百五十九話
「クライシスくん……」
予想とは違い優しく発破をかけるクライシスにフレールたちは驚く。
子どもとはいえ蹴ってきたのだからやり返すんじゃないかと思っていたから安心して息を吐いた。
「流石にあのぐらいの年齢の子供に暴行を加えませんよ?年齢が俺と近かったら話も聞かずに蹴り砕いていましたけど」
「……ですよね」
「幼い子供でよかったぁ。頼む、クライシスくん。ムカついても今日だけは我慢してくれ!せっかく皆が楽しみにしていたのに血を見ることになって中止にしたくないんだ!」
「……良いですよ」
クライシスは頷くが、それでもフレールたちは不安だ。
それは正解で血さえ見せなければ良いんだなとクライシスは考えていた。
「それよりも時間だから呼んだってことは焼き始めるんですよね?ちらほら準備を始めてますし」
「え?あぁ、そうだな。俺達も焼き始めるか」
グリスを着火させて、その上に肉や野菜を置いていく。
自分たちが焼いているところだけでなく色んなところからも焼いている匂いが漂ってきた。
匂いが食欲を刺激してきてお腹が空腹を訴えかけてくる。
ふと視線を子どもたちと一緒に遊んでいる学生たちに向けると思い思いにグリルへとそれぞれ近づいてくる。
まだ焼き始めたばかりで焼けてないのに来たのはお腹が減ったのかと想像する。
「クライシスくん。焼けたか?」
「焼き始めたばかりだから、まだまだです。もう少し一緒に遊んでも大丈夫ですよ」
「そうか?ならもう少し一緒に遊ぶとしてクライシスくん」
「はい?」
「子どもたちを体験という形で鍛えてみないか?」
「嫌です」
「は?駄目…って早!?」
クライシスに体験として鍛えてみないかと言う学生に文句を言おうとしたが、それよりも早くクライシスが否定したことに驚くフレールたち。
そんなに鍛えるのは面倒なのかと思ってしまう。
「流石に鍛えるのは駄目だろ。それに中途半端にしか教えれないし危ない」
中途半端にしか鍛えれないから危ないと言うクライシス。
それに今日は昨日の訓練の疲れを回復するためのものでもあるからクライシスは疲れたくなかった。
「危ない……ですか?」
「中途半端に教えると間違った知識を得てしまうので。それにこの前の学園見学会に来た人たちボロボロになったし。やらないほうが無難」
「あぁ。それはそう」
学園見学会のことを聞いて納得するフレールたち。
思うにクライシスとそれ以外で隔絶した実力差があるからこその悲劇だったのだろう。
更に実力が離れている子どもたちを鍛えるのはたしかに危険かもしれなかった。
「クライシスくん」
「どうしました?先生」
「ほら頼みたいことがあるんだろ?頼んでみろって」
「?」
教師の隣には子供がいて、その背中を叩いている。
もしかして先生の子供かと想像しながら何の用かと膝を曲げて視線を合わせるクライシス。
「どうかしました?」
「いつも配信見ています!!サインくだしゃい!!」
緊張したのか途中で噛む子供。
まさかサインを書くことになるとはとクライシスは苦笑しながら子供が持っていた紙を受け取る。
子供は噛んだことが恥ずかしいのとそれを笑われたと思って顔を赤くするが、それでもサインを書いてくれていることに嬉しくなる。
「まさかサインをこんな場所で頼むなんて。他の人達にも頼まないの?」
「え……。えっと…」
「私達も良いですよ。書いてあげましょうか?」
「書いてもらったらどうだ?こんな機会無いぞ?」
「でもクライシスくんのもらったし……」
言外にクライシス以外のは別にいらないと言う子供にクライシスはちょっと嬉しくなり、親である先生は気まずい表情でもらったらどうだと説得をする。
フレールたちは自分たちのはいらないということに悔しくなっていた。
「こんな機会無いんだし貰ったほうが良いって」
「まぁ一緒に書いてもらうのはレアですよね」
クライシスのレアという言葉にそうなのと視線で問いかける子供。
それに対しクライシスはその通りだとしっかりと頷く。
「じゃあ……」
その言葉に紙を差し出す子供。
その行動に思うところはあるが笑顔でクライシスのサインの隣に書いていく。
「ありがとうな」
「ありがとうございます……」
サインを書いてもらった紙をしっかりと抱きしめてお礼を口にする子供と教師。
フレールたちはその嬉しそうな表情に目的はクライシスだとしても思うところがあっても飲み込む。
「うわっ」
そう思っていたらクライシスの声に今度は何だとクライシスが視線を向けている方へと視線を移す。
そこには沢山の子どもたちが紙を持ちながら自分たちへとキラキラとした視線を向けている。
クライシスだけでなくフレールやシクレたちそれぞれに目当てに視線を向けていて飲み込んでいた不満も消え去る。
「………サイン会かよ」
「ぼやくな。サインぐらいは書いてやれ」
「………わかりました」
思わずぼやくクライシスにフレールは注意しながらも受け取ってサインを書いていく。
クライシスもあまりの数の多さに少し辟易としながらもサインを書いていった。




