Can you answer my question ボクの質問に答えてよ
ただ、嫌いと。好みじゃないんだと言ってくれたなら、どんなに辛く……そして、楽だっただろうか。
「トキ、俺はお前が好きだよ」
君を好きになったのは、いつからだっただろう。
「だけれどそれは何処までも、ただ1人の友人としてなんだ」
自分に何が足りないのかは理解しているし、それがどうしようもないと言うことも分かっている。
「その容姿も、性格も、髪や目の色でさえ心惹かれる」
だけど、どうしたって諦めきれるはずがない。
だって、あんまりじゃないか。
生まれついての、決して変えられないことが理由でそれが叶わないなんて。
「もし君が……女の子であったなら」
努力ではどうしようもない。
それこそ、二分の一の確率にかけて生まれ直すしかないだなんて。
「きっとこの感情は友情じゃなくて……恋だったよ」
ああ、ボクにとって、性別とは残酷だ。
生まれたその時からそれのせいで、好きな人に愛される権利さえ無くすのだから。
緑がかった黒髪の、どこか達観した雰囲気のある少年。背丈は高くないが、その雰囲気のせいで小さくも見えない。
まだ中学生だというのに哲学の本ばかり読む、彼の母親に言わせれば「人生を生き急ぐように物事を知りたがる」性格の、変わった男の子。
それが、ボクが恋した人だ。
「ねえ、神夜」
「なんだよ、トキ」
放課後の、2人だけの帰り道。
家が近いから毎日一緒に帰るし、両親が留守にすることが多いボクは神夜の家で夕食を取ることが多かった。
だから今日も、同じ帰路を歩く。
「昨日さ、ネットで調べたんだよ。同性愛は人間だけの異常行動じゃなくて、自然界の昆虫や動物の間でも確認されてるんだって。だからね、ボクが君を好きになったのは別にスピリチュアルでもアブノーマルでもなくて、とってもナチュラルなことなんだよ」
元より振られたくらいで諦める恋ではない。彼の中で同性であることが異常で、恋愛から除外されてしまうようなことなら、その考えそのものを変えていけば良いのだ。
きっと聡明な彼ならすぐに納得してくれるはず。
そう思っていたのだけど。
「知ってるか、トキ。猫やイルカは獲物を嬲り殺すことがあるんだ。別に食べるためじゃないから、もしかすれば単に楽しいから殺しているのかもしれない。勿論それは自然界で行われていることだが、だからって快楽殺人鬼が人を殺すことが自然なことになるわけじゃない。育児放棄をする動物だって多くいるが、それを人間がやれば犯罪だ」
「それは……そうだけど」
瞬時に反対意見を出され、ボクは萎縮してしまう。
そうなのだ。彼は、神夜は頭が切れる。そして自分が納得しない事には理路整然ともの申す。別に頑固という訳ではなく、単に自分の中で答えが出ていない事柄に対する答えを求めてだ。
「勘違いするなよ。別に、LGBTQを否定している訳じゃない。単に俺は、納得がいかないんだ。多様性を、自由な愛を謳うなら、全てが認めらなきゃただの押しつけだ」
神夜は冷徹なようでそうではない、暖かくもない中途半端なぬるい目で、僕を見つめた。
「日本じゃ十三歳未満との性行は法で禁じられているし、十八歳にならないと結婚できない。何でだと思う」
「うぅーん……子供は経験が少ないから、愛がよく分からない、から?」
「そうかもな。だが愛なんて大人だって分からない奴は分からないし、それを愛だって勘違いしているだけかもしれない。判断能力、責任能力が脆弱な子供は守られる対象で、結婚できないっていうのは理解できるんだ。だが、結婚しなかったらどうだ? 別にセックスしなければ大人と子供が恋愛してもいいのか? 中年と幼児が本当に愛し合っていたとしたら、それを止めるのは自由な愛を妨害しているんじゃないか。ペドフィリアを忌避するなら、同性愛が認められる由縁もない」
「それは、違うと思うな。年齢差のある恋愛は自由だと思うし、その問題は子供が成長すれば問題じゃなくなる。つまり時間が解決してくれるんだよ。それに子供が好きなんであって、その個人を好きじゃないかもしれないっていうのが問題だと思う。成長してもその人のことが好きで、両思いが続くなら、数年くらい待てるよ」
「そうだな。年齢差はたいした問題じゃない。だが、俺が疑問に思うのは子供と、近親についてだ。同性間では子供が生まれない。別に生産性がないとかを言いたい訳じゃない。生物として子孫を残せないのは問題だとは思うが、それだって愛に関係ないと言えば関係ない。だから仮に、同性婚が認められたらと考えてみたら、最後の疑問が生まれた」
今までは歩きながらの会話だったが、そこで神夜はようやく立ち止まった。
「それは、兄妹や親子についてだ。近親相姦で生まれた子供の劣性遺伝子の問題は理解しているが、なら子供を作らないと誓えば近親婚は許されるのか? 自由な恋愛が認められるなら、近親感の恋愛だって認められるべきなんじゃないか。同性婚でも養子をとればだとか片方が子供を産むだとか、よく聞く話だが、なら兄妹同士で結婚して養子を取れば良いことになる」
神夜は次々に、自分が疑問に思ったことを口にしていく。
「近親婚が合法化された場合のリスクは理解している。家庭内の性被害が増えるかもしれないし、そもそもが家族間のことは法が介入しにくい。だが、そんなことは同性愛だって同じだ。それに施設の問題だってある。性自認が男性の女性がいたとして、生物学的には女だ。俺はそいつと同じトイレは使うのは嫌だし、温泉だって羞恥心がある。なら増えた性別の数だけトイレや更衣室を増やすのか。それには施設が場所を取り過ぎるし、仮に全てを個室にして対応したとして、温泉などでは同じ方法は使えない。大浴場などを性別分用意するのは流石に難しいだろうし、圧倒的少数派のために差別のない同じスケールの施設を用意するのはコストが掛かりすぎるからだ。それを許容するには資本主義の利益の追求が邪魔をするし、国が支援するのにも限度がある」
神夜は話しすぎたとでも言うように一息ついて、先ほどより声を抑えて、まるでボクにだけ聞こえるように、囁き声で言う。
「長々と話したが、本当に全ての愛を肯定出来るかが問題なんだ。この問いに対する答えを考えたけれど、今の俺には見つけられなかった。遠い未来で科学が発展して、遺伝子の問題も解決して、同性間でも子供が出来るようになって、ようやく全てが認められるのかもしれない。だけど現状では……俺には答えが見えない」
考えすぎだ。そう言ってしまいたい。
けれどその一言で片付けるには、彼はあまりにも思慮深すぎる。
答えなんて出ない、考えたって仕方が無いようなことを考え続けてしまう。それが自分が好きになった人だと、幼馴染みをやってきて理解はしていたが、それがこうも恋を邪魔するものだとは思いもしなかった。
「じゃあ、神夜はさ……その答えが見つかったら、ボクと付き合ってくれるの?」
怖いけれど、訊いた。
これで断れたら単に好みじゃないと言われたようで、自分が酷く傷つくとは分かっていたけれど、雰囲気に流されるように訊いてしまった。
神夜は赤く染まりだした空を見て、ボクを見つめて、少しだけ目をそらしてから、答えを口にする。
「……無理、だろうな」
膝から崩れ落ちたくなるほどの言葉。昨日振られたときでさえ我慢した涙がこみ上げるが、なんとか堪える。
「じゃ、じゃあ、性転換とかしたら……」
「違う、もっと根本的なんだ」
生まれつきの女の子でなければ生理的にダメだとか、そう言われるのかと身構えるが、それはもっとシンプルなことで。
「俺と付き合って、その後はどうするんだ。将来、大人になったらの話しだ」
「それは……けっ、結婚、とか……」
無論日本では未だに認められていないが、ボクは両親が共にイングランド人で、外国籍も持っている。だから、そこには対した障害を感じていなかった。
「結婚して、どうするんだ」
「も、もちろん夫婦円満に! 神夜と一緒に生きていければ、ボクはそれで」
「無理だ」
語気は強くないけれど、それでも自分は強烈に感じられてしまう否定。
「俺は……両親に憧れている。母さんは常に子供を気にかけてくれる完璧な母親だし、父さんは趣味人だけど、俺に多くの文化的な体験をさせてくれて、知識も広いから何でも教えてくれる。そんな2人の血を継げて、俺はそれが誇りでさえある。だから思うんだ、遠い先のことでも漠然と。良い親になりたいって」
神夜の両親は仲が良くて、ボクだってそれを見て羨ましいと思う。だから、神夜ともあの夫婦のようになれたらって。
「……俺は、血の繋がった子供が欲しい」
「……っ」
確かにそれは、ボクにはどうしようもないことだった。
「そうでなきゃ、無償の愛を捧げる気がしないからだ。トキ、君は魅力的だが……俺に、血を継いだ子供を与えてはくれないだろう」
子供なんて、そんなこと考えなくたって良いのに。
君がいれば、ボクは幸せなのに。そう思うけれど、ボクがそう思うように、神夜にとっては自分と同じ血を引く子供が、未来の自分の幸せのために必要なのだろう。
これ以上の問答は意味が無いと分かって、涙をためた瞳を見せないようにうつむくと、神夜はポケットに乱雑にしまっていたイヤホンを取り出して、からまったコードをほどき始めた。
「ほら、もう帰るぞ」
そう言ってイヤホンの片耳をボクに付けてくれて、最近神夜が気に入っている曲をこっそり持ってきたスマホでかけ始める。
「良いだろ、メタリカ」
「……良い曲だけど、夕日にはミスマッチだよ」
ロマンチックさの欠片もない、夕暮れの下校時という青春の一ページにはあまりにも合わないスラッシュメタルを聞きながら、ボクたちは歩き出す。
ああ、でも。考えてしまう。
子供なら、神夜が他の女の子と作ってしまってもいい。モヤモヤするし、嫌な事には変わりないけれど、それでも彼と結ばれるために必要なことなら、我慢できない事ではない。
その血の繋がった子供さえ約束すれば、彼は恋人になってくれるのだろうか。
……いや、できない。そうではなかった。
彼は自分の中で同性愛に対しての答えが出ていないから、一時的な恋人になることも拒むのだ。
ボクはずっと恵まれている。見た目も、声も、骨格や体質だって女性的で、外見だけなら身長が高めな女の子と言っても違和感がない。それは小さい頃から性自認が確りしていたために積み重ねてきた努力もあるけれど、こればかりは生まれ持ったものが大きい。
だからこそ。それだけ与えられたのに、彼に好かれる条件が殆ど揃っているのに、性別という一点が全てを台無しにしてしまうのが、星のない夜のように空しい。
愛の平等についての答えが見つかれば、せめて恋人になれるのだろうか。
そうして彼の疑問は、神夜の問いはボクの問いになった。
「Please(お願い)……」
だから自然と、言葉は漏れる。
ああ、誰か――――
「――Can you answer my question(ボクの質問に答えてよ)」
Who knows the answer to that question?