一話
「何をしているの!?」
配信者シクレッツァ・ズィッヒャー。
皆からはシクレと呼ばれている彼女は事務所に戻ると叱られていた。
内容は先程の配信動画。
モンスターから逃げて擦り付けてしまったせいだ。
「幸いにも相手にも問題なかったから良かったものの。一歩間違えればこの会社ごと潰れていたわよ!」
「はい……」
マネージャの言葉に最もだと頷くシクレ。
自分ではマズイことをしていたのは分かっていた。
「取り敢えず配信に顔も映っていたし謝罪に行くわよ」
「………はい」
謝罪に行くと聞いてシクレは顔を赤くする。
助けられたこともあって会いに行くのは少し緊張する。
「少し良いか?」
「社長?」
「私も行ってよいか?ついでだしスカウトをしたい」
「本気ですか!?」
スカウトしに行くために社長もついて行くと言い出したことに驚くマネージャ。
シクレも声には出さないが驚いていた。
「そうですね!彼がコラボに参加してくれたら、それだけで安心感が違いますし!」
そして手を叩いて喜ぶ。
先の配信での出来事もあるし安心できるというのは嘘ではないのだろう。
「それなら早速調べないとな」
現状分かっているのは顔だけ。
あとは名前も年齢もわからない。
年齢に関しては見た目から年下だということはわかるが正確なところはわからない。
「お礼をしたいから探してくれとリスナーたちにも頼んでみるのはどうでしょうか?」
「……そうだな。他の配信者の皆にも探してくれるように頼んでみるか」
がっつり顔が映っていたし、もしかしたら知っている人も直ぐに見つかるかもしれない。
早速切り抜き動画を作って探してもらうための配信をしようかなと準備を始める。
「大丈夫!?」
「怪我はないか!?あと助けてくれた人も!?」
「二人共!?」
同じ事務所に所属する配信者の二人が駆け寄って身体に怪我がないか確かめている。
心配してくれたことにくすぐったさを覚えるが、それよりもと協力を求める。
「助けてくれた人を探してスカウトしたいんだけど協力してくれない?」
「えっ、良いの?」
「大丈夫だ。スカウトは私の発案だからな」
「社長!?」
シクレが心配でシクレしか目に写っていなかった二人は社長がいたことに驚く。
そして社長が許可を出しているのなら大丈夫かと頷く。
「たしかに彼がコラボに参加してくれれば、それだけでダンジョン配信は安心できますね」
「………そうかもしれないけど彼がいるから緊張感がないって離れていかない?」
「そこは腕の見せどころじゃないか?安全マージンを十分に取った上で緊張感がある動画もあるんだし」
それもそうかと頷く。
そもそも油断が命取りになるダンジョンで緊張感を持つなという方が無理なのかもしれない。
「それじゃあ、まずは切り抜き動画を作ろっか」
「そいうだね」
「必要ないんじゃないか?」
早速切り抜き動画を作ろうとしたら必要ないんじゃないかと水を差されてしまう。
どういうことかと視線を向ければスマホを片手に動画を探している。
「多分だけどリスナーの中に既に切り抜き動画を作っている人がいるんじゃないか?それで良いと思ったやつを使えば良いと思うし。これとか……」
そう言って見せてくるのはモンスターの頭蓋骨を砕いて血が飛び散るシーン。
飛び散った血が顔に濡れて冷たい目が見える。
「っ」
それを見てシクレはゾクゾクと身体を震わせる。
命の危険と事務所をクビにされるかもしれないという二つの恐怖。
それらから開放された開放感と初めて間近で圧倒的な実力差を見たことを思い出したせいだ。
「こっわ」
「これはやい者勝ちになるんじゃ」
「え……。あ」
これだけの実力者だ。
他も狙っていてもおかしくない。
合成動画だと判断する者もいるかもしれないが本物の実力者だと判断する者もいるはずだ。
「なら速く切り抜き動画で探しているって拡散しないと」
「とりあえず急なことだしSNSで貼り付けない?」
「そうだな。会社でのSNSも使って探そう」
早いもの勝ちを制するために早速既にある切り抜き動画を使って探していますとタグをつける。
これで見つけてくれればありがたい。
「あとは私より年下だと思うし、この辺の子供だよね。近くの学校の生徒を調べれば見つけれるよね?」
「あっ、そうか。案外、学園の後輩ということも有り得るのか……」
ここらの近くにある学び舎といったら一つしかない。
取り敢えずは明日の学園で探してみようと決意する。
眼の前にいる二人もまだ学生だから探すのに協力してくれるらしい。
「あっ、来ていない皆も調べて………え?」
「どうしたの?」
画面を見て途中で言葉をつまらせたことに周りの皆も視線をのぞかせる。
そこにはシクレを助けた相手が誰なのか乗っていた。
名前はクライシス・グリス。
シクレ達と同じ学園の一年生だった。