私は悪役令嬢……え、勇者ですの!?
昔から違和感はあったのです。自分が自分ではないような、「違和感」が。
「カミラ。お前との婚約を破棄する!」
本日は卒業パーティ。毎年恒例の一大イベントですわ。特に今年は今まで以上にとても重大な日。そんな日に、壇上に立って意気揚々に宣言した殿下。
カミラ、というのは私のこと。私は殿下、つまりこの国の第一王子かつ王太子であられるディラン殿下の婚約者なのです。
ああ、遂に取られてしまいましたの。殿下が、あの聖女とやらに。でも、不思議とショックは受けませんわ。
そもそも、あの女のどこが聖女なのかしら。私の目からすれば、聖女は殿下の腕に抱かれ、悪魔のような笑みを浮かべてこちらを見ていますの。
ああ、あの女が腹立たしいですわ。殿下のことなど、どうでもよいほどに。
「聖女であるエリーへの非道な行い、忘れたとは言わせんぞ!」
「はい?」
おっと、とてもお間抜けな声が出てしまいましたわ。今、殿下は何と? 非道な行い? 全く身に覚えがありませんの。
でも、殴りたくなるくらい腹が立ったことだってありましたわ。
だって私は人間ですもの。その上、あの女は聖女なんて言えるほど綺麗な者ではないですもの。むしろ、汚いくらいですわ。
「惚けやがって……エリーに対して暴言や暴行、エリーの私物の窃盗、さらには殺人未遂まで……!」
「いや、本当に身に覚えがありませんもの」
「嘘をつかないでください!」
そう言って聖女は泣いていますわ。嘘泣きも程々にしてほしいですわね。涙は出ているあたり、目薬でもさしたのかしら?
強いて言って身に覚えがあるのは、暴言くらいかしら。でも、あれは暴言と言えるものではないと断言致しますわ。
言い方は少々強かったかもしれませんが、注意はした覚えがありますわ。ですが、決して相手を貶すような言葉は使っておりません。あの「違和感」も文句は言ってきませんでしたわ。
「エリー、無理をしなくていい。この悪女め! エリーを泣かせやがって! 今すぐあいつを捕ら——」
「証拠はどちらに?」
……あら? これは私の口から発せられた言葉ですの? これもあの「違和感」のせいかしら。
私はお馬鹿だから、こんなことは言えないはずですわ。いえ、正確にはこれも昔の自分であれば、かしら。
私は勉強が大嫌いですの。王太子妃教育なんて、どうしてする必要があるのかしらと思うくらいには。
でも、サボってばかりだったのに成績は上がるし、いつの間にかちゃんと授業には参加するようにはなるし。今でも考えられないくらいの変わりようですわ。
「証拠だと? お前のような人間にそんな物が必要だというのか?」
殿下はそう言って嘲笑った。
……なんだか、1発くらい殴ってやりたくなってきましたわ。
ああ、これも殿下に心酔していた昔の私からすれば考えられない思考ですわね。
「いつの話ですか、殿下。私を学年最下位のお馬鹿と思っているのですか? 冗談が過ぎますわよ?」
ああ、これも勝手に言ってしまいましたわ。それに、変ですわ。この学園に来てから学年最下位など、取ったことすらありませんわよ? 殿下がそのようなこと、思うのかしら。
「私の成績は学年1位。そして、首席での卒業ですわ!」
「えっ!?」
これに誰よりも早く反応したのはあの聖女、エリーだった。目を見開いて、こちらを見ていますわ。
何故そこまで驚かれるのでしょう? と思う自分がいる一方で、納得している自分もいますわ。
「ふん。ただの妄言か」
どうやら、殿下は私の言うことを全く信じていないようですわね。
成程。あの聖女に言われて、私を学年最下位のお馬鹿と思っているのかしら?
他の生徒もいるこの場でこんな嘘をついたところで、バレるのは明白ですわ。成績は張り出されるもの。
殿下達はそれを全くご覧になっていないのかしら?
「だが、そこまで言うのであれば、いいだろう。言ってやれ」
相変わらずの上から目線で殿下はそう仰った。そして、あれは……この学園の生徒ですわね。それに、見覚えがありますわ。
「私はこの目で、カミラ様がエリーに暴力を振るうのを目にしました」
「俺も! ドレスを盗んでたの見た!」
そう言って口々に証言をされたのだけど……ああ、思い出しましたわ。全員、殿下と聖女の取り巻きではありませんか。
何が証言ですの。流石の私でも、鼻で笑ってしまいそうですわ。
「目にしたのなら、さっさと現行犯で捕まえれたらいい話でしょ」
その発言に、殿下の取り巻きの発言が止まる。
……え、今のも私が言ったのですか? 皆がこちらを見ているのですが……ああ、「違和感」のせいですわね。
「物的証拠は!? 私の罪を証明する客観的な物証はどこにありますか!」
その発言には誰もが沈黙した。その程度の用意も出来ていませんの? お馬鹿なのはどちらかしら。
それに、私は公爵令嬢。その私を敵に回すなんて、更にお馬鹿ですわ。
「お前の部屋を調べれば出てくる! お前の悪行は既に知れ渡っているのだ!」
ザワザワと周りが騒ぎ始める。「あの噂は本当だったのか」とか「やっぱり……」とか。
既に噂として私の悪行を流していたのですね。身に覚えは全くありませんが!
「もうよい! 王太子命令だ! 早くこの悪女を捕らえろ!」
怒りに身を任せた殿下がそう命令を下しされましたわ。殿下の命令には誰も逆らえない上に私を悪女だと信じているようですね。誰もが武器を手に、こちらを見ていますわ。
ああ、兵士までやってきましたわね。本格的に私を捕らえるつもりのようですわ。
一方、こちらは丸腰ですの。朝、目を覚ますと部屋が荒らされ、魔法杖も含めた全ての武器が盗まれていたのはこれが狙いですのね。
犯人は誰だが存じませんが、大方あの聖女とやらでしょう。根拠? 女の勘というやつですわ。
魔法の精度は下がってしまいますが、魔法が使えないことはありませんわ。何とかしましょう。
ですが、室内でこの人数を相手に、魔法だけでは厳しいですわね。確実に接近戦になるでしょうし、どれだけ魔力があっても不利ですわ。最悪の場合、自爆攻撃になってしまいますわね。
「仕方ないですわねっ……!」
ドレスを手で破ってできるだけ動きやすくして、ヒールも邪魔でしたので脱ぎましたわ。
不思議とその行動に躊躇いはありませんでしたの。
ですが、この人数が相手。流石の私でも防戦一方でこの会場から抜け出すこともできませんわ。せめて、剣でもあればいいのですが。
「っ……!」
間一髪で攻撃を避けることには成功したわ。でも、避けたせいで何かにぶつかって転倒してしまいましたの。
このままでは捕まってしまいますわね。
「……! ありましたわ!」
先程、ぶつかった物は剣でしたわ。見覚えのある剣が突き刺さっていたのだけれど、誰かの物でしょう。拝借いたしますわ!
不幸中の幸いですの。これなら、この状況でも戦えますわ!
半ば強引に体勢を立て直し、剣を掴んだ。
「さあ、どこからでも……え?」
剣を引き抜いた瞬間、会場中の誰もが目を背けるほどの光が発せられた。
そして私は、全てを思い出した。
「……な、何だ今のは……っ!?」
「ディ、ディラン様……!」
「……」
やっと思い出した。「違和感」の正体はこれね。
私には前世がある。その記憶が、この剣を引き抜いたせいで全て思い出した。
先程までは記憶を完全には思い出していなかった。だから2つの意識があるような感覚がおぼろげにあり、特に前世があるという自覚もなかった。全てを思い出した今、その意識は自然と1つになった。今の私は前世と今世が混ざっている。
そして、今世の自分が誰なのかも。今、何が起こったのかも。全てを、思い出した。
「さあ……」
「っ!」
私が少し動くだけで怯える人々。誰もが私から離れていく。その反応も、当然ね。
「はっ!」
剣を思いっきり振る。周りには誰もいないので、空振りだ。だが、空振りでは終わらない。
「「「うわああああ!」」」
たったそれだけで、全員が吹っ飛んでしまった。……知ってはいたけど、凄い。これが、魔力波?
「これは一体何事だ!」
閉じられていた会場の扉が開き、力強い声が響いた。国王陛下だ。
「申し訳ありません、陛下。私のせいなのです」
現れた陛下はこの惨状に呆然としていた。この卒業パーティには国王陛下も参加されるのだ。
立っていた人も、全員が跪いた。
「何があったのだ、カミラ。……お、お主、その剣は!」
「はい。聖剣でございます」
私は嘘偽りなく陛下に申し上げた。
私が抜いてしまった剣は聖剣だ。勇者だけが抜き、持つことができる剣。
今日は重大な日、というのはこの勇者を探すためでもあるから。
でも、私がこの剣を抜くことができるのも変ね。勇者というのは全員が男性。
この世界は実は乙女ゲームの世界。この聖剣を抜くことができるのはそのルートの攻略キャラ、つまり聖女と最も好感度が高いキャラのみが抜ける。その上、歴代の勇者も全員が男性。
一方の私だけど……性別は女性。当然、前世も女性。聖女との好感度? 最悪でしょう。
だが、この乙女ゲームの悪役令嬢であるカミラとは違って、私は嫌がらせを全くしてない。それなのにも関わらず、一方的に嫌われている。
そもそも、好感度が高いのであればこんなことはしないはず。
「実は、殿下に婚約破棄を言い渡されまして……」
「何だと!?」
陛下は殿下を睨みつけた。流石、王家の血筋。魔力が多いおかげで、私の、正確には勇者のあの魔力波に対しても意識を失わずに済んだようね。残念ながら、立つことはできないようだけど。
殿下は怯えた目でこちらを見ていた。
「身に覚えのない罪を言いつけられ、更にはその噂を広められ、皆がそれを信じてしまったのです。それを理由に婚約破棄を……殿下のご命令で強引に捕らえられそうになり、自己防衛のために剣を引き抜いたところ、それが聖剣だったのです」
「……例の噂か」
「ご存知でしたか」
当然と言えば当然ね。次期国王となられる殿下の婚約者に悪行など、あってはならないこと。学園中で噂になっていたのであれば、陛下のお耳にも入るでしょう。
「あれは根も葉もない噂ではないか。それを流したのは、お前達だな?」
「ね、根も葉もない噂ではございません! 真実でございます、父上!」
「聖女の話だけを信じ、自分の婚約者の話など耳も傾けていなかっただろう! 故意であるかどうかは別として、それのどこが真実だと言うのだ!」
陛下は顔を真っ赤にして、大変お怒りね。
一方で、一気に青ざめていく殿下。やっと自分が何をしたのか、少しは自覚したかな?
無実の罪で公爵令嬢との婚約破棄を勝手に宣言した上に、その公爵令嬢は魔王から世界を救うための勇者だったのだから。
たとえ無実ではなかったとしても、報告も相談もせず殿下側で勝手に進めていた。許されるわけがない。
「で、ですが父上! この目でカミラは本当に聖女に対して非道な行いを——」
「お前は国を、いや、世界を滅ぼす気か! なんと軽率な行いをしたのだ! お前達には重罰を与える!」
「父上!」
「お前に『父上』などと言われたくもないわ!」
殿下はそれ以上、何も言えなかった。何故なら、陛下のお言葉は息子だと認めないということ。絶縁宣言のそれに近いものだから。
公爵令嬢と勝手に婚約破棄というだけでも内乱の可能性がある。その上、勇者。
聖女だけではどう足掻いても魔王には対抗できない。聖女は魔王が放つ呪いなどを浄化できる。しかし、そのような後方支援ばかりで攻撃手段はない。だから、対抗できる勇者が必要なのに。
「な、なんだこの音は!」
突然、どこからか轟音が聞こえた。
その音を聞いて、次に何が起こるかを察した。この音は聞き覚えがある。
「陛下、私の後ろに!」
この後、更なるイベントが発生する。勇者が現れた瞬間、それを倒そうとする奴が。
「きゃーっ! ディラン様!」
「大丈夫か、エリー!?」
「あ、あれは……魔王か!?」
天井を破壊し、黒い羽と角を生やした見た目は人間のような者。あれが魔王だ。
どうして魔王は序盤の弱いうちに勇者を倒さないんだ! という問題を無くした結果、勇者が現れた瞬間に魔王が現れるというイベントが発生する。
ただ、魔王も復活してから時間はそこまで経っていないため、本調子ではない。
しかし、これがかなり難しいイベントで、このイベントで魔王は倒すことはできない。魔王に一定のダメージを加えると魔王は撤退していく。
だが、相手は魔王だ。弱体化しているとはいえ、強い。ここでゲームオーバーする人も多かった。
「……勇者はどこだ?」
……こんなセリフ、ゲームにはなかったはず。ああ、私が女だから気付いてないのね。
「はっ!」
ならば好都合。先手必勝ね。その問いに答えることなく、攻撃する。油断していたのか、魔王に一撃を食らわせることができた。
……だが、やはり足りない。魔法も使って、追い詰めなければ……!
「ふふ……はーっはっはっはっ!」
突然、魔王は高らかに笑い始めた。何が何だか分からず、誰もが呆然としていた。それは勿論、私も。
「勇者が、この小娘だと? そのようなみずぼらしい格好でか? 面白い話だ。勇者というよりは『聖剣の乙女』と名乗った方が正確ではないか!」
そう言って笑い続ける。その魔王の言葉にハッとなって自分の格好を確認する。
ビリビリに破いたせいでミニスカートになったドレス。髪を触ってみれば、これまでの戦闘で髪は乱れていた。誰がどう見ても、かなり恥ずかしい格好。
今更ながら、顔に熱が集まるのが分かる。
「……次に会う時を楽しみに待っているぞ、勇者とやら」
「ちょっ!?」
そう言って、魔王は飛び去っていった。だが、特に大ダメージを与えた様子はない。このイベントが終わると魔王はフラフラになりながら急いで撤退するのだが、その様子もない。
どう考えても、規定のダメージには達していない。
私のせいで、このゲームのシナリオが大きく変わってしまったようだ。
「無事か!?」
「私は問題ありません。陛下こそ、お怪我はありませんか?」
「安心しろ、無事だ。それよりお主……そのような口調だったか?」
……やってしまった。今の口調は前世の影響が大きい。あのような口調は前世の私からすれば違和感が大きい。その上、今世でもあのような口調は使われない。だから、口調が自然と変わってしまった。
「聖剣の影響を受けたせいですわ」
「そうか」
誤魔化したが、嘘は言っていない。前世を思い出した、なんてことはそう簡単にはバレないでしょう。
「陛下。魔王についてですが、このままでは完全に復活を遂げてしまいますわ」
「同意見だ。急ぎ、討伐隊を編成せねば」
この討伐隊には必ず聖女が入る。勇者に魔王の呪いは効かないが、他人の呪いを解くことはできない。つまり、後方支援はできない。聖女がいないと、討伐隊は一気に壊滅してしまう。
勇者と魔王の1対1では魔王の魔力量が多すぎる。持久戦に持ち込まれれば勝ち目はほとんどない。
「それについて、ご提案がございますわ」
「何だ。言ってみろ」
「その前にですが、婚約破棄は受け入れます。そもそも、婚約の継続は難しいでしょう」
「……そうだな」
殿下は学園の生徒の目の前で堂々と宣言してしまった。このまま婚約を続けていても、お互いに得はない。このまま破棄をしてしまった方が被害は小さい。他の貴族から何を言われるか分かったものじゃない。
「その代わりと言ってはなんですが、先程の殿下達への罰として、この件の当事者全員を討伐隊に編成していただけないでしょうか? 私を捕らえようとした方々は殿下の命令で仕方なく行ったことですから、不問としていただきたいのです」
その提案に陛下は驚いた。婚約破棄を言い渡し、冤罪をかけようとした相手全員を連れて行くからでしょう。
聖女だけでも嫌なはずなのに、取り巻きを含めて全員。ありえない。と陛下はお考えになられているのでしょう。
「……それでいいのか?」
「はい。ただし、一兵士として」
「ふっ、なるほどな」
要するに「身分は関係ない。ただの兵士として連れて行く」と言っている。兵士としての環境に王子や貴族が耐えられるわけがない。その上、本来であれば自分達から下の身分の者からの命令も、受けなければならない。
そして、逃げ出すことは許されない。私の監視の下、生き地獄を味わえばいい。
「良かろう」
「感謝申し上げますわ、陛下」
私は笑顔で答えた。状況を理解できず、呆然としている殿下。一方で、絶望の表情でこちらを見る聖女。
これまでの聖女の行動、そして前世の記憶。そこから全てを悟った私は聖女に近付いた。
「な、何よ!」
「……同じ転生者同士、仲良くやっていきましょ?」
向こうも気付いたらしい。恐怖からか、震え上がっていた。別に取って食ってやろうなんて思ってもいないし、そんなことは一言も言っていないのだけれど。
「殿下。お望み通り、婚約破棄を致しますわ。でも、これからもよろしくお願い致しますわね?」
笑顔でそう言うと、殿下は震え上がった。何も変なことは言っていないのに。
2人とも、この先の展開はお察しかしら?
「さあ、皆様。魔王の討伐と参りましょう!」
舞踏会に向かう可憐な乙女の如く、私は宣言した。
今日から勇者として頑張らせていただきますわ!