天国いいとこ一度はおいで(修正済)
2/4/10に段落修正み!
一部表現も見直しました。
「んあ?………ここは?」
心地よい風が頬を撫でる感覚で、俺は目覚めた。
ひどく頭がぼんやりとする。なんだかとても悪い夢を見ていたようだ。例えるなら、それは遊園地のフリーフォールの絶叫マシーンが逆さまに設置されて空に向かって無限に落ちていくような、そんな感じの夢だった。
とにもかくにも、まずは状況確認が先決だ。
俺は頭をふって悪夢の残骸を振り払うと周囲を見回す。記憶の限りではさっきまで俺は廃ビルの前にいたはずだがーーー
「ーーーなんだここ?」
周囲を見回した俺の目に飛び込んできたのは一面の青空だった。
建物はおろか山のような地形すらも存在しない、ペンキで塗りつぶしたかのような蒼穹のパノラマ。その抜けるような蒼の眩しさに思わず目をしかめる。
足下に目を落とすとそこには白い靄のようなものが立ち込めて地面を形作っている。もしかすると一面の蒼穹が広がるここは雲の上なのかもしれない。
雲の足場は一件頼りなく見えるが、その場で足踏みしても踏み抜けるということはなくしっかりとした密度があるらしい。
青空と雲。この世界にあるものは本当にこれだけだった。
「………訳がわからん。もしかして俺死んだのか?」
《あはは、そんなわけないじゃないですか!》
「っ!?」
耳元で唐突に声が生まれた。
楽しげで、甘ったるい聞き覚えのある声。
それを聞いた瞬間俺は全てを思い出した。
「……ああ! 女神様か! じゃあここは神の世界なのか?」
《ピンポーン! 大正解!はら◯いらに3000点! そうですここは私たち神様が住む神界でーす!》
「マジか……」
女神の言葉には少し意味がわからない部分もあったが、どうやらあの後、俺は本当に神の世界に連れて来られたらしい。
元々神の存在などは信じていなかったが、ここまで現実離れしたことが立て続けに起きたら流石の俺でも信じざるを得ない。
ここは神の世界。それは理解した。しかし、まだ全てが解決したわけではない。むしろここからが本番だ。
俺は気を引き締めると空を見上げて女神に語りかけた。
「女神様、あなたの姿が見えないけれど、まだ姿は見せてくれないのか? なにやらあなたが話したいこともあるみたいだし、一度会って話がしたい」
女神は俺に話すことがあると言っていたし、現状の説明もするとも言っていた。地上に現れるのは無理でも神の世界であるここならば姿を見せるのに問題はないはすだ。
それでも姿を見せないということは、何か姿を晒せない深刻な問題がーーー
《いやー、人間のお客さんなんて久しぶりだからね! お色直しするからちょっと待ってプリーズ!》
ーーーなかった。めちゃくちゃどうでもいい理由だった。
《女神には威厳が必要だからね!その間に待つ場所はちゃんとあるから安心したまえ!》
正直、今までのやり取りの中で女神の威厳はストップ安の取引停止状態だったがそれを口にしない情けが俺にもあった。
(まあ、とりあえずここは女神の指示に従って、しばらく待たせてもらうとしようか)
そう決めてから俺はふと気づく。
「待つ場所っていっても、ここって雲と空しかないんだが………」
そう、先ほど確認したようにここは空に浮かぶ雲の上だ。それ以外にはなにもない。
まさか、雲に寝っ転がって待てということだろうか。確かにそれはそれで魅力的ではあるが。
そして、俺が雲の上さわり心地を確かめようと身を屈めたその時。
《おーい、言い忘れてたけど、目的地には雲が案内してくれるからそれに従ってね! 着いたら中にもう一人お客さんがいるから、雑談でもして待っててよ!》
少し慌てたような女神の声が響いた。
「雲が案内する……? それってどういう……おおっ!」
俺が言葉を言い終わらないうちに、どこからともなく雲が沸き立ち、足元の雲と繋がって道を作る。一歩踏み出すと雲の道は少しずつ先へと延びていく。なるほど、こういうシステムか。
全てを理解した俺は延びていく雲に行き先を任せて、自分はゆるゆると空中散歩を楽しむ。
最初に来たときはただの青空が広がるだけだと思っていたが、よくよく目を凝らしてみると、青空の中にポツポツと柱や扉といったものが浮かんでいる。外からは分からないが恐らくそこには別の空間が広がっているのだろう。
現実離れした神の世界に感心していると、それまで真っ直ぐだった雲の道がゆるくカーブを描き出した。どうやら目的の場所は近いらしい。
少し傾斜のある雲のスロープを上り終えると、そこに待っていたのは純白の大きな扉だった。両開きの扉には精緻な彫刻が刻まれ、金に輝くノブには金属特有のくすみがひとつもない。こういった細かなところでもここが神の世界なのだとひしひしと実感できる。
ノブに手をかけゆっくりとドアを引く。重厚なそのドアは、しかしその重さによる軋みなど一切感じさせることなくするすると開く。ほどなくしてドアは完全に開き、俺の目に部屋の全容が飛び込んできた。
部屋の様子を言葉で表すならば「白亜のベルサイユ宮殿」という表現が一番分かりやすいだろうか。ベルサイユ宮殿の一室に飾られるような調度品の数々が全て白を基調ににして金や金糸で彩られて作られている。そして部屋自体も大理石をさらに白くしたような純白の素材で構成されている。それはまさに空と雲の神の世界に相応しい威容だった。
「これは………凄まじいな………」
圧倒され入り口で立ち尽くす俺の口から思わず感嘆の言葉が漏れる。
そして、誰に聞かせるわけでもなかったその言葉にびくりと反応する者がいた。
それに気づいたとき、俺は女神の言葉を思い出していた。
ーーーもう一人お客さんがいるから雑談でもして待っててよ!
(しまった。浮かれていてすっかり先客がいることを忘れていた。ノックもなしに入ったのはまずかったな。取り敢えず、まずは驚かせたことを謝ろう)
謝罪の言葉を考えながら俺は先客に視線を向ける。
その人物は入り口に背を向けるかたちでソファーに座っていた。
ソファーの背もたれで半分ほど隠れた頭、そして手入れの行き届いた艶やかな薄茶色の髪の毛からその人物が小柄な若い女性だということがわかる。
ソファーに座った女性が立ち上がりながらゆっくりとこちらを振り返る。その動きは、先ほど開けた扉の手入れを怠ればこのようになるのだろうなと思わせるほどぎこちなかった。
(うーん、どうやらかなり怯えさせてしまったようだ。これは謝罪の言葉は早めに言った方がいいな)
そう考えた俺は、女性がまだ完全に振り向かないうちに先手を打って口を開いた。
「失礼しました。先客がいることは聞いていたのですが、何分このような環境に戸惑い、すっかりノックを失念してしまいました。どうかーーー」
ーーーお許しください。の言葉は続かなかった。
なぜなら俺は振り返った女性の姿に思い切り目を奪われてしまったからだ。
その女性は制服姿だった。それは俺がよく見たことのある有名な私立高校の制服だ。チェック柄のプリーツスカートに白のブラウス、首もとにはリボン。
美しい髪はボブカットに切り揃えられ、肌艶もよく、顔のパーツはその全てが整って理想的な場所に配置されている。その顔に浮かんだ儚げな表情は「薄幸の美少女」の言葉を想起させるのに相応しかった。
そしてなにより。
俺はこの少女を知っている。
だって今の俺の体はこの少女の姿なのだから。
「えっ、えっと………ど、どうもごめんなさい?」
満月の夜にビルから飛び降りた自殺少女。
その声を初めて俺は聞いた。
硬くなってんぜ?(緊張)
というわけで神界編です。主人公同士がお互いを初めて認識しました。
神界編は全三話で地上に帰ります。三回だよ、三回。
よろしければ感想オナシャス、センセンシャル!