第87話
一定量の食べ物を集め終わった俺と子犬は、麗香さんのいる洞窟へと戻った。
幸い、見張りをしていた小鳥の死霊?は何の異常もなかったし、洞窟周辺には何も来ていないらしい。
(本当に申し訳ないことだけど、一度死霊にしてしまった生き物は食べられないし、
仕事を終えた時には燃やして死霊としての役目を終えさせる。)
俺は小鳥に謝罪をしながら火葬して、残った灰を埋めて丁重に葬った。
死霊術を使う上で『命の大切さ』だけは忘れてはいけない。そうエリゼから教わった。
まあ、今は非常事態だから使ったけど、日常的に使うスキルじゃないよね。
それはさて措き、子犬が「飯を早く寄こせ」と言わんばかりに足をカリカリと掻いてくるので、
早く食事を与えよう。
・・・実は、この子犬、肉よりも木の実などを好んで食べる。
それに、地球で見たことがない犬種だ。この世界特有の犬種で間違いないと思う。
「アンアン!」
なんて考えているうちに、食事を終えた子犬が吠えながら麗香さんの方へと駆けて行った。
もしかして、と思って麗香さんの眠っている方を見ると、麗香さんが目を覚ましている。
俺は慌てて立ち上がって、麗香さんの下へと駆け寄る。
麗香さんは俺の顔を見ると「水を・・・いただけますか?」とかすれた声で呟いた。
「大丈夫ですか?」とか「無事で何よりです」とか、そう言った気の利いた言葉を掛けながら、
麗香さんに水を渡すのが正解なんだろうけど・・・。
俺は、安堵で胸が一杯になって、何故か涙をボロボロと零していた。
ボロボロと涙を零しながら水筒を渡す俺に、麗香さんは困惑するどころか、
クスリと笑ってから、水を口に含んだ。
人前で泣くのは恥ずかしいけど、でも・・・でも、麗香さんが無事で本当によかった。
「びじで、なによりでじだ(無事で、なによりでした)」
涙のせいで上手く話せない。でも、麗香さんはそんな俺の声でも聞き逃すことはなかった。
そして、
「ありがとうございます」
と今まで俺に見せたこともないような穏やかな微笑みを浮かべた。
もう俺は、その時点でピークが来てしまって、声を出すことはなかったものの、
今までの倍以上の量の涙がボロボロと零れてしまった。
暫くして落ち着いた俺は、恥ずかしい気持ちで一杯だった。
まさか、この歳(前世と合わせて今20代後半くらい)にもなって、女性の前で大泣きするなんて。
もう、お嫁に行けない!(シクシク)。
・・と、麗香さんがゆっくりと体を起こして、いつも通りの綺麗な姿勢で正座をする。
俺は病み上がりの麗香さんに無理をしない様に言ったけど・・・結局、こっちが黙らされた(涙)。
「・・・ツェーザハルト殿」
麗香さんの声は、今までに聞いたことがないくらい真剣で、緊張していて、その反面穏やかだった。
いつもと大幅に違う麗香さんの雰囲気に気圧されて、俺も自然と背筋を伸ばして正座していた。
麗香さんは、そこそこ長い時間を無言で溜めていたが、遂に耳を疑うような言葉を告げる。
「私と、お付き合いしませんか?」
そうして、彼女は、女性らしい顔で、頬を赤らめ…た。
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ん?うん?んん?う、うん?ああ!え?うん。あっ!え?ああぁ?うぅぅぅんんん??????????
俺は麗香さんが好き、麗香さんも俺が好き、麗香さんに告白をされた、付き合えば幸せ?
・・・(思考放棄)。
「は・・・い」
俺の口からは自然とその言葉が出ていた。もちろん・・・本音の部分の言葉だ。
それにしても、予想外の展開と言うか、麗香さんが俺のことを好きだった?・・・のか?
まだ分からんな?何か別の意図が?そうだよ、麗香さんがだよ?でも、麗香さんはフィアナさんと
違って、こんなイタズラを仕掛けてくるようなタイプじゃないし。
そう思うと、俺の口からまたしても自然に
「でも、こんな俺とでいいんですか?いいところなんて一つもないですよ?・・・」
てな感じの、ネガティブな言葉が漏れていた。
そんな俺の言葉を聞いた麗香さんは、厳しい口調で
「私はしっかりと貴方のことを愛していますし・・・あまりネガティブなことを言っていると、
殴りますよ?」
と、いつもの口調で言われてしまった(ガクブル)。
ううううんんんんんんん。と、とりあえず、考えるのは、後にしよう、そ、そうしよ・・う!
俺はあまりの展開の早さと、意外過ぎる出来事に、頭の中が混乱しっぱなしだった。
麗香はそんな主人公を見ながら、心の中でこう囁く。
「貴方のくれた指輪が、落馬した私を守ってくれたんです」と。