百四十一話
「っまだだ!!」
クライシスくんを前に気合を込めて叫ぶ。
最初の奇襲も皆で同時に襲っても簡単に受け流された。
こちらの攻撃が簡単に受け流していると判断しているのは簡単な理由だ。
まだ一撃も反撃をしていない。
いくらでも隙があったはずなのに余裕のある表情で見逃されていたからだ。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
気合だけではどうにもならないことは知っている。
それでも僅かでも一撃を当てれる可能性を上げれるならいくらでも気合を上げる。
「良い気合だなぁ?」
相変わらず速度が速すぎる。
眼の前にいたはずなのにいつの間にか後ろに回り込んでいる。
全く目が追いつけない。
「っ!?」
慌てて後ろを振り向くが当然のようにそこにはいない。
また一瞬でその場から離れて振り向いた後ろへと回り込んでいるのだろう。
「そろそろ反撃をするべきだろう?」
「っ!?」
クライシスくんの反撃という言葉に肩を震わせる。
今までも一撃でも喰らったら意識を失ってきた。
受けるわけにはいかないと気を引き締める。
「遅いなぁ?右側頭部だ」
その言葉が聞こえたと同時に生徒の一人が吹き飛ばされる。
吹き飛ばされた位置を確認すると裏拳を振り抜いたクライシスくんの姿がいる。
拳の位置的にもおそらく宣言した場所を殴ったのだろう。
もしかしたら一撃を与える前にどこを攻撃するのか宣言するかもしれないと期待する。
一言事前に知るだけでも防げる可能性は格段に上がるのだ。
それを幸運だと喜ぶ。
そして今はそれを悔しいとも情けないとも考えることが出来る状況じゃない。
「腹部」
次に聞こえてきた言葉に反射的にお腹をガードする。
痛みも衝撃も来なかったが数瞬後に鈍い音が響く。
自分以外の誰かが喰らったのだろう。
地面に崩れ落ちる音が聞こえた。
事前に口にしたのにガードしなかったのか疑問に思う。
それとも間に合わなかったのか、もしくはガードの上から叩き潰されたのかもしれないと考えると避ける以外の選択肢がなくなる。
「くっそ!?」
「もう一度腹だ」
「あぁぁぁ!!!」
避ける以外の選択肢がなくて文句が零すとまた宣言が聞こえてくる。
言葉が聞こえると同時に全力で後ろへと退く。
バックステップなんてものではなく全力で後ろへと飛び跳ねる。
「おふっ!!?」
思い切り腹を押されたような感触がした。
そのせいで腹の中にあった空気を全て吐き出してしまう。
何が起きたのかと眼の前を見るとクライシスくんが拳を振り上げている。
しかもその位置には先程まで自分がいた場所だ。
「へぇ?避けたか」
楽しそうな笑みを浮かべるクライシスくんの一撃に顔を引きつってしまう。
避けれたはずなのに腹を押された感覚がしたってことは風圧が原因だと察したからだ。
そんなのを直撃させられたらガードの上から意識を刈り取られるのわかる。
一撃でも食らってしまうかと慌てて立ち上がる。
「……あれ?」
だが足がもつれてうまく立ち上がれない。
この間に一撃を与えられたら終わりだと焦るせいだ。
そこまでわかっても立ち上がれない。
はやく立ち上がろう、立ち上がれと気持ちだけが先走って身体が追いつけない。
「あ……」
そんな俺を見てクライシスくんが視線を外す。
直前まで面白そうな期待しているような笑みを浮かべていたのに。
興味を失ったかのように表情が消えて視線を移動する。
きっと何か他に面白い相手を探しているのだろう。
「あぁぁぁぁぁぁ!!!」
それがムカついた。
相手にもされていなくて警戒もされない。
その程度の実力だと見限られたみたいで悔しくて立ち上がる。
「おらぁ!!」
勢いのままに叫ぶ。
俺はここにいるぞと。
見限るのは早いと。
自分の存在を実力を認めさせるために叫ぶ。
「甘いなぁ?」
そして腹に突き刺さるクライシスくんの拳。
その視線は自分へとしっかり向けている。
吐き出したくなるような痛みよりも、それが何倍もうれしかった。
「そっちこそぉ!」
だからこそ精神が痛みを凌駕する。
あのクライシスくんが今だけでも自分を倒す相手として認識している。
他の誰よりもまずは自分の存在をクライシスくんに刻み込みたい。
どこにでもいる誰かとしてしか見られないのはプライドが許せない。
これでもクライシスくんが入学するまでは学園でも最強クラスの実力者だったのだ。
「へぇ?」
突き出されたクライシスくんの拳を掴む。
意識を奪えなかったことにクライシスくんは驚いている。
その表情だけで掴めた甲斐があった。
「おぉぉぉぉ!!!」
腕を掴んだことで逃げられないようにする。
クライシスくんとの距離もこれ以上は変わらない。
だから全力で拳を振り抜く。
「やるなぁ?」
拳に殴った感触が伝わってくる。
一撃を与えられた。
「え……」
クライシスくんの頬に拳が当たっている。
その光景に自分だけでなく一緒に戦っていた皆も唖然とする。
そして一瞬遅れて歓声が響いた。
「「「「「「「「「「「「「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉ!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
その完成にクライシスくんに一撃を与えれたことにふつふつと実感が湧き上がってくる。
達成感が胸に溢れ口元が緩み喜びで踊り回りたくなる。
「おめでとう」
更にはクライシスくんからも祝福される。
「ん?」
そこで少しだけ違和感を持つ。
なんでクライシスくんも祝福してくれたのか。
普通は悔しがるんじゃないのかと。
そう思ってクライシスくんの顔を見ると笑みを浮かべていた。
もしかしなくても全く悔しくないんじゃないか。
わざと攻撃にあたったんじゃないか。
そう考えていると眼の前が真っ暗になった。




