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夾竹桃メイズ  作者: 青野デルフィ
1/1

act.1: 緑の回廊

初めまして。

実体験を交えたファンタジーです。

どこが体験談で、どこが空想か?

それは読者様にお任せします。

では、お楽しみ下さいませ。

---青い。


それは、恐ろしいほどに青い空だった。

青い青い空に、作り物じみた雲が、

ムクムクと、白く湧き始める夏の正午。


私はその日、人生で初めての成績表を、

まだ傷ひとつない赤ランドセルに入れ、

さほど遠くない通学路を帰った。


平日の昼間ではあるが、

この猛暑のせいかお昼時だからか、

人も車もまるで気配がない。


この春から通い始めた小学校は、

坂の多い街の中腹に建っており、

校舎からグラウンドまでは、

急な長い階段を下る必要がある。


その日、私は一人で帰路についた。


別に友達が居ないわけでも、

イジメられてるわけでもない。

ただ、単に偶然、諸々の事情が

重なった結果だ。


私は特に、寂しがりではなく、

一人で歩く事を苦には感じない

男前な少女だった。


---今思えば、

少し物騒かも知れないが。


その日の私は、大抵の新一年生並みに

初めての夏休みへの期待感に浮かされ、

蝉時雨をBGMに、一段飛ばしで階段を

足早に駆け降りた。


グラウンドは、背の高い金属製の

フェンスに囲まれており、

フェンスと学校の外壁の間は、

桜と夾竹桃(キョウチクトウ)の木が

交互に植樹されていて、

まるで緑の回廊のようだ。


私は、この空間が気に入っている。


入学式の頃は、桜が美しかった。

夏に入ると、今度は赤やピンク、

時々白い夾竹桃の花が咲き乱れ、

どこか不思議な空間を演出している。


見上げると、薄く透ける緑の桜葉、

黒っぽい緑色で細長い、

夾竹桃の葉などをすり抜けて、

太陽光がキラキラ降ってくる。


木々の狭間の青い空。

木立に切り取られた雲の破片が、

まるで難解なパズルのように見えた。


異世界?

秘密基地?


降り注ぐ蝉時雨と、夏特有の昂りが、

まるで私をこの不思議な世界の

支配者であるかのような錯覚に落とす。


私は、鼻歌混じりに手を伸ばし、

夾竹桃の葉を一枚、千切り取った。

切り口から染み出す樹液を爪に塗ると、

まるで透明なマニキュアみたいに

光沢が生まれるのだ。

この学校の女子の間で、

代々受け継がれてきた、

伝統のオシャレである。


艶の出た爪を空に翳しながら、

明日からの夏休みに思いを馳せる。


その時だった。


ガラスよりも硬度が高い、

水晶同士が触れ合ったような、

不思議な澄んだ音が聞こえた…


…ような気がした。


私は咄嗟に、反射的に、

音の方向へと顔を向けた。


一瞬、視界に緑色の透明な光が、

そう、

丁度、ワインなど緑色のガラス瓶を、

光に透かした時のような、

そんな光が広がった。


…ような気がした。



気が付くと、家の玄関前だった。



「あれ?!」



あの夾竹桃の回廊から、

ここまでどう歩いたのか?


途中の公園や、橋を渡る時の風さえも、

まったく記憶がないのだ。

ただ、握り締めた右手の中に、

何か違和感を感じて開く。


そこには、メタリックで複雑な色彩の、

歪な形をした石がひとつ。


「な、何コレ?」


いつ、どこで拾ったのか?

そもそもそれが、本当に石なのか?

何も分からないまま立ち尽くしていると、

玄関の引き戸がカラリと開いた。


「あら、帰ったの?

暑いのにそんなとこに居ないで

早く入って成績表見せなさい」


そんな母の声も、今は懐かしい。


母はその二年後に、

闘病の末、亡くなった。

父と私は、父の実家である田舎町に

越して、祖父母と暮らし始めた。


私はそこで、ワイルドな田舎娘に育ち、

高齢の祖父母とも、永遠にお別れした。


そしてまた……父も急逝し、

私は天涯孤独の身になった。



「本当に行っちゃうのか?」


亡き父の親友は、

そう言って私の肩に手を置く。


「うん、こんなデカいだけで古い家、

私の収入で維持できないもん」


「私たちはいいのよ?部屋もあるし、

やっぱり一緒に暮らさない?」


夫人は涙声でそう提案するが、

私は笑ってそれを断った。


父の葬儀で、久しぶりに会った夫婦は、

私を見るなり、声をハモらせた。


「えっ?!藍ちゃん?!

大きくなって!!」


幼い頃、よく訪ねて来てくれた彼らは、

当時のイメージを抱いたままで、

父との別れも一瞬忘れ、

呆然と私を見つめたのだった。


子供に恵まれなかった夫婦に、

父は生前、私とこの家の事を

頼んでいたのだと言う。


私もそう聞いていた。


『俺がもし死んだ時は、

石垣のオッチャンに

色々頼んでるからな』


まさか、こんなに早く現実になるとは。


石垣夫妻は、以前私たち家族がいた

あの坂の街に今も居住していて、

アパートを二軒と、

駐車場を経営している。


私がこの家を出ると決めたのも、

彼らの夢である、田舎暮らしを

叶えるためと、

自分がいつか、父母と暮らし

家族揃って幸せだった、あの街で

新たな人生を、踏み出すためだ。


「ま、行き来出来ないほど

遠いわけじゃないし」


石垣夫妻は私の手を取った。


「いつでも帰って来て!

だってここ、藍ちゃんとお父さんの

家なんだからね」


「ありがとう、おっちゃん」


多少の寂しさを隠し、私は笑う。


「頑張ってね、古民家カフェ」


「本当にいいの?改装しちゃって」


「いいよー!ってかスゴい楽しみ!」


「藍ちゃん…」


夫人はそっと、私に封筒を渡した。


「これ、部屋の鍵。私たちが

住んでたとこの」


夫妻が経営するアパートの、

一階部分をぶち抜きで、

彼らは住んでいた。

その部屋を、私の住居にと

提供してくれたのだ。


「ありがとう。

家賃ちゃんと入れるね」


「そんなの要らないってば!」


「そうはいかないよー、

あの立地と広さで

破格の安さにしてもらってんのに!」


「あ、それから…」



夫人はゴソゴソと、

バッグから小さな物を

取り出して、私の手に置いた。


「?」


「覚えてる?これ」


小さな白い箱を開くと、

古びた和紙に何かが包まれている。


「何?」


和紙を開いた。


「あ、これ…」


それは、あの夏の日に拾った

と言うか、いつの間にか手に

握っていたあの、謎の石。


「昔、おばちゃんが預かった宝物よ」


「あー、忘れてたよそんな事」


「20才になったら返すって、

約束だった」


「そっかー、そうだったっけ」


私はこの秋で、20才の誕生日を迎える。


「何だ?俺は聞いてないぞ?」


「ふふ、女同士の内緒の約束!」


歳を取ってもチャーミングな夫人は、

悪戯っぽく笑う。


「ねー!」


私も乗っかった。


「おいおい、おじさんは除け者かよー」


「藍ちゃんの御守りのお陰で、

私たちこれまで無事に暮らせたの。

今度は藍ちゃんが守ってもらって」


夫人の目尻に、涙が滲む。


「あなたのお父さんも、お母さんも

いい人だった。なのに、…」


急に、想い出が心に溢れて、

喉の奥が熱くなる。


「家のことは安心しろ。

メンテもちゃんとするから」


夫人の肩を抱きながら、

おじさんが言った。


「心配してないし、じゃ!」


私はわざと明るい声で、

ピッ!と敬礼の真似をする。


「行ってきます!」


これからまた、あの街で暮らす。

幸福な想い出ばかりの、あの街で。




「取り敢えず、

貯金あるうちに就職しなきゃなー」


スマホをバッグに片付け、

駅を出て驚く。


「えっ?!学校が…無い!」


あの懐かしい小学校は、

すっかり姿を消していた。

校舎の跡地には、高級マンション。


「えー?ショックー」


諦め悪く、敷地を見回してみる。


「あ!」


学校は無かったが、グラウンドは

残っていて、解放されていた。

それを囲む木々の迷宮も、

少し数が減ってはいるが

まだあった。


「あった!」


懐かしかった。

まだ真夏じゃないけれど、

夾竹桃の花が咲き始めていた。


悲しみは消えないが、

一瞬忘れて私は叫ぶ。


「ただいまーっ!」



一陣の風が吹き、木々を揺らす。

ざわめく葉音が、

「お帰り」と聞こえた。



その時



あの音が、風に混じって届く。

硬質の、水晶が触れ合うような、

澄んだ音。


デジャヴの感覚に、軽く目眩がする。

そして……


エメラルド色の閃光。


「ヒャッ?!」


妙な声が出てしまった。

思わず腕で顔を庇う。


すぐに光は消え、風も止み、

静寂が包む。


そろそろと、目を開ける。

昔はそこに、家の玄関があったのだが、

今日は違った。


場所は移動していなかった。

ただ…



「約束通り、来たな」



異様な格好の、男が立っていた。


アクアブルーのサラ髪に、緑の瞳。

男性アイドルが着るような、

光沢のある濃紺ラメ付きの

ロングコート。


どう見ても、痛いコスプレ。


「だ、誰っ?!」


「キーを渡せ」


「キー?アパートの?何でっ?!」


変質者だろうか?

そう言えばこんな平日昼間に、

夏前とは言え、暑苦しそうなコスプレ。


「嫌よっ!何で渡すか!バカ!」


「ああ、記憶ロックか」


男は私の額に手を翳し、翡翠に似た色の

指輪を見せる。


「解除」


男が小さく呟くと、

頭の中でキンと音がした。


「あ、あ、あ…」


まるで録画を高速再生するように、

私の脳裏に映像が流れる。


あの夏の日、この夾竹桃の下、

私に起きた異変の全てが…



青い。


恐ろしいほど青い空の下。

夾竹桃の迷路の中で…



私は、彼に、出逢っていたのだ。



《NEXT》


いかがでしたか?

まだ導入部なので、

ダルくなったら

ごめんなさい。


家事と仕事の傍ら投稿ゆえ、

ペースは早くないでしょうが、

お付き合い下さると嬉しいです。


では、また次回。

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