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次の日には、顔の腫れは青あざに為っていた。それでもハンスは、学校が終ると直ぐに、かけっこで大通りへと行き、また「寄付をお願いします! 冬季救済事業に、寄付をお願いします!」と叫んでいた。制服は綺麗になったが、喉の痛みは一層酷くなり、声量はふらふらと覚束無くなっていた。人々がハンスを避けるのだけは、変わらなかった。
その次の日は、もっと酷かった。大雨が降ったのだ。ハンスは屋根の下で雨宿りしながら寄付活動をしたのだが、道を打って弾かれた雨粒は、ハンスの靴をびしょびしょにした。靴下まで湿り、足先が酷く冷えた。当然人通りは絶えがちになり、ハンスの叫びも殆どが雨音に吸い込まれた。
それから明くる日だった。大通りへ行くとまだ声も出さぬ内に、小太りの中年の男がハンスの所にやって来た。そして何も言わずに、募金缶に10ペニヒ硬貨を三枚と、5ペニヒ硬貨を二枚、入れた。ハンスはきょとんとして、しかし直ぐに「ありがとうございます」とバッジを手渡した。早足で通り過ぎていく中年の顔を、ハンスは昨日見かけたことがあった。そして彼も雨の中、不恰好に叫んでいたハンスのことを覚えていたに違いなかった。それに似た事が一日の間に、何十もあった。
喉の潰れも良くなり、青あざも薄れていき、街の人もハンスに慣れてくると、まるで初めてではないかのように親しみ深く声を掛け、募金に協力する人が増えていった。それは本当に驚くほど多く、そして沢山の硬貨を入れてくれたことを、ハンスはこれからも決して忘れないだろうと思った。例えばこんなことがあった。
「寄付をお願いします! 冬季救済事業に、寄付をお願いします!」
「よう、坊主。今日もやかましいな。何時、終るんだい?」
「あ、明日までです」
「なんだ、小鳥のようにさえずる喋り方も出来るのか」
「す、すいません……」
「まぁ、なんだ。俺はお前らから見たらアカってやつだ。と言っても、まだ子供にゃ分からんか。おっちゃんはな、あんたらとは支持する信念が違うんだけどな」
「でも……」
「ひとの言う事は最後まで良く聞け、坊主。だけどな、坊主がピーピー鳴くのが、気に障った。募金がてらに、静めてやろうと思ったのだが、明日までじゃなあ。しょうがねぇ」
「……」
「ほら、五十ペニヒ硬貨。それに五ペニヒ硬貨もだ。おっちゃんはケチなんだから、こんなこと滅多に無いぞ。ちゃんと有難がれよ。一枚はお前が叫んでいる貧民の為とやらにくれてやる。もう一枚は、坊主、お前へのお駄賃だ。帰りがてらにでも、何か旨いもんでも買ってけや」
「あっ! ありがとうございます! ご協力、ありがとうございます!」
こうしてハンスの募金缶に一枚の五十ペニヒ硬貨が、右手には五ペニヒ硬貨が渡された。しかしハンスは躊躇うことなく右手のそれも募金缶へと入れたのだった。