百七話
戦っている最中、夕方の鐘が鳴る。
組手をしている生徒たちは気づかなかったがクライシスはそれに気づいて今日は終了しようと決めた。
「クライシスくん?」
「ん?あぁ、全員が終わるまでちょっと待って」
これまでは組手を終わらせた者がある程度以上の数になってから、くじ引きをさせてまた戦わせたが終わらせるためにそれを休止する。
ある程度以上の数の組手も終わっているのにくじ引きをしないことに、もしかして終わらせるつもりなのかと生徒たちも察するものもいた。
「………全員、終わりか。なら全員、今日は終了!!そこに飲み物があるから一人一つ飲んでください!」
クライシスが指さした先にはバケツが何個かあった。
その中に水に浮かんでいる容器が沢山ある。
「近くにタオルも用意しているから好きに使って!じゃあ俺は帰るので!」
言いたいことを言って出ていくクライシス。
その姿を見えなくなるまで見送って全員が尻を地面につけていた。
「「「「「「っつっかれたぁ〜!!」」」」」」
そして全員が同じようなことを口にする。
本当にずっと戦いっぱなしで疲れ切っていた。
「飲み物を取りに行くのも疲れて面倒くさい……」
「わかる……」
出てきた文句に深く頷く生徒たち。
ちょっと動くのすらキツイ。
「あぁ〜。ほら今日は良く頑張ったな」
そんな生徒たちに教師が一人ひとり飲み物とタオルを渡していく。
生徒たちが動けないのなら自分たちが代わりにやれば良いと考えたからだ。
それに良く頑張っていたから、そのご褒美でもある。
「次もまたやってくれるように頼むか?」
「うーん」
教師がまた同じように鍛えてもらうか確認するが生徒たちは悩んでしまう。
今日やったことは極論すれば精神鍛錬と組手の2つしかやっていない。
どれも密度は濃いが、それだけで強くなれるとは思わない。
「もう一度やるとしたら今回と同じように希望制ですよね?」
「ん?そうだな」
「密度は濃いですけど、これで本当に強くなれるのか疑問です」
「そうか?俺はむしろ今回だけで結構強くなった自覚があるぞ?」
成長した実感があると発言した生徒に視線が自然と集まる。
あれだけで成長したと実感できたことに、どういうところがと興味がある。
「精神鍛錬した後に組手した影響か普段よりどこか冷静に戦えたんだよ。それに戦えば戦うほど同じことを他の相手もしてくることも増えてさ。それを対処できたり事前に潰すこともできたんだよ!」
成長していた実感を思い出したせいか途中からテンションが高くなっていく生徒。
その発言の内容に他の生徒たちもそういえばと思い出す。
何度も戦い疲労が濃くなっても同じような攻撃は二度目からは防ぐことができた。
三度目にはカウンターすらも狙えるようになった。
たしかに成長しているようにすら思える。
「いや、何度も戦えば経験を積めるし当たり前じゃないか?」
「もしかして、ひたすら組手をさせていたのは経験を積ませるため?」
「……たしかに効果があったかもしれないけど狙ってたか?むしろ狙ってたのなら説明しないか?」
「たしかに」
だが思い返してみれば強くなれたと発言するのも一理ある。
経験を積めたのも普段よりも冷静に戦えたのも、今思えば確かにとしか思えない。
「やっぱり、また頼むべきか?学園別の大会は連覇したいし」
「狙っても狙ってなくても効果はあったからなぁ……」
「ふむ。もう一度やるなら俺達からまた頼むか?」
「………そうですね、先生。よろしくお願いします」
もう一度体験したほうが良いんじゃないかと話が纏まっていくと教師が自分たちから頼んでやろうかと提案してくる。
流石のクライシスも教師からの頼みは断りにくいだろうなと想像して頷く。
「じゃあ、また俺達から頼むから今回と同じように自分から希望しろよ?」
「「「「「はい!」」」」」
教師の言葉に声を上げて返事をする生徒たち。
次も絶対に参加してやろうという意気込みもあった。
「そういうわけでクライシスくん、次もお願いしても良いか?」
「精神訓練と組手だけだと勝てませんよ?基礎訓練もやったらどうですか?」
「…………やっぱり組手は経験を積ませるためなんだ?」
「?はい」
休日明けの学園で早速クライシスを職員室に呼び、また鍛えてくれないかと話をする教師。
そして狙い通りだったことがわかり意外と教師に向いているんじゃないかと考える。
「一度経験してしまえば初見殺しなんて効果が大幅に下がりますしね。全員が本気で勝とうとしていたから結果出し良かったです」
「…………」
ふざけていたからと理由で何度も足蹴にして蹴飛ばした奴がいたからだと思う教師。
勝ちにいかなきゃふざけていると思われると恐怖もあったはずだ。
「それはそれとして基礎訓練は鍛えるのはやりませんからね?人によって武器や得意技も違いますし」
「わかった。基礎訓練については、こちらからも注意をしておく。それでまた訓練をしてもらってよいか?」
「…………」
「いや、嫌そうな顔をするな」
「…………一日学園をサボっても出席扱いさせてくれるなら」
この学園の教師でもないのに働かせるなら、このぐらいの利益はよこせと目で訴えるクライシス。
教師も流石にそれは難しいと思ったが、もしクライシスの条件を呑むことができれば何度でも頼めるかもしれないと他の教師たちにも相談しようと考えていた。




