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My Nightmare~Last Loaring~  作者: Avi
イグリゴリ
10/21

影を追う

「なぁ…なにしてんだよ、ベイカー。ご飯冷めちゃうぜ?」


イグリゴリとの接敵を果たした数時間後

王都での聞き込みもこれ以上の成果を得れず、ひとまずの休憩を兼ねて遅めの昼食


出店での買い出しを済ませ、宿でとることにしていた


しかし、ベイカーはそれに手をつける訳でもなくずっと機械部品をテーブルに広げ何やら作業を続けていた


「もう終わるよ…よし、できた」


ふぅとベイカーが手に持ったものを眺め回す


それは機構剣ダイバーエースや簡易的爆弾に使うエクスプロッシヴカートリッジだった


「ほら、メルファ。とりあえず三発分」


すっと、それらをメルファの方に差し出す


「え!いいのか!」


「ああ、自衛しなきゃいけない場面もあるだろうし。万が一俺が守ってやれないこともあるかもしれない…念の為にな」


セルセイムの丘でのメルファのサポート

先程のイグリゴリの一団との戦闘行為


そしてこれからの事を考慮するとメルファにも多少なりとも武器となるものを持たせる


ベイカーがその考えに至るのも自然な流れであった


「いぇーいっ、これでアタシも怖いもんなしだぜ」


メルファに渡したものはカートリッジを二つ組み合わせることで各々の中にある薬品2種が混ざり、反応によって爆発を起こすというもの


「っても、セルセイムの丘で使ったものよりかは薬品を減らして多少威力を抑えてる。それでも並の悪魔になら十分有効なはずだ」


「イグリゴリ相手には?」


「多分、あいつらは並の悪魔よりちょっと硬い。個体差があるかもしれないけど倒しきれはしないと思う。それでも動きを止めたり隙を作る分には事足りるはずさ」


「サポート用ってことね。」


「そうだな、組み合わせてから五秒後に爆発するってことも覚えててくれ。あと、使った後は可能なら回収しといてくれ。」


「合点だ。んじゃ、ベイカーも飯食えよ。」


「ああ、ちょっと待っててくれ。」


使った工具類をまとめて片すとベイカーも昼食を食べ始める


メルファはいそいそとカートリッジ2種をそれぞれ腰に提げた鞄の左右に収める


だがその途中で手が止まった


「どうかしたか?」


「いや、こっちの留め具が壊れちゃっててさ。参ったな」


どうやら鞄もなかなか年季が入っているためか、革は丈夫であっても留め具などは経年劣化や旅の過程での破損が見えるようだ


「直してやるよ、他は大丈夫か?」


「マジ?うーん…いやここだけだな」


「貸してくれ、っても自分で作ったんだっけな。余計なお世話か?」


「いやーアタシ不器用でさ、ベイカーが直してくれたほうが助かるんだ。」


「いいさ。このくらい…っと」


ベイカーが食事を飲み込むと、再び工具を取り出し鞄を眺め始める


どうやら問題なく直せそうだといざ修理を始めようとすると


留め具の壊れているポケットに何か入っていることに気づいた


「ん、これ…」


それは以前も見たメルファの本だった


小説のようなサイズではあるがタイトルや背表紙になにか書かれているようには見えていなかったが


手に取って間近で見ると本の背に名前のようなものが書かれていた


「ルシア…?作家の名前か…」


ベイカーの呟きに昼食を再び食べ始めていたメルファが顔を向ける


「うんにゃ、作家って訳じゃねぇよ?母さんの名前だよルシアってのは」


「じゃぁ…メルファの母さんがこの本を書いたってことか?」


「そそ、興味ある?」


「少しな、メルファこの本をお守りって言ってたろ。本をお守りっていうの珍しいなって思ってさ」


「それさ、日記なんだよ。母さんの、アタシが物心着いた頃には病気に伏せてて…アタシが村を出る少し前にそのまま死んじゃってさ。」


「そうだったのか。…寂しいな」


「まぁな、で。この本は母さんがアタシを産む前、まだ元気な頃からの日記。だから、この日記を見ると元気な母さんに触れられる気がしてさ。」


「だからお守りか…納得いったよ。大切な本なんだな」


ベイカーはそのままその本をメルファに手渡した


「なんだよ、見ないのか?」


「人の日記ってなったらな。それにそれは…君のためにあるもんだ。そう思った」


「ふーん。…ん?なんか表が騒がしくないか?」


「え?…確かに…でも悪魔が出たとかそういう感じじゃないな」


窓は開け放っているし元々が賑やかな場所ではあるが、外から聞こえてきた音はその普段以上の賑やかさを感じさせる


しかし悲鳴などといったものではなく、むしろ歓喜の類のものであるように思えた


なにかの催しでもあるのかとベイカーは立ち上がり開け放った窓に近づく


メルファが先んじて窓から外を見下ろし、ベイカーもそれに続いた


すると


街の人々は立ち止まり路地を開けるように両端に整然と並び一方を向いたまま歓声を上げていた


その観衆の視線の方向へと2人も視線を向けると、その方向から人の海を割って歩くようにこちらに悠然と歩いてくる者の姿を捉えた


その人物とは


優雅に歓声、なにかの祭事という訳では無い

ただ歩いているだけで割れんばかりの歓声を浴びながら


奏国の女帝 ナルスダリア・エルリオンが歩いていたのだ


ナルスダリアがこちらを見下ろしているベイカーらに気づくとよく通る声で


「ディルミリアより報告を受けて馳せ参じた。邪魔するぞベイカー・アドマイル…」


振り返り観衆を手ぶりで静止させる


「悪いが、宿屋の主人、人払いを頼む」


そう言い放ち宿屋の中へ入り込むナルスダリア


ベイカーらがそのまま窓の下を見ていると、周囲が慌ただしくなり、ほどなくこの宿屋にいたであろう宿泊客が外へと出ていった


「すご…これが奏国の女帝…?」


「ああ、メルファは見たことなかったのか?」


「うん、話には聞いてたけど…目の当たりにするとすげぇな。」


〈コンコン〉


ナルスダリアが扉の前へ来たようでま、心なしかノックさえ厳かに聞こえる


「失礼する、いいか?」


次いで声が聞こえ


「どうぞ。」


ベイカーの返事ののち、ドアが開いた


毛皮の着いた上着を肩にかけ、黒いタイトな出で立ち

靴だけは異様に華美なそのスタイルは相変わらず一見王とは思えない


初対面の時は、座っていたので気づかなかったが女性にしては背が高い


華美な靴がヒールということもあるがベイカーよりも少し高いように見えた


手近な椅子を引き寄せ着席しただけでも、素朴な椅子が玉座に見える


凛とした表情や醸し出すプレッシャーにメルファは何故か眩しいものを見るように目を細めている


「君は話には聞いている、ベイカー・アドマイルの同行者だな。…その怪我は?」


「…あ、これは当然の報いっていうかその…」


「メルファは…盗賊なんだ。それで昨日王城へ行った時に懲罰ってことか、暴行を受けた」


「なに…?…ヴィンセントか。それは済まないことをした、彼は潔癖すぎるほどに正義を遵守しようとする節があってな。」


すっと、頭を下げるナルスダリア


思いがけない行動にメルファはすっかり恐縮してしまっている


「あっ、いや!ホントに、受けるべき罰を与えられただけだから良いんだ。」


「…そうか」


すっと顔を上げたナルスダリアはじっとメルファを見つめた


視線を強引に合わすように

不思議な目力でメルファも視線を外すことができないようだ


「な、なになに?」


「不思議だな、メルファと言ったか?私はそれなりに人を見る目というものはあると思っている。直感といってもいい。その直感が私に疑問を投げかけるのだ。


君は本当に盗賊なのか?と」


ベイカーはハッとした

それはベイカーも感じていたことだ


本人が盗賊を名乗っていても、盗賊団に属すと言っていても


挙句実際にスリを働かれていても


それでもベイカーはメルファを盗賊、極端に言えば悪人とはどうしても思えなかった


そしてその感覚を同じように感じたナルスダリアに対して、やはり信頼に足る人物だと再確認できる共感であった


「まぁ…細々とやらしてもらってるもので…」


「もうその辺でいいだろ?本題に入ろうナルスダリア」


もはや借りてきた猫のようになったメルファを見兼ねてベイカーが話を戻す


「そうだな。それで報告によるとイグリゴリらを見つけられたと。しかしベイカー、それは「見つけられた」なのか?」


「俺もそう思ってたとこさ。あいつらの立ち振る舞いや去り方は闇に潜むことに慣れてる動きだ、そう簡単に発見できるなんて出来すぎだったんだ」


「ど、どゆこと?」


「あいつらはあえて目撃情報を残したんだ、そして…まぁ敢えて自虐的にいうならまんまと乗せられてあの倉庫街に誘い込まれたんだ」


「へ?なんでそんなこと…」


「あいつらは確認とか言ってた。なんのことかは分からないけどその為に俺たちを誘い込んだってことだけは確かだ」


「…私も配下にイグリゴリの動向を探らせてはいるが、倉庫街での目撃情報は入っていなかった。というより「探っている」と認識させないために聞き込み等をさせていない。あくまで警邏や巡回を装っての調査としている。つまり」


「狙いは俺たちだったってことだ。」


「どっちにしろわかんねぇなぁ…やっぱりベイカーの幼なじみに関係してるんだろうけど…なんか目的があるとして、それの邪魔される前に芽を潰すみたいなことか?」


「としか今ん所は思い当たらないな」


とベイカーは言ったものの気になる事がないわけではない


倉庫街でメルファに向けられていた視線がどうにも引っかかるが、メルファには心当たりも無さそうなので可能性的には低い


「そのなにかの目的の為に万全を期してか…つまりはまだ我々の、というよりはベイカー、貴公が邪魔のできる段階であるということの表れでもあるな」


「きっとそうだ。ミザには簡単に手は出せないはずだからな、そこに手を焼いてんのかもしれない」


ミザリーを、その中のフェンリルが狙いとしてもそれをどうこうする行為はミザリーにとって間違いなく敵性の行為だ


それをフェンリルであるアリスが傍観するだけのはずがない


防御行動を行っており、それが時間稼ぎとなっているとも考えられる


「それでも猶予があると思ってちゃ手遅れになるかも知れない。でも次また同じように手掛かりを掴めるかは怪しい…簡単じゃないはずだ」


「今の所、私の元へ入ってきている情報でめぼしいものはない。私から言えるのは、王都を探し続けるか、それとも彼らの根城があると推測される北部を当たるかの二択だ。貴公らが王都に来てからは王都外へ行く馬車の出入りを監視させ中身も理由を付けてあらためさせているが該当の馬車はなかった。まだ王都内に留まっているか、すでに王都を出ているか。」


「…王都の中にいる可能性は低くても捨てるには不安が残る。ナルスダリア」


「いいのか?私に頼むということは貸しを作るということだぞ?」


すでにベイカーの言わんとすることを察してナルスダリアが口角をあげる


「ああ、王都内の捜索を頼みたい。それに貸しを作ったってあんたはそうそうおかしな事言わないだろ?正当な貸しの返し方で真っ当に返させるはずだ」


「ふ、買いかぶられているのか。まぁ良いだろう…次だ。イグリゴリらが悪魔と化した、とあったが事実か?」


「信じれないだろうけど本当だ。俺は過去に何回か見たことがある、全てが同一の条件かどうかは分からないけどな。」


「……」


足を組み目を伏せたままナルスダリアは沈黙した


人が悪魔と化す、などと容易く飲み込むことが難しい報告であるから無理もない


とベイカーが考えた矢先


短い沈黙が終わる


「イグリゴリの全貌、その総人数を把握出来てさえいないが貴公が対峙した六人全てが悪魔と化したというのであれば、かなりの割合で悪魔と化すことのできる団員がいると仮定したほうがよいだろうな」


「驚かないんだな?」


「隠していたわけではない、言い訳ではないがイグリゴリがそうとはこちらも把握していなかった。あえてその可能性の情報を知らせることがプラスになるとも図りかねたのでな、他意はない。それに…」


「なんだ?」


「貴公なら…問題ないないだろうという直感があったものでな。」


「そりゃ光栄だね。それで悪魔化できる理由についてはなにか分かってるのか?」


「先日話したな。語り手のこと、その語り手の一族がフェンリルに選ばれるため、魔力を宿すという体質をもったということを。」


「ああ、それが関係を?」


「語り手の一族は自身に魔力を宿し、そして訴えかけることができるのさ、「力をくれ」とな。それもフェンリルに選ばれる為の哀しくも涙ぐましい進化というわけだ」


「それじゃぁ…自身の魔力を餌みたいに、悪魔の力を求めて…?」


「そうだ。無論それが人にのみメリットのある行為ではないと自覚、覚悟しての事だろうがな」


「どんなデメリットが?」


ナルスダリアは小さく首を振った


「そこまでは分からん。だが…デメリットがあるだろうとは容易に想像しうる、違うか?」


「…そうだな。ナルスダリアはどう考えてる?イグリゴリが悪魔と化すと知ってる今、あいつらを…倒すか?」


人の形を捨てたとも取れる悪魔化

しかし、その原因にはバリオール奏国の過去の王政が深く関与している


人としてか、悪魔としてか

どう相対するかは奏国の頂きであるナルスダリアの言葉一つ


「人として悪魔としてなどとは極論関係ない。奏国に害を及ぼすならば敵と見なす

、奏国の民や自然、それにまつわる全ての敵が私の敵だ。」


はっきりと言い放つその言葉に嘘や虚偽の欠片さえ見出すことが出来ない。

心のままに、魂のままに言い放つ言葉の力を帯びていた


奏国に仇なすならば敵

しかし、そうでないならば奏国の民として扱うという意味も含まれているとベイカーは感じた


「なら…俺もそれに従う。

その言い分じゃイグリゴリは悪だと言い切れるような行動をまだとってないってことだろ?ただし、やつらがミザに危害を加えるなら、その約束の限りじゃない」


「ああ、悪人らしい行動を取っているのを確認していればここまで頭を悩ませはしない。貴公の事情も十分承知しているさ、さて。」


パンッとナルスダリアが両手を叩き合わせると立ち上がった


「各々動き始めるとしようか、私はいっとき各自伝達の為に城に戻る。」


「ああ、俺達も王都を出て北部に向かってみる。なにかアテはあるか?メルファ」


呼ばれてピクんっと身体が跳ねる


「ん!正直…北部のどこ行ったってイグリゴリの連中はいると思うけど、王都に潜入してるってんなら一番王都から近い村に連絡係とか中継役はいるんでないかな?」


「良い見立てだ、私も同じ見解だがどちみちそう簡単に尻尾を出すかという懸念もある」


「それでも王都探すよりかは余程楽だと思うよ」


ベイカーもすくと立ち上がる

メルファもそれにつられ立ち上がると2人はナルスダリアを見送るため揃って宿を出る


「それではな、ベイカー、メルファ。連絡係というわけではないが覚えておいてくれ。」


「なにをだ?」


「連絡を取りたい時は兵士に伝達してくれればよかったが、王都を出ればそうはいかないだろう。」


「確かに…どうすればいい?」


「一言発すればいい、【マカブル】と。私へ向けてという意志を持ってな。」


「どういう事だ?」


「その時がくればわかる。だが軽率に発しても困るな…よし、僅かでいい。血を流してくれ。それを頼りに馳せ参じると、思っていてくれ」


「まだよく分かんないけど、あんたがいうならそうなんだろうな。わかった。」


ちらと、ナルスダリアがメルファに目を向ける


「勿論、君も呼んでくれて構わない。メルファの身、ベイカーの身に危機が及ぶようなら躊躇わないでくれ」


「お、覚えておきますぅ。」


どうにも腰の低さが上がらないメルファがへりくだりながら頭を下げる


「では。失礼する」


颯爽と再び路地を歩き出すナルスダリア

ほどなく歓声が彼女を包み始める


ベイカーはそんな後ろ姿を見送りながらメルファに声をかけた


「なんだ、随分おとなしかったな。メルファ…ナルスダリアが苦手か?」


見る見る背筋が伸び始めるメルファ

恐縮は終わりのようだ


「苦手っていうか…なんか生き物としてのパワーが凄ぇなぁって圧倒されちまって、わかるだろ?」


「まぁ確かにな。さて、こっからの流れは分かってるな?」


「王都を出て北部へ、だろ?ちっと道は険しいが一番近いのはノーズベッドって村だ。そこまで人は多くないけど険しすぎて王都からの兵士も余程じゃなきゃ避けるって村だ。」


「避けて通れるのか?」


「迂回すりゃ険しい道を行かなきゃ済むんなら誰だってそうするだろ?遠回りになるけど迂回路はもちろんある。でもだからこそって場所でもある」


「潜むならうってつけか。」


「ただ、馬車をずっと引いてるってんならどうかって気もすんだよなぁ。とても馬車が行ける道じゃないんだ。馬車をそのまま使い続けてんなら間違いなく迂回はしてるはずだし」


「それでもそこを通んのが近道なんだろ?距離を詰める意味でもノーズヘッドを行くしかない」


「よぅーしっ!そんなら行こうぜ!あっ、お弁当ぐらいは買っていこうな?しばらく買い出しとか期待できないからな」


「そんならメルファちょっと買い出し頼まれてくれ、俺は部屋で待つよ。」


「はいさ!すぐ戻るぜ!」


メルファに幾らかお金を渡すと足早に駆けていく

どうやら目星はすでにつけていたらしい


ふぅと息を一つ吐くとベイカーは部屋に戻る


先程まで華やかだった部屋が一人になると妙に質素に見える


椅子に座ると、再びメルファの鞄の修理を再開する


金具の形を整え、硬い革を当て布にあてがい強めに縫合する


考えごとをするのに手先の作業はもってこいだとベイカーは思っていた


手先が縫合を進めるのをぼんやりと、第三者のような感覚で眺めながら思考をまとめる


「(イグリゴリ…過去の王政とのしがらみがあるのは理解できる、そのためにフェンリルを宿すミザを狙ったのも。


まだ眠ったままの機械の身体であるミザの状態しか知らないなら、フェンリルを奪うことがミザの生命を奪うことに直結するとは解らないだろうな。…悪意があるって決めつけるのは…いや、それでもまずはミザを取り戻さないとな)」


イグリゴリらが悪人でない可能性は捨てきれない

ミザリーを奪ったことも、事情を知らない者からすれば


鋼の人形にフェンリルが宿っている

という事柄でしかない


「生きている」人を拐ったという感覚でさえないのだ


それを奪い返そうとしているベイカーも彼らにとっては「フェンリル」を奪い返そうとしているとしか映らない


「ミザは…物じゃない…生きてんだ…」


ぐっと眉を顰めたベイカーの耳に足音が聞こえてくる


はっとし、慌てて縫合の締めを終えると

タイミングよくメルファが部屋へと入ってきた


「戻ってきゃーしたよー!って…なんか浮かない顔だな?」


「ちょっと考え事してただけだよ、なんでもない。…ほら、鞄」


「あんらぁ、仕事が早いなぁ。あんがとよ!」


ベイカーが差し出した鞄を受け取ると

修理箇所を突っつき始める


「おお、なんか丈夫そうだ。これで荷造りもできるや」


手早く机やベッドに放り出していた荷物を鞄に戻し始める


買ってきた食糧もメルファに持っていてもらう事にした


「よし…行けるか?メルファ」


「もち!まだ元気ありあまってるぜ」


外はまだ明るいが2~3時間後にはまた暗くなり始める頃合


「悪いけど今日は野宿になりそうだな」


「そんなこと言ってらんないだろ、行こうぜ?」


メルファが軽快に部屋を出ていく

ベイカーも荷物を持ち後を追う


緊迫した状況が続いているのは間違いない

それでもメルファが軽やかに進んだり、ベイカーに快く助力してくれたりするのが役割以上に大きな助けになっていた


もちろん、報酬のためであると分かってはいてもそういう巡り合わせがあったのは幸運だったとベイカーは感じていた


「置いてくなよ、馬は?」


「さっき、水と草やっといたぜ。あいつも走りたくてウズウズしてたぞ」


「頼もしいな、王都出るまでは腹ごなしさせてやるか。」


「んだな。どちみち人が多すぎて全力で走れやしないし」


預けた小屋から馬を引き取ると手綱を握りしめ2人は再び歩き始めた


目的地はノーズヘッドと呼ばれる村


ナルスダリアの協力は手厚く、着実にミザリーへの道は開けてきている


もうすぐ会える


ベイカーは確信を、願望に過ぎなくとも

その願望を原動力にと


強く地面を踏んだ


__________________


# ナルスダリア サイド


ベイカーらと会合したその数十分後


ナルスダリアはニブルヘイズ城の大広間に戻ってきていた


華美な椅子に座し、椅子の両脇の花瓶に活けられている花の香りに目を細めていた


しばしの時間そうしていると、人の気配に目を開いた


足音もなく、いつのまにかナルスダリアの前には2人の青年兵士が揃って片膝をついていた


同じ体型、同じ軍服、そして同じ顔

僅かな違いはそれぞれ分け目の違う髪型のみ


挙動の一つ一つさえ揃っているような双子の兵士


それぞれがナルスダリアの片腕を担う


「ヴィンセント、ディルミリア。来たか」


ヴィンセント・ヴァレリ

ディルミリア・ヴァレリである。


「「はっ、ここに」」


発声のタイミングまで同じ

2人の声が重なり響いた


「何か掴めたか?」


「恐らく、現在王都内に潜伏中のイグリゴリの団員の中に幹部と思われる人物がおります。」


「その信憑性は?」


「ここ数時間におけるイグリゴリの活動の活発化です、多少人目に触れることさえはばからず行動している点から何らかの目的のための行動を開始したと思われ、ここまで隠密性に富んだ行動をしておきながら途端に目撃され始めた事から、目撃による弊害を即時補助できる立ち位置のもの、随時対処のできる能力のあるものが身近にいると想定しました。」


「そうか、ベイカーの話と合わせると可能性は高いな。しかし、その幹部と仮定するものの見定めは我らには難しいな。…ヴィンセント、ディルミリア!」


「「はっ!」」


「攻撃行為を取らない事を遵守し多少露骨でも構わん、イグリゴリの行動を探れ。少数多数関係なくこれより全ての行動を伝達せよ。

並びに王都内を任せる。」


「陛下はいかがなさるのですか?」


「無論私も出る。イグリゴリの長を、ディエゴ・エルゲイトを探す。」


「なにも…陛下がお出でにならずとも我々が」


ヴィンセントの声がけにディルミリアも意思を示すように頷く


「公国の客人の捜し物に我が国の民が関わっているだけならまだしもそれを奪ったものとすれば、長たる私が出ずにどうする。」


「しかし公国からの申し出にそこまでの要請は…恐れ多くも」


「お節介と言いたいのだろう。確かに私がそこまで出しゃばらずとも公国王は既に大きな感謝を捧げてくれるだろう」


「であるならば、やはり我々にお任せ下さい。攻撃行為でなくともイグリゴリを捕らえでもすれば目的は果たせましょう」


「心にもないことを言うな。彼らは容易く捕らえられるとも、易々と口を割ることもないとお前たちが解らないはずないだろう。


だから、私が直接長を探すのさ。彼も対話に応じぬほど獣ではなかろう。」


「危険です。」


「承知のうえだ。」


ナルスダリアの決意に双子が顔を見合わせる


「なぜそこまでなさるのですか、あの小僧に深入りしているのでは!」


「くく…」


ナルスダリアは息を吐くように小さく笑みを

零す


「…なんだろうな、今まで私にはなかった存在になり得るかもしれん。…それが何かは私にはまだ分からない、だから手を焼くのかもしれん。」


双子は揃ってうつむき言葉を探しているようだ

予想外の答えに戸惑いもあるように見える


「では、任せるぞ。お前達を頼りにしている。」


ナルスダリアは立ち上がると、片膝をつく双子の間を歩き抜け大広間を後にした


残された双子はナルスダリアが去った後もしばらくそのままで時を過ごし


やがて


「ヴィンセント…」


「ああ、ディルミリア…」


「全ては陛下の為だ、俺たちは陛下の為にある」


「そうだ、だから陛下の敵を全て、全てうち滅ぼせばいい」


「決まりだ。…最初からそうすればよかった」


「本当に。…あれを利用しよう、きっと役に立つ」


「…始めるぞ。」


二人は静かに、布ズレの音さえなく立ち上がると揃った足並みで広間を後にした




___________________


その凡そ3時間後


# ベイカー サイド


王都ニブルヘイズ内


王都の中心から離れた、先の騒動があったのとはまた別の倉庫街


立ち並ぶ倉庫のうちのややくたびれた倉庫

扉からは中の様子が想像しうるほどのカビの匂いと老朽感


そして開け放たれた倉庫内は暗く

水はけが悪いのか、地面がかすか湿っている



「ぐっ…」


静かだった倉庫のその中で声が漏れ聞こえた


頭の痛みで目を覚ましたのはベイカー


頭を抑えてみると包帯のようなものが巻かれているようだ


気づけば扉の材料のような木の板に寝かされていた


視界に掌を落とすとその掌を睨み、そして強く握り知ると傍の壁を殴った


「くそ!…メルファ…!」


ベイカーは軽く頭を振ると、よろめきながらも立ち上がった


倉庫を見回すと、傍に立てかけられた剣ダイバーエース、そしてその傍に拳銃ジャックローズを見つけた


それを拾い上げるとゆっくりと肩に掲げる


「…待ってろよ。」


ベイカーは顔の土や血を拭うと倉庫の外へ向かいゆっくりと歩き出す


倉庫を出るとすでに日が落ち始めていた

夕陽の橙の光が目に届く


「そんなに長い時間は経ってないな…ん?誰が…治療を…?」


ベイカーは倉庫を振り返り、その倉庫内で起きたことを記憶を確かめるように頭の中でなぞり始めた


__________________


それは3時間前


ベイカーとメルファは馬を引きながら王都を出るべく早歩いているところだった


「なんだか倉庫がまた多くなってきたな?」


ベイカーが言うように街の中心を離れるにつれ、目に入る建物がどんどん華美なものから簡素になっていき華やかさが少しずつ薄れていく


「北側は発展していく中で一番最後に作られた区画なんだ、居住や商売が目的というよりは備蓄や倉庫のためにな。で、この辺は街の人のものじゃなくて奏国の管理下にあるものが多い。」


「じゃぁ静かなのも無理ないってことか、さっきのとこと違って奏国の管理下だからイグリゴリの連中も潜んだりはなさそうってことだな」


「うーん、一応個人のものもあんだけどな?ほら、ちょいちょいボロいのもあるだろ?個人のものだけどほっぽらかしなのもあんのさ。でもイグリゴリも奏国の管理下の建物に挟まれたいとは思わねぇよな」


「そりゃそうか、ナルスダリアの様子じゃこのへんの警邏も隙はなさそうだし。」


「な、ベイカーそろそろ馬乗ろうぜ。ここまで人が居なくなったら、飛ばしさえしなきゃ大丈夫だろ」


「ああ…いや待て…」


ベイカーが手を上げメルファを制止させる


20mほど前、誰かが立っている

奏国の兵士でも倉庫での作業に勤しむ様子でもない


ローブを頭まで覆うように被った

距離はあるが大柄な男性のように見える


たった1人ではあるが、妙なプレッシャーがベイカーに届いていた


ゆっくりと歩き距離を詰めるベイカー


その距離が10m程まで縮まった


「何者だ、アンタ?」


フードの影になってよく見えないが真っ直ぐにこちらを見ているような視線を感じる


〈ザッ!〉


途端にローブの人物が身を翻し走り始める


「!っ待て!メルファ!隠れてろ!」


ベイカーが慌てて後を追う


いくつかの路地を曲がりどんどん北に進んでいく


見失わぬよう追いかけていたつもりだが一つ角を曲がった瞬間


その姿は消えていた


「消えた…いや…」


近くの倉庫、古めかしい扉が一つ開け放たれたままゆっくりと揺れていた


風はないはずだが立て付けが悪いのか

小さな軋みを不気味に響かせ続けている


ベイカーは大型拳銃ジャックローズを握るとゆっくりと進み慎重にその扉を押し開けた


〈キィ…〉


中は思ったより広い

そう感じるのは何か収められているわけではなく何がある訳でもなく全くの空っぽであったためかも知れない


まだ昼間だというのに中は暗く湿っぽい

素早く視線を走らせ中を探るが、特に変わった様子はない


「ここにいる」


不意に聞こえてきた声にはっとすると奥に先程のローブの人物が立っていた


いかに黒いローブだと言えど見失うはずがない、先程まで確かに誰も居なかった場所に立っていた


「何か用ってことでいいのか?」


それでも警戒は緩められない

ジャックローズの照準は威嚇のために真っ直ぐにローブの人物を捉える


「ああ、そしてそれはもう終わった」


「また妙なこといいやがって…なにがっ!?」


ベイカーが声を切ったのは後ろから人の気配を感じたからだった


いくつかの足音


そして


「ベイカー…悪ぃ…」


メルファの声にベイカーは振り向く


そこには同じくローブの人物に連れられた

首筋にナイフを当てられたメルファがいた


「メルファ!…そこまでして邪魔されたくないってことか?」


メルファを人質にされてはベイカーは後手に回るしかない


様子からしてベイカーを誘導した人物が格上らしい

手招きでメルファを連れてくるよう指示をしている


引き連れられるメルファの顔がすれ違いざま近くを通る

怯えていることは明白だった


「赤毛…武器を捨てろ、銃も、剣もだ」


「…メルファに…手を出すなよ…」


ベイカーはジャックローズを、そして肩に掲げていた剣を壁の端へと投げた


その瞬間


〈ビュッ!〉


という風切り音が聞こえた瞬間ベイカーの背に鈍痛が走る


「っっ!!」


新たに背後から現れた影に、角材のようなもので背中を打たれたのだ


思わず膝をつくベイカーの肩に

警告かのように背後から角材が置かれる


動けば打つ、ということだろう


「なんの用かと聞いたな?…もう済んだ」


一番格上らしい人物がメルファを見つめそう言った


「な、なんだよ!ベイカーをどうしようってんだ…」


「違う。」


「え?…じゃぁ…なんだってんだ」


その目線、そして前回のイグリゴリとの接敵の際の違和感


それらからベイカーは察した


「狙いは…メルファか…?」


「アタシ…?な、なんで?」


〈バサリ〉


とローブの人物がフードを下ろした


50代ほどの頑強そうなスキンヘッド

傷が無数にある男の顔があった


しかし厳つい特徴からは想像し難いほどの穏やかな笑みをメルファに向けていた


「俺がわかるだろう、メルファ…ジャープだ。ジャープ・スタッグだ」


「え…あ、あっ!」


メルファが驚きの声を上げる


「お、叔父さん…?叔父さんなのか?」


「ああ、そうだ。…本当に、本当にメルファなんだな。…早く知らせてやらなきゃな」



「お前ら…イグリゴリだろ?なんでメルファを…」


ベイカーが声を上げる


「そうだ。俺はイグリゴリの副団長、そして目的はもうわかっただろう。メルファを連れ返すことだ」


「…じゃぁ…やっぱり…そうなのか?」


メルファが震える声でジャープと名乗った男へと問いかける


「父さんも…イグリゴリ…なのか?」


「そうだ。お前の父は、ディエゴはイグリゴリを率いている…イグリゴリの長だ。」


それを聞いたメルファがベイカーに顔を向ける


その目には涙が滲んでいた


「違う!…いや違わねぇだろうけどアタシは…アタシは知らなかったんだっ!」


イグリゴリの長 ディエゴなる人物


その人物がメルファの父だった


ベイカーにとってもメルファにとっても衝撃は大きかった


「…ごめん…ごめんな…アタシ…」


命の危機こそなさそうだが、それでもメルファをイグリゴリの団員が羽交い締めに抑える


「分かってる…メルファにそんな表裏があるようにゃ思えないからな。」


重大な情報ではあるが、今は状況が悪い


ひとまずこの危機を脱することをベイカーは優先事項とした


「(こいつらは…メルファを傷つける気はないかもしれない。一か八かで武器を拾うか?)」



〈ジリ〉


と片膝立ちの状態から足に力を込める


しかし


〈ゴッッ!!〉


と再びベイカーの背に角材が打ち込まれる


「グゥッ…!」


激痛に再び地に伏せるベイカー


「ベイカー!…やめろ!ベイカーに手出すなよ!」


「なら大人しくついてくるか?メルファ、脅迫めいたことはしたくないが俺たちは極論この赤毛を生かす理由はない…妨害される可能性を考えるなら殺すほうが簡単だ」


「行かなくていい!メルファ…今助けるから…」


「でも…ベイカー…」


「平気だ、これくらい…」


三度ベイカーの傍に立っているイグリゴリが角材を持ち上げる


「やめろ!それ以上ベイカーに手出すなら…アタシは舌噛んで死んでやる!」


メルファの大声にイグリゴリの動きが止まる


「引いてくれ、このまま。そしたらアタシは大人しくついて行く…それが飲めないなら」


メルファが舌を出しそのまま自らの舌を噛みつける


小さく血が滲み始めたのを見たジャープは手で制す


「わかった!メルファの言う通りでいい。お前を二度失わせてしまえば俺はディエゴに合わせる顔がない…だが」


ジャープがスっと手を上げると、ベイカーの傍にいたイグリゴリが角材を持ち上げ


ベイカーの頭へと振り下ろす


〈ゴッ!〉


「っ…!」


ベイカーは頭が酷く揺れるのを感じた

視界が回り、起き上がれるイメージが、湧かない


「やめろっていっただろ!」


メルファが激昂する


「後を追われないためだ…命を取らないだけ歩み寄ったと思ってくれ。…行くぞ…」


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


メルファがイグリゴリを振り切り倒れ込んだベイカーの元へ駆け寄る


そして囁くように言った


「ごめんなベイカー…知らなかったんだ。…いや…ほんとはちょっとだけ…ちょっとだけもしかしてって思ったこともあった。


迷惑かけちまったアタシが言えたことじゃないけど…楽しかった…なんか生きてるって思えたよ。


生きてりゃなんとかなる…アタシのことはもういいからベイカーはミザリーを助けろ。


じゃぁ…行くな…ありがとな、ありがとな…」


薄れいくベイカーの意識が、脳が

身体にいくら動けと命じても届かない


気を失うなと強く思ってもそれは叶わない


血の流れる感覚が身体を這うようだ


去りゆく足音を聞きながらベイカーは静かに言葉を零し意識を失った


「マカブル」と。


__________________


そして現在に戻り


ベイカーは倉庫の壁にもたれ思索を巡らす


それはメルファの行方について


以前イグリゴリについては情報が乏しい

メルファを連れたまま何処へ行ったのか


闇雲に探すだけではとてもじゃないが辿り着けない


今ベイカーの中にある情報の欠片


それはメルファがイグリゴリの長 ディエゴという人物の娘であり


話から察するにそのディエゴにメルファを会わせようとしているということ


だがどちみちディエゴの居場所が分からなければヒントにもなり得ない


ベイカーが気を失い3時間以上が経過していることから、かなりの距離を離されていることも考えられる


挙句、道案内の役割であったメルファの不在はベイカーにとってかなり痛い


「血が…」


傷が塞ぎきっていないのか頭の怪我から血が滲むような熱くなる感覚


そのときふと思い出した


彼女の言っていたことを


「…マカブル?」


ナルスダリアに教えられたその言葉を、

コンタクトのとり方、そのきっかけとなる言葉を意識を失う際に発したのだと思い出した


それがなんの意味を持つのか、聞いたときはわからなかったが


頭の包帯を見ると、気を失っている間になんらかの接触があったのかもしれない


などと思っていると


「目を覚ましたか?」


ふと聞こえた声の発する方を振り向くと、ナルスダリアが手荷物を持ち、こちらに歩いてきていた


「ナルスダリア…どうしてここに?いや、俺が呼んだのか」


「まだ意識というか記憶がはっきりしていないようだな。その頭の傷では仕方ないだろうが、どれ、見せてみろ。治療道具を持ってきた。」


「じゃぁやっぱりこれはナルスダリアが…わざわざあんたがやってくれたのか?」


「不慣れで悪いな、仕方ないだろう。貴公に教えた「マカブル」という言葉は私との直接のコンタクトをとる術だ。それに傷が思いのほか酷かったからな、人を呼んでいては間に合わぬかも知れなかった。…ちょうどいい、そこの木箱に座れ」


手近にあった木箱を示す


ベイカーは言われるがままに座るとナルスダリアは手早く手荷物から薬などを取り出すとベイカーの頭の包帯を解き始めた


「それで?なにがあったんだ。…メルファはどうした?」


ベイカーは一つ息を吐く

そして、その倉庫で起こった全てをナルスダリアに話して聞かせた


イグリゴリ、副団長が現れたこと

今回の接敵がメルファを目的としていたこと

そして、メルファの父がイグリゴリの長だということを


ナルスダリアはじっと話を聞いていた

それでも手を休めず消毒をし、薬を塗り包帯を巻き直す


それらが終わった頃、やっと口を開いた


「ディエゴ…ディエゴ・エルゲイトか。まさかメルファの父がイグリゴリの…つまりメルファの母親は…」


「メルファの父親を知ってるのか?」


「ああ、イグリゴリという存在が発覚した時、その組織の生い立ちを探る過程でピックアップされているリストにあった名だ。そしてディエゴ・エルゲイトは元々王政に仕えていた者でもある、人を従えるという立場にあってもなんら不思議はない。」


「ジャープとかいう奴は?メルファが叔父だって…」


「ジャープ・スタッグはメルファの母の兄だ。そしてその母の名がルシア・エルゲイト。彼女は語り手であり、最後に奏国の管理の元フェンリルを継いでいたものだ」


「そうだったのか…ナルスダリア」


「なんだ?」


「イグリゴリの団長がメルファの父親だとして、いやジャープって奴が関わってるとしてなにか手がかりになることはないか?」


「メルファを優先していいのか?」


「メルファに、あいつらに付いていくって選択をさせちまったのは俺だ。望んだ事じゃない、ならメルファも取り返す…いや、自由にさせてやらないと」


「なるほど、それなら同行しよう。私が代わりに案内する、あくまで」


ピッと人差し指を立てベイカーに向ける


「メルファを取り返すまでの代役だ。いいな?」


「ああ、それで?目星は?」


「変わらないさ、ノーズヘッドだ。しかしジャープが絡んでいるのならそこを目的地とすることに正確性を持たせられる。ノーズヘッドはジャープの生まれ育った場所だ、険しい山道の先にある分調査が進んではいなかったが、奴が副団長という立場ならそこを拠点にしてもおかしくはない」


「わかった…その辺りに馬がいなかったか?」


「ああ、確かに居たな。」


そう言いつつナルスダリアが中指と親指を合わせると


〈パチンッ!!〉


と軽やかに指を鳴らす


〈カッカッカッ!〉


と蹄の音がしたかと思えば、ほどなくベイカーらが連れていた馬が駆け寄ってきた


「いつの間に手懐けたんだ?」


「いや、さっき挨拶しただけさ。ただこの手合いには好かれやすいようでな」


〈ザッ!〉


と美しい所作で馬に跨るナルスダリア


肩にかけていただけの上着を振り落とさぬよう袖を通す


「俺が後ろか…まぁいいか!」


ベイカーも続いて跨るとナルスダリアはゆっくりと馬を歩かせる


「不思議と心が躍る、さぁ準備運動は十分だろう……往くぞっ!!」


途端に馬が速度をあげる、風に流れてくるナルスダリアの髪を避けながら

ベイカーはただその揺れに身を委ねることにした


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