雨のち晴れ
「ふんふんふふーん」
雨の中鼻歌まじりで歩を進める。
空一面がまるで子供が塗ったような、らしい、灰色の雲がどこまでも広がっていた。
私は曇りや雨の日、つまりは晴れ以外の天気が好きだ。
かつて浴びたあの正義と言わんばかりの、自信あふれんばかりの光は今の私には少し眩しすぎた。
パパ活。世間一般でそう言われる、男性からの援助を受けた私は家に帰るためにバス停を目指す。
傘でも防ぎきれない雨が、短すぎると言われたスカートと太ももを濡らす。
そんなこと関係ないと、バス停を目指すが、一応肩にかけたお気に入りのヘッドホンは濡れないように気をつけた。
ブーツに水が染み込まないように歩幅を調整して歩く。
私みたいに浸って後戻りできなくならないように。
バス停に着くと、腰がくの字に曲がった80代ぐらいの白髪の老婆が、何故かバス停のベンチに荷物を置いて立っていた。
私は傘を畳むとその老婆の隣に立って並ぶ。
スマホで己の姿を確認すると濡れていまいと思った髪まで濡れていた。
3年前、どの男かに言われて薄い青に染めた髪。私は案外その髪の色が気に入っていた。
友人にも似合っているといわれたし、実際私もそう思っている。
しばらくするとバスが来た。老婆が乗り込んだ後に続き乗り込む。
ICカードを機械にかざすと残高不足だったの
で、私は一言
「すみません」
と言って小銭で払った。
今思えば少し小さい声だった。
バスの中にはそれなりに人は居たが、みな席に座っており、私は唯一空いていた優先席に縮こまって座った。
私はヘッドホンを装着して、周りに迷惑にならない程度、かつ周囲の雑音を揉み消すぐらいの音量で好きなロックミュージシャンの曲を聴く。
この時間が一番楽だ。嫌なことを全て忘れられる。
表面上は仲良くしてるクソ女たちの高笑いも、私の体しか見ていないキモいオッサンども息遣いも、全てこの音がかき消してくれる。
しばらく音に耳を傾けていると、気がつけば乗客は私と目の前の赤子連れの女性だけになっていた。
女性はどこか思うところがあるかのように窓の外を見つめていた。
対して赤子はベビーカーに乗りながら瞬きもせずにバスの天井を一点に見つめていた。
私も釣られて赤子の見つめる部分を見るがやはりというか、なにもなかった。
黒く塗りつぶされた板があっただけであった。
私は再び赤子に視線を移し替える。
この子は一体なにを見ているのだろうか。
あの黒い板になにを見出しているのだろうか。
するとその目が私と合った。
とても煌びやかな目であった。
純粋でまだなにも知らない宝石のような目。
きっとこの子の目には世界が七色に光って見えているのであろう。
私の曇った目にはそう見えた。
それでも赤子は私を見つめてくる。
赤子の純粋な子供の目に汚い大人の私はつい目を逸らしたくなる。
その時赤子が笑った。
全てを包み込むような、許すような、そんな心の底からな微笑みだった。
ああ、こんな風に笑えてた日が私にも会った。
いつから心の奥底から笑えなくなったのだろう。
いつから忘れていたのだろう。
気がつくとバスは終点に止まっていた。
女性はベビーカーを押しバスを降りていく。
一瞬赤子と目があった。
私は満面の笑みを浮かべた。
赤子も笑っていた気がする。
私もバスを降りる。
そして傘を開こうとすると
「うん?」
雨は止んでいた。
そればかりか太陽は水たまりを照らし反射させ、空中には虹を作っていた。
私は大きく日の下へと一歩、進み始めた。