を一度持ったということに猜疑心は尽きない


行動に移しているとなれば尚更だ


国を背負うものとして〈殺める〉という

本来道徳や倫理から逸脱したものが唯一の解決となる


理解は出来る、頭では


「それでも…メルファの父親だ!」


「無論だ、メルファに何の罪も非もない。むしろ貴公を救った恩人だ、しかしディエゴという一人の人間に罪がない訳では無い、そこに血縁関係があるからの情状酌量のようなものが許されるはずはない。


メルファの功績はメルファのもの

ディエゴの罪は、ディエゴのものだ」


「(ダメだ…!頭では理解してても心がざわつく…ナルスダリアが正しいって解ってる、分かってんのに!)」


それなのに

ベイカーはダイバーエースの柄を握った


「悪い…ナルスダリア…俺はそれを見過ごせない、ディエゴには生きて償って貰う…メルファのためにも、そうでなきゃいけない気がするんだ」


ナルスダリアも鞭を握り直し、真っ直ぐに視線を刺すように向ける


「そうだと分かっているさ。出来るならば、貴公とは…こういうことになりたくはなかった、本音だ。」


お互いに譲れない、譲らない


戦いたくない、だが戦わなければならない


「行くぞ、ベイカー・アドマイル!」


「ナルスダリアッ…」


〈ザプン…〉


背後に影溜まりの発生する音がなる

しかしナルスダリアは目の前にいる


ならば、背後から現れるのは…



〈バシャーンッ!!〉


黒い影がベイカーを薙ぎ払うように迫る


「こいつがっ!!」


思い切り前方に跳躍しそれを躱す


ちらとみた背後にはいつか見た黒く巨大な鰐の悪魔


〈マカブル〉が鋭い爪を備えた巨腕を振り終えたところだ



「余所見とは寂しいな?」


今度は前方からの声

ナルスダリアが跳躍したベイカー目掛け鞭を振るう


〈ギィンッ!!〉


それをなんとか剣で払う


細身な身体から繰り出された攻撃のわりに異様に重い


更に


〈ヒュンッ〉


すぐさま次の攻撃が繰り出される


「(早いっ…!)」


〈ギンッ…ガァンッ〉


早く重い攻撃を間髪入れずに繰り出すナルスダリア


単調ではあるため防御はさほど難しくはない、とは思えない


なぜなら


「(これは…足止めだ。回避行動を取れるほど優しい攻撃じゃない、防御に徹しなきゃ…だけどそれが狙いってことかよ)」


ベイカーの予想通りである


〈ザパァンッ!!〉


「(厄介だ!)」


つまり、ナルスダリアがベイカーの動きを止め、そこにマカブルが畳み掛ける


ナルスダリアだけでも、マカブルだけでも厄介な戦闘力を持っており


それがコンビネーションを組んで襲いかかってくる


これまでにない相手だ


「(出し惜しみ出来るわけない!)」


〈パチンッ!〉


ベイカーは指を鳴らし魔力を解放する

光る三つ編みが顕現し、辺りに冷気が漂い始め、髪にポゥと橙の光が灯ると


三つ編みの先へ移り掌を象る



「(まずはッ!)」



ベイカーの足元が氷結しはじめるとそれが円のようにフッと広がる


その冷気がマカブルの影溜まりに触れるとにわかに動きが鈍る


「悪いな!」


同時に三つ編みの先の掌を握り拳に変えるとナルスダリアへと振り抜く


〈ドッ!〉


やはりと言うべきか、防がれてはしまった


だが身軽なナルスダリアはその衝撃で10mほども吹き飛ぶ


〈ザザァ…〉


難なく衝撃を受け流しながら着地するとコートを脱ぎ投げた


「それが貴公の…力か」


「少し違うな、俺は助けられてるだけだ。…もちろんあんたにだってそうだ、ナルスダリア」


三つ編みの先の橙の灯りがフワッと点滅するように灯る


「そうか…代魔病で魔力になったのか」


メルファが魔力としてベイカーに宿っていることを察したのか


ナルスダリアが、俯いた


「…っ」


不思議なことだが

まずそこまでの長い付き合いでこそないが、それでもナルスダリアの俯く姿はベイカーの記憶にはない


そして常に堂々と立つナルスダリアにそのイメージも、またない


ベイカーの視界に一瞬なにかが映った


それは一筋の


「(涙…)」


だが直ぐに顔を上げたナルスダリアの顔からはその跡は見えない


見間違えたのかもしれない、だがベイカーはそれでもナルスダリアがメルファの死を悼んでくれたのだと感じた


〈残念だ〉と言ったあの言葉が本心なのは分かっていてもいざ涙を目にすると、本当なのだと胸が熱くなる


同時に


「(それでも戦わなきゃいけない…)」


「ベイカー、続けよう。」


「ああ…」


「全力だ。貴公に対しての礼儀、そして私の信念に対しての礼儀として全力で行かせてもらう。」


「俺も、惜しみはしない。惜しんで通してくれるようなあんたじゃないからな!」


「そうだとも…マカブル!」


鞭を振るって号令をかける


〈ザプン…ザパァンッ…ザプン〉


通路中に影溜まりが現れる、一つや二つではない


それら全てがナルスダリアとマカブルの通路となる


「機能させなきゃいいんだろ!」


ベイカーがスゥーと息を吐くと、冷気が更に強く漂う


〈ギンッ!〉


と剣を通路に突き刺すと冷気が周囲を走り


影溜まりを少しずつ凍らせていく


「(これで通れない、通れたとしても氷の音で反応はしやすいだろ!)」



〈シャッ〉


聞こえた音は目の前からだ


ナルスダリアが突っ込んでくる


「なっ!直接かよ!」



〈ギンッ!〉


振るった鞭を薙ぎ払うと即座に三つ編みで殴りつけようとする



〈ピシッ…〉


背後の影溜まりからの音は氷を破りそこからなにか出現してくることを示す


「マカブルか!」


〈ドジャァッ!〉


氷をぶち破りながらマカブルが現れ、腕を振るってくる


「くそ!」


攻撃に移ろうとしていた三つ編みを防御に回す


振るってきたマカブルの爪を迎撃するように殴りつける


〈ゴッッ!!〉


迎撃はできる、しかしやはり重い

反動でベイカーの体勢が崩れる


それをナルスダリアが見逃しはしない


〈ドッ!!〉


鈍い痛みが腕に走る

その衝撃も受け流せずベイカーは通路を転がった


「くそ!」


「…潜在能力は凄まじいな。フェンリルに、凍結はまた別の悪魔か?それにメルファの魔力まである。


しかし、それらを行使する魔力がいささか足りいないようだな。


いわば、真の実力はまだ発揮できていない」


ナルスダリアの指摘は正確だ


確かにベイカーはフェンリル(ミザリー)、ベイガン、メルファの魔力の核を持っている


しかし、フェンリルとベイガンの力を行使するのに必要な魔力がない状態


かろうじて三つ編みを顕現したり、凍結の力を使えてはいるが恐らくベストなパフォーマンスではないとベイカーも自覚していた


悪魔を倒すことにより魔力を得ることは可能だがメテオライに来てからは悪魔との戦闘がなく、補給できていなかった


セルセイムの丘にて、オルトロスを倒し巨大な魔力を得てはいたが


ベイガンの力の覚醒、それに伴う魔力での肉体回復で全てを消費しきっていた


心臓を貫かれた状態からの回帰だ、無理もない


ちなみにメルファの魔力は、フェンリルの魔力を借りて擬似エクスプロッシヴカートリッジを生成するので魔力としては微々なものではある


「そろそろ…終わりにしよう。ベイカー」


眉間に人差し指を当てナルスダリアが目を瞑る


「行くぞ」


〈ガシャン…ピシッ…ガシャンッ〉


凍りついていた影溜まりの氷が壊れ、一つ一つから影の鞭のようなものが現れる


つまりベイカーの周囲にはナルスダリアの攻撃の手が溢れかえっている


マカブルの姿が見えないところを見るとその鞭はマカブルが変形した状態のようだ


影の鞭ではありながらどこか生体じみた雰囲気が漂っている


「ふぅ…ああ、行くぞ。ナルスダリア」


〈ザッ〉


ベイカーが駆け出すと同時に無数の鞭がうねり、ベイカー目掛けて振るわれる


〈ドシャ!ドシャッ!!〉


空ぶった鞭が何度も通路を抉るように叩く


〈ザッ!ザッ!〉


跳躍を繰り返し、影の鞭を躱し、時には三つ編みで迎撃しナルスダリアへと向かう


「俺は!止まれないんだ!あんたもそうだって分かってる…分かってるから悔しいんだ!」


「私もさ!手を取り合えるはずの相手と戦わなければならないことは苦痛だ!だがそれを耐え忍ばなければ王として立つことは叶わない!」


〈ガキン!!〉


三つ編みがエクスプロッシヴカートリッジを生成しそれをスロットに装填する


ナルスダリアの鞭に影の鞭が重なり絡まる


本気の一撃の準備がお互いに終わる瞬間、二人は交錯した



〈ドゴォォン…ッ!〉



爆発音でかき消されながらも鞭と剣がぶつかり合う


二人はお互いに背を向けたまま


数秒が、静かに、静かに過ぎた


「っぐ…っう…」


ベイカーが膝をつく

腹部を抉るように掠めた一撃に顔を顰める


冷や汗が頬を伝う


「…なぜだ?」


ナルスダリアが振り向かずに問う

一見して勝者として立つナルスダリアの声はどこか優しい響きを帯びている


手に持つ鞭が中ほどで折れている


ベイカーの一撃の向かう先がナルスダリアではなくその鞭だったということだ


あくまでも、ベイカーは倒すのではなく〈無力化〉を試みたのだ


「あんたには…借りがある。俺にも…メルファにも、それを見ずにあんたに剣を振れるかよ」


「ふ…く、アハハハハハハハっ」


突然声を上げ笑いだしたナルスダリアにベイカーは目を丸くする


気品や優雅さ、普段のナルスが醸すそれとは違うどこか無邪気な笑い声がイメージからかけ離れていたからだ


「ハハ…いや、すまない。貴公には…勝てそうにないな。」


折れた鞭を投げ捨てるとナルスダリアは側に落ちていた自分のコートを拾い上げる


パッ、パッと土埃を払うとそれを

今度は優雅な振る舞いで袖を通す


「…ナルスダリア?」


「ベイカー…貴公は、ディエゴ・エルゲイトをどうする?」


「…分からない。でもまずはミザリーを奪い返す、そしてメルファの気持ちを伝える。…そこからは、悪いけど相手の出方次第だ。


ナルスダリアの言うように魔界の門を開くなら止める、人に危害を加えるのだって見過ごすつもりは無い。


でも単純に…メルファの望む姿でいて欲しいんだ。ディエゴには…」


「何度でも言うが…甘いな。だがしかし、一度だ、一度は貴公に任せ、私は裏方に回ろう。」


「どうする気だ?」


「奴が本当に魔界の門を開くというのなら、少なくとも対応策を取っておかなければならない。


もちろんそれは貴公が阻止してくれると思ってはいるが念の為にな。」


「買い被られてるって言いたいとこだけど、それは阻止するさ。全力でな。」


「そんな有様の…貴公に任せるのは酷かもしれんが、対応策の準備が終わり次第こちらにも援軍を送る手配をする。それまでなんとか耐えてくれるか?」


「ああ、根性はあるほうなんでね。…また借りが出来ちまうな」


「こちらのセリフだ…では武運を祈る、ベイカー。」


「ああ…っ、また後でな、ダリア」


背を向け進もうとしたナルスダリアが立ち止まり振り返る


目が見開き、どこか拍子の抜けたような顔に見える

これもまた珍しい


「ダリア?と言ったか?」


「ああ、あだ名さ。ダリアって花と花言葉的にも合ってるだろ?…いや、王相手にあだ名なんで付けるもんじゃないか?」


「…ふ、アハハハハハハハ!本当に面白いな。


いや、構わないさ。そう呼んでくれ…ではな。ベイカー」


手を振りながらナルスダリアは今度こそマカブルの影溜まりに身を落とし姿を消した


「…ふぅ…」


一人になったベイカーは改めて進行方向に目を向ける


城門のような扉は近い


急がなければいけない


ベイカーは、走った。


体力が残っている気はしない

もはや気力だけで立っている、走っている


分かっている


だが、それでも折れる訳にはいかない


「気持ちだけは…負けるか…絶対に…負けるかよ!」

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