七十二話
「終わった、終わった」
組手が全員終わり話し合いをしているのを確認してクライシスはダンジョンへと何も言わずに向かう。
疲れただろうし後は終わったら解散するだけだし、そのぐらいは言わなくても大丈夫だろうと考えていた。
「ん?クライシスくん、どこに行くんですか?」
「ダンジョン」
「………これで終わりですか?」
「そうだけど?組手と反省会でこれ以上は体力的にキツイだろうし」
「せめて何か言ってくれません!?」
先に組手を終わらせ反省会をしていた生徒たちがクライシスが離れていくのを目にして声をかける。
そして何も言わないことに多少キレながら文句をいう。
それにクライシスは頷いて息を吸う。
「反省会が終わったら終わりだから帰っても大丈夫です!俺は帰りますので好きにしてください!」
そう宣言して言葉通りに目の前から去っていくクライシス。
文句を言った生徒たちはそうじゃないと思いながら呆気にとられて何も言えない。
そのままクライシスは生徒たちの前から離れていった。
「そうだけど!そうなんだけど!?」
色々と言いたいことはあるが口にする前にクライシスは去ってしまう。
もう少し色々と気にかけてくれても良いじゃないかと生徒たちは不満を抱いていた。
こちらの疑問や質問を応えてくれる時間も欲しい。
明日、学園に来たら直ぐに頼みこもうと生徒たちは顔を見合わせていた。
「さぁて………」
クライシスはダンジョンの中を歩いている途中、ニコニコと笑っていた、
それは学園からギルドへ、ギルドからダンジョンへと歩いている途中も同じで周りからは警戒と怯えが混ざった視線を向けられていた。
「ここなら開いているし大丈夫かなぁ」
「ふん。動画で見ていたが確かに実力は……!?」
「へぇ。避けたんだぁ」
風を切り裂く拳をクライシスの後ろを隠れて尾行していた男は避ける。
ギリギリで避けれたそれに男は冷や汗を流す。
「少しは楽しめそうだなぁ?」
「やる」
「お前が品定めする側だと勘違いていたのか?」
「なんだと?」
「弱いくせに」
クライシスの言葉に頭が真っ赤になって殴りかかる男。
筋肉隆々で身長もクライシスと比べてかなり高い。
体格にかなりに恵まれた男が襲ってくる。
技術も身体に染み込ませてきているのか決して力任せではない。
「ふっ!」
拳を振り下ろす。
何度も繰り返し、途中で蹴りも入れるがそれら全てをクライシスは当たり前のように避けていく。
「らぁぁぁぁぁぁぁ!!」
突きを放つ。
身体を横にズレて避ける。
突きを放つ。
首を横に傾げて避ける。
蹴りを放つ。
身体を横に動かして避ける。
突きを放つ。
前に動きながら男の横へと移動して避ける。
蹴りを放つ。
後ろに引いて当たらない位置まで下がる。
突きを放つ。
避けながら前へと移動し男の後ろへと回り込む。
突きを放つ。避ける。突きを放つ。避ける。蹴りを放つ。避ける。突きを放つ。避ける。蹴りを放つ。避ける。突きを放つ。避ける。蹴りを放つ。避ける。蹴りを放つ。避ける。突きを放つ。避ける。蹴りを放つ。避ける。突きを放つ。避ける。突きを放つ。避ける。蹴りを放つ。避ける。
何度も何度も攻撃しては避けるを繰り返す。
「やっぱり避けるより、攻撃するほうが疲れるのかなぁ?」
攻撃している男は息を荒げていき、対象的にクライシスは全く息が上がっていない。
そのことに男は少し冷静になった思考でふざけるなと思う。
攻撃をするよりも只避けるだけの方が厳しいはずだと。
いつ攻撃が当たるかわからない。
当たれば痛いだけではすまない。
いつ攻撃が終わるかわからない。
どれか一つだけでも恐怖や焦りの原因になるのに避け続けているだけなのはおかしい。
余裕を持って避けているから自分の攻撃が激しくて反撃に出れないとは思えない。
むしろどれだけ攻撃しても全く当たる気がしてこないことに男のほうが焦っている。
このままでは体力が尽きて必然的に負けてしまう。
情けなさ過ぎて更に必死に攻撃が激しくなる。
一撃でも当てれば勝てるはずだと。
「ははっ」
「え?」
だから自分の拳が簡単に受け止められたことに理解が追いつかなくて止まってしまう。
「ほぅら引き抜いてみたらどうだ?」
「っ………」
クライシスの手から拳を引き抜こうとするが全く動くことができない。
両足を踏ん張って力を入れても動かすことすら無理だった。
「おっまえ、俺を一撃で倒せるとか思っただろう?」
「なにを………」
「この程度の腕力じゃ無理なのになぁ?」
「ひっ」
心を読まれたこと、そして身のこなしも単純な腕力でも力の差を教えられたことに後退る。
拳を離され後退りできたことに気づかないほどに思考に余裕がない。
そのことにクライシスはため息を吐く。
「まぁ、こんなものだろうなぁ」
そして男は自分の身体が爆発したと錯覚する。
「おごっ!?」
自分の身体を見ると腹にクライシスの拳が突き刺さっていた。
殴られたのだと理解すると同時に口から赤い液体を吐き出してしまう。
それが血だと理解すると同時に目の前が真っ暗に染まっていった。




