New era
公国には金色の狼がいる
美しい金色の毛並みを輝かせ、その尾を揺らし世界を駆ける誇り高き獣
草木や花々の自然を愛し
日々の幸せを、その日常を過ごす人々を愛し
それらを奪わんとする外敵を打ち倒し人を守ろうとする存在は
数十年、数百年前の逸話に人々の伝聞を混じえながら現在にも聞こえていた
ここルグリッド公国の中心
最も栄え、華やぎそしてかつては最大の危機に瀕した王都ソーデラル
4年前、反逆の左大臣 ハイトエイド・ベルラインの起こした謀反により大きな被害を受け多くの涙や血が流された
だがその騒動の際に、命を狙われた皇太子に付き従いそれを守ったものがあった
単騎でありながら左大臣の配下や、自然に現れる悪魔、悪人から皇太子を守り抜き
公国だけでなく親交深いハイゼン武国さえもその未曾有の危機から救った存在
それこそが「金色の狼」だと
王都内では密やかに語り継がれているらしい
と言うのを
「ね!すごいでしょー?公国には金色の狼がいるのよー!」
と無邪気な顔でそんなおとぎ話を語っている少女が教えていた
7つになったばかりだと自慢げに話しかけてきたその少女の話を
スープをすすりながら聞いていたのは旅姿の赤毛の青年だった
王都内の第三区
街並みの中、屋台のように設けられた飯屋のカウンター
その少女はその飯屋の看板娘、ということらしい
「こらこら、食事の邪魔しちゃダメだろう?すまないねぇお兄さん。旅の人かい?」
屋台の内側から店主が顔を出して娘を注意するが、それでも娘可愛さが隠しきれておらず手を伸ばし猫撫で声で娘の頭を撫でている
「そんなとこです、王都に来るのは3年ぶりになるかな」
「へぇ?王都には何か用が?」
「金色の狼探しに来たの?私も会ってみたいなぁ」
仲間はずれが嫌なのか、少女が会話に挟まりながらより一層声を張り上げてきた
「シェリ…まったく、この子こないだ殿下に聞かせてもらって以来この話に夢中なんだよ。」
「殿下って…ラビ、じゃない。ルベリオ国王にかい?」
赤毛の青年がパンを齧りながら少女に尋ねた
「うん!国王様はね、よく王都の中をぐるぐるしてるの。その時におとぎ話だって聞かせてくれたの」
「へぇ…そんなことしてたのか。ラビらしいな」
「殿下もおとぎ話だって言ってただろう?居るっていう訳じゃないんだ…第一殿下はぐるぐるしてるんじゃなくて街の様子をつぶさに見守ってくれて…」
店主が娘のムッとした顔に気づき言葉を途切れさせる
そんな様子を眺め
「ははは、そうだね。シェリだっけ?金色の狼は本当にいるよ。実は俺も見たことあるんだ」
ポンポンとなだめるように少女の頭をベイカーは撫でた
「ホント!?やっぱりいるんだよね!私もいつか会えるといいなぁ」
青年の賛同に満足気な少女はピョンっと椅子から飛び降りると
ぷらぷらと歩き出した
長閑な昼下がりに暖かい日差し
聞こえてくる民衆たちの声も賑やかで活気がある
すぐ近くにいた衛兵が大荷物を持った老人を気遣い、家まで荷物を運ぼうとしていたり
優しい風景が平和だと教えてくれているような、きっとなんでもない1日
「…ラビも頑張ってんだなぁ、良い国にするために…」
ポツリ呟く
お腹も満たされたことだしと、席を立とうとしたちょうどその時
〈ガシャンッ!〉
と物音がした
そして
「いやっ!来ないでっ…」
と先程の少女の声
立ち上がり声のほうを見やると
地面に膝をつき、涙を浮かべる少女と
その目の前に牛の骨のような顔の悪魔が棍棒を振り回しながら見下ろしていた
「シェリッ!!くそっ、なんだって…」
店主が慌て身を乗り出すが駆け寄って間に合う距離ではない
〈グブゥ…〉
獣の呻きのような声をあげ少女を眺め回す悪魔に、少女はすっかり怯え縮んでいた
それに気をよくしたのか、満足気に棍棒を高々と掲げた
虐殺を躊躇わないその素振りは悪魔たらしめるものだが
それを見過ごすはずはない
〈ドゥオンッ!!〉
〈ガラッ〉
聞こえたのは独特な発砲音と
次いで悪魔が手に持っていた棍棒が掴んでいたその手もろとも弾け飛んだ音だ
「居るんだよな、空気読まない奴ってのは…」
その発砲音の音の主は青年、ベイカーだった
6連装の大型拳銃で肩を叩きながら
もう片手には、ゆうに1mを越す
何やら峰に当たる部分に機構を備えた剣を持っている
「悪魔に雄だの雌だのがあるか知んないけど…男なら女の子の顔を曇らすもんじゃない…ましてや泣かすなんて最低だ!」
〈ザッ!!〉
地を蹴る音が聞こえた瞬間には
ベイカーはシェリを抱き寄せ、その視界から悪魔を隠しながら剣を横殴りに振りかぶっていた
悪魔も対抗しようと腕を振るうが
ベイカーの剣戟はそれよりも更に早く、強かった
〈ゴシャッ!!〉
鈍い音を鳴らし、そのまま剣を振り切り悪魔の首を切り飛ばす
切り飛ばされた首がどこかにぶつかる間もなく、その悪魔は結晶化し、砕けて砂が流れるように消えた
「さて…怖かったね。もう大丈夫だよ」
笑顔を浮かべるとベイカーは膝をつき、少女をなだめる
いまだ状況が飲み込めずにいるようだが、ふと少女は何かに気づき目をハッとさせた
「あっ!お兄ちゃん、髪が…金色のとこがある!」
ベイカーの赤茶の髪、その前髪の一部が金色なことに興味を持ったのは「金色の狼」のおとぎ話由来だろう
そもそもこの公国には赤系、茶系の髪色が主で金髪などはお目にかかることの無いほど珍しいということもある
「ああ、これはね。会ったことあるって言ったろ?金色の狼と仲良しって証さ。」
その金髪を指で弾きながらどこか照れくさそうにベイカーが言うと少女は先程までの恐怖も忘れ、らんらんとした瞳で羨ましそうに見つめていた
「うわぁ、いいないいなぁ、綺麗!」
「君の髪だってキレイさ…って、うん。お父さんのとこに戻って隠れてな?」
少女を父の元へ促すとベイカーは立ち上がり王都の中心へと目を向けた
王都は王城を囲むように第一区、第二区、第三区、第四区が層をなしている
今いる三区より内側、二区か一区かまでは判断できないが騒がしい気配をベイカーは感じた
時折聞こえてくる音の中には発砲音のようなものもある
「なんだ…?向こうにも何かが起こってんのかな」
ベイカーは少女が父親の元に辿り着くのを見届けると剣を上着の後方、肩甲骨に当たる部分に備えた金具に引っ掛け第二区へ向かって走り始めた
_______________
〈ザッザッザッ〉
第三区から、二区へと駆け込んできたきたベイカー
やはり、少しずつ喧騒が慌ただしさを帯びてきている
悪魔の影は今のところ見えないようだが、どうやら一区から逃げてきている人達が殺到しているようだ
ベイカーの視線の先、足を怪我した老人に肩を貸しながらこちらへ歩いてくる兵士を見つけた
王都内の警備を担当している護警団のようだ
避難を誘導しているらしい
それに駆け寄る
「一区でなにかあったのか?」
「え?ああ、何体か悪魔が現れて一区内を荒らし始めてる。護警団が対応しているが如何せん数が多いし、出現場所がバラついてる。」
「分かった!手を貸してくる!」
「危険だぞ!戦えるのか…君は?」
「その為に武者修行してきたんだ…もう…見てるだけじゃない…!」
再び駆け出したベイカーの背に、兵士は声を投げかけた
「無茶するなよ!王城からの援軍もすぐ到着するはずだ!」
一区までは全力で走れば数分もあればたどり着く距離
だが、一区から避難してくる人達を躱しつつというのはやや足を緩ませる
「王城からの援軍…流石に行動が早いな。でもまさかとっくに起きてたなんてこと…」
苦い顔をしながら走っていると
真正面から犬のように四足で走る悪魔と、それに追われる人が目に入る
ベイカーは剣に手をかけると避難民とすれ違い、そしてその犬のような悪魔には振り下ろすように剣で叩き伏せた
結晶化して消えたのを見送ると再び、走り出し間もなく一区内へと滑り込む
何体か空を飛んでいる悪魔が目に入るが
その内のいくつかはユラユラと揺れながら墜落している最中であったり
被弾しながら断末魔をあげている最中であったりしていた
銃を構えている兵士たちの姿を見るからに
迎撃体制は十分に取れているようであった
道の至るところでも護警団が悪魔と多対一になるように統制されており、少しずつ騒ぎは沈静化している様子を感じさせていた
ベイカーはそんな様子に安心しながらも王城へと走った
一区から王城は近い
この様子だと問題は無さそうだと思いつつも城壁が見えるほどの距離まで近づいたとき
〈ガラガラガラガラッ〉
と慌ただしく車輪を転がすような音が耳に入った
「…ん?避難してんのか…もう落ち着いてきてると思うけど、まぁ用心深いのは良い事だ?」
スピードを緩めながらも城壁へ、そして城壁沿いに門へと走っていると今度は兵士たちの声が聞こえてきた
「急いで!必ず見つけてっ!」
その中の一際高い声、どうやら指示を出しているようなその声にベイカーは聞き馴染みを感じ
城壁のヘリの上から聞こえてきたそこに向かってベイカーは声をかけた
「おーい!リーダだろ!いるのかー?」
すぐに足音と共にリーダが身を乗り出しこちらに顔を出してきた
髪が短くなっている以外は変わりもなく元気そうだと、呑気なことを考えているベイカーを認識すると挨拶より早くリーダは叫んだ
「ベイカー!黒い馬車を追って!まだ近くに居るはず!」
事態が落ち着き始めている割には緊迫した表情だとベイカーは気づく
「え…馬車…?」
そういえば先程馬車の車輪のような音を聞いたなと来た道を振り返るベイカーの耳に入ったリーダの次の言葉は、ベイカーの眉間にシワを刻ませた
「ミザリーが奪われた!」
ハッとその言葉に目が揺れる
「ミザが…!?どういうことって…言ってる場合じゃないなっ」
言葉を切ると同時に走り出す
先程の車輪の音が該当の馬車だとしたら走って追いつくには時間が経ちすぎてしまったかも知れない
だが王都内の道ならばそこまで悠々としたスペースがあるわけではない
多少スピードは抑えなければ、家屋や人との衝突などで余計タイムロスになるはずだろう
追いつける可能性は十分にある
「(この騒動だけならともかく、ミザの誘拐?タイミングが悪すぎる)」
前傾気味での全力疾走
走りながらも情報は漏らすまいと耳にも神経を集中力させる
やはり街並みの様子は少しずつ落ち着いては来ているようだが、それでもまだ悪魔は残っている
目の前に、獲物を探しているように家屋を覗き見ている悪魔が目に入る
「急いでんのに…っ!」
だからと言って放っておくわけにもいかない
ベイカーはその悪魔に銃口を向けると同時に引き金を引いた
〈ドゥオンッ!!〉
と発砲された弾丸が悪魔の背に小爆発を起こした同時に、同箇所に斬撃を叩き込む
先程まで戦っていた悪魔達と同じタイプだ
なんなく撃破することには成功したが、いっときのタイムロスにはなった
その一瞬のタイムロスが焦りを加速させる
「(まさかとは思うけど…こんな時にじゃなくて、この混乱がミザを奪うために起こされた?)」
そんなはずは、と思いつつも
思考が枝分かれしつつ様々な可能性が頭を巡る
しかし、一区を離れ二区に入るとにわかに道に町民が増え始める
と言うよりは一区から二区へと、二区から三区へと
外側へと避難していた人達が少しずつ元の居住区に戻り始めていたのだ
「これならそんなにスピード出せないだろ!」
と望みが見えて来ると同時に雑踏に紛れ
ベイカーの耳に車輪の音が微かに聞こえてきた
「(近いっ!)」
ベイカーは家屋の横に積まれた木材を見つけると、それを足がかりに手近な家の屋根に飛び移った
王都内の家々は隣接して立っている部分が多い
屋根の上を走ったほうが障害物は少なく、馬車が屋根の上を走れない以上
差を詰めるにはそうするしかない
〈ガシャッ!…ガシャ!〉
と足を踏み込む場所に注意を払いながら屋根の上を飛ぶように走っていく
「(急げ…!王都を出られたら追いつけないっ!)」
懸念は王都内で追いつくことが出来なかった場合である
建造物やすれ違う人並みがなくなるというだけで馬車は格段にスピードをあげることが出来る
対して追うベイカーは体力の消耗はあれど今以上にスピードを出すことなどできないのだ
どうあっても王都内で取り戻さなければ、行方を眩ませられ何処に向かうかも分からぬ状態となってしまう
そうこう思索巡らす間に馬車の後ろ姿が遂に視界に入った
車輪の付いた箱のような形の荷を馬が二匹で引くタイプの馬車であり、馬と荷を挟むように手綱を引くための席がある
荷が壁になりよく見えないがローブを纏ったような人物の姿がちらりと見えた
〈ガラガラ!〉
と慌ただしい車輪の音に王都の民達が避けるように道を開けている
問題は王都内でどうやって止めるかだ
馬に引かれているのだから、馬を止めるか
馬と荷との接続を断つか
だがどちらにしろ穏やかに制止させられるイメージは湧かない
「(荷台に飛び移って…荷の中にいるミザを取り返す!とにかく手が届くとこにさえ行ければ!)」
ベイカーはタイミングを探る
そして間もなく現れた好機
少し角度が強い曲がり角が馬車の目前に迫り、その速度がかすかに落ち始めた
「ここだっ!!」
〈ダンッ!!〉
と思い切り屋根を踏み込み、馬車の荷台にへと大きく飛び込む
「(行ける!届く…!?)」
瞬時に悪寒が身体を突き刺す感覚
まずい、とベイカーは伸ばした手を素早く引いた
そこに
〈ズァンッ!!!〉
とベイカーの手があった場所に何かが振り下ろされる
「くっそ!!」
思いきり体勢を崩したベイカーはそのままの勢いで地面に叩きつけられる
〈ザザァッ〉
地を転がりながらも体勢を立て直すと
そこには巨大な鉈を持った悪魔が立っていた
仮面のようなものを被った人型の悪魔
格子のようになった面の奥から不気味な光が見える
先程振り下ろされたのは今も尚ベイカーを切りつけようと揺れているその鉈だろう
「どけよ…遊んでる暇はないんだっ!」
悪魔越しに馬車が再びベイカーの元から離れていくのが見える
「(こいつ…どっから現れたんだ?そこまで注意力が散漫してたか…?)」
突如目の前に現れた悪魔に戸惑いと疑問が生まれる
だが同時にその暇もないとベイカーは背の剣の柄を握った
〈ダッ!!〉
地面の僅かな砂に滑りながらベイカーが飛び込む
思い切り剣を叩き込むつもりで振り下ろしたが
〈ガィンッ!!〉
鈍い音が鳴り鉈で防がれる
何でできているかは分からないがかなり頑丈な鉈だ
「くっ!…固いな!」
〈ギンッ!〉
〈ガギン!!〉
何度も剣を叩き込もうとするがいずれも鉈での防御行動に阻まれ有効打が見込めない
「(なんだこいつっ…えらく冷静に見えるな。けどっ)」
〈ザッ〉
とベイカーは一歩引くと懐に手を差し込み掌に収まるほどの赤い長方形の箱のようなものを取り出した
そしてそれを
〈ジャキッ〉
剣の背に当たる部分に備えられた機構に差し込むと再び斬り込みにかかる
その剣戟ももちろん同様に防ぐ為悪魔は鉈で防御体勢を取った
そして剣と鉈がぶつかる瞬間
ベイカーは剣の鍔に組み込まれている銃の引き金のようなレバーを引いた
〈ドゴォン!!〉
途端に爆薬が炸裂したような音
それは実際に剣の背の機構で爆発が起きた音だった
その爆発の勢いに乗った剣戟は
〈バギィッンッ!!!〉
と防御の為に掲げられた鉈を叩き折りながら悪魔の顔に叩き込まれた
猛烈な一撃を喰らった悪魔はグラッとよろめき崩した体勢を立て直そうとする素振りこそ見せたがその命はそこまでもたなかった
〈ピシピシピシ〉
と黒く淀み固まり始めたその体は、次の瞬間には弾けて割れた
悪魔を鉈ごと叩き割る一撃を放ったベイカーの剣
それはかつてのベイカーの〔友〕から託された折れた剣
それを改修・改造を施したオリジナルであり
剣の刀身には薬品Aが仕込まれてあり
エクスプロッシヴカートリッジと呼ばれるベイカーがセットした掌に収まるほどの大きさの赤い箱には薬品Bが内蔵されている
エクスプロッシヴカートリッジがセットされている状態で鍔のトリガーを引くことで薬品AとBが混ざり、反応を起こし爆発を起こす
その爆発の反動を利用した斬撃を行うのが
「ダイバーエース」と名付けられたベイカーのメインウェポンである
中距離、遠距離用の武器として先程から使用していたのはこれまた改造された6連装の大型リボルバー
「ジャックローズ」、以前ミザリーに作った「マリーゴールド」を模して自分用に作成したものであり
「マリーゴールド」ほどのパワーは無いが、それでも軍で使用される銃類とは比べものにならない代物だ
ベイカーはそのジャックローズを構え馬車に銃身を向けようとしたが、その姿はすでにベイカーの視界から消えてしまっていた
「っつ…」
唇を噛み締めながらもじっとしている暇は無い
「(状況が見えない…闇雲に追うよりラビやリーダに事情を聞いて行方を追う手配を直ぐに…いや、あの2人の事だ。もう何かの手を打ってくれているかもしれない。)」
ベイカーはひとまず一区へ、王城へと向かうことにした
踵を返し、悪魔との戦闘を遠巻きに見ていた人々の間を縫うように駆け出す
王城ならば足の早い馬を借りることもできる
はずだ
走って追いかけるより余程追いつける可能性は高い
「(…くっそ!どうなってんだよ…ミザ!)」
歯を食いしばりながらベイカーは王城へと一心不乱に走り続けた