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夕食は、ライ麦パンとソーセージに、ジャガイモのスープだった。冷えた身体にスープは温かくて、ほくほくして、ハンスは二度もお代わりをした。仕事から帰ったばかりの父が、煙草をふかしながら、その横で新聞紙を捲っていた。
「それで、どうだ? 募金は集まったのか?」
「えっ、えっと……」
言葉が途切れたのを隠すように、ハンスはスープを口に運んだ。それから
「まぁまぁだったよ。うん」
「よし、少し協力してやるか」
ハンスがこう答える時は好ましくない事態を取り繕っていることを、父はよく知っていた。財布を開けながら、説き伏せるように続ける。
「父さん、まだ募金して無いんだ。それに、貧窮と断固として闘うと言う、政府のやり方にも痛く共感している。だからな、少し多めに寄付させてくれ。見ず知らずのガキ共にくれてやるより、よほどいい」
「いらない!」
「どうしてだ? 多かれ少なかれ、皆やっていることだろう?」
「いらない! そんなズルなんかしたくない!」
ハンスは残りのスープなどお構い無しに、席を立ち自分の部屋へと出て行った。父は眉をしかめて、再び新聞へと目を通す。
「どうしたのかな?」
「あの子も男の子ですもの。これ位で丁度いいのよ。むしろ遅いくらい」
「そんなものか。俺には無かったがな」
流し場で食器をカチャカチャさせながら、母は微笑んでいた。
ハンスは眠れなかった。一昔前の彼ならば、父の申し出を喜んで受け入れていたに違いない。いや、事実父に語りかけられるまで、ハンス自身それを密かに期待していたのだ。しかし、いざそうなった瞬間、ハンスの頭の中で、まだ見ぬテオドール少佐の怒りの顔が、街頭で溌剌と弾むヴォルターの小さな靴が、橋のたもとで眠る浮浪者やよれよれになった失業者の姿まで、次々と浮かんでは重なったのだった。すると同時に、今までの寒さが一気に煮え立つほどの熱いものがハンスを貫き、居ても立ってもいられなくなり、席を立たされたのだ。それはハンスが初めて経験する衝動だった。
ハンスは机の上に置かれた募金缶をじっと見ていた。明日は休日だから、早めに寝て、早めに外に出て行って、募金活動を始めなくてはならない。けれど、腹の底をぐるぐると回る熱が、寝付く事を許さなかった。結局ハンスは一睡もせずに、まだ母が目を覚ます前から、街の中心部に位置する大通りへと飛び出していた。