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集会の日がやって来た。会場は少佐を見ようと、沢山の子供たちでごった返していた。普段は見かけない他の地区の少年達も幾人か紛れ込んでいた。彼ら全員が酷く興奮していて、しかし少しでも格好よく厳粛でいようと、それを胸の奥で抑えつけている。ハンスもまたその一人だった。右隣にヴォルターがいた。まだ少しだけ残る黄色のあざの跡を見て「大丈夫か」と声を掛ける。ハンスが「大丈夫」と応えると、一安心したように「お前、頑張ったな」と笑みを浮かべた。グスタフの姿は無かったが、気にも留めていなかった。
やがて、テオドール少佐の演説が始まった。会場は何時になく静まり、少佐の凛とした声が屋根の奥まで響いた。まるでそこは何時もの小さな木造の集会所では無いかのようだった。それはハンスがまだ小さな時に連れて行って貰ったオペラよりも、ずっとずっと荘厳で偉大なものに思えた。テオドール少佐は、昔の戦の体験や数々の武勇伝、そしてそこで発見した人間のあるべき在り方を、とうとうと語っていた。
次いで、会場入り口で回収された募金缶の結果が報告される段取りとなった。平時なら成績の良い者から順に発表されるが、それとは逆の順番だった。今回の焦点は最後に成績の悪いおちこぼれを見せしめにすることではなく、優秀な者を称えることにあったからだ。発表主は、テオドール少佐だった。
成績最下位の者の名がまず呼ばれた。隊列の何処かから「はい」と返事が返る。皆がそちらを盗み見る。少しの間を置いて、次の者。こうして憧れの少佐から最悪の形で名を呼ばれる屈辱に、多くの少年が俯き、黙々と涙を流す者すらいた。ハンスはまだ呼ばれないようにと祈りながら待っていた。あっという間に半分ほどが過ぎた。
横を見ると、ヴォルターが瞬間、笑った。よくやったな、と目で言ってくれたのが、今のハンスには堪らなく嬉しかった。どんどんと発表は上位に来る。やがて上位五名に入った子が、壇上で将校と二、三の言葉を交わす所にまで至った。しかし、まだヴォルターの名もハンスの名も呼ばれていない。周りの目が俄かに集まってきている。ハンスは歓喜や興奮よりも、もしかしたら名前を呼ぶのを忘れられてしまったのではないか、と心配で気が気ではなかった。何も耳に入らず、胸は早鐘のように鳴っていた。ヴォルターに肩をぽんと叩かれ、少しだけ治まる。成績三位の者の名が呼ばれた。ハンスとヴォルター、どちらの名でも無かった。
周囲の目は、いよいよ二人へと注がれる。一方は当然のように残った者に対する羨望の目線で、もう一方は思ってもみなかった者への驚きの目線だった。多くの者はヴォルターの勝利を予想していたが、ハンスが大通りをすっかりと自分のものに占拠していたことを知っていた幾人かは、ハンスの逆転を漠然とだが、予感していた。