体育の授業で手を抜くやつにはなりたくない(編集済)
バレーボール編の後編!
「はっはっは! たっち、お主なかなかやるではないか! まさかこの私が部活の外で13の殺人技を披露する時が来ようとは!」
「ウォーミングアップで殺されたくないんですけど!? というかこれ、バレーボールだよね!?」
あれから審さんに誘われるままにウォーミングアップを始めたのだが、俺が結構動けることがわかると審さんのスイッチが入ったらしく、最後の方はもはや部活さながらの激しさになった。
しかし、実際に動いてみるまでは、俺も橘さんの体でこれほどまでに動けるとは思ってもみなかった。
確かに、スタミナ面はいまいちでわりとすぐに息が上がる。しかし、瞬発力の面では俺自身の鍛えた動体視力が身体能力を補うことで、人並み以上に動くことができる。これは嬉しい誤算である。
「よーし、ウォーミングアップそこまで! 次は6人前後でチーム作って試合いくぞ! 今のグループ同士でくっつくのも、新しく組み直すのもよし! じゃあ分かれろー!」
再び体育教師の声が響き、皆がチーム作りに動き始める。大体どこも今のグループ同士でくっつくみたいだ。
そんな光景を眺めていると、ぐいっと肩が引っ張られ俺は審さんに抱き寄せられる。
「たっち、私たちも早く他のとことくっつくぞ! 四人組………いや、私たちは1+1で4ぐらいのパワーがあるから最悪二人組でもいい!」
「そんなテンコジ算(注1)みたいなこと言って……」
「……テンコジ? なんだそれ?」
「ああ、分からなければスルーしていいよ………」
そんなこんなで、俺たち二人は比較的大人しめの三人組の女子のグループと合体して、5人でチームを組むことになった。ここには合同クラスで唯一のガチバレーボール部員の審さんがいるので、戦力的には妥当といったところか。
「よっしゃ、いくぜたっち! 私は体育だからって手は抜かないぜ! 二人で相手チームを殲滅だ!」
「ねぇ、頼むからおとなしくバレーしよう? バレーで死人は出ないよ? テニスじゃないんだから(注2)」
「……? テニスでも死人は出ないだろ?」
口を開く度に過激な発言が飛び出す審さんを諌めながら、俺は対戦相手のチームを確認する。俺たちの相手はーーー
「ーーーおっ、一試合目御厨のとこじゃーん! あいつ立端あるし、結構運動できるからいい勝負になるぜ!」
「……!」
なんという天の配剤、まさか真っ先に御厨のチームとぶつかることになろうとは。
コートに入って御厨のチームと向き合う。こちらは俺と審さんが前衛を、御厨のチームは御厨グループの三人が前衛に入る。ポジションのローテーションはないようなので、サーブ以外では常に三人と顔を付き合わせることになる。
「よろしくな、御厨。手加減なしでやろうぜ!」
「ええ、全力で行かせていただきます」
ネット越しに審さんと御厨が言葉を交わし、ネットの下から手を潜らせて握手する。
「………ふふっ」
「………っ!」
その時に、御厨が意味ありげな視線をこちらに送ってきたのを俺は見逃さなかった。
「各チームコートに入ったな? それじゃあ試合開始!」
体育教師の声のあとにホイッスルが響き試合が始まる。
サーブ権はこちらから。後衛の一人がアンダーハンドでサーブを放つ。サーブは威力はないものの正確にコートに吸い込まれる。これは確実に向こうはリターンさせてくるだろう。
「レシーブ!」
向こうの後衛がボールを拾って前衛に送る。
「御厨さん、よろしく!」
前衛でボールを受けたのは丹下の方だ。トスが上がるが高さと位置、どちらも申し分ない。どうやら取り巻き二人も部活レベルではないが、割りと動けるタイプの人間らしい。
しかし、今はそれよりも次の一手に備える。この絶好球、間違いなく御厨のアタックがある。
御厨が目でボールを追い、タイミングを計って飛び上がる。理想的なタイミング。恐らくトスの最高到達点でボールを捉えるだろう。
体の開いた向きから察するに、御厨の狙いは審さんの方だ。恐らくブロックの脇を抜いて右後方ライン際に決める腹積もりとみた。
こちらの後衛では恐らくレシーブは難しいだろうが、万が一成功した時のことを考えて、俺は体の向きをやや後方に変えて構えをとる。
しかしーー
「たっち! レシーブ!」
「ーー!?」
審さんの声が響き、俺は反射的にレシーブの構えを取りながら、御厨の方へ体を向ける。
だが、こちらの体勢が整うよりも先にボールが届く。
「くっ!」
不完全な姿勢でボールを受けた俺は後ろに倒れて、ボールはふらふらとコート外へと飛んでいった。
その様子を見てネット越しに御厨が嗤う。
それはねとりとした湿度を感じさせる爬虫類の笑みだ。
(くそっ、やられた!)
御厨が何かしら仕掛けてくることは分かっていたが、それを読みきれなかった。
そんな自分に内心腹を立てながら、ふらふらと起き上がろうとする俺に、審さんが駆け寄ってくる。
「大丈夫か、たっち! 傷は深いぞ、がっくりしろ!」
「逆だよ! ……冗談は置いておいて、御厨さん一体何をやったの?」
「体の向きと視線でこっちを誘って、打つときに腕の向きだけで軌道を変えてきた」
「なるほど……」
(腕のバネだけであの威力か。やはり一筋縄でいく相手ではないらしい。いや、もとより橘さんをあそこまで追い込む奴だ。これは甘く見ていた俺がバカを見ただけのことだ。油断を捨てろ、俺!)
御厨のスペックはかなり高い。それこそ、同年代の女子でアベレージで奴に勝てる人間はほぼいないといっていい。そんな御厨を気づかぬうちに過小評価していた自分を戒める。
(俺を基準にしては駄目だ。ここでは全て橘さんが基準なんだ)
俺は格闘家としてリングの上で相手と対峙し、油断したことは一度もない。そんな俺にとって、今はこの学校そのものがリングだ。いつどこで奴らが殴りかかってきても即応できなければ、無様に地を這うのはこちらの方になる。
(だからもう、学校での油断は無しだ)
俺は立ち上がって体操服のズボンを払う。深呼吸してからほほを叩いて渇を入れる。
「よし!」
「たっち、いけるか?」
「もちろん!」
気遣うような口調で問いかけてくる審さんに、俺は努めて元気な返事をした。
「よしよし。それにしても流石は御厨。えーと、イ、イン……そう! インシデント! インシデントを感じさせるプレイだったな!」
「……審さん、あなたはあまりしゃべらない方がいい」
「え? なんで?」
「その方が100倍カッコいいから」
「マジで!? よっしゃ! 私は今日からクール系美少女を目指す! うぉー!」
明らかにクール系ではなく熱血系の気合いの入れ方をする審さんを横目で見ながら、俺も集中力を高めていく。
御厨は敵。
学校はリング。
絶えず思考しろ。
集中。集中。集中。
スイッチが入る。
精神が肉体を励起させる。
いつもの俺だ。
「………よし。」
潰してやるよゴミクズ共。
もうお前たちの時間は来ない。
「ナイスサーブ入るよー!」
「レシーブ!」
御厨チームのサーブから試合が再開し、相手の後衛がオーバーハンドでサーブを行う。
中々勢いに乗ったサーブだったが、こちらの後衛も何とかレシーブを浮かす。
「ナイス!」
ふらふらとコート外に落ちそうなボールを走ってカバーボールに。飛び込むようにして、無理やりトスを上げる。ネットから離れているし、起動も横に広い山なりの、決して絶好とは言えないトスだ。
「っしゃあ! ナイストス!」
しかし、うちのチームには審さんがいる。彼女は羚羊のようにしなやかに宙に舞い上がると。
「おらぁ!」
怒れる獅子のようなパワーでボールを敵陣に叩き込んだ。
「ひっ!?」
弾ぜるような音が響いた次の瞬間には、ボールは怯える坂上の横に着弾していた。本丸の御厨を脅かした訳ではないが、それでもいい気味である。
流石の御厨も審さんのスパイクをブロックするのは躊躇われたようで、その素振りすら見せなかった。
「ナイススパイク!」
「はっはっは! 見たか私の殺人スパイク! とりあえず相手は死ぬ!」
「………次は合法でよろしく!」
軽口をたたきながらハイタッチ。しっかりとレシーブしてくれた後衛の三人ともハイタッチを交わす。
無論、たった一球決めた程度で俺が油断しているわけはない。
これは次の一手への布石だ。
こちらのサーブから再開。
後衛の一人がアンダーハンドでサーブ。またコートに入る。ありがたい。
「レシーブ!」
「御厨さん!」
向こうは全く同じパターンの連携。後衛が受けて、坂上か丹下の両サイドがトスを上げ、中央の御厨が決める。分業がうまくできたそつのない構成。
しかし、過度な役割分担は攻撃の柔軟性を奪う。
しかも、相手の狙う場所が判っているならなおさらだ。
御厨が宙を舞う。その手がボールを捉える。狙うのはーーー
「ーーーやっぱり私だよなっ!」
「なっ!?」
御厨の渾身のスパイクを、俺は余裕をもって腰を深く落として処理する。高く上がったレシーブはそのまま審さんへのトスへと変わる。
「よっし絶好球! 喰らえ、私の合法スパイク!」
審さんの叫びとともに再び空気がはぜる音が響く。そして。
「……っ!」
「ふぎゃ!?」
「……あっ」
審さんのスパイクは御厨の髪を掠めながら、無謀にもレシーブに入ろうとした丹下の顔面に炸裂した。
丹下の顔面に当たったボールは奇しくも真上に向かって跳ねて、絶好のレシーブとなったが、崩れ落ちる丹下に気を取られてそれを繋ごうとする者は誰もいなかった。
(………予想よりも上手くはまったな。ざまあみろだ)
俺は自分の描いた絵図通りに盤面が動いたことに、ガッツポーズをする。
得点を決めた後に俺が過剰にはしゃげばいじめる側は面白くない。特に今回みたいに、自分達のミスが俺のはしゃぐ理由になっているなら尚更だ。
だからやつらは必ず俺を狙ってくる。特に御厨にはボールを正確にコントロールするだけの技術がある。だからそれを利用させてもらった。自分が狙われるのが判っているなら、ボールを受けることなど元男の俺には容易いことだった。
(………まぁ、審さんのスパイクで丹下が死んだことだけは絵図に含まれてなかったけどな!)
「うわー!? 丹下さん! 本当に殺すつもりはなかったんじゃあ! 堪忍して、堪忍してつかぁさい!」
「………(白眼)」
人間死ねば皆仏。
俺は犠牲になった丹下に、心の中で合掌を送った。
◇◇◇
結局、その後丹下さんを審さんが責任をもって保健室へ運んだため、人数不足となって試合はお流れとなった。
後衛をしてくれた三人グループと少し仲良くなって、四人で軽く喋りながらコートを離れる俺。その背中に御厨が凄まじい視線を送ってくるのを、ひしひしと俺は感じていた。
(注1)テンコジ算
プロレスラーの天山と小島のタッグチームテンコジがインタビューで放った言葉を文字に興したもの。
「オレたちがチャンピオンだ、永遠のな!」(天山)
「1+1は2じゃない。オレたちは1+1で200だ。10倍だぞ10倍」(小島)
200が2の10倍。一見すると成り立たないこの公式。ここにきっと小島なりのメッセージが込められている………かと思われたが、実はただの計算ミスで後年に訂正された。
(注2)テニスで人が死ぬ
名作漫画『テニスの王子様』、通称テニヌのネタ。
どう考えても超学生級の選手たちが魔球、分身、裏切りなどなんでもありで大暴れするテニス漫画。その試合の激しさは毎回死人が出るほどに凄惨を極め、次はどのキャラが死ぬのかトトカルチョ紛いのギャンブルが横行する無法地帯と化している。
…………誰も死んでない?ははは、ご冗談を!
悪党には罰があるってはっきりわかんだね(確信)。
これからもっとお見舞いしていくから見とけよ、見とけよ~
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