第二十一話
「ほら、私、綺麗でしょ」
「…………」
あんまり反省はしてなさそうだった。
今の恥ずかし気な表情は一体なんだったのか、意味わからん。
「綺麗だったでしょ?」
「ノーコメントで」
「見たのに? その瞼の裏に焼き付いてるのに? 昨日はあんなにはっきり言ってくれたのに?」
「…………綺麗でした、とても」
「よろしい。そう、綺麗なんだよ。ちゃんと、一応女の子らしくスタイルとか気にしたりはしてるんだよ。まあ生傷とかはしょうがないけどさ、出来るところは努力しているのです」
「……………………はぁ」
なんと言ったものか、フラトは曖昧に相槌を打つ。
「だからって誰でも彼でもそれを見て欲しいなんて変態性は持ち合わせてはいないけど、でも不慮の事故とは言え見られちゃったんだし、なんなら触られちゃったわけだからさ、そうなったらもう、認めて欲しいじゃん」
「綺麗って?」
「うん」
真顔で大きく頷くエンカ。
「他の人から見ても、綺麗なんだ、美しいんだって」
「承認欲求的な?」
「そうかも。まあ、だからそういうところが祟ってちょっとやり過ぎちゃったのかもしれないね」
「まあ、うん、努力したことが他人の目からもそうとわかって認めてもらえるのが嬉しいってのはわかる気がする」
それは、こうしてエンカと一緒にいることでフラトも得られた感覚。
できて当たり前だと思っていた――というか師匠との二人暮らしで当たり前にできなければならなかった技術が、改めて『凄い』とか『上手い』とか言われるのは嬉しかった。
「でしょ? だからこの際、細かく詳細に、微に入り細を穿って、改めて褒めてくれてもいいけど」
「それは、トバクが良くても僕の羞恥心が持たないから遠慮させてくれ」
会話のノリでならまだしも、こうして改めて言うのは勘弁してほしい。
「ちぇ。んじゃま、それなら話を戻そうか」
閑話休題。
「その頭の上の蜘蛛ちゃんがフラトの味方であり、魔力だって持ってるんだからじゃあ魔具も使えるんじゃないかなって思ってさ」
「思ってさって…………魔獣とか魔蟲って魔具使えるの?」
「いや知らない」
きっぱりと言い切りやがった。
「行き当たりばったり過ぎるだろ」
「でも魔力を持ってるのは人と変わらないわけだしさ、魔具は魔力に意味を持たせて魔素に反応させる、所謂変換機なわけだから、別に人じゃなくても使えるんじゃないかなって」
「まあ理屈では…………そうかも?」
なんにしろそういう知識を聞いただけのフラトにはよくわからないが。
しかし――エンカの言う理屈は通っているように聞こえて、それを明確に否定するだけの材料をフラトは持っていない。
ならば。
あとは確かめればいいだけの話。
フラトはエンカから渡された指輪を持ち上げ、頭上の蜘蛛に近づけてみた。
と。
「え?」
指輪に一本の細い糸が絡みついて、フラトの前に黒い靄が発生した。
それはすぐに歪な円を形成してそこに留まる。
「「嘘だろ!?」」
驚く二人の声が重なった。
「いや、何でトバクが驚いてんだ」
やれるって言ったのお前だろうが。
「ホウツキ、ちょっとそこに手突っ込んでみてよ」
フラトの突っ込みなど気にも留めず、エンカが好奇心に衝き動かされたように言ってくる。
「えー」
「いいから早くしろって」
無理矢理突っ込まされた。
中は少しヒンヤリとしていて、手に触れるものは何もない。
フラトは中で少し手を動かしてみたが、何かにぶつかったりもしなかった。
「何もないけど」
「そりゃあ、今初めて起動したからね」
「じゃあ何でやらせたんだよ」
「まあまあ、そんじゃ一回抜いて」
「…………」
どうせ抗ってみても強引にやらされるので、フラトは無言で素直に従った。
「よーし、じゃあそのまま魔具の起動維持しておいてね蜘蛛ちゃん」
多分理解はしていないのだろうが、フラトが手を抜いてもなお目の前の靄は消えない。
いや、ここまできたら本当に理解していないのだろうか?
流石に怪しい。
「ほい」
何をするのかと思えば、エンカはエンカで自分の前に靄を出現させ、中に両手を突っ込み、わらわらと沢山のものを抱えて取り出し、その全てをフラトの前の靄の中に放り投げた。
「よし。んでホウツキはもう一度、その中に手突っ込んでみて」
「はいはい…………ん? あ? 何だ、これ」
フラトが顔をしかめる。
手を入れると頭に――というか脳に直接、ちり、と電流を流されたような感覚がして、文字が浮かんできていた。
視界に、ではなく――なんというか、脳裏というか、認識に直接浮かんできたような感覚。
いつも自分が何かを想像する領域に勝手に干渉され、侵入された感じとでも言うか。
「元気になるパン?」
浮かんできた言葉を口にすると、靄の中に突っ込んだままだったフラトの手に何かが触れた。
「うおっ」
驚いて引き抜くと、先ほどエンカが放り込んだそれが一つ、フラトの手に握られていた。
「こんな風に収納に便利な魔具なんだよ。亜空間収納魔具ってやつ。起動されてる間は基本的に誰でも干渉できるんだよ」
こんな風に、とヒハツがフラトの前にある靄の中に手を突っ込んで、今さっき自分がいれたばかりの『元気になるパン』とやらを引き抜いた。
すぐさま、ぽい、と投げて戻したが。
「中の時間経過はゆるやかで、食料とかも腐りにくいよ」
「なんて便利」
「空間がずれてるらしいんだよね」
「ずれてるとは?」
「私も詳しいことは知らないけど、なんていうかな、こう手を入れると突き抜けずに別のところに入り込むでしょ? だからこの靄の先は、私達が存在しているこの空間じゃなくて、なんていうかその裏側みたいな、ずれた空間にアクセスしているってことらしい」
「へえ」
所有していたエンカがそう言うなら、フラトはそれで納得するしかない。
意味はよくわからないが、そう呑み込むしかないだけの現象が目の前にあるのだから。
「手を突っ込んだ瞬間に頭に微弱な電流みたいなのが走って、変な言葉が浮かんできたんだけど」
「変な言葉とは失礼な」
ばし、とまたしても蹴られた。
もしかしたらようやく打ち解けることができたのかもしれないなと、そんなスキンシップを経て思い始めたフラト。
これまでスパルタな師匠の下で育ってきた弊害である。
「中に手を入れると、内容物が勝手に認識されるようになってて、頭の中で任意のものを選べばそれが手に吸い寄せられてるって感じかな」
「うへえ。そりゃ凄い。なんか怖い。けど便利には違いない」
とんでもない一品なのでは。
「まあね。一般的にどんな品質だろうと亜空間収納魔具は凄いよ。凄くて貴重で希少。そもそも空間に干渉できる魔術は普通は扱えるものじゃないし、それを魔具として成立させるってのは今のところ世界中のどの職人にも出来るようなことじゃないって言われてるからね。遺跡でしか見つかってない代物だし」
はい?
いや。
待て待て待て。
「そこまでは僕も想定してなかった。そんな貴重な物やっぱもらえないよ。返すわ」
慌ててフラトが蜘蛛の糸に繋がれた指輪を取って返そうとするが。
「あー無駄無駄。それ最初に起動した者を所有者として認識するらしくて、起動しちゃえばさっきの私みたいに誰でも干渉できるけど、起動そのものは最初に起動した人だけ。ま、この場合は人っていうか、その蜘蛛ちゃんだけど」
「…………えー。そんな大事なこと最初に言えよ」
「言ったら試したりもしなかったでしょうが」
「そりゃそうだろ」
そんな貴重なもん、とフラトが苦い顔を見せる。
「まあまあ、お礼みたいなものだから気軽に受け取ってよ。それに私は自分の一つ持ってるから必要ないしね」
「お礼って何だよ」
「まー一つ言うなら、一宿一飯の恩、ってやつだよ。私の荷物を整理して、乾かして、魚を獲って捌いて焼いて、私の分もちゃんと残しておいてくれたでしょ」
「魚は僕が釣ったわけじゃないけどな」
「大き目の焚火と私の荷物の整理はホウツキの判断でしょ。それに猪肉も分けてくれたし」
「トバクと一緒に行動した方が山を出れる確率が高くなると判断したからってだけだよ」
「寝袋を使わせてくれた」
「気を失っていたとき以外は、トバクが勝手に潜り込んだんだよ。っていうかそれに関しては僕も恩恵に与ってるからお互い様ということで」
「え? 何、どういうこと?」
「まあ気にしないでくれ」
「んむぅ……………………あと、ご飯も作ってくれた」
「一人分作るも二人分作るも一緒だからな。特別労力が増えたわけじゃない」
「途中干し肉だって分けてくれたし」
「山を出るまでは運命共同体って言っただろ。その為には互いに体力がないと話にならないし、出し惜しみをして危ない状況にはなりたくないからだよ」
「そう。そこだよ」
「何がよ」
「出会ったばかりの私を、そこまで信頼してくれた。生命線の食糧を分けてくれたのは、私から見れば、これ以上ない信頼に見えた。ホウツキはそれを否定するけれど、あの状況でそんなことをさらっと出来る人はあまりいないよ。特に干し肉なんて携帯食、隠れて自分だけ食べようと思えばできちゃうでしょ」
更に極めつけは、とエンカは続ける。
「さっき、何の疑問もなく私に残りの干し肉をくれたでしょ。何に使うかも説明しなかったのに」
「説明を聞いてる余裕があるような場面じゃなかったでしょうよ」
「だからそういうところだよ」
とエンカが可笑しそうに笑う。




