十九話
「見てたわよ」
「急に何の話しですか?」
帰宅についていると後ろからビースに恨ましげに文句を言われてしまう。
何のことかと問いただすが睨んでくる。
「私と先に約束していたのに他の人を先に鍛えるんだ?」
「別に良くないですか?」
「私との約束はどうするのよ?」
「配信の時に鍛えるんですから、それ以外は好きにしても良いじゃないですか?」
「………それは」
「そもそも誰を鍛えようとか先輩には関係ないし、先輩だけを鍛えろと言われたわけでもないじゃないですか?」
「ぐっ」
クライシスに言い負かされるビース。
先に約束したのに後に回されたのが気に食わなくて文句を言いに来たのに配信の時に鍛えると約束したこともあって何も言えなくなる。
「ねぇ、配信以外の時も鍛えてほしいけどダメなの?」
「別に良いですけど配信の時以外はこっちの都合を優先させてもらいますよ?」
「先輩相手でも?」
「先輩相手だからといって何で優先しないといけないんですか?」
「………」
自分優先なクライシスの発言に何も言えなくなるビース。
何を言っても聞いてくれないということに確信を抱いてしまう。
むしろその上で頼みを聞いてくれる事自体が運が良いんじゃないかと思ってしまう。
「とりあえず配信の日は決まりましたか?決まったら教えてください。できる限りそっちは優先しますので」
「………わかったわよ」
まずはシクレと話し合おう。
そして予定日を決めなければならない。
決まれば本人が言ったように優先して相手をしてくれるはずだ。
「シクレと早速話し合って決めるわ!」
折角、クライシスという強者に鍛えてもらえるのだ。
誰よりも速く鍛えてもらって強くなって、誰よりも先に一歩進みたい。
こうしてはいられないとシクレのいる場所へと走る。
「明日は久々にダンジョンに行くか」
その様子を見ながらクライシスは一人つぶやく。
皆が年下相手に自分に強くなるために教えを請いにきた。
なら自分ももっともっと強くならないといけないと刺激を受ける。
訓練については一週間に一度で良いやと考えていた。
ついでに曜日も決めて、それ以外は自分を鍛えることに決めた。
「………とりあえず飯を食うか」
日も暮れ始めていたこともあるし腹が減ったこともあって帰宅から夕食を食べに変更する。
この先に美味しい店があったかなと思い出す。
「クライシスさん!?」
「ヤーキ先輩?それにフレール先輩も」
声をかけられたことに何のようかと視線を向けるクライシス。
そんな彼に二人で近づいてくる。
「これから飯を食いに行くのか?」
「はい。もしかして先輩たちも」
「あぁ。どうせなら一緒に食いに行かないか?美味しい店を知っているし、奢ってやるよ」
「マジで!?」
「お……おぅ」
飯を奢ると言われて喜色満面の笑みで喜ぶクライシス。
金も節約できて美味しいものを食べれるなんてラッキーだと思っている。
そしてフレールとヤーキはクライシスの反応に苦笑しながらも喜んでくれていることに悪い気はしない。
むしろ遠慮せずに奢らせてくれて気分が良い。
他の後輩だと遠慮して奢らせるのも断ってくる。
「これから行く店はラーメン屋だけど大丈夫か?」
「好物なので大丈夫です!」
今にも涎を垂らして頷いたのを確認して、それならと店へと案内していく。
圧倒的な強者だが、こうしてみると可愛げがある後輩で安心できる。
「そういえばお前、色んな人に教えていたって聞いたけどマジなの?」
「?はい。鍛えてくれって言われたので。今日は暇でしたし、取り敢えず一週間に一度はそうするつもりです」
「ふぅん」
「嫌なら嫌で良いと思いますが?」
「強くなるために年下相手にも教えを請う姿は勉強になりますよ?」
ヤーキの伺うような言葉にクライシスは言い返す。
その言葉にたしかにと納得するし理解も出来る。
「なら良いですが………。ここです」
「へぇ……」
中に入ると熱気が伝わり、そしてニンニクや胡椒といった匂いが鼻に届く。
その匂いに腹が減り音がなる。
「ラッキー。空いてますね」
「そうだな」
「はい!早速席に座ってメニューを見ましょう。餃子かライスは絶対に頼んだほうが良いです」
褒め言葉に店主が反応する。
そして誰かと確認すると常連の客で隣には見慣れない生徒を連れている。
ネクタイの色から後輩だということはわかった。
もしかしたら気に入ってくれている店だからと連れてきてくれたのなら気分が良くなる。
「おっ、誰か褒めてくれるかと思えばお前らか!その子は後輩かぁ!?」
「えぇ。後輩でもあるので奢りに来ました」
「ははっ。そうか。なら今回はオマケしといてやるよ!褒めてくれた餃子とライスはタダにしてやる!」
「マジで!?」
「その代わり次も来いよ!」
「是非!」
太っ腹な店主にガッツポーズを作って喜ぶクライシス。
その姿に先輩たちでなく店主や客たちも微笑ましげな顔になる。
うるさいと思っていた客たちも笑顔で喜んでいる姿を見たら、どうでも良くなって食事に戻る。
そして店主も目を輝かせているクライシスの期待に答えてやろうといつも以上に気合を入れていた。




