ティーガーシュテーネン ~虎の唸り声~
七都防衛ラインを形成する、防衛都市の中央に位置する第四防衛都市(別称:主要防衛都)ラデール。
とある路地裏に、少し高めのお酒を出す酒場があった。雰囲気は高級酒場のそれである。
そんな酒場のカウンターに、着物姿で煙管を燻らす妖狐族の女がいた。
髪は艶やかな黒、尻尾の毛並みも美しく、スタイルも抜群。しかし、目付きは少し鋭い。
そして、その美しさに反して、どこにも隙がない。相当な手練れであることが分かる。
だが、そのことに気が付いている客は多くない。いや、そもそもここにいる客は多くない。
静かな店内で、煙管を燻らす妖狐族の女の耳がふと微かに動いたかと思った瞬間、客が店に入って来た。
その客は、大量に席が空いている中、迷うことなく一番奥の席へと向かい。
「ティーガーブルート(虎の血液)を」と、大金貨3枚と一緒に小さな魔獣皮紙を差し出す。
妖狐族の女は大金貨と魔獣皮紙を受け取ると、手慣れた手つきでカクテルを作り始めた。
そしてショートカクテルと共に、差し出された皮紙より分厚めの魔獣皮紙を客の方へとすべらせた。
客は周りを軽く確認すると、魔獣皮紙を内ポケットに仕舞い、3分でカクテルを飲み干して
そのまま店を後にした。それと同時に、二人の男が店の中へと入って来る。
「凛紬の姉貴ぃ!帰って来やしたよぉ!」
妖狐族の女。凛紬と呼ばれた女は無邪気な笑みを浮かべるディーンの顔を見。
ほっとしたように大きな溜息をついた。安堵したような溜息だった。
アダムスはそのことに気が付いて笑っていたが、ディーンは嫌がられているのだと思い肩を落とした。
凛紬はそんなディーンとアダムスを見て、もう一度溜息をついた。
そして、誰にも気づかれないようにクスリと笑い、煙管を燻らす。
「お帰り。ディーン、アダムスに迷惑かけてないだろうな」
慕っている義姉に返事をしてもらえて嬉しかったのか、ディーンが勢いよく頭を上下に振る。
が、その横でアダムスが「いつもと比べたらな」と小声で呟き、
それを聞いた凛紬がまた大きな溜息をついたので、ディーンは肩を落とした。
そんな時、帰って来たディーンに気が付いた一人の客が声を掛けてきた。
「おっ、ディーンじゃねぇか!ちょうど新しい葉巻が手に入ったんだ、一つどうだ?」
葉巻と言う言葉を聞いた途端、ディーンは客の下へと一直線に駆けて行ってしまった。
しかし、見慣れた光景なのかアダムスも凛紬も動じることはない。
アダムスは凛紬の前の席に座り、ボルサリーノを取るとゆっくりと息を吐く。
そんな彼の前に、凛紬は無言でバラライカを差し出した。
「いつもすまんな、凛紬」
凛紬が少しムッとした表情を見せる。
「アタイはあんたの嫁なんだから。気にすることはないんだよ。馬鹿野郎」
凛紬はその言葉と共に、どことなくあどけない笑みを浮かべた。
そんな妻を見てアダムスも「そうか」と短く笑った。