四十六話
「クライシス。今日は放課後大丈夫そうか?」
「無理。今日は説明があるからって事務所に呼ばれている」
「……そういえば先輩たちも今日は無理かもしれないって言っていたな。何かあったのか?」
「登録者が一万人を超えたから説明らしい」
「ふぅん」
詳しいことは分からないが事務所の機密もあるだろうからとそこで納得する。
「明日は大丈夫そうか?」
「………まぁ、良いや。多分大丈夫じゃないか?」
「なら頼む!」
クライシスの言葉に歓喜の声を上げる。
その様子にやっぱり自分より強いやつが出てくるのではと思う。
フレールは無理だと言っていたが強くなろうと努力しようとしている者を見れば、自分もかつてはそうだったなと懐かしく思うし、負けられないと自分を更に鍛えたくなる。
「別に良いけど、それはそれとして俺は自分の用事を優先するからな?」
「何度も言っているから分かっているって。でも何だかんだで急な用件が無い限り約束したら護ってくれるだろ」
「そりゃそうだろ」
クライシスは自分優先だと宣言するが急な用事がない限り約束は守るからとクラスメイトは気にしない。
少なくとも自分たちの我が儘でクライシスの時間を奪っているのは理解できていた。
「一応言っておくけど、本当に無理そうなら休んでも良いからな?」
「わかっている」
それにクライシスの好意を裏切って、それを当然だと思って責め立てたらどうなるのかと背筋を震わせてしまう。
きっと配信でも言っていたとおりに法や倫理を考えずに報復する可能性があるのが怖かった。
「こんちには、クライシス君。まずは登録者一万人突破おめでとうございます」
「皆さんの協力のおかげです」
「そうですか。まずは様々な説明がありますので、こちらに来てお座りください」
事務所に入り早速とばかりに挨拶をすませ案内させられる。
指示通りに座ると少し待ってほしいと事務所の離れていく。
「すみません。お待たせしました。それでは、こちらをどうぞ」
「大丈夫です」
書類を渡してきた事務員も向かい側の椅子に座り、まずは一枚の書類を見せてくる。
そこから説明が始まった。
「こんなところでしょうか。……何か疑問に思ったところはありませんか?」
「大丈夫だと思います」
「そうですか。それなら良かったです」
説明が終わり事務員の確認にクライシスは頷く。
手渡された書類には大事なところには赤い線を引かれたり丸い線で囲まれたりしている。
他にも詳しく書かれたりしている。
「もし困ったことがあるのなら私達はもちろん同じ学校の先輩やライバーの先輩たちにも頼ってくださいね。働いているとはいえ、まだ未成年ですので」
「ありがとうございます。もしもの時は頼らせてもらいます」
「えぇ、そうしてください」
クライシスの言葉に事務員はこんなことを言ってくれるが結局は頼らないんだろうなと考えている。
今までも経験の少ない若い者たちはそうだった。
だから何かあったときのために気を配らないといけないと考えている。
「………そういえば俺って事務所ではどうなっているんですか?」
「どう、ですか?」
「結構、物騒なことも言っているので炎上?というのもしているでしょうし」
「………世の中には炎上系アイドル。この場合は炎上系配信者ですね、そういうのもありますので気にしないでください。それに画面からでも偶に伝わる殺気や狂気でガチなのが分かってしまうので批判は少ないです」
「?」
「どうしましたか?今のところでなにかわからないところでも?」
「批判があるのなら、それに対して報復してないし行動に出るのは口だけだと分かって更に激しくなるだけじゃないんですか?」
「実害がないから無視されているのだと意見がまとまっていますね」
そんなものかと納得するクライシス。
配信形態についても特に何も言われてないし、それで登録者も一万人を超えたし、配信形態はこのままで良いやと考えている。
「あぁ、そのことで一つ感謝しています」
「はい?」
「君のような者も所属しているということで以前よりもアンチのコメントが減ったので。配信者も心無い発言には本当はキレているじゃないかと考えたみたいです」
「………アンチのコメントって事務所で対処しているんですか?」
「酷すぎるのは事務所でも対処しています」
仕事が減ったんだなとクライシスは理解する。
それなら多少は好き勝手やっても良いかと考える。
そもそも似たりよったりの配信をして金を稼げなくなるのなら炎上系のほうが遥かにマシだ。
「なるほど………」
つまり今まで通りで良いかとクライシスは決める。
本当にやばくなってきたら注意するだろうと思うし、本当に事務所まで損害を襲ってくる可能性が出てくるまでには口を出してくるはずだ。
そして損害賠償の話が出てきたら学校を辞めてでも逃げ出せば良い。
「………そのための準備も色々としないとな」
「どうしましたか?準備なら私達も多少は手伝いますよ?」
「すいません。こちらの話ですので。………本当に見つからなかったら手を借りますので」
「ふむ……。わかりました」
とりあえず納得する事務員。
だが念のために準備だけはしようと考えていた。




