彼女をドキドキさせると貯まるポイント。いっぱいになると、婚姻届と交換出来るそうです
22歳の誕生日に、俺・西園寺茂雄は恋人から一枚のカードをプレゼントされた。
そのカードは図書カードでもなければ、クレジットカードでもない。さながら小学生の図画工作のように手作り感満載で、表側には『ドキドキポイントカード』と書かれていた。……いや、何それ?
「えーと、百香さん? これ、何なんすかね?」
恋人の春崎百香がどうしてこんなプレゼントを贈ってきたのかがわからなかったので、俺は素直にその意図を聞いてみる。
「誕生日プレゼントよ。茂雄って何が欲しいか聞いても、いつも「何でも良い」としか答えないから、正直プレゼントに困るのよね。かといって、実用性重視の現金は味気ないし……」
「悩んだ末の答えが、このドキドキポイントカードってわけか」
「うん。そのカードは、私をドキドキさせる度にポイントが貯まっていくの。溜まったポイント数に応じて、景品と交換出来る仕様になっているわ」
ドキドキさせるとポイントが貯まる、ねぇ……。
「百香、愛してる」
「ふぇ!?」
愛の言葉を聞くなり、百香は赤面し動揺する。言い換えれば、ドキドキする。
「突然の「愛してる」発言はずるい。不覚にもドキドキしちゃった。……てなわけで、はい」
百香はポケットからスタンプを取り出した。そしてドキドキポイントカードに、スタンプを1つ押す。
「こんな感じで、ポイントを貯めていってね」
「システムはわかった。因みに、交換出来る景品って、例えば何なんだ?」
「それは別紙をご覧下さい」
俺は一枚の紙を手渡される。
その紙には、ドキドキポイントで交換可能な景品の一覧が記されていた。
ふむふむ。10ポイントで肩たたき券と、半分の25ポイントで1分間ハグ券と、40ポイント貯めるとキス券と交換出来るわけか。
因みに、ドキドキポイントカードを全部貯めると、何と交換出来るのかというと……
「……なぁ、百香。カタログの最後の欄に、「婚姻届」って書いてあるんだけど?」
「えぇ。ポイントを全部貯め終えると、婚姻届と交換してあげるわよ」
「それって、単純に婚姻届の紙だけ貰えるってことなのか?」
「そんなわけないじゃない。ちゃんと私の名前の書かれているものをあげるわよ」
プロポーズ同然の不意打ちに、俺は思わずニヤける。クソッ。こっちがドキドキさせられてしまった。
「私、大学卒業と同時に結婚したいのよね。だからさ、それまでにポイントを貯めてくれると嬉しいわ」
現在俺たちは大学四年生。今が九月であることを踏まえると、卒業まであと半年しかない。
あと半年で、百香から婚姻届を貰えるようにする為には……精々めいっぱい、愛の言葉を囁くこととしよう。
◇
俺の誕生日から1ヶ月が経過した。
ドキドキポイントを貯め始めて最初の数日間は、ビギナーズラックでかなりのポイントが溜まった。三日後には、10個のスタンプが押されていたし。
しかし一週間くらい経つと、百香も不意打ちの「愛してる」や壁ドンに慣れてきたのか、ドキドキポイントの獲得ペースが遅くなっていた。
そして1か月が経った現在、溜まっているドキドキポイントは、18個。婚姻届まで、まだ先は長い。
「ここいらで一気にポイントを獲得出来れば良いんだけど……」
しかし平日は大学の講義やバイトがあり、二人で会う時間が多くは取れない。日常の中で恋人をドキドキさせる機会なんて、思いの外少ないのだ。
となれば、無理矢理にでも非日常を作り出す必要があるわけで。
俺はカレンダーを見る。……そういえば、今週末は三連休だったな。
今のところ、週末に予定は入っていない。百香も「家でゴロゴロするー」って言っていた。
「折角だし、旅行にでも誘ってみるか」
早速「週末旅行に出掛けない?」と連絡すると、百香からすぐに返信が来た。
『行く! 雨が降っても雪が降っても、台風で避難警報が出ていたとしても、絶対に行く!』
楽しみにしてくれているのは嬉しいけれど、流石に避難指示が出たら旅行は中止しようよ。きちんと避難しようよ。
◇
週末。俺と百香は、二人で沖縄旅行に来ていた。
シーズンオフとはいえ、三連休だ。観光客は、結構いる。
「はぐれたらいけないから」
そんな大義名分を取り繕って、俺は百香と手を繋いだ。
周りのカップルたちがそうしているように、俺たちは指と指を絡める恋人繋ぎをする。
すると百香が空いている方の手でスタンプを取り出した。どうやら無事ドキドキさせられたようだ。
最初の目的地は、水族館だった。
水族館を選んだ理由は、純粋に俺も百香も水族館が好きだからだ。初デートの行き先も、水族館だったりする。
だけど実際には、もう一つ理由がある。好み以上に重要な理由、それは……水族館には、百香をドキドキさせる要素が沢山あるからだ。
百香をドキドキさせたいのなら、まずは雰囲気から。そんな風に考えたのである。
「どういう順路で回るつもり?」
「イルカショーを観たいから、それに合わせた順路で回ろう。取り敢えず最初は、熱帯魚のコーナーにでも行こうか」
何種類もの熱帯魚が飼育されている水槽は、とても色鮮やかで幻想的だった。百香も、「わあ!」と感嘆の声を上げている。
「一緒に写真でも撮らないか?」
「いいわね。……でも、ツーショットくらいじゃドキドキしないわよ?」
そのくらいわかってるよ。
俺はスマホのカメラを内カメラ設定にして、二人の顔が画面の中に収まるように位置を調節する。
「撮るぞ。3、2、1――」
シャッターを切る瞬間、俺は百香の肩を掴んで、グイッと自分の方に引き寄せた。
至近距離まで接近する二人の顔。撮影された写真は、自分たちで見ても照れてしまうくらい小っ恥ずかしいものになった。
「今のは……反則」
文句を吐きながらも、嬉しかったのだろう。百香はポイントカードにスタンプを押した。
◇
お目当てのイルカショーの時間が近づいてきたので、俺たちはショーの会場に向かっていた。
「イルカショーの後はどうする? 百香は、他にも観たいところあるか?」
「ペンギンが観たいわ。あと、アザラシやクラゲも」
「クラゲ? クラゲって、あんまり良い印象ないんだよなぁ。沢山いると、遊泳出来なくなるし」
「刺されたら死んじゃう可能性だってあるからね。でも水族館のクラゲは、とても綺麗なのよ。薄暗い部屋の中、透明な体に色付きライトが当てられて……デートスポットとして、最適と言っても過言じゃないわ」
「だな。それじゃあイルカショーを観終わったら、ペンギンとアザラシとクラゲのコーナーに行くとするか。……ん?」
俺はふと足を止める。
「どうかしたの?」
「いや、大したことじゃないんだが……あの子、大丈夫かなーって」
俺が指差す方向には、一人の女の子がいた。
正確には、5歳くらいの女の子が、一人だけで立っていた。
「周りに親らしき人はいないよな?」
「キョロキョロしているし、多分迷子でしょうね」
イルカショーまで、もう時間がない。
ここで迷子の子供に構っていたら、間違いなくイルカショーを見逃すことになるだろう。
どうするか、なんて悩むことないよな? イルカショーを見逃しても、困っている子供は見過ごせない。
俺は迷子の女の子に近づいていく。そして怖がらせないようしゃがみ込んで、女の子に話しかけた。
「どうしたの? 迷子?」
女の子は黙って頷く。
「だったら、一緒にお母さんを探しに行こうか」
女の子がもう一度頷いたので、俺は彼女の手を引いて、ゆっくり歩き始めた。
女の子を安心させるように、百香がもう一方の手を握る。
「……こんな感じなのかしらね?」
「ん? 何が?」
「私とあなたが、家族になったら」
はたから見たら、俺たちの姿は仲の良い親子に見えているだろうか? そうだとしたら、嬉しいものだ。
広い館内を闇雲に探し回っても、時間の無駄だ。俺たちは女の子を迷子センターに連れて行った。
迷子のお知らせを告げる館内放送が流れて、およそ5分。女の子の母親が、迷子センターに駆け込んできた。
「この度は、本当にありがとうございました!」
俺と百香に何度もお礼を言う母親。
女の子も「ありがとう!」と笑顔で言ってくれて、この子を助けて良かったと心底思った。
女の子とお母さんを見送り、迷子センターを出たところで、俺は百香に謝罪する。
「悪いな。イルカショー、見逃したちまった」
「全然気にしてないわよ。ショーなんかより、よっぽど素敵なものが見られたから」
「優しいあなただから、大好きなのよ」。微笑みながら、百香はポイントカードに、スタンプを二つ押したのだった。
◇
月日はあっという間に過ぎ去り、俺と百香は卒業式を迎えた。
今日をもって、俺たちは大学を卒業する。明日からは、大学生ではなくなる。
しかしポイントカードには、あと一つ空欄が残っていた。
「大学を卒業すると同時に結婚したい」。それが百香の要望だ。
彼女の願いを叶えられなかった? いいや、まだ大学生活は、終わっていない。
「なあ、百香」
卒業式の後、俺は桜の木の下で百香を呼び止める。
「ん? 何?」
「俺と結婚してくれ」
俺は貯金を切り崩して用意した婚約指輪を、百香に差し出す。
大学卒業と同時のプロポーズ。百香は当然、ドキドキしていた。
「……凄く嬉しい」
目尻に嬉し涙を溜めながら、百香はスタンプを取り出す。
「最後のスタンプ、埋まったわね」
「だな。……それで、プロポーズに対する返事は?」
「そんなの、半年前に伝えているじゃない」
返事と言わんばかりに、百香は俺に婚姻届を手渡すのだった。