百四十二話
「それじゃあ俺は帰るので」
全員を殴り飛ばしてクライシスは学生たちの前から去る。
負傷覚悟で腕を掴んで逃さないようにしていた者もいたし本人としては満足だった。
満ち足りたような表情で寮の部屋へと歩いていく。
「あっ、クライシスくん!」
前からシクレが歩いて出会う。
嬉しそうな笑顔で近づいてくれた。
「何か良いことでもありましたか?すごく満足げな表情をしていますけど?」
「はい!ようやく一撃は与えられる生徒が出てきたので!」
「……そういえば今日は訓練の日でしたね」
一撃を与えられたと聞いて何の話かとシクレは一瞬疑問に思ったが直ぐに思い至る。
そして訓練とはいえクライシスに一撃を当てたことに驚く。
「本当に!?」
「はい!こちらが攻撃した拳を掴んで離れられないようにして一撃を当てられました!」
「うわぁ……」
クライシスがこれまで何度も一撃で相手を倒してきた姿を見てきたからシクレは信じられないと驚く。
そして、そのことは殴られた相手も知っていただろうに受け止め掴んだ相手の頑丈さと覚悟っぷりにドン引きした。
「その相手は大丈夫なんですか?」
「大丈夫だと思いますよ。最終的に軽く殴って意識を奪いましたけど息はちゃんとしてますし。どこも欠損もしてないです」
「………なるほど。そうですか」
クライシスからの一撃を耐えたのも手加減していた結果だとわかって納得する。
もっとよく考えたら、それも当然だと思い出す。
初めて遭ったときからクライシスはモンスターの身体を己の五体のみでグシャリと潰していた。
それより脆い人間なら欠損なんて簡単だろう。
つまりは今までも相当手加減していただけで、それからさらに手加減した結果耐えれた可能性も十分にある。
「もしかして今までよりも更に手加減してました?」
「そんなつもりはないですよ?」
クライシスはそう言うがシクレは少し疑わしく感じる。
最近では学園案内でやらかしていたのだ。
それを反省して無意識に手加減していてもおかしくない。
「そんなことよりデートしませんか?」
「………え?え!?」
そんなことと言うクライシスの話題転換に思わず聞き返すシクレ。
急だがクライシスからのデートの誘いは嬉しくて満面の笑みで頷く。
もう訓練のことなんてどうでもよかった。
「じゃあ今からでも一緒に行きませんか……?」
「そうですね。まずは近くの本屋に行きますか?荷物ぐらいは持ちますよ?」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
自分の好みを知っていて荷物持ちを自分から提案してくれるクライシスに嬉しくなるシクレ。
それじゃあ早速とクライシスの腕を掴んで本屋へと歩き出した。
「クライシスくんは何の本を買いますか?」
「特に決めてませんでした。何か面白い本とか知りませんか?」
「そうですね……。なら教育や教え方について書かれている本はどうでしょうか?」
「………なるほど探してみます」
訓練のことについて思うところがあるんだろうなと想像するクライシス。
そうでなければわざわざ口に出したりしないはずだ。
良さそうな本がないか探してみることにする。
「買う本は決めていますのでちょっと待っててくれませんか?私も探します」
そのぐらいは良いかと頷くクライシス。
すでに買う本を決めているのなら時間もあまりかからないはずだ。
「そういえば何の本を買うんですか?」
「料理の本です。特にさっぱりと食べられるお菓子の作り方を調べたいと思っています」
「………そうなんですか?」
今更必要ないだろうとクライシスは思うが何か考えがあるのだろうと何も言わないことにする。
実際には知らない調理法や新しいメニューが増えるので必要なくなることはあり得ないのだが。
「今度作って上げますから楽しみにしてくださいね?」
「ありがとうございます」
もらったお菓子は全部自分でくおうと決めるクライシス。
どんなに量があったとしても誰かに譲るのはもったいなくて嫌だとしか思えなかった。
「………よし、これだけあれば十分ですね。次はクライシスくんの本を選びましょう」
「わかりました」
シクレの選んだ本をクライシスの持っているカゴに入れて移動する二人。
ここで参考にできる本がなければ別の店でも探そうとシクレは決めていた。
「クライシスくん、これとかどうですか?」
早速シクレはクライシスへと本を薦める。
教育の方法やその目的についても書かれておりわかりやすい。
「……なるほど」
しばらく読み込んでしまいクライシスはシクレに叩かれてしまう。
その手には他の本も持っていてシクレが選んだ本ならとそれも購入しようと決める。
実際に最初にシクレが選んだ本も参考になるから、その判断は間違っていないはずだとクライシスは考える。
「わかりました。それも買いましょう」
「え?確かめてませんけど良いのですか?」
「シクレ先輩が選んだのなら大丈夫だと思います。実際に最初に見せてくれた本も参考になりますし」
自分が持ってきた本を特に疑うこともせずに購入を決めてくれたクライシスにシクレは照れ臭く笑う。
内容も特に確認してないのに購入を決めてくれたことに、凄く信頼してくれていることがわかって嬉しかった。




