ボロアパートの座敷わらし
おれの仕事はここに住む奴を幸せにしてやることだ。が、最近は全く仕事をしていない。なんでかって?単純な話さ。入居者がいない。東京といえど築三十年の六畳一間のオンボロアパート、不動産屋での書類審査で不合格だ。おまけに幽霊が出るなんて風評被害も広まって、もうかれこれ五年も人が住んでいない。住む人がいなきゃ幸せに出来ない。
なんて言ってたら来週入居者が来るってよ。びっくり。しかも若い女性だってんでさらにびっくり。必ずあなたを幸せにしてあげますよ。
おいおい、このクソ入居者、ネコ飼ってやがる。うち、ペット不可なんですけどぉ!?しかも、どうやらこのネコおれの存在に気づいているらしい。おれは座敷わらし、基本的に世界に認識されない。生きる次元が違うのだ。だが、このネコ、おれが何かする度に目で追ってるぅ~。追うな追うな。クソ入居者に怪しまれて大家でも呼ばれたらお前の存在もバレてここに住めなくなるぞ、いいのか?
今日はクソ入居者は朝から出掛けている。どうやら学生のようだ。そしてこのネコは実家から連れてきたらしい、名前はスズキ。スズキって。クソ入居者の名字は佐々木だったはず。お前、佐々木スズキって、名字名字じゃねーか。何て思いながら長い猫じゃらしを左右に振ってスズキをあやす。スズキは縦横無尽に暴れまわる。マジで見えてんだな、スズキ。
さて、どうしたものかな。
ルールを守らない奴を幸せにするべきか悩みどころだ。ただの学生一人暮らしなら存分に幸せにしてやったところだが・・・。おれの手が止まるとスズキは急にスンとなってキャットタワーを登っていく。この部屋の四方はキャットタワーで囲まれそれぞれを繋げ、さながら夜景で人気の工場のようになっている。スズキが天空を練り歩く。ここは俺の場所だと言わんばかりの我が物顔で。ああ、そうか。スズキを幸せにしてやろう。スズキだってここに住んでいるんだ。おれもおれの仕事が出来る。よし、それで手を打とう。
幸せってなんだ?ネコにとっての幸せってなんだ?人間なら思い描く最良の未来を持ってきてやるんだが、ネコは意志疎通も出来ないし、何がしたいのかも分からない。全部がその時々の本能で動いているかのようだ。だったら本能が最も活きる自然に返すのがネコにとっての幸せなのか?違う、気がする。おれはしばらくスズキを観察することにした。
しばらく観察を続けていると本能ではなさそうな行動を取るときがあることに気がついた。それは毎日やっていることでクソ入居者が寝た後のこと。スズキは掛け布団の上をうろちょろした後にクソ入居者の顔を尻尾で三回叩いて額から顎までを何回も拭う。これが本能ではなさそうな行動だ。まるでクソ入居者がスズキを撫で回すの真似しているかのような動きだ。しかも、クソ入居者が起きている間はそっけない態度を取っているときたもんだ。スズキは重度のツンツンデレデレとみたね。
ああ、そうかい。ああ、そうかい。お前にとっての幸せってやつはこの佐々木と一緒にいることだったんだな。だったら、ずっと一緒にいられるようにこんな所じゃなくてペット可のもっとちゃんとしたところに住めるように佐々木の金運アップと良物件が舞い込んでくることを願ってやるか。
しばらくしてこの部屋はまたまっさらになった。見慣れた光景だ。ま、おれももうちょい仕事したくなかったところだ。
玄関からネコの鳴き声が聞こえる。ドアに近づくと走り去る音がした。郵便受けに何か入れたようだ。セミの脱け殻だ。近所のネコのイタズラか。
そういえば、スズキの作ったキズによって佐々木の敷金は戻らなかった。当然の報いだ。