時間割に体育があるとテンションが上がる(修正済)
体育の授業前半!
ーー御厨冬子。
私立青柳高校2-A、出席番号29番。
彼女の受ける世間の評価は、才色兼備の令嬢というやつだ。
170cmのすらりとした長身に、日本人離れした整った顔立ち。
毎年、難関大学にクラス単位の人数を送り込む、地域でも有数の進学校の青柳で、成績は常に20番以内をキープ。
運動部には所属していないが、恵まれた体躯から運動神経は良好。種目問わずそつなくこなすオールラウンダー。
加えて、父親は中高生向けのお洒落なデザインの文具で業界でも大手に食い込む文具メーカーの社長。彼女の入学に際して、学園に多額の献金を行ったという噂も、まことしやかに囁かれている。
まさにスクールカーストの上位に君臨するべくしてなったと言っても過言ではない存在だ。
しかし、彼女はその地位に見合うだけの豊かな精神性は身に付けてこなかったようである。
取り巻きの二人は坂上恋と、丹下愛子。
こいつらは御厨の小判鮫だ。部活もせず、学力も中の下。ただ御厨に取り入ることでカースト上位に入りんでいる愚物。正直、こいつらよりはまだ学力などの地力が備わった御厨の方が、人物的には好ましいとさえ思える。
そして、この三人が中核となって橘さんへのいじめ包囲網は構成されている。
俺は、ここではっきりと立ち向かわなければならない敵の姿を認識して、再び怒りにうち震えた。
「おーい、HR始めるぞ。教室入れ、席つけー」
そんな未だに憤懣冷めやらぬ俺の前に、このクラスの担任である逗子亮がやる気のない声と共に入ってくる。
逗子は一年の時も橘さんの担任であり、《勇気》を振り絞った橘さんの告発を握り潰した糞野郎だ。
全身に漂う覇気の無さと猫背気味のよろっとした姿勢は、いかにも状況に流される事無かれ主義者といった様相だ。こいつはまるで頼りにならないし、最悪御厨と通じている可能性すらある。
事実、橘さんがこいつに告発を行った辺りからいじめがエスカレートし始めたことからも、その可能性を考慮に入れて動く必要があった。
一応は、俺の最大の目的は御厨グループの壊滅的なのだが、その後のことも考えて、できるなら橘さんのためにこいつもどこかに飛ばしておきたい人物である。
「おーし、それじゃあ出席とるぞー」
間延びした逗子の声が教室に響く。その声を聞き流しながら、俺はクズ共を倒すために思考を巡らせるのだった。
◇◇◇
「おっしゃ、整列! 体育委員は欠席と見学者の報告! ………よし、それじゃあボールを持って各自グループを作ってウォーミングアップ開始!」
体育館に、体育教師の張りのある声が響く。
橘さんの代わりに学校に登校しているということは、当然代わりに授業を受けないといけないわけで、俺は一時間目の体育の授業に参加していた。
授業内容はバレーボール。なので俺は更衣室で体操服に着替えて体育館に入っていた。
そう。体操服に着替えて、である。
今の俺は橘さんの体なので、生物上は女、メスである。
だからつまり、当然の帰結として、着替えるのはうら若き年頃の乙女たちと一緒というわけで、着替える間、俺の目の前にはクラスメートたちの下着姿が一面に広がった。
しかし、朝から怒りに燃える俺にとっては、そんな光景などとるに足らない些事。まったく心乱されることなく、俺はこの事態を乗り越えていた。
(…………嘘でーす! めちゃくちゃ意識してました! だって俺、中身は男なんだもの! オスなんだもの! むしろ、気にしない方が生物として駄目でしょう? 違いますか!? …………あー、このことでまた橘さんから色々言われちゃうのかな。……………つらいです)
などと、俺が今後我が身に降りかかる不幸を嘆いていると、
「むむ?」
いつの間にか回りではグループが出来上がっていて、俺はぼっちになっていた。
体育は二クラス合同だが、どうやら比較的橘さんと仲がよかった生徒は合同の別クラスにもいないらしい。こういったクラス編成にも何かしら恣意的なものを感じてしまうが、今それを疑ったところでどうしようもない。
とりあえず、一人でもできるボールハンドリングでもするか、と籠からボールを取り出したその時。
「おーい!」
こちらの方に呼び掛ける声が聞こえた。
声の方に顔を向けると、そこでは大柄な少女がこちらに向かって手を振っていた。
左右を見回したあと、「もしかして、俺?」という風に自分を指差すと、少女はにこやかな表情で大きく頷きながらこちらに走ってきた。
少女が俺の目の前に立ったとき、俺はそのスケールに圧倒された。
でかい。とにかくでかい。
橘さんの身長は女子としては平均的なレベルはあるが、今、俺の頭は少女の胸の位置にあることから、間違いなく少なくとも180cmはある。しかも体は筋肉質で肩幅もある、後ろから遠目に見れば男子と見間違うレベルの立派な体躯だ。
ただ、胸も体に比例するかのような立派なサイズなので、正面から見れば見間違うことはないだろう。ちなみに先ほどでかいと述べたのは、身長のことであって胸のことではない。
決して、胸のことではない。いいね?
「やあやあ! 君、同じAクラスだよね? たしか名前は、た、たち、たちつてとみたいな………あぁ、太刀川さんだっけ?」
「橘です、た・ち・ば・な。というか体操服に名前入ってるじゃないですか」
口を開いて早々にとんちんかんなことを言う少女に、あきれた声でツッコミを入れると、少女は「たはー」と言いながら後頭部をボリボリ掻いた。
「そう、それ! 橘さん! いやーすまんね、人の名前覚えるの苦手でさ! しかも漢字も読めないと来てる、参ったねこれは! はっはっは!」
笑いながら少女は、再びボサボサのショートヘアーをガシガシと掻き上げる。その姿は豪快さも相まって、虎のような大型の猫科の動物を思わせた。
「そんなことよりさ、たっちさん今ぼっちでしょ。実は私もぼっちでさー、ペア組もうよ!」
流れるようにニックネームで呼ばれたが、それはとりあえず置いておいて、この申し出は渡りに船というやつだ。
一瞬、御厨グループの一員が接触して来たのかとも勘ぐったが、目の前の少女はそんな腹芸ができるタイプではなさそうだ。俺はありがたく申し出を受けることにした。
「ありがとう。それじゃあよろしくお願いしますね。えーと、しん、さん?」
「審だよ、あ・き・ら! なんだ、たっちも漢字読めないじゃーん!」
「えぇ!? 初めて見たよそんな名字!」
流石に橘と同レベルで語るには珍しい名字を出されて、ツッコミを入れてしまったが、審さんはきょとんとした表情を浮かべていた。
「そう? 京都とかにはそこそこいるらしいけどなー? あ、実は私、下の名前も『明るい』って漢字で明なんだぜ? どう? めちゃくちゃインパクトあるっしょ!」
「た、確かにそれはすごい!」
芸名かと思わせるような凄い本名に思わず驚く俺に、審さんは笑顔とピースで応える。
「でしょでしょ! いやー、これ、私の鉄板ネタだからね。将来結婚するときも婿養子もらって名字変えたくないレベルで!」
「そこまでする!?」
「やっぱりこだわるならとことん行きたいじゃん? あ、それよりも早くウォーミングアップしようぜ、時間なくなっちまう!」
「えっ、そっちが振ってきたのに………って審さん、腕を引っ張らないで! 抜ける、抜けちゃうから!」
こうして俺は、パワフルな審さんに振り回されながらも、何とか体育の授業に参加することになったのだった。
後半には御厨が絡むよ!