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My Nightmare~Last Loaring~  作者: Avi
花の咲く意味
11/21

女帝ナルスダリア・エルリオン

# メルファ サイド


王都ニブルヘイズの北区でイグリゴリらにメルファが捕まった


もとい、イグリゴリに付いていく代わりにベイカーの命を見逃してもらう


交換材料としては、メルファにそれをのむ以外の選択肢はなかった


どこか胸が痛み続けるその選択をとってから3時間強が経っており


メルファは馬に乗せられ、四方を団員に挟まれる形でとうに王都を出ていた


ローブを被った4人に囲まれている状態は、セルセイムの丘から王都に行く道でも経験したがやはり居心地の悪さをメルファは感じていた


「…はぁ…」


しかし、それ以上に大きな喪失感と後悔がメルファの胸の中にあった


「(大丈夫かな…ベイカー…生きてるよな…くそっこいつら…)」


しょげていたと思えば途端に身体を起こし周囲のイグリゴリらを睨み回すメルファ


と言ってもそれになんらかの反応が返ってくるわけではない


「(アタシがちゃんとベイカーの指示を聞いてりゃ…)」


メルファの抱く後悔

それは、ベイカーらがイグリゴリと接敵した際、走り去るジャープをベイカーが追う場面


ベイカーはメルファに「隠れてろ」と指示をした


だがメルファはどうしてもベイカーが心配になり隠れずに後を追ってしまう


結果としてイグリゴリらに捕まりベイカーを危機に陥れてしまった


軽率だったと後悔が尽きないが、そもそもイグリゴリらの狙いがメルファだったことから、それも完全な正解とは言いきれない


酷なことだが、ベイカーはメルファを傍に置いておくべきだったとも言える


「そんなにあの小僧が気になるか?」


右側に位置して並走するのは

メルファの叔父であり、副団長であるジャープ・スタッグ


他の3人とは比べようもない圧があり、傍らにジャープがいるだけでメルファは逃げられる、と言ったイメージが湧かない


更には念を入れているのか、逃走の選択を取らせないようにメルファが駆る馬はどこか弱々しい馬をあてがわれている


仮にジャープがいなくとも、逃走は困難だと諦めざるを得ない


「…ベイカーがあのまま死んでたら恨むからな…」


「若いが…やつはかなり鍛えられていると見える、あれぐらいでは死なないだろう…下手をすればもう目を覚まして動いているかもしれん。」


「慰めにもなんねぇよ…っていうか…なんで叔父さんらは、いや父さんが長なら父さんだ!父さんはなんでベイカーの幼なじみを拐ったんだよ!」


メルファの問いにジャープは押し黙った

恐らく、どこまでを話すものかと考慮しているのだろう


「なぁ!」


「…あれは元々俺たちの物なんだよ、メルファ。お前にとっては特にだ。」


「物扱いすんなって!…え?な、なんでアタシが関係あるんだよ?」


「我々が奪ったのは、いや、奪い返したのは〈フェンリル〉だ。」


「それでもだ!フェンリルが宿ってるからって、女の子拐うかよ!わざわざ公国まで行って?」


「…どういうつもりかは知らんがな。フェンリルの器は、あの小僧が幼なじみというその器は…機械の人形だ。生きている人間じゃないんだよ」


「は?…人形…?」


「ああ、ひどく精巧に造られており俺も最初は戸惑ったが、体温や動きがあるわけではない。フェンリルが収まっているだけの…物なんだよ。」


「(…どういうことだ、ベイカーは人形のために…いや、まだ何かあるんだ…本当に人形なら…ベイカーはあんな顔したりしない!)」


メルファが思い出したのは

幼なじみの為に、焦り、怒り、全力で幼なじみを思っているベイカーの顔、戦う姿だ


「(…今はちょっとでも情報を聞き出して、なんとかしてベイカーに伝える!それしか…アタシにはできない…)」


ジャープの言葉に困惑こそあれど、メルファはすぐに気持ちを立て直す


「まさか、もうフェンリルをどうこうしてるわけじゃないよな?」


「ああ…手が出せない。金色の腕のような光があの器を守るようにしている、いや自身を守っている…のか?」


ジャープが自身の発言になにかの引っ掛かりを感じる


「で、いま何処にあんだ?」


「それを聞いてどうする?と言いたい所だが、メルファは直に会うことになる」


「さっきも言ってたよな…?アタシに関係あるのか?」


「…それは、俺からよりもディエゴから聞いたほうがいい。お前たち家族の話だ」


「じゃぁ、今父さんのとこに向かってるのか?父さんはどこに?」


「正確にはディエゴと落ち合う予定のポイントに向かっている。ディエゴは団員数人とフェンリルを運んでいるのでな、極秘ゆえにそのルートは本人しか分からない。俺たちが先行している事もあるから少しノーズヘッドで休息をとれる。」


「ルートは知んなくても目的地は決まってるんだろ?どこなんだ?」


「…メテオライだ。最北部にある打ち捨てられた古城群、そこで俺たちの計画は成就する」


「(っ!てことは、メテオライ、そこにミザリーが連れていかれるってことだ。何とかベイカーに伝えられりゃぁ良いけど…)」


「妙なことを考えるなよメルファ、大人しくしていなければ我々はいつでもあの小僧を殺せるんだ」


「…できるかよ、ベイカーは強いんだ。…アタシがドジ踏んでさえなきゃ…負けやしなかったんだ…それに…」


グッと唇を噛み締めメルファは前を見た


「(まだ負けで終わった訳じゃない…ベイカーは生きてんだから、アタシが足でまといにさえなんなきゃ勝つ!なんてったって…)」


メルファの視線の先には

橙の夕陽が淡く、燃えるように、それでいてどこか優しい光を世界に届けていた




__________________



# ベイカー & ナルスダリア サイド


ベイカーらも馬を駆り、それもナルスダリアが駆っているためか


しばし走れずにいた馬の、これまでの鬱憤もあるためか


怒涛とでもいうような勢いで北へ北へと風を乱暴に裂きながら走っていた


王都を出る際に受けた兵士からの報告

金髪の女性と数人のローブの人物が王都を出たという情報に、背中を押され


ひたすらに、先行されたジャープらの後を追うため

メルファを取り戻すために


「追いつけるか?」


ベイカーは風にかき消されまいと大きな声でナルスダリアに声をかける


「さあな!だが向こうは4人編成、うち一頭の馬は老馬であるらしい、それにこの馬の豪脚をもってすれば可能性は十分にある!」


「ジャープの向かう先にミザリーがいる可能性はどうだ?」


「フェンリルを奪ったタイミングでありながら、時間を裂き姿を現してまでメルファを拐ったんだ。副団長であるジャープが、今後も別行動を取るとは考えづらい、そしてメルファをディエゴに会わせるという目的があるなら向かう先にディエゴが居る、そしてその傍にはミザリーが居ると、そうでないほうが不自然だ!」


「だったら…全部まとめて返してもらう…!」




_________________


# ルベリオ & リーダ サイド


夜に染まり始めた王都内


公国城内 王室


その中にて公国王ルベリオ・ウェイヤード


そして公国王の書と剣


ルベリオを支えるリーダ・バーンスタインとイグダーツ・バルシュが会合の最中であった


「そうですか…奏国からの文は来ていませんか」


ベイカーを単身奏国へ送り、遠く離れた地でのサポートしか出来ず

状況も細やかに把握できない、歯がゆさともどかしさを3人は抱え続けていた


「ええ、ベイカーが奏国内でナルスダリア王と会合し、それに対しての助力も惜しまない。と文を返してくれたまでです。」


イグダーツの返事にルベリオは歯がゆそうに手を開いたり閉じたりを繰り返す


「少なくとも、ベイカーは無事に奏国でミザリーの捜索をしている。ってことでしょうけど、情報の時間差はなんとももどかしいですね」


「ええ、本当に…」


リーダの顔が険しい表情を浮かべる


本当ならば、我が身で駆け付けたい気持ちを抑えてここで王を、ルベリオを守ることを選んだ


それがミザリーとの誓いでもある

しかしそうと理解していても葛藤は生まれるのだ


「打てる手は打ちました…、あとはベイカーと…彼らに任せるしかできません。けど、けど…僕らには大切な役目があります。…ミザリーとベイカーが帰ってくるこの国を守るっていう大切な役目が。」


「はい、必ず…必ず私が守ります。」


リーダが決意を改めて口にしたときであった。


忙しなく走る足音

そして次いで聞こえたノックの音


「ん?どうぞ」


ルベリオの声がけに、静かに扉が開くと

兵士が敬礼をし、入室してくる


「失礼いまします。陛下にお目通り願いたいと申す者たちがおります、言伝を聞いた。と」


その報告にルベリオら3人は顔を見合わせた


打てる手、それもルベリオらが考えうる最大の一手が訪れたのだ


「すぐに通して下さい!あ、いや、僕らが向かいます、何処に?」


「はっ、応接間にてお待ち頂いております。」


「行きましょう!」


ルベリオが小走りに王室を飛び出す

リーダ、イグダーツも足早に後を追い応接室へと向かった



_________________



# ベイカー & ナルスダリアサイド


追跡を開始し6時間が経過した頃


すっかり夜も更け月がある分進むには困らず順調に追跡を続けられていた2人だが


不意にナルスダリアの駆る馬の速度が緩む


「ベイカー、ここからは歩きだ。」


そう声をかけながらナルスダリアが颯爽と馬を降りる


見れば前方に道らしい道はなく、荒れ果てながらも険しい獣道が傾斜高くそびえ立っていた


「ここを登るのか?」


「言っただろう、険しいからこそ奏国の調査もままなっていないと。馬は置いて行く他ない」


もっともだと、ベイカーは馬の首を撫で労う


「確かにな。ありがとうな、手綱をくくりはしないから危なかったら王都のほうにでも逃げてくれ。…本当によくやってくれた」


ポンポンと優しく叩くと馬は軽くベイカーに顔をこすりつける

気性が荒いなりにも、ベイカーに対してはそれなりに愛着を持ってくれていたらしい


多少名残惜しそうに元来た道へとゆっくりと、時折こちらを振り返りながらも戻り始めた。


「…でも、やつらも馬の移動だったはず…馬はどうしたんだ?」


少しずつ小さくなる馬の影を見送りながらベイカーが問う


「恐らくこの付近に厩舎のようなものがあるのだろう。だがそれを探すに時間を割くより追ったほうが賢明だ、見ろ」


ナルスダリアが指さした方を見ると険しい獣道の中、折り曲げられ折れかけた木の枝が見えた


「あれが?」


2人は近づき月明かりを頼りにその枝を注視するとその割れた枝の状態に気づく


折れた枝の芯は緑がかっており触れればわずかに水分を感じた


「まだ折れて間もない…ってことか」


「ああ、さすがに先程という訳ではないだろうが十分に追いつけるところまで来ている。」


「よし…ナルスダリア…平気か?」


ベイカーが気にしたのはナルスダリアの服装だった


豪奢な上着は獣道を行くには不都合そうに見え、靴もヒールである


そもそもがバリオール奏国の、

四大国の一角を担う国王がこんな山道に挑むというこの状況がそもそもおかしくはある


しかし至って真面目な顔つきを崩さないナルスダリア


「服装のことか?無論だ、汚れたなら洗えばいい。靴に関してもこれが一番履きなれているからな、履き替えるほうが私には逆に不安だ」


「まぁ、それでいいならいいけど気をつけろよ?」


気遣いの言葉にナルスダリアは口角を上げる


「初めて言われたな、気をつけろなどと。ふ、だが気遣いは無用だ、それより行くぞ。月かあっても山道は暗い、はぐれないよう注意しろよ」


「アンタみたいな派手な人、見失うほうが難しいよ」


意気揚々と山道を、道かどうかは危ういが

登り始めるナルスダリア


予想以上に足取りは軽く優雅だ


「(おっと、気を抜いたらホントに見失うかもな。)」


ベイカーは目の前の枝を払いながら、ナルスダリアの背中を追った



そして

一時間


二時間


三時間


四時間と時は過ぎた


道を遮る枝を避け、蜘蛛の巣を払いながらベイカーらは登り続ける


障害物は多いが、先頭をいくナルスダリアは極力それらを避けるに尽力しているようだ


「(なるほど…できるだけ音を立てないようにってことか。確かに、追跡を気取られたら厄介でしかない。)」


あくまで優雅な動きを崩さないナルスダリア

高い集中力と身のこなしは尋常ではないとベイカーは感じた


権力だけでない


それを体現していると。


そのとき


ナルスダリアが身をかがめベイカーを手で制止する


次いで振り向き唇の前に人差し指を立てた



そして小声で


「耳を済ませろベイカー…」


ナルスダリアの言う通りに耳を前方へと傾けると


微かに物音が聞こえた


風が揺らす木々の枝葉の音などではない

地を踏む音、時折木の葉で滑るような音


複数の物音が前方か聞こえてきたのだ


そしてその音の様子からしてこちらに気づいてはいない


「見えるか?」


「いや、かろうじて影が動いているのが見えるぐらいだな。メルファかどうかまではここからでは判断できない」


「どうする?」


「このままの距離を保とう。今速度を上げても追いつけるかどうかの保証はない、恐らくじきに開けた場所へ出るはずだ。そうなればメルファがいるかどうかの判断もできる」


「わかった。そうしよう」


メルファがいるかどうか分からない内に突撃しても、そこにメルファがいなくては警戒を強めるだけになり奪還が困難になる


確定してからでも、ベイカー達にとっても開けた場所に出てからでもそれは遅くないはずだと判断した



そして先導するナルスダリアは

付かず離れずの距離を、微細なコントロールで追跡させる


決して見失うことなく

一時間弱もの時間を登ったころだった


途端に前方の物音が


〈ザッ!…ザッ!〉


と大きく聞こえてきた


「森林帯、獣道を抜けたな。行くぞ、メルファが居るかどうか確認する。だが用心しろ、開けた場所に出た奴らにはこちらの物音も聞こえやすいだろうからな」


頷くベイカー


ナルスダリアはやや早足に山道を登る

そしてほどなく、再びベイカーを制止させると前方を見るよう首で促す


見ると開けた場所は平地のように拓かれており、いくつかの小屋か点在している


松明が数箇所に灯り、多少寂しくはあるが村の様相を呈しているようだ


小屋の中までは分からないが周囲には村人と思われる

つまりはイグリゴリの団員でもあるのだろうか


その姿が十数人ほど見られる


そして何人かが衣服についた葉っぱや蜘蛛の巣を払っている


恐らく彼らが先程までベイカーらの前を行っていた者たちだろう


とベイカーらがその付近を見回していると


「ベイカー…あそこだ」


ナルスダリアがベイカーの視線をある小屋に誘導する


「…っ!」


ベイカーは見つけた


小屋の入り口に立ち、中に向かって何やら話しているスキンヘッドの男


ジャープ・スタッグだ


そして小屋の中、良く見えはしないがかろうじて見えるその足先はメルファのものだ


つまり追いつけたのだ


ベイカーは自身を落ち着かせるように息を細く吐いた


「冷静ではいれているな。見ろ、ベイカー」


再びナルスダリアの促す先を見るとここが頂きという訳ではなく、村の奥から更に山頂へと向かう山道があるようだ


そして、見上げた山肌には数箇所

松明のような灯りがいくつか見えた


このような村がいくつかあるらしい

恐らくそれら含めた全てがノーズヘッドということだと思われる


今見えている人数だけでが敵ではないといことでもある


「(どうするのがベストだ…突っ込んでも足止めを食らってまたメルファが連れていかれちまう。いや、またメルファを人質にでもされたら同じことの繰り返しだ)」


「ベイカー…私が先行する。ジャープ・スタッグは私がメルファを目的としているとは思っていないだろう、彼を引きつければメルファの周囲は手薄になる、もしくは他の場所へと移送するかもしれん。だがどちみちジャープは私にかかるしかないんだ、その隙に取り戻せるな?」


「なっ…危険だ。ジャープだけじゃない、相手が何人いると思ってるんだ」


「まぁ甘めに見て30人程度だろうな。」


「ナルスダリアがただで済まないだろ、また突拍子もないことを…王の血を引くとそんな強気になるのか?」


思えばミザリーもこんな場面では突っ込みがちだったと、かねてより感じていた共通点にベイカーは眉を顰めた


「なんのことかは知らんが安心しろ。私はナルスダリア・エルリオンだ。」


スっと立ち上がるとナルスダリアは襟を正した


「ただし、失敗は許されないぞ?それも分かっているな?」


どうやら何を言おうが、ナルスダリアが先行しジャープらを引き付けるという作戦に変更はないらしい


「…本気なんだな?なら俺が尻込みするわけにはいかないさ」


「よし、ではタイミングを見計らえ。無事メルファを奪い返せたなら、即時離脱しろ。私も様子を伺い離脱する。」


「落ち合うときは…?」


「あの言葉を口にしろ、忘れてはいまいな。では…武運を祈る」


「ナルスダリアも、気を付けてくれ」


スっとナルスダリアはベイカーを振り向くと、ニヤリと笑った


そして


静かにイグリゴリらのいる村へと歩きだした


あまりに自然な立ち振る舞い

村にそぐわない出で立ちでありながらも、そこを歩いていることがさも当然というような姿に


イグリゴリらの反応が遅れた


気づけばイグリゴリらの数メートル先に達し


そこでやっとイグリゴリらが堂々たる異物に気づき警戒が広がる


ざわめく村人


そしていの一番に顔を向けたジャープがナルスダリアへと向かってきた


その背後ではざわめきを感じたメルファが顔を覗かせる


「えっ…なんで女王様がここに…?!」


戸惑うメルファ

その視線は自然とナルスダリアの背後に走る


しかし目当ての姿を見つけられず俯いた


「…これはこれは、奏国の女帝がこんな山奥にまで御足労とは…いかなるご要件で?」


ジャープが丁寧かつ凄みのある声を響かせナルスダリアに尋ねる


周りのイグリゴリらの視線は全てナルスダリアに向けられている


「安心しろ、私は一人だ。そして用件は、何度も申し出ているようにイグリゴリの団長ディエゴ・エルゲイトとの会合だ」


ピクリとジャープが反応を示す


それもそのはずであり、イグリゴリらは誰が長であるかを今の今まで明らかにせずにいたのだ


それを知るのはメルファ、そしてそれを明らかにした時傍にいたベイカーのみ


メルファが向こうにある今それをナルスダリアが知っていることは、ベイカーが報告を既に済ませたことを意味する


「あの赤毛の小僧から聞いたか…やつはどうした?」


ジャープの視線がナルスダリアの背後を流れる


「どうしたとは…知らばっくれているのか?あれほど殴られてはベッドで天井を眺める他できまい。」


ベイカーの存在を隠すようにナルスダリアが誤魔化す


ジャープは、多少訝しんではいるが納得できないわけではなさそうだ


現にベイカーが頭に負った傷はそれなりに深く、1日と経っていない今怪我をおして山道を登ったとは考えにくいのも確かである


だがその発言は思いのほかメルファに刺さり、更に深く沈んでしまっていた


「ベイカー……そうだよな…」


しょげかえるメルファが目に入ってもナルスダリアはそれを慰める訳にも行かず


更に1歩進む


「それで?ディエゴ・エルゲイトはどこにいる?まずはそれなりの立場であろう貴公が話し相手になってくれても構わないが、どうだ?」


「…」


どうやら周囲の物音を探っている


国王が単独で来ることが信じ難く

ベイカーが居らずとも軍を率いていることは想像に易い


というより率いてなければおかしい


「ああ、兵も連れてきてはいない。馬を駆って単独で来た、さすがに馬は麓に置いてきたがな。会合に兵はいるまい?」


「そんな馬鹿な話があるか…いや、仮にあったとしても我々にもはや会合などは不要だ。我々は…じきに奏国の支配から解き放たれる。」


〈ザッ、ザッ〉


いくつかの足音が動きナルスダリアを囲み始める


「…とは言っても私としては会合が最もお互いの為である。というスタンスを崩すつもりはない、皆が奏国のしきたりによって苦渋の日々を送ってきたことは承知している。先代だろうが、先々代の過ちだろうが私はそれに対しての贖罪を放棄するつもりはない」


「だからといって今になって許す、それが我らにとっても受け入れ難いというのも分かるだろう。我らは考える余地を持っていなかった訳では無い、それでももう考え尽くしたゆえの行動を、今起こしているのだと理解しろ」


静かでありながら感情が乗った声

怒りに震えているわけではないその声が逆にそれ以上の発言の無意味さをナルスダリアに知らしめる


「そうか…それがイグリゴリ総員の…ディエゴ・エルゲイトの意思か。」


「そうだ。そしてその意思は、バリオール奏国にとって…対立を意味するという意思でもある。」


「…いや、ようやく言葉を聞けた。長らく接触を計ってみてもここまでイグリゴリらの意志を聞けることはなかった、だがこれまでイグリゴリらから奏国への敵対行動は無かったと思うが、突如対立の意思を示すのはどういう心変わりだ?」


「対立したところで我らが無駄死にすることは容易に想像できた。しかし、今になって希望が見えてきたのさ、必然とも言える希望がな」


「…それがフェンリルということか。まぁ事情は、皆の闘争心を抑えてからゆっくり聞くとしようか?」


ナルスダリアが周囲を見回す


囲んでいるイグリゴリらの団員から強烈な敵意が向けられていることに、もはや悠長な話し合いは現実的でないと判断したのだ


「戦う気か?たった一人で、我らと?」


「無論だ、たった一人と言うがな…王と言うものはいつだって一人しかいない。違うか?」



ナルスダリアが前方に手を翳す

そして、その指先を地に向けると


〈ゾワァッ!!〉


と地に落ちていた影が伸びるようにその指先に昇る


その伸びた影をナルスダリアが掴んで振るうと


〈ヒュンッ!!〉


と長棒というにはしなやかで、鞭というには硬い


だがナルスダリアの出で立ちから言うと「鞭」というのが一番しっくりくる


2mほどの黒い鞭がナルスダリアの武器ということらしい


「さぁ、おとなしくしてもらおうか。」


「…なるほど、だが我らとしてはここで女王を落として奏国を無力化できる良い機会だ。…お覚悟を…!」


ジャープが手をあげると、ナルスダリアを囲むイグリゴリの団員らが徐々にその輪を縮める


そして


〈ザッ!ザッ!〉


と幾つかの足音が同時にナルスダリアへと飛びかかった


「(ナルスダリアッ!)」


様子を窺っていたベイカーが焦る

やはり多勢に無勢が過ぎるかと思われたが



〈ビシッ!!〉



風切り音とほぼ同時、飛びかかったイグリゴリらは全てが地に叩きつけられていた


「…ッ!!」


ジャープが顔を顰める


襲いかかった団員らもすぐに体勢を立て直すがナルスダリアの想像以上の速度に、次の攻撃への躊躇いが見える


「そこまでお手柔らかにしてもらわなくても構わないぞ、遠慮はいらない。…何故か分かるか?」


「さぁな…」


「私も遠慮しないからだ。さぁ副団長殿、月夜の舞踏会と洒落こもうじゃないか?」


「さすがに只者ではないか、だが我らもまだ準備運動さ。」


ジャープが団員らに目配せをすると


〈ザワァ〉


と風が不気味に揺れる


そして


ナルスダリアを取り囲む団員らが黒い靄に包まれ、一瞬の後晴れると


団員らは悪魔の姿へと変貌していた


「ほぅ、やはり目の当たりにすると驚くな。」


言葉でそうは言うものの、表情も振る舞いもなんら変わらない

冷静に1人ずつを値踏みするように眺めている



「悪魔に変わろうとも悪意無ければ私も無下に打ち伏せたりはしない、だが人の姿だろうが悪魔だろうが奏国に悪意を向けるならそれは私にとって敵だ」


鋭い視線が月夜に走る


見られている、ただそれだけのことが囲むイグリゴリに対して大きな重圧となっている


しかしそれで怯むのも僅かな時間だった


ジャープが声を発した


「これは失礼した…団長が不在な今私が相手しなければ奏国王への礼儀を欠く。」


礼儀という建前ではあるが、ジャープは察したのだろう


部下達とナルスダリアの間にある力の差を、イタズラに戦力を欠く判断をしない辺り冷静さは持ち合わせているようだ


そして、部下への目配せ


即座に部下達は悪魔化を解き、メルファの元へ走る


「ゆっくりと対話して頂けるかな?奏国王ナルスダリア・エルリオン?」


「ああ、私の望むところでもある。」


ナルスダリアの力を認め、ジャープが相対するということ


そしてその間に部下達にメルファを移動させる


全てはナルスダリアの思惑通りに進んでいく


しかし


「な、なんだよ!またどっか連れてくのかよ!」


メルファが抵抗をし始めている


その時メルファの頭にあったのは

何とかしてナルスダリアに、ミザリーがメテオライに行くという情報を伝えたい一心


伝えさえすればそれはベイカーの耳に入る可能性は高い


伝える隙を見つけるためにもここを離れる訳にはいかないと考えていた



「…」


その様子を見ていたナルスダリアは一瞬の思案


のち


「メルファ!おとなしくしていろ、抵抗しなければ危害を加えられる心配もない!」


「…へ?……そ、そっか。」


距離はあるが2人の視線があった


「(いちいちそんなことを言う…だけのはずないよな?おとなしく連れていかれろってことか…?女王様が言うなら…)」


目は口ほどに物を言うということもあるようにメルファは察し


途端に大人しくなったことを疑われることもなくジャープの部下らに連れられ、更に上へ向かう山道へと向かって進み出した


「顔見知りでな、多少気にかかることもある…メルファをどうする気だ?」


「どうこうするつもりはない、それよりも。他に気を取られている場合ではないぞ?」


ジャープの足元から黒いもやが立ち上り始める


悪魔化する予兆


ピリピリと肌を刺す感覚がベイカーにも伝わってくる

副団長というだけあり、他の団員らよりも強力な悪魔化を遂げることは明らかだ


しかし、ベイカーはそれを見届ける間もなく移動を始めた


ナルスダリアの目論見通りにメルファがジャープから離れた今こそがメルファを取り戻すチャンスだ


それに、ジャープがいかに手強かろうがメルファさえ取り戻せばナルスダリアが戦闘を続けることもない


ナルスダリアの垣間見えた実力ならばすぐに危機的状況に陥ることはないと思ってはいても、撤退が可能ならばそれに越したことはない


ベイカーは慎重に身を隠しつつ、メルファらが向かった山道へと急いだ


遮蔽物となる木々に隠れ進んでいる為に、ナルスダリア達の戦闘の様子は伺えない


「(信じるしかない…)」


そう思いながらも山道を登る


少しずつ戦闘音が遠くなってき始め、周囲の音も少なくなってきた頃


立ち止まり耳を澄ます


数十mほど前から、枝を踏むような音が聞こえた


近い


「(…焦るな…またメルファを人質に取られでもしたら振り出しだ。できるだけ接近するんだ。メルファが手が届く距離に、イグリゴリらから守れる距離にまで)」


ぐっと拳を強く握りしめると周囲を見回す


今進んでいる道は荒れてはいるが人の往来が頻繁にあるのか、踏み固められ十分に道として機能している


しかし辺りには他にいくつか獣道のようなものも見え、完全な一本道という訳でも無さそうだ


ベイカーとナルスダリアが登ってきた道中も獣道ではあったが、やはりルートがいくつも枝分かれしてあった


撤退の際も上手く道を選べば、麓まで追跡を撒けるかもしれない


無論イグリゴリらに地の利があるのは確かだが、それが獣道を下るのにそこまでの差を生むものではないと思えた


メルファもナルスダリアも身軽な分、無益な戦闘を避けて逃げ切れる可能性は十分にある


「(よし、いける….ん?)」



何か視線を感じる



しかし、ベイカーの周りに人の気配はない

追跡に気づかれたかとも考えたがそれならば動きがこちらにも見て取れるはずだ


ベイカーは木々の間や闇の中に視線を走らすが何者の姿も確認できない


「(…気のせいか?)」


とも思ったが拭いきれないその視線


より一層感じた瞬間に気づいた


空だ


バッと真上を見上げるとそこには

月明かりの乏しい空に1つの黒点


よくよく見れば翼のようなものが見えるが、異質なことにその翼は右側、片翼しか見当たらない


羽ばたくでもなくただその影の背に揺れている


気づいたと察してか、その影はゆっくりと水底へ沈みいくように降りてくる


人の形をしてはいるが、少しずつ見えてくる輪郭は角張り悪魔と判断するに容易い


「…イグリゴリか?」


状況的に言えば間違いないはずだがベイカーはイグリゴリではないものの

だがどこかで似た感覚をその片翼の悪魔に感じていた


返事は期待していなかった


しかしベイカーの耳に届いてきたのは


「同じにするな。あのような愚かな集団と。」


「っ!!」


悪魔化とは、その肉体を人のものから悪魔の形へと変貌するもの


皮膚を外殻へ、人ならざる姿へと変化させるものではあるがその外見的な変化とは違い


声は変わらない場合が多い


「アンタ…なんでここにいる?」


聞き覚えのあるその声は

ナルスダリアの片腕として奏国に従事している


ヴィンセント、ディルミリアの双子の兄弟


そのどちらかだった。


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