戦争と恋愛においてはあらゆる戦術が肯定される【前編】
また日間ランキング入りしました!評価くれた方アリガトナス!
虐殺パート前編。三部構成。中編、後編もさくっと投げる予定。
お待たせしました。ようやくここまで来ました。
ここが二章の最大の山場だと思います(もうひとつ山場はあるけどここほどではないかも)。
とりあえず前編はクズ共のターン。中編と後編がこちらのターンになります。このパートは少し我慢して?♥️
???「力み無くして、解放のカタルシスはあり得ねぇ」
という有名な台詞もあるので、なるべく後ろ二つのパートで解放のカタルシスが味わえるように努めます。
それでは二魂一体のキメラの生き様、どうかその目でご覧ください。
一陣の風が仁王立ちする俺の足元を駆け抜ける。少しの熱をはらんだその風が俺の闘争心を掻き立てていく。もしここで丸まった枯れ草でも転がってくれば、その気分は決闘に赴く荒野のガンマンのそれになること請け合いだ。
実際、これから俺は決闘をする。相手は橘さんを追い詰めたクズ共。敵は複数。こちらは一人。孤立無援というやつだ。端から見れば戦力差は絶望的。
だがしかし。
「…………まるで負ける気がしないな」
俺の心は凪の海のように落ち着いている。
怒りに任せて暴れる段階はもはや終わった。ここからは徹底的に理詰めで叩く段階だ。
ハートは熱く、頭はクールに。
今の俺に求められているものはこれである。
いつもの試合前のようにパンパンと頬を叩いて気合いを入れる。ルーチンというものは非常に大切だ。いつもと変わらないということは精神的に人を落ち着ける。
これでもう大丈夫だ。俺はやれる。
「さて、それじゃあ行きますか」
一言呟いてから再び俺は歩みを始める。行き先は校長室。魍魎の詰まった匣である。
足に纏わりつく風を真一文字に切り裂いて、俺は静かに校舎の中へと入って行った。
◇◇◇
「失礼します。2-A橘薫です。御厨さんたちとの話し合いに来ました」
校長室のドアをノックして応答を待つ。数秒の空白の後、中から人の動く気配。
「入りなさい」
落ち着いた男の声が響く。それはこの匣の主のもの。
「失礼します」
返事をして扉を開けて中へ。普通の生徒が入室するようなやり取り。
今はまだ礼節を欠くべき時ではない。あくまでも一人のか弱い女子高生として振る舞い相手の油断を誘う。ナイフで滅多刺しにするのはこの後だ。
中に入るとそこには四人の人間。この学校の管理職である校長、副校長、教頭、そして担任の逗子だ。四人の男の視線を一身に浴びて、しかし俺は決して怯むことはない。仁王立ちこそできないものの、背筋を伸ばして視線を上げる。
大義はこちらにある。堂々といけ、俺よ。
我に一点の瑕疵も無し。その事実だけで俺はどんな荒波に揉まれようとその場で真っ直ぐに立つことができる。
胸を張れ。前を向け。勝利の時は近い。
俺は向こうの言葉を待つ。そして、それはすぐに校長の口から放たれた。
「よく来てくれたね、橘さん。お母さんの都合がつかない中で、君だけに来てもらう形になって申し訳ない」
嘘を吐け。毛ほどもそんなことは思っていないくせに。
「いえ、この件は早く解決したいと思っていましたので、こんなにも早く話し合いの場を設けていただいたことを逆に感謝しています」
校長の上部だけの謝罪の言葉に内心毒吐きながら、それでも表面上は態度を崩すことなく俺は答えた。
そんな俺を見て校長はゆっくりと頷く。余裕を出した大物ぶった態度だ。こんな閉じた場でたった一人の少女にすら虚飾にまみれた態度をとるとはとんだ三文役者である。
まぁ、そんな虚飾もすぐに剥がれる。今のうちに精々楽しめ。
更に毒を吐く俺の内面を察することもなく、校長はその態度を崩すことなく話を続ける。
「それはよかった。橘さんが名前を挙げた三名の生徒とそのお母さん方には今、会議室に待機してもらっている。これから一緒に向かおうじゃないか」
そう言うと校長は椅子から腰を上げる。俺の返事など端から興味がないという態度。ますます気にくわない。
だから俺は。
「いいえ、お断りします」
「えっ?」
その有無を言わせぬ提案を突っぱねた。
そして、相手が何かを言う前に、機先を制して要求をぶつける。
「今回の件は非常に機密性が高い案件です。会議室程度の防音環境で、万が一外に漏れては困ります。より防音効果が高く、授業で使うことのない第二音楽室の使用を希望します」
俺の要求。それは話し合いの場所の変更。
一見すると何の意味もない提案に思えるもしれないが、これにはちゃんと意図がある。
まずは、予め用意された環境の回避。
相手が全員グルだと考えると、相手が用意した場所で話し合うのは肉食獣の餌場にわざわざ飛び込むようなものだ。最悪、仕掛けられた隠しカメラや集音マイクなどによる盗撮や盗聴の可能性もあり得る。
クズ共にそこまでの知恵が回るとは思わないが、俺ならそれぐらいの対策は絶対にする。自分に考えつくことは相手にも考えつくことである。これくらいの気構えで臨むぐらいで丁度いい。
次に、相手からの主導権の剥奪。
相手に主導権を与えたままだと一方的に捲し立てられて会話が成り立たない可能性がある。
今回の話し合いは、あくまで互いが対等な立場から始めて、最終的にこちらが相手側を踏み潰す筋書きだ。そのためにも事前の段階である程度こちらもコントロールを握っておきたい。
そして最後に、相手の精神の平衡の崩壊。
相手は明らかにこちらを下に見ているので、こちらから突き上げが来るなど微塵も思っていない。
そんな中でこちらが意に反する行為をすれば、相手は困惑するにせよ憤慨するにせよ心の平衡を崩す。そうすれば話し合いをこちらの優位に運べるという寸法だ。
このように複数の意図から発した俺の提案を、学校側は想定通り困惑した様子で聞いていた。その困惑から立ち直る前に俺は更に畳み掛ける。
「提案を受け入れていただけないのでしたら、私としても残念ですが話し合いは後日双方の折り合いがついてから行うことにしてください」
この言葉に学校側は流石に慌てた様子を見せる。当然の反応だ。学校側としてもこの案件は長引けば自分の首を絞める可能性が高い。
なぜなら、上層部以外の教員には自分達の制御下にない者がいるからだ。例えば、高槻先生のような教師が徹底的に調査解決を目指して動き始めれば、教師内の派閥は間違いなく荒れる。それは運営者としては絶対に避けたいはずだ。
俺の考えを裏付けるように、学校側はすぐに動いた。
四人は一瞬顔を見合わせたあと、担任の逗子が動く。
「わかりました。相手側にも確認をとるのでしばらく待ってもらえますか」
「ええ、お願いします逗子先生」
俺が肯定の返事をすると逗子は慌てた様子で校長室を抜け出した。
走り去るその背中に、他の三人に気づかれないように最大限の侮蔑がこもった視線を俺は送った。
◇◇◇
音楽室の防音壁は見ているとなんだか目がチカチカしてきていけない。
そんなどうでもいいことを考えながら俺は音楽室に設けられた席に着いていた。
孤立無援の状態で席に着く俺の前には御厨たちいじめっ子三人とそのためにも母親三人。その両脇に学校側の四人が二人ずつ座る。丁度、俺を要の部分に据えた扇の形だ。
端から見れば、なんというあからさまな対立姿勢だろうか。
しかし、今の俺にとってはこの頭の悪い対立姿勢は逆にありがたい。
皆殺しにするのに、こちら側に居られたら面倒だからな。
気持ちを切り替えてそんなことを考えていると、担任の逗子が周囲を見渡したあとに口を開いた。
「えー、皆さん今日は忙しい中、話し合いに集まっていただきありがとうございます」
当たり障りのない挨拶。さっさと本題に入れ。
心の中で毒吐いた俺の声が聞こえた訳ではないだろうが、逗子はすぐに言葉を続ける。
「それでは早速ですが、まず今回の御厨さんと橘さんのトラブルについて状況の再確認から行いたいと思います。よろしいでしょうか?」
逗子の言葉に周囲が頷く。俺としても特に問題はないので相槌をしておく。
「ありがとうございます。それでは先日のお二人のトラブルですが、時間帯は朝のHR前、場所は2-Aの教室で起きました。朝登校した橘さんが、自分の机の上に花瓶が置いてあるのを発見。周囲を確認したところ御厨さんと目があったのでその事を聞くと御厨さんが、私が置いたと答える。それに怒った橘さんが、御厨さんに殴りかかり乱闘へと発展した。当事者の二人とも、大まかな流れとしてはこれでよろしいですか?」
「はい、問題ありません」
御厨が返事をして首肯する。上下するその頭には包帯が巻かれてその上からニットが被せられている。どうやら花瓶で殴られたときに頭を切ったらしい。あるいは同情を引くためのはったりか。前者だとすれば大変いい気味だ。
「私も、異論はありません」
逗子の説明は客観的な事実で構成されている無難なものだ。ゆえに、ここは俺も肯定しておく。
だが、恐らくこれは状況に間違いがないことを双方に合意させた上で、そこに自分達の都合のいいシナリオを突っ込むための布石だ。最初から事実を認めない相手よりも、最初に事実を認めさせてそこに肉付けするかたちで噺を進める方が相手に反論を許さない。
その読み通り、逗子は俺たちの返事に頷いた後、俺の方を見て口を開いた。
「では続けますね。橘さん、あなたは机の上に置かれた花瓶を見て、それをいじめだと判断した、そうですね?」
「はい、その通りです」
俺の返答は満足がいくものだったようで逗子が大きく頷く。その口許には笑み。ここまでは奴の筋書き通りということか。
「なるほど、確かに机の上に花瓶を置くのは亡くなった人への手向けの意味がある。橘さんがそう捉えるのも無理のない話です」
逗子は俺の返事に同調する。
なるほど、察するにこれは双方に非を作ることで痛み分けについて持ち込む流れだ。あちらの非を認めた上でこちらにも非を被せることで双方の謝罪を引き出して終了。よくあるパターンだ。
アホらしい。誰が乗るか。
見え透いた逗子の手に心の中で毒を吐きながら、次の言葉を待つ。相手の言い分は一応は全部聞いておかなければならない。その上での完全無欠の勝利にこそ意味がある。
少し溜めを作ってから逗子の口が開く。その表情は険しく俺への非難がありありと読み取れる。
「ですが橘さん、それはあなたの勘違いです。あの花瓶は御厨さんが水を換えた後に一時的にあそこに置いていただけなのです。御厨さん、説明をお願いできますか?」
逗子の言葉に御厨が頷く。そして、こちらを見ながら口を開く。
ずいぶんと敵意の籠った視線だ。精々今のうちにやっておけ。すぐにまともに俺の方を見られなくなるからな。
「はい。逗子先生のおっしゃる通りです。私は花瓶の水を換えるために一旦花瓶を教室から持ち出したのです。そして、水を換えて教室に戻ったのですが、いつも花瓶を置くロッカーの回りには他のクラスメートが集まって話をしていたので、後で置きに行けるようにまだまだ登校していなかった橘さんの机をお借りしたのです」
………ふむ、筋書きとしては想定内のものだ。
花瓶の件にいじめの意図はなく、もっともらしい別の理由をつけてこちらの勘違いに持ち込む。そして、あちらの配慮の足りなさとこちらの暴力で過失を相殺、最終的にこちらに若干の非を与えて終わりたいという算段だろう。
そして、そんな俺の想像通りに御厨が更に自己弁護と俺への非難の言葉を重ねる。
「確かに、他の意図を読み取れるような行為をした迂闊な私にも非があります。しかし、それはしっかりと会話を交わした上で謝罪をすれば済むことであって、ここまでの暴力を受けるいわれはないはずです」
御厨が言葉を切って溜めを作る。そこで周囲の人間が皆、奴に同調して首を縦に振る。もしかすると、このシナリオはあちら側全員には既に織り込み済みなのかもしれない。
まぁ、どうせみんな死ぬんだからどうでもいい話だが。
少しの溜めのあと、御厨が再び口を開く。
「ですから、今回の件はまず私の方から謝罪を。そして、その後に橘さんから謝罪をしてもらいます。その後に私の頭の傷の治療費などのことを改めて話し合いましょう。いかがですか?」
最後に俺に是非を問う形の言葉だったが、その口ぶりは明らかに有無を言わせぬものだ。このまま押し込んで、あちらの優位にことを運びたい気持ちが見え透いた言葉。
そんなの通るわけないだろ。身の程を弁えろよこのクズ。
心の中で御厨を罵ってから、俺は大きく息を吸い込む。これから放たれる言葉が俺たちにとっての反撃の嚆矢だ。そのためにもたっぷりと息を吸わなければならない。
肺の中に酸素が満ちる。準備は万端。
さぁ、皆殺しの時間だ。
クズ共の非難の視線を一身に浴びながら、俺はゆっくりと口を開いた。
???「ここにめっちゃ強力ないじめの証拠あるんすよ。じゃけん、じゃんじゃん追い詰めていきましょうね~」
戦いの後にはペンペン草一本すら残さない勢いで行きます。
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