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 小路を歩きながらも、グスタフの周りの二人はまだ興奮が覚めやらぬ様子だった。グスタフの少年からの募金活動はこれが初めてではなかったが、彼に抵抗して殴られるようなのは他に居なかったからだ。取り巻きの二人はハンスがやられるさまを如何にもみっともなく誇張して笑いあったり、グスタフの容赦の無い勇姿を遠慮がちに褒めちぎっていた。

 しかし、グスタフの心は何時までたっても、煮え切らないままだった。蹴られながらも募金缶を必死に掴んでいる少年のイメージが、脳裏から離れなかった。殴られても、蹴られても、片時も離されなかった募金缶。それと比べると先程回収したばかりの財布も、俄かに軽いものの様に思えてきた。取り巻きの一人が、「けっこう入ってますね。クズのわりに」と感心するほどの収穫であったが、同じように喜べなかった。グスタフはあの募金缶に入れられた五十ペニヒ硬貨をとうとう奪えなかったのだ。そして、それを守り通したぼろぼろの少年が、どうしようもなく憎く、疎ましく思えた。

「もういい、もう沢山だ」

 二人が驚きながらグスタフを見上げる。

「あの糞みたいな集会も、国の犬どもに尻尾を振るようなのも、もう沢山だ! やめる」

 取り巻きが何とか反論をしようと、しかし主の気分を害さぬようにと、口をまごつかせている。グスタフは盗ったばかりの財布から、マルク札を差し出す。

「ほら、これで遊んでいろ。俺はもう帰る! 今日は気分が悪いんだ!」

 遠慮がちに受け取りつつも、刑務所から出たばかりのように二人は楽しげに去っていった。グスタフはもう集会にも、あの少年にも、二度と関わるまいと決めた。それらはどうしようもなく彼を苛立たせ、その苛立ちは殴り倒す事で消せる類のものではないと知ったからだ。


「寄付をお願いします! 冬季救済事業に、寄付をお願いします!」

 ハンスのそれは叫びに近かった。ハンスは、何倍も集中して街中を行く人を見つめ、何倍もの思いを込めて、何倍も真剣に、ただ声を振り絞っていた。日中の大通りを歩く誰もが、ハンスに目を留めた。そしてそれを避けるかのようにして歩いた。かくして人が忙しく行き交う通りの中で、彼の周囲の一角だけが、がらんとしていた。ハンスの声は潰れていて痛々しく、頬は赤く腫れていて、制服はよれよれだった。時が経ち、ハンスが叫べば叫ぶほど、それらは一層酷くなり、人は離れ、彼だけの空間も広くなっていった。


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