クズですが初恋をしました。好きな子が良い人なので、俺も良い人を目指そうと思います
運命の出会いというのは、本当に存在するんだな。
朝のホームルームが終わり、周りが1時間目の準備をしている間、俺・隅田朝陽は自分の席からずっと一人の女子生徒のことを見つめていた。
彼女の名前は花守華恋。可愛くて頭が良くて、それでいて誰もが認める「良い人」だ。
勇気を出して、話しかけようと考えたさ。連絡先を聞こうとも思ったさ。でも、それは無理だ。花守は、みんなに囲まれている。
中には下心丸出しで連絡先を要求している男子生徒もいるが、それは彼らが謂わゆる「リア充」や「陽キャラ」に部類されるから可能な芸当であって。
俺みたいなクズが、クラスメイトの輪の中に入れって「連絡先教えて」などと言えるわけがないだろう?
だからこうやって、彼女を遠くから見つめることしか出来なくて。でもそれで十分だ。観察しているだけでも、沢山の花守を知ることが出来る。
花守って、考えことをしている時毛先をくるくるするんだ。ペンは結構端を持ったりする。愛想笑いをする時は、右よりも左の口角の方が引き攣り気味だ。あとは、あとは――
花守に対する興味が尽きない。知りたいという欲求が、溢れ出してくる。
花守華恋。君は一体、どういう人なんだ?
◇
何度も言うが、花守華恋は良い人である。
部活の忙しい生徒の為掃除当番を変わったり、お昼忘れた生徒にお弁当を分けてあげたり。しかもそれらを男女問わずやるわけだから、「良い人」ここに極まれりだ。
そんな花守を見ていると、楽して掃除を終わらせることに思考を巡らせている自分という人間が恥ずかしく思えてくる。
浴室で鏡に映った自分を見ながら、「このクズめ」と吐き捨てた。
こんなクズに、果たして花守の隣に立つ資格があるのだろうか?
美男美女がお似合いであるように、「良い人」の隣には同じ「良い人」が相応しいだろう。
これからは人に優しくあろう。人に親切であろう。すなわち――「良い人」であろう。
俺は桶に水を貯めると、一気に頭からかぶった。
季節はまだ春ということで、震えるほど冷たかく感じた。しかし、良い区切りになっただろう。
隅田朝陽、16歳。学校一のクズと名高い俺は、この日を境に生まれ変わったのだった。
◇
「良い人」になると息巻いたところで、一つの疑問が生まれる。そもそも「良い人」とは、どんな人なのだろうか? 何をもってすれば、「良い人」認定されるのだろうか?
そういう検定とかあるの? 免許とか発行してる? あんまり時間ないから、合宿的なものがあればありがたいんだけど。
勿論「良い人」というのは概念や固定観念であり、それを証明する手立てはない。周りが「良い人」と言えば、おのずと「良い人」になるのだ。
なので良い人とら何かを知る手段は、観察するに限る。俺は週末を利用して、街に「良い人」探しに出ることにした。
「良い人」を見つけようとすると、悲しいことに人の醜い部分ばかり目についてしまう。
ポイ捨てをする高校生。スーパーマーケットの店内を走り回るクソガキと、それを注意しないクソ親。若いアルバイト生に理不尽なクレームを入れまくる老害。「良い人」って、案外少ないものなんだな。
そんな風に思いながらイートインスペースで衝動買いしたアイスを食べていると、物欲しそうに俺のアイスを眺めている子供がいた。
子供といっても、小学校高学年以上なのは間違いないだろう。中学生でも不思議じゃない身長だが……いやいや。流石に思春期に突入しておしゃれにも目覚め始めた中学生が、胸部に「ウサちゃん」とプリントされたフリフリワンピースは着ないだろう。
「……」
人差し指を口元に当てて、ジーッと俺のアイスを凝視する子供。……こういう時、「良い人」だったらどんな行動を取るだろうか?
「……アイス、買ってやろうか?」
俺が言うと、子供の顔がパーアッと明るくなった。
「はい! チョコとミントとストロベリーの、トリプルコンボでお願いします!」
トリプルコンボって……この店で一番高いやつじゃねーか。俺でもダブルで我慢してんだぞ。
しかし「買ってやる」と言った手前、今更自身の発言を撤回することは出来ない。それに遠慮をしないのは、子供の良いところだ。
俺は要望通り、三段重ねのアイスを注文し、子供に渡した。
「ん〜っ! やっぱりチョコとミントとイチゴのマッチングは、最高ですね〜! 程よい甘さからの酸味! そしてミントの爽快感! これがなんとも言えません!」
「それだけ喜んで貰えたなら、俺も満足だよ」
近くのテーブル席で、頬杖をつく俺。おおよそ、満足しているような雰囲気ではなかっただろう。実際高いアイス買わされて舌打ちしたい気分だし。
「しかしアイスを奢ってくれるなんて、正直意外でした。隅田さんって、みんなが言うほどクズじゃないんですね」
「まぁ、最近思うところがあってな。この度クズ生活から脱却しようと思い立ったんだ。……って、ん?」
このクソガキ……どうして俺の名前を知ってるんだ? それに俺がクズだということも、把握しているようだ。
「……俺のクズっぷりは、世代を超えて知れ渡っているのか?」
「はあ? 何を言っているんですか? クラスメイトの噂くらい、嫌でも耳に入りますよ」
クラスメイト? こんな奴、クラスにいたっけな……。
俺は出席番号1番の生徒から、順に名前を挙げていく。……そういや、俺クラスメイトの名前半分以上覚えていないんだったわ。
「え!? お前って、高校生なの!? 小学生じゃなかったの!?」
小学生という俺の予想は、見事に的外れ。中学生すら飛び越えて、まさかのJKだった。
「そうなのです! 私は華の女子高生なのです!」
「華って……」
どう見てもまだ蕾じゃねーか。
「2年D組の、卯月美海です。この度は、アイスを奢っていただきありがとうございます」
「それは良いんだけど……ていうか高校生なら、アイスの一つくらい買えるだろ? 財布を失くしたのか?」
専門店のアイスなので多少割高だが、それでも1000円2000円するようなものじゃない。
「いや〜。お恥ずかしい話、今週分のお小遣いを使い果たしてしまいまして。高めのブラジャーを買っちゃったんですよ。大きくなーれという願いを込めて、Cカップのやつ」
「うっわ。この上ない無駄遣い」
だってそのちっぱい、どう見てもBすら怪しいだろ?
「しかし奢って貰って何のお礼もなしとは、抵抗がありますね。何かお礼をしたいのですが……。体でお礼をするというのは、道徳的にどうかと思いますし」
「そうだね。そういうのは、もうちょっと成長してからにしようね」
精神的にも、身体的にも。
「そうだ! 悩みを聞くっていうのはどうでしょうか?」
「悩み?」
「そうです! 人は誰しも、悩みを抱えて生きています。誰にも相談出来ず、胸にしまい込んでしまっている悩み。顔見知り程度の相手になら、意外と話せるんじゃありませんか?」
「お前なら、俺の悩みを解決出来るっていうのか?」
「いいえ! でも、「頑張れ!」って応援なら出来ます!」
「応援って……ハァ」
正直悩みを打ち明けるメリットなんてこれっぽっちもなさそうなのだが、彼女も彼女なりの恩返しとして提案してくれているのだろう。「良い人」になろうと誓った手前、人の善行を無碍にするのも憚れる。
悩みを聞いて満足するなら、それで良しとするか。
あくまで良い人になる為の一環として、俺は卯月に自身の恋心と決意を話した。
◇
「成る程。花守さんに好かれる為に、「良い人」になろうとしているわけですか。だからさっき、私にアイスを奢ってくれたんですね」
「そういうことだ。だけど俺には「良い人」っていうのがわからなくてな。なにせこれまでの人生、ひたすらクズを貫いてきたんだ。自慢じゃないけどな」
「本当、自慢にならないですね。目を伏せてフッとか言ってみても、全然かっこよくないですよ。しかし「良い人」になる方法ですか。そうですねぇ……」
卯月は俺を観察する。
「まずは見た目ですかね。隅田さんって、醸し出す雰囲気からしてクズなんですよ。例えば花守さん。彼女は言葉にしなくても、「良い人」のオーラが漂ってきません?」
「確かに。それに良い匂いもするよな」
「うわ。気持ち悪っ」
真顔で気持ち悪いとか言うなよ。すれ違った時鼻腔をくすぐっただけで、積極的にくんかくんかしたわけじゃねーよ。
「そこを直さないことには、「良い人」になるなんて到底不可能です」
「初っ端から外見へのダメ出しとか、お前も大概だな。見た目、ね。どうすれば良い?」
「隅田さん、ちょっと笑顔になってみて下さいよ」
「笑顔? こうか?」
ニタァっと、俺は笑顔を見せる。
スマイルを無料でばら撒いている某ファストフード店の従業員じゃないし、笑顔なんて慣れていないからな。ちゃんと出来ているか不安が残る。
「うっわ」
おい、何だよ「うっわ」って?
「……良いカモを見つけた詐欺師の顔をしています」
「待てやコラ。誰が犯罪者だ」
倫理や道徳を逸脱することは多々あるけれど、法を犯したことはない。
「ごめんなさい。詐欺師は言いすぎました。ギリギリ法の範囲内です」
いや、フォローになってねぇよ。
「次は、女の子をデートに誘ってみて下さい」
「デートか……。ねぇ、今からそこの喫茶店に入らないか?」
「……壺でも買わされるんですか? それとも高い保険商品売りつけられるとか?」
今のは俺は悪くないと思う。別におかしなこと言ってないよね?
その後も色々試してみるが、元来備わっている悪人オーラのせいで、どうやら何をやっても犯罪スレスレになってしまうらしい。
「こうなったら、方向性を変えてみましょう。悪人面はそのままで、行動を良い人にするのです」
「行動を?」
「はい。例えば、そうですね……隅田さんに、ノルマを課します。明日から隅田さんは、一日一善をモットーとして生活して下さい」
「一日一回良いことをするってわけか。出来るかなぁ」
「そう難しいことじゃありませんよ。例えば朝誰よりも早く登校して教室を掃除したり、先生の荷物を職員室まで運んだり。そのくらいで良いんです」
「えー。早起きしたくないし、教師に良いように使われるのも嫌だなぁ」
「文句を言わない!」
怒られてしまった。
でも卯月の言う通り、小さな善行でも良いのなら然程難しくない。
「しかーし! ここで一つ、注意事項があります。一日一善というのは、最終的なプラマイの結果です。なのでクズな行為をしたならば、当然それ以上沢山の善行をしなければならないのです」
「マジか!? 俺、明日から何回良いことをしなくちゃならないんだよ」
「クズな行ないをやめるっていう選択肢はないんですか……」
卯月が呆れたことは、言うまでもない。
◇
翌日。
早速俺は1時間早く登校して教室の掃除に励んだものの、その善行は登校中「あっ、ゴミカス大魔神だ!」と指差してきやがったクソガキのランドセルの鍵をこっそり開けるというクズ行為によって相殺されてしまった。
一日一善を達成する為には、追加で一つ何かしらの善行をしなければならない。
三、四時間目の調理実習で、最高の機会が訪れた。
三人で班を組むわけだが、厳正なるくじ引きの結果、メンバーは俺と花守と卯月になった。
えっ、何この展開? 一体前世でどんな徳を積めば、こんな素晴らしい班わけになるの? これまでのクズっぷりを鑑みると、前世の俺は相当の聖人君子だったのかな?
「今日は皆さんに、理想の晩御飯を作って貰います。家庭科室にある食材ならなんでも使って構いません」
先生の合図で、調理スタートになった。
「理想の晩御飯ですか……隅田さんは、何だと思います?」
「貧乏人の目の前で食う回らない寿司」
「……隅田さん、マイナス1です」
マイナス1!? 発言だけでもダメなの!?
「……卯月、あとでお菓子を買ってあげよう」
「……さっきのは聞かなかったことにしてあげます」
うっわ。この女、チョロ。
俺は花守の方を向いた。
「花守にとっての理想の晩御飯って、何なんだ?」
「それは……」
セリフの途中で、モジモジし始めた。そして辛うじて聞こえるくらいの声量で、
「……小学生の妹が作ってくれるハンバーグ。不恰好で味も薄いけど、世界一美味しいの」
何この子、良い子すぎるだろ。高い寿司とか言ってた自分が恥ずかしいわ。
「それじゃあ、ハンバーグにしようか。そういう理由なら、不味くても問題ないし」
言いながら、俺は包丁を取る。玉葱のみじん切りを始めた。
『……』
その様子を、二人がポカンとしながら見ている。
「……どうかしたか?」
「隅田くんって……料理出来る人ですか?」
「まぁ、家庭料理程度なら」
「理不尽です! クズのくせに料理が出来るなんて! クズのくせに!」
クズと料理に因果関係ないだろうがよ。
因みに調理実習は、大成功で終わった。評点は勿論「A」。自分で言うのもなんだが、俺のお陰で。
花守も美味しいハンバーグと最高の評点に喜んでいたし、これで一日一善は達成されたと言えよう。
◇
一学期も終盤を迎えたある日、事件は起きた。
「ねぇ、花守そん。私部活の大会近いからさ、掃除当番変わってよ」
花守の善性を利用したいじめが始まったのだ。
人の善意を利用するなんて、一体どういう神経をしているんだ? クラスの中心人物だからって、やって良いことといけないことがあるだろうに。
自分を棚に上げて言うけれど、こいつ最低だな。
先生にチクるか? そんな「良い人」の正攻法なんて、俺は取らない。ていうか、取れない。だって俺もクズ。この女と同じ穴の狢なんだもの。
最低な男には最低な男なりの、やり方というものがある。寧ろクズだからこそ取れる手段というべきか。
後悔しろ。俺を本気にさせて、ただで済むと思うなよ?
俺は「あの〜」と手を挙げる。
「俺が代わってやろうか?」
「あん?」
親切で話しかけてやってんのに、メンチ切って来やがる。おお、怖えー。
「毎日花守さんじゃ可哀想だから、今日は俺が変わってやるって言ってんだよ」
「なんでお前がしゃしゃり出てくんだよ? お前みたいなクズが」
人をクズ呼ばわりとは。鏡でも持ってきてやろうか?
「別に。単にお前らのガキくさいちょっかいが見ていられなくなったんだよ」
「は? 誰がガキだって――」
「待てよ。最近のガキは小賢しいから、こんなしょうもない真似しないよな。つまりお前はガキ以下の赤ん坊だ」
「てめぇ」
机を蹴飛ばした。ゴミ箱も蹴飛ばすと、中のゴミが辺りに散らかる。
「掃除当番、変わってくれるんだよな? だったらきちんと教室を綺麗にしてくれよな」
……こいつ、本当にガキみたいなことするな。怒らせる為挑発したわけだけど、どうやら予想以上の効果を発揮したようだ。
女子生徒が取り巻きと去った後、花守が俺に近付いてくる。
「隅田くん……私のせいで、ごめんなさい」
「いやいや。どう考えても花守のせいじゃないし、だから謝る必要もないでしょ?」
「でも……」
「本当、気にしなくて良いから。俺が好きでやったことだし」
俺は掃除用具入れから、箒とちりとりを取り出す。さて、教室を綺麗にするとしますか。
「わっ、私も手伝うよ!」
「良いって。今日掃除当番を押し付けられたのは俺なんだし、花守は帰って好きなことをすれば良いよ」
「でも……」と言う花守を、俺は半ば無理矢理下校させる。
花守のシュンとした表情は凄え唆られるけど、今は一緒にいるわけにはいかない。というか、一人になりたい。だって――
「クズに喧嘩を売ったらどうなるか、たっぷり教えてやる」
「ヒッヒッヒッヒッヒッ」と我ながら不気味な笑い声をこぼしながら、俺は油性ペンを手に持つのだった。
◇
翌日。半ば恒例化した教室掃除をするべく朝早く登校した俺は、花守と二人でその光景を見ていた。
「ねぇ、これ……」
花守が指差したのは、昨日俺に掃除を押し付けた女子生徒の机。その机上には……油性ペンで彼女への悪口がびっしりと書かれていた。
「早く消さないと!」
布巾を持ってこようとする花守に、俺は待ったをかける。
「確かに消せば無かったことになるかもしれないけれど、これを書いた犯人とあの女との間のしこりは残ったままになるだろう。先生に報告して、問題の根本から解決した方が良いんじゃないか?」
「それは……そうですね。このままにして、先生に報告しましょう」
しばらくして、俺と花守以外のクラスメイトたちも登校してくる。
落書きされた張本人を含めて、ほとんど全ての生徒が机上の落書きに絶句していた。
「ひどい! どうしてこんなことを!」
悪口の中には、女子生徒の好きな男子の名前や恥ずかしいほくろの場所など、ただのクラスメイトでは知らない情報が織り込まれている。
そうなれば、当然容疑者は限られてくるわけで。
「てめぇらの仕業か!」
「ちがっ、私がやったんじゃないっ!」
「嘘つくんじゃねぇ! お前たちみたいな下の人間が私に楯突くなんて、覚悟出来ているんだろうな!」
「下の人間って……そうだよね。前から薄々わかっていたんだよ。あなたにとって私は手下みたいなもので、決して友達なんかじゃない。それでもあなたに目を付けられたら楽しい学校生活が送れなくなるから、我慢して手下であり続けたんだけど……もう無理! ここまで酷い扱いされてまで、あなたみたいなクズと関わりたいと思わない!」
「なっ! 誰がクズだよ!」
「あなただって言ってるでしょ!」
うんうん。予想通り、見事なまでの醜い罵り合いだ。
周囲も引いているし、これで女子生徒の一強時代も終わりを迎えることだろう。
今まで散々玉座で踏ん反り返っていたんだ。残りの高校生活は、せいぜい静かに過ごすことだな。
「あの〜」
俺は昨日のように、手を挙げる。
そろそろネタバラしといきますか。
「盛り上がっているところ悪いけど、それ書いたの俺なんですわ」
『は?』
クラス中の視線が俺に注がれる。恐らく今日の夜は、俺だけハブられたグループチャットで俺への悪口がふんだんに書き込まれることだろう。
女子生徒がキッと俺を睨む。
「てめぇのせいだ!」と訴えているのだろうか? あぁ、そうだよ。全部俺のせいだよ。
だから俺を恨め。復讐するなら、俺にだけしろ。他の奴らに手を出すな。
クズの相手なんてな、クズで十分なんだよ。
こんな良いことをして、今どんな気分だって? こう叫びたい気分だね。
ザマアミロ! バァカ!
◇
「サイッテーです!」
開口一番、俺は卯月に罵られた。
「人の友情を壊して、楽しいですか? それがあなたの言う解決策なんですか!? そんなの、間違っています!」
「仕方ないだろ? あの落書き、俺がしたんじゃないんだし」
「……え?」
『バカ』や『ビッチ』を書いたのは、確かに俺だ。でもあの女子生徒と大して接点のない俺に、彼女の秘密まで暴露出来ると思うか?
「じゃあ、あれは誰が?」
「確証はないけれど……恐らくあいつの取り巻きだろうな。不満が溜まっていたのは本当みたいだし、ここぞとばかりに日頃の恨みを晴らしたんだろう」
赤信号も、みんなで渡れば怖くないってやつだ。
にしてもあんなことがあったというのに未だに友達を続けているとは……女って、本当に恐ろしい。
「でもあの場では俺が犯人だと思わせることこそ、最善の解決策だと考えたわけだ。これを機にあいつが改心してくれたら、俺としては満足だな」
「自己犠牲ってことですか」
「そんな大層なものじゃねーよ。誰かの為に良いこと出来たと思いたい、ただの自己満足さ」
「まったく、あなたって人は」。卯月は呆れる。
「世の中に、100パーセントクズな人間なんて、いないんですよ。隅田さんにだって、ほんの少しだけかもしれないけれど、たった1パーセントに過ぎないかもしれないけれど、良いところがあるんです。その良いところをないものにしてクズ呼ばわりなんて、そんなの隅田さん自身が可哀想ですよ」
「それでもたったの1パーセントかよ」
「あっ。でも今回の一件であの女子生徒は多少自分の行動を反省するわけですし、2パーセントくらいには上がったかもしれません」
「上がったってことは、この先良いことを続けていけば誰もが認める「良い人」になれるかもしれないな」
そうすれば、花守の隣に立つに相応しい男になれるだろう。胸を張って、告白出来る筈だ。
クズが「良い人」になって、花守の隣に立つに相応しい男になるのには……どうやらまだまだ時間がかかりそうだ。