百三十六話
「それではお疲れ様。それぞれ自由に解散して大丈夫なので」
クライシスはそれだけを言って生徒と見学者たちの前から去る。
それでようやくプレッシャーから解放される。
「………見学者の皆さん。今日は学園に泊まりますか?換えの下着などはこちらが全額負担させていただきます」
学園の教師が見学者たちへと声をかける。
実は可能性は低いが念の為に失禁した者たちのために準備はしていたのだ。
気の弱い相手なら可能性はあると思っていた。
だが実際は学園の生徒も見学者も関係なく全員が失禁したが。
「学園の生徒達は寮も近いので頑張ってください。見学者たち優先ですので」
え〜、という声が聞こえてくるが意思を帰るつもりはない。
気持ち悪いかもしれないが頑張ってほしいと頼む。
「なぁ!?」
「はい」
「そんな準備をしていたということは、こうなることが最初っからわかっていたのか!?」
そんなことを質問されるがバカ正直に答えるつもりはない。
それに予想外な結果なのも事実なのだ。
「いいえ。念の為に気の弱い相手ならもしかしてと想定しただけで、まさか私達を含めた全員が必要になるとは思いませんでした」
「っ……。……?私達?」
「はい。私達も失禁してしまい気持ち悪いです」
「……………そうですか」
失禁したのは保護者や見学者だけでなく教師を含めた学園関係者もだと聞いて敵意が減る。
せっかく見学に来たのに良い歳して失禁という生涯でもトップクラスに入る恥をかかされた元凶に敵意を抱くのも当然だろう。
だが実際は相手も同じだと知って敵意が減り同志を見る目になる。
よく見れば確かに学生や教師たちも床に垂れている。
「………彼は普段からああなんですか?」
「いえ。今回のような規模は初めてです……。ただ……」
「ただ?」
「クライシスくん一学年ですから、自分でも気づかぬ間に更に強くなったりしている可能性があるんですよね……」
「………」
一学年であれほどの強さかと入学させるか悩み始める保護者や見学者。
生涯の恥をかかされたがあそこまで強くなれるのなら入学するべきか悩んでしまう。
「あとは一学年で見学者相手に実力を示さなきゃいけないことにプレッシャーを感じた結果とか……」
「………」
言いたいことはわかる。
どうせながら学生で一番強い生徒に実力差を理解させようとも考えたのだろう。
だが、できることなら手加減が上手い生徒にしてほしかった。
「………はぁ」
保護者の深い溜め息に深々と頭を下げる教師たち。
学生たちは案内を手伝うにしてもまずは自分たちが着替えないと風邪を引いてしまうと漏らしたのを外の誰かにバレないように駆け足で寮へと帰っていった。
「あっ、学園案内どうだった?」
「ごめん!聞かないで!!」
寮の部屋に帰ると当然、同部屋の生徒がいる。
そして学園案内の手伝いを知っているから聞いてきてもおかしくない。
「えっ?何かあった?なんか臭うけど」
「聞かないで!?」
涙目になりながら聞くなという言葉にクライシスのこともあって何となく察する同部屋の子。
だが、あのクライシスが何かミスをするのかと首を傾げる。
「先にシャワー借りるね!?」
「えっ、うん……」
本当に何があったんだろうと疑問に思うがシャワーを部屋に戻って直ぐにシャワーを浴びているから酷く汚れてしまったことは想像つく。
だけど見学案内でそんな汚れてしまうことがあったかと首を傾げてしまっていた。
「ふぅ。ありがと」
「気にしなくて良いわよ。それよりも連絡が来ているみたいだし確かめたら?」
シャワーを先に使わせてもらったことに礼を言うと連絡が来ていたことを教えてくれる。
早速、確認すると教師たちで見学者たちの対応をするから、そのまま休んで大丈夫らしい。
シャワーを浴びたら戻ろうと思っていたが、正直ありがたかった。
今日はもうこのまま寝て忘れたい。
「今日学園案内だったんだよね?何かあった?」
「ごめん。本当に聞かないで。最後の方は特に思い出したくない……」
同室の子が聞いてくるがベッドの中に潜り込んで話したくないと示す。
その様子に苦笑して同室の子も諦めてくれた。
(はぁ……。クライシスくんの言う通り殺気しか向けていなかった。最低でもそのぐらいは耐えれるようにならなきゃ)
そうして思い出すのは最後の訓練。
今、落ち着いて思い出してもクライシスがやったのは殺気を向けただけだった。
実力差があるからと言って、それだけで動けなくなるのは確かにダメだ。
ダンジョンで同じことがあったら立ち向かうにしても逃げるにしても動けないだけで死んでしまう。
パーティを組んでいたら足手まといになって被害を増やしてしまう。
それなら情けなくても泣いて逃げ出すほうがはるかにマシだ。
そして、それは同じ目に遭った他の生徒たちも同じことを考えていた。
まるで魂の底から実力差を理解させられ屈服させられたようにできるだけクライシスの行動を肯定的に捉えようとしている。
クライシスに対して恥をかかされたと復讐を考えたり、怒りを抱く者はほとんどいなかった。




