目覚めと繰り返し
『あぁ。。。これでやっと最後か。。。。やっと死ねる』
頬は痩せこけ、骨が浮き彫りになり、息は浅く細い。
雨に打たれながら思い浮かぶ幼い少女の声。
『死んでもずっと一緒だよ!』
晴天に響くお日様のような暖かい声。
『やっと一緒になれるかな。次は君と。。』
あいつにとっては幼な子の戯言に等しい言葉だったのかもしれない。
だけど、俺にとっては。。。
俺の九回の生において唯一の希望と同時に命よりも大切な魂に刻まれた言の葉。
もう名前すら覚えていない。少女の声。
絶望の中何度も響いた声。
激しい雷が鳴り響く中、一匹の猫が九回目の生を終えた。
猫に九生あり。
マコトカ・ウソカ
九つの命持って世を渡る。
魂に刻まれる記憶と念は身に多大な力と想いを宿す。
刻まれた記憶は希か絶か
これは九回の絶望を魂に刻んだ。
とある猫のやり直しの物語。
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暗闇の中、声が響く。
『死んでもずっと一緒だよ』
そうだ、早く会いに行かなきゃ。
あの日のことを謝らなきゃ。
やっと伝えられるんだ。
探さなくちゃ。長い間待たせてしまった。
早くあの晴天の陽だまりを感じたい。
そう思った時、体に目に耳に足に手に・・・一瞬にして血が巡った。
体は起き上がり、
目は眩しさに思わずひそめ、
耳には聞きなれない歌が聞こえた。
うまそうな匂いがする。
そちらに視線をやる。
皿の中には、黄色と茶色のテカリと光ったものが乗っている。
今まで見たことはないがうまそうな匂いの正体はこれだ。
匂いを嗅いでみようと皿の方に近づいた時
大きい影が揺れた。
そういえば歌が止んでいる。
ハッとして飛び退き臨戦態勢をとる。
背中の毛を逆立て尻尾をこれでもかとたて
壁際で唸り声をあげる。
一番最初に目に映ったのは
さらりと眩しいほどに光を反射している銀髪の毛。
その美しさに思わず唸り声を止め、体の緊張はそのままに体を硬直させてしまう。
「ご飯食べないの。」
そう言った人間の声は直接頭の中に響き反響を与える。
ハッと我に帰った。感情が溢れ出す
俺はまだ死んでない?お腹がすいた。ここはどこだ。こいつは敵か?
思考が一巡りしたところでもう一度唸り声をあげ逃げ出す機会を伺った。
窓は開いてない。隠れられるのはテーブルの下ぐらいか。。。
いや、洋服タンスの上でチャンスを待つのが妥当か。
唸りながら部屋の様子を観察し次の一手を考える。
猫とは、狡猾に動き決して誰にも隙を見せることはない。
先輩猫の教えを思い出しながらこの箱をどうやって抜け出すか
考えを走らせる。
そうしている内に上からまたもや影が伸びてくる。
腕が入ってきたようだ。
下手に攻撃しては後で手痛くやられるかもしれない。
となれば警戒を解かぬまま、じっと時を待つ。
うまそうな何かが白いものに掬い上げられ
鼻の前に出された。攻撃をしてくると思った俺は、咄嗟にジャンプしようと上を見上げた。
「!!!!」
見上げた先にあったのは
まるで闇夜を照らし道標となる暖かく儚げな月のような透き通った瞳だった。
その無垢な輝きは体の緊張を解き、
ジャンプしようと浮かんだ体を重力の効かないように中途半端な体制のまま互いの目が交錯しその場の時を止める。
「ご飯食べて。」
また頭に響き、こだまする声に完全に思考を停止した。そして、
本能に負けた。
食べてしまったのだ。
この美味いものを。
あぁ・・・いつぶりだ。
口の中にものを入れたのは。
静かに静かに続きを促すその魅惑の手と
ただ呆然と見下ろす無垢な瞳を交互に見ながら
静かに静かに続きを促されるまま今生最後と思い口に入れる。
わずかに笑っているその瞳に見守られながら
ただただ感情の溢れるままに貪ってしまった。
ふと動きが止まった。
続きを何度も促してきた手が止まったのだ。
影は上へ離れていき、その代わりにこれでもかと光が目に入ってくる。
思わず細めた目にはまた眩い銀色の毛が映った。
緊張が解けたのか体に力が入らなくなる。やはり死ぬ間際だったのだ。この拾ってくれたものには申し訳ないがここで眠らせてもらおう。
暗闇の中のただ一つの光を追いながら、最後に少女への土産話でもできたかと自身の温もりに身を投じる。
やがて闇に吸い込まれるように息を吸って吐き出す。
あぁ、暖かい。なんて暖かいのだろう。
透き通った空気を吸い、目に浮かぶ涙に気付かぬふりをしながら今は亡き少女の元へ行くことを切に願う。
「泣いてるの。」
目に何かが当たる。
その瞬間に俺を囲ってる箱の壁に頭をぶつける。何事かと体をブルブル震わせて何かの正体を探る。
そして見上げた先にはまたもや暖かい月のような瞳。
そうか。この子が触ってきたのか。。。
いや、まだ信用したわけじゃない。
この暖かい瞳を持つ人間には悪いが、俺は人間を信用しないことにしている。人間といると絶対にろくなことにならない。だから、はやくここから逃げなきゃいけない。そうだ・・・寝ている場合ではなかった。
忙しなく動く目の中にふと入ってきたのは、暖かい瞳を持つ人間の1部だろうか。
尖った耳と頭に三角の突起が2つ・・・混乱が俺を襲う。
「おまえは、人間か???」
「っ!・・・喋れる、の?」
人間は僅かな驚きの後、そう続けた。
だが俺も人間もあまりのことに理解が追いつかなかった。静寂が部屋のなかを包み。
お、俺は喋ったのか?・・・・?
猫生の全てを絞って答えを出す。
「にゃーお」
「・・・・・」
「・・・・・」
静寂はなかなか破れなかった。
「にゃふは、そんな鳴き方しない。」
「・・・・・」
「・・・・・」
「で、喋れるの?」
「あ、、、ああ。そうみたいだ。」
猫生の中でも初めての経験だったので諦めて思考を止めた。
「そう。」
「・・・・・」
「・・・・・」
また静寂が続く。
人間と言葉を交わすなんて初めてだ。
人間はいつも何を話している。
言葉が何も出てこない。
いや、待て。こいつはそもそも人間なのか。
なんだあの耳と頭。
それに、、、なんだにゃふって。
にゃふなんか聞いたことないぞ。
そもそもにゃふってのは俺の事なのか?
あ。あれか、、世界でも土地や言語によって呼び方や鳴き方が変わるんだったな。
いや、でも倒れた場所は日本という国で、、、倒れた時は土砂降りだったはずだ。
それが今は、これでもかと目に入ってくる夕焼けのような強い光と見たこともない美しい髪と目をした生物、そして記憶にない美味い食べ物。
順々と記憶と思考を巡る中、暖かい瞳の生物はこちらを不思議そうに見つめている。
「ニンゲンがなにかは分からないけど、ラルは雑種。なんの雑種かはわからない。」
静寂を先に破ったのは暖かい瞳の生物だった。言葉は理解出来たが内容は意味が分からなかった。悶々とした思考の中で恐る恐る声を出してみる。
「なんだ?雑種って」
「純種と別の純種が何代も混ざりあって生まれた子」
「まるで、犬や猫みたいだな。」
とても素直な感想だった。
この生物が何を言ってるのかさっぱりわからなかった。だが、未経験の内容や事がスパイスになり、少しこの生物と話してみたいと思った。
「そうだ、さっき言ってたにゃふってのはなんだ?」
警戒をしつつも、己の心の奥底に絡まった紐の結び目を探しながら問う。
「あなたのこと。」
「やはり、俺のことか。」
「そう。」
「では、雑種。ここはどこなんだ?」
紐解いていく快感と不快感を共に言葉を紡いでいく。
「雑種じゃない。ラルはラルア。」
「名前か?」
「そう。名前。」
普通野良には名前がない。この暖かい瞳を持った生物が雑種であるというならば犬猫と同じだろう。
ということは、こいつには飼い主がいるみたいだ。そして、こいつは飼い慣らされているペットということになる。だが、首輪は見当たらない。
「あなたは名前あるの?」
「いや、俺はない。お前みたいに飼い主に恵まれなかったからな。」
こんなにいい部屋に暖かい光の中にいる雑種に嫉妬し、少し嫌味を含めて言う。
「飼い主なんていないよ?」
「そうなのか??」
「うん。」
「じゃあ、なんで名前なんかあるんだ。」
少しムッとしながらいう。
野良は皆、野良ということに誇りを持っている。厳しくも気高く、人間に屈しない名も無き野良としてプライドを持っているのだ。
こいつは野良の精神を捨て自分で自分に名をつけたと言うことか。
「ルーガにつけてもらったから。」
「ルーガ?」
「うん。このハーフビラの村長。」
「村長?村があるのか」
「ハーフビラ。雑種が集まるとそう呼ばれる。」
そう言うと彼女は少し動き、俺が入っている箱の中に手を入れてきた。小さいカップと共に。
もう警戒はどこへやら。その白く細い指によって持ち込まれたそれが気になりカップに近づき覗き込む。
「っ!!!!!」
視界に映ったそれに声をあげそうになる。
そこには、とても猫とは思えない、、、いや、猫っちゃ猫かもしれない。灰色の毛に覆われた顔、額には大きなエメラルドの宝石と大きい目が2つこちらを覗いている。
いや、覗いているのは俺の方か。こちらを覗く顔がわずかに揺れる。
「これは水か?」
「うん、飲んで。」
これが水っていうことは映っているのは俺か。
「ってことは猫じゃない!?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「ネコ?」
「い、いやなんでもない。」
いや、なんでもなくはない。俺は猫じゃないのか。いや、猫といえば猫だが、、耳あるし。手にも見慣れた肉球がある。
だが猫にはこんな宝石はついていない。
・・・。
そうか・・・九命は全うしたと思っていたのは間違いなかった。
じゃあ、ここは新しい世界?
それならば辻褄が合うような気がする。まだハッキリしないが、俺が思いを馳せていた死後の世界はなく、魂と記憶をそのままに別の世界へ転生したということか。
「ニャフ〜」
なんとも声にならない音を吐き出す。
「水は飲まない?」
「あ・・・飲みます。」
自分の奇妙な顔を眺めながら飲む水は味がしない。
あ、水は味がしないもんだっけ。
「変なにゃふだね」
「そうか、これがにゃふか」
「ん?」
「・・・にゃふです。」
なぜ自己紹介をしたのかはわからないが、諦めと整理のために自分に向けて放った言葉だと思う。
「ぬい」
「ん??」
「ラルが考えた。今日からぬいって呼ぶ。」
「え」
厳しくも気高い野良の矜持は、この未経験の世界への驚きとともに薄れ、今まで飼い慣らされる事は不名誉で名など持たぬが野良とばかり嫌っていた名前を俺は自然と受け入れた。
そして心の奥底にある好奇心から話を進めていく。
「ざっ・・・ラル。ここは村・・・じゃなくてハーフビラだと言ったよな」
「うん」
ラルは自らも水を飲みながら質問に答える。
「結構住んでるのは多いのか」
「30人ぐらいだったと思う」
「雑種って言ってたよな」
「うん」
「全員がそうなのか?」
「そうだよ」
まるで一問一答をしているようだ。
進展しない会話にむずむずしながらもこれまでの情報を整理していく。
俺はにゃふで、ハーフビラと呼ばれる村。見たことの食べ物と味のしない水。
うーん。考えても始まらない。
やっぱり自分の目で確かめなければならないだろう。
別世界なのか将又彼岸の幻か
そう思っていると影に体を掴まれ目線が上がっていった。ふわっとした浮遊感が体を襲う。
抱き上げられたのか。転生する前の俺だったら液体のようにするりと抜け出しすぐさま距離をとっただろうが、
この雑種の眩い髪と暖かい目に魅入った俺はそこから逃げる気にはならなかった。
「ぬいの魔晶核。綺麗。」
「マショウカク?」
またもや初めて聞く言葉に首を傾げる。
「そう。頭についてるやつ。」
「あぁ。これ魔晶核っていうのか。なんでこんなのついてるんだ?」
「モンスターにはどこかしらについてる。」
「へー。」
ん?モンスター???
「でも、にゃふにこんな大きいのはついてない。」
「まて、今モンスターって言ったか」
「うん。にゃふはモンスター。」
「!!!!!」
俺は今蔑まれているのか???
いや・・・?そんな感じはしない。
ラルは自分の事「雑種」って言ってたし、案外この世界ではモンスターというのも普通のことなのかもしれない。
瞬時に言葉の意味を考えながら更なる情報を求め質問を続ける。
「これは・・・魔晶核というのは体の1部なのか?それとも取れたりするのか。」
「体の1部。その大きさで強さが決まる。」
ということは、他よりもちょっと大きいであろうこの魔晶核は力の象徴みたいなものか。
「わかった。」
「ぬいは、なんで喋れるの?」
「にゃふは喋れるもんじゃないのか?」
「聞いたことない」
「そうなのか・・・」
この世界では、モンスターもといにゃふというのは喋らないようだ・・・ということは、
「俺は変なんだな」
「うん。変。」
「そうか。」
「でも綺麗で可愛い」
「っ!!!」
僅かに垂れ下がった暖かい瞳がまっすぐこちらを見ながら頭を撫でる。
俺は猫だ。
猫は可愛いものだ。
言われ慣れているはずだった。
なんの中身のないその言葉は言われる度にその効力は薄れだんだんと鬱陶しいものになっていた。
なっていたはずだった。
ラルの声は頭に響き反響する。その反響はとても心地よく体に浸透していく。
そう・・・嬉しいと感じた。
なんだろう。ものすごくムズムズする。
ラルの腕の中から飛び降りて最初に入ってた箱に戻る。
それに合わせるようにラルも腰を屈めて箱を覗く。
なんだろう。ラルの顔が見れない。気まずい。
この状況をどうにかしようと言葉を探す。
「もう寝るの?」
「寝る?」
突拍子もない質問に思わず顔をあげる。
丸いお月様のような暖かい目がこちらを見ている。
「寝ないの?」
「い、いや寝るも何も・・・。」
ふと気づく、窓の外は暮夜の濃浅葱に染まっていた。
「夜になったのか」
「うん。」
「ラルは寝るのか」
「ぬいが寝るなら寝る。」
「俺は、、、」
判断に困る。初めての場所で初めての生物と初めての夜を過ごす。
逃げ出そうにもここがどこか、ここがどんな所かわからないままここを出るのは非常に危険だ。
さっき気づいたが俺はかなり小さい。ラルの片手に収まる程度だった。
何かあった時に一匹でどうにかなるわけがない。
迷っているとラルの声がまた響く。
「明日はここを案内する。」
「え」
「グローとバイルにぬいを見せる」
「誰だ。それは」
「ラルの師匠と先輩」
「雑種か」
「そう」
そうだった。ここはハーフビラで雑種が30匹ほどいる。
ラルに敵意はないだろうし、危害はない。それどころか、餌や寝床を用意してくれている。
何もわからないまま抜け出すより、多少外を知って計画を練った方がいいだろう。
ラルがどういうつもりで俺を拾ったのかはわからないが、いずれは野良に戻って1匹で生きていく予定だ。
「一緒に寝る」
そう言った彼女は俺をまた抱き上げて白い布の上に腰を下ろす。
この部屋でともに寝ることを覚悟した俺だったがまさかくっついた状態で寝るとは思わず。
緊張と不安で心臓の鼓動が早くなっていた。
吸い込まれそうな暗闇の中、これまでの記憶を巡る。
初めての大切な人間は空から落ちてきた鉄の弾で弾け飛び
子供に死ぬまでいじめられ、
家族と引き裂かれたと鳴いたら虐待にあい
神様への貢物だからと生き埋めにされ
優しい彼女は魔女狩りで焼かれ
自然の赴くままに生きても住む場所を奪われた。
疫病は記憶が刻まれる前に身を滅し、
狭い箱の中で見せ物にされながら毒で殺された
人間から必死に逃げ延びたが人間に頼らなければ腹も満たせない。
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