青春キメラの誕生(改修済)
こ↑こ↓序章の山場だってはっきりわかんだね。
「………あ゛ー、痛てぇ………」
あれからどれほどの時間が経ったのだろうか。
全身に走る鋭い痛みに顔をしかめながら、俺は目を覚ました。
少女とぶつかった時の衝撃のせいかぼんやりとする視界のなかで、俺は自分の状態を確認する。
両腕………肩も肘も動く、曲がる。
指先………全て正常に動く、曲がる。
両足………ふらつくが立てる、曲がる。
その他主幹部………痛みを伴うが、稼働に異常なし。
「おぉ! まさか打撲だけで骨折なしか? やったぜ………って、あれ? なんか、声が変だな?」
大きな怪我もなく、ひとまずは無事に済んだことに安堵したら俺だったが、自分が発した声がおかしいことに気づいた。
なんというか、全体的に甲高い。まるで女の声、いや、某合衆国産のアニメのアヒルのキャラクターの声みたいだ。
「あー、あー。んん? 直らないな。走ってくるときに叫んだせいか? まぁ、時間が経てば治るだろ」
俺は少女に突っ込む寸前に自分が雄叫びを上げたことを思いだし、声が変なのはそのせいだと納得した。
「………ってか、あ゛ーっ! 一番大事なこと忘れてるじゃねぇか、俺!」
自分のことに気をとられて俺は一番大切なことをすっかり忘れていた。
「お嬢ちゃんは無事なのかよ!?」
そうなのだ。俺が助かっても助けようとしたあの少女が死んでいたら俺の行為は全くの無駄骨だ。
少女は生きているのだろうか。それとも………。
不安と期待に駆られながら、辺りを見渡す。
しかし。
「あっれ? 誰もいないな?」
辺りを見渡しても、それらしき人影は一切見当たらない。埋め立て地の倉庫街は気を失うまえと同じように穏やかな静けさを保っている。
違うところがあるとすれば、月の位置が先ほどよりも中天に近づいていることだろうか。
「……もしかして、先に気がついて帰った? ……マジで?」
可能性としては大いにあり得る。自殺したと思ったはずの自分が生きていて、なぜか側には見知らぬ男がボロボロで転がっているなんてことがあったら焦って逃げ出しても不思議ではない。むしろ俺が同じ立場なら間違いなくそうする。
「かーっ!マジかー!まぁ、でもしょうがないよな、お嬢ちゃんは俺が助けようとしたことなんて知らないもんなぁ、はぁ………」
ボリボリと後頭部を掻きながらため息を吐く。確かに、今回のことは全部俺のお節介だ。少女はもしかすればまたどこかで自殺しようとするかもしれないし、今日のことがトラウマになるかもしれない。
それでも。
「……こんな良い夜に、人が死ななかっただけで満足だな」
この先少女がどんな運命を辿ることになろうとも、今日この日を生き延びたことに意味がある。なんてったって、こんなにも月が美しく素敵な夜なのだ。死ぬには少しもったいない。
願わくば、これから少女を待ち受ける運命が、これまでよりも少しでも幸福なものであって欲しい。
夜空に輝く月を見上げながら、俺は名も知らぬ少女の幸運を祈った。
「さてと、俺も家に帰るかなー。つーか、今何時よ?俺ってどれぐらい寝てたんだ?」
ぼやきながら、俺は左腕の時計に目を落とす。
「………あら?時計がない?もしかしてどっかにぶっ飛んだか?うげー、最悪だ………」
だが、そこには肝心の腕時計はなかった。俺の腕時計は高校進学の時に親父が奮発してくれたオールチタン製のG-shockだ。あれを失くしたとなるとかなりの痛手だ。
「今日は暗いからもう見つからねーよなぁ……。また今度ジムに来たときに探すか。しゃーない、スマホ、スマホっと……」
腕時計捜索を早々に諦めた俺はズボンのポケットに入れていたスマホに手を伸ばした。
だが。
「んん?なんだこれ、ポケットが無いぞ?………もしかしてズボンも破れたのか?」
スマホを入れていたズボンのポケットに伸ばした俺の手は、ポケットに入ることなくむなしく太ももをまさぐるだけで終わる。
「うへぇ、冗談だろー……。スマホまで失くすとか終わってるわ……。なんだか股の辺りもスースーするし、最悪だわ……。」
がっくりと肩を落としながら、俺はズボンの状態を確認する。破れ具合によっては、帰りの電車で猥褻物陳列罪でしょっぴかれる可能性もなきにしもあらず。ズボンがまだズボンの役割を果たしていることを祈りながら、俺は視線をズボンに落とした。
それが更なる混乱の始まりとも知らずに。
「………は?」
視線を落とした俺の目に飛び込んできたもの。
それはズボンではなく、チェック柄模様が入ったお洒落なプリーツスカートだった。
「………え? えぇ? えぇぇぇ!!?」
お、俺のズボンは!?ズボンどこ、ズボン!ってかその前に何でスカートなんか履いてんの俺!?え?何?気を失ってる間に一体俺に何が起きたの!?
訳も分からず慌ててスカートに手をかける。そして俺は更なる異変に気づく。
「うぇっ?な、なんだこれ………?俺の手が変だ!」
スカートを掴む俺の手は、スベスベとして艶やかで、爪にはマニキュアなんかが塗られててかてかしている。いつも見慣れた拳ダコだらけの節くれ立ったゴツゴツした手は影も形もない。
「なんだこれ……?どうなってんだ、俺?」
想定外の異変に混乱しながらも、俺は自身に起きた異変を探るため全身をくまなく調べた。
足元はくるぶし丈のソックスにスニーカーだったのが、今はワンポイントの黒のロングソックスになっている。
ズボンは先ほど確認した通りプリーツスカートに、Tシャツは、白のブラウスに変わり首元にはリボンがついている。しかも胸部に圧迫感があり、どうやらブラジャーまで着けているようだ。
シャープだった顔のラインはふっくらとして肌はスベスベ。1000円カットで雑に切られたはずの髪は、どうやらボブカットの形で整えられているみたいだ。
そして、何よりの変化は、ブラジャーを着けた胸に今までなかった明らかな双丘が存在し、反対に股の真ん中にあるはずの男の象徴は痕跡すら残さず消えたことだった。
おかしい。
こんなことはあり得ない。
頭の中では現状を否定しようとする考えが湧いては消えて、これは悪い夢だ、お前はまだ気を失っているだけなんだと訴えかける。
しかし、非情にも現実は圧倒的な実感を伴って、湧き出る俺の考えを片っ端から否定した。
「………マジかよ。おい………」
呆然と立ち尽くす俺。
その目の前にはビルの正面玄関のガラス扉がそびえている。外の風景を反射する鏡と化したその扉には一人の少女が映っている。
扉の前の俺が半ば放心状態でヨロヨロと手を挙げると、扉の少女も一緒に手を挙げる。そのタイミング、そして頼りない動きには寸分の狂いもなかった。
ビルの屋上から飛び降りた少女を助けたその夜。
ーーー俺は助けた少女の体になっていた。
二人は幸せなフュージョンをして終了(続きます)。