【二章開始】女子高生始めました!(大嘘)
あぁ、次は第二章だ………。
「あ゛~、もう朝か…………起きよ。」
俺が女子高生になって最初の朝。
その寝覚めは最悪だった。
理由ははっきりしている。
「今日が初登校なのに、《夢渡り》で有益な会話とか一切無かったもんなぁ……。しかも、昨日のことむちゃくちゃ責められたし」
そう、昨日の夜眠りに落ちてから俺は初めての《夢渡り》を行って、橘さんとアトロポスに会いに行ったのだ。
明日からの学校生活で気をつけるべきところの再確認ぐらいのつもりで神界へ着いた俺を待っていたのは、容赦のない俺への非難だった。
橘さんからは風呂の時に俺が裸を見たことをメチャクチャに詰められた。なだめすかし謝り倒してなんとか許してもらったものの、それ以降は顔を真っ赤にして隅っこで体育座りをしたまま動かなくなった。
アトロポスからは仏………ではなく、祭壇のデザインについて大量のありがたいお小言を頂戴した。現在の祭壇の即時撤去を要請したあと、近いうちに理想の祭壇の設計図を見せると息巻いて退場したので、それ以降の会話はなかった。
(………本当に《夢渡り》した意味が全くねぇ)
女子高生として、悪の総本山に初当校せねばならないというときに、ただただ心労だけを重ねてしまったことに頭を抱える俺。
そんなとき、部屋のドアが軽くノックされる。
「薫ー? もう起きてるー?」
「あ、お母さん。起きてるよ」
どうやら夏樹さんが俺を起こしに来たらしい。
「ならご飯できてるから早く食べちゃいなさい。」
「はーい」
夏樹さんから朝食の声がかかったので、俺は思考を中断してすぐにリビングへと向かう。
とりあえず、朝のエネルギーを補給しないことには話にならない。何事も、周到な準備があってからこそ正常に機能するのだ。
夏樹さんは家から少し離れた就職支援センターで働いているそうなので、早めに出勤しないといけない。もたもたご飯を食べていたら迷惑をかけてしまう。テーブルに着いた俺は、ご飯を目の前に両手を合わせる。
「いただきまーす」
「はい、どうぞ」
挨拶もそこそこに素早くご飯を掻き込む。今日の朝御飯はご飯と味噌汁のある和食だ。残り物や作り置きらしきおかずを工夫して使って、忙しい朝でも品数を確保しているのは流石の一言である。
(こういうのが、「おふくろの味」ってやつなのかな……)
生まれてすぐに母を亡くした俺には、母の料理の味というものはいまいち分からない。擬似的にでもそれを味わえるようになった今、もう少しゆっくりと食事をしたいという思いを感じながら、今はまだそのときではないと、食事の手を休めることはなかった。
そして、急いでご飯を食べながら、俺は夏樹さんの動向に探りを入れる。
「お母さん。最近お仕事はどう?」
「あら、急にどうしたの?」
「いや、帰る時間はどうなのかなってちょっと気になって」
確認しておきたかったのは、俺がフリーで動ける時間はどれ程なのかということだ。橘さんは塾や部活はしていないから放課後はフリーなのだが、かといって昨日の夜みたいにあまりにもフリーダムに動きすぎたら夏樹さんに心配をかける。
ゆえに、夏樹さんの動向の把握が今の俺にとって最優先の課題だった。
そんな俺の意図に気付かない夏樹さんは、テーブルに頬杖をついたまま、視線をしばらく宙にさ迷わせたあとに口を開いた。
「そうねぇ、この時期は四月勤務にかからなかった人たちも多いから、少し遅くなるかもしれない。8時位には頑張って帰るつもりではいるけど」
「そうなんだ、大変だね」
(なるほど。その時刻までに家にいれば、俺は怪しまれずに色々行動できるわけだ)
時間的な余裕がかなりあることに安堵した俺に、夏樹さんがじとっとした視線を送ってくる。
「私が居ないからって、昨日みたいなことをしちゃダメだからね」
「………はーい」
やっぱり夏樹さんは中々に鋭い。事前に悟られることがないよう、作戦の実行には慎重を期する必要があるだろう。
俺は気を引き閉めながら、朝食最後の味噌汁を啜った。
◇◇◇
「それじゃあ、私先に出るから。いつも通り出るときは戸締まりよろしくね」
「はーい、気を付けてね」
「薫もねー」
そんか軽いやり取りをしたあとに、夏樹さんは慌ただしく出勤していった。橘さんがいつも家を出る時刻までには、まだ30分ほど余裕があるが、慣れない作業なのでもう準備を始めることにする。
部屋に戻ると勉強机の時間割り表を確認して教科書を鞄に詰める。体育もあるようなので、体操鞄も一緒にセットしておく。
次にクローゼットを開けて吊るしてあった制服に着替える。
着替えの時にどう頑張っても下着が見えてしまうのだが、その辺りは昨日の《夢渡り》の時にまじまじと見ないことを条件に橘さんから許可をいただいてある。
それでもなるべく見ないようにばばっと着替えて、姿見で乱れたところがないかチェックする。俺だったら多少乱れていても問題ないが、この姿での服装の乱れは、俺ではなく橘さんの評価を下げることになるので念を入れる。
全身をじっくり見たけれど、下着じゃないから大丈夫だろう。多分。
(………駄目だったら次の《夢渡り》で謝ろう、うん)
そして最後に洗面所で髪などの最終チェックをして、俺は早々に家を出発した。
出掛けには言われた通り、ちゃんとかぎを閉めることも忘れない。
「よーし、それじゃあ行きますか!」
ほっぺたをパンパンと軽く叩いて気合いを入れると、俺は足早に学校に向かって飛び出していった。
◇◇◇
「ほえー……、ここが青柳高校かー。私立の名門だけあって、マジで金かかってるのな。公立の修学館とはえらい違いだな」
あれから電車と徒歩、合わせて30分ほどかけて、俺は橘さんの通う学校、私立青柳高校の校舎にたどり着いた。
青山高校の敷地は広大で、公道を挟むように校舎が二つあるので、なんと公道の上に専用の渡り廊下を通してまで校舎間の行き来ができるようにしてある。
校舎は鹿鳴館を思わせるような小洒落たデザインで、外周には煉瓦を基部に使った鉄柵の外壁が張り巡らされている。
まさにここに通えるだけで生徒にとってはステータスとなるような、そんな偉容を誇る外観だった。
端から見ればまさかこの学校で陰湿ないじめが行われているとは考えられないだろう。俺だって情報がなければここは楽園のような場所だと思ってしまうかもしれない。
「おっし、もういっちょ気合い入れとくか!」
俺はまた頬を叩いて気合い注入すると、正門に向かって歩き始めた。正門には既に生徒指導の教員が立ち朝の挨拶を行っている。門に近づくと俺に気づいた教員が笑顔で声をかけてきた。
「おはよう!」
「おはざーっす!」
「!?」
………間違えた。
さっき気合いを注入したせいで、つい、いつものテンションで挨拶を返してしまった。
予想外の挨拶に目を白黒させて固まる教員を残して俺はそそくさと校舎に入り込んだ。
「えーと教室は2-Aだから………ああ、二階の端か。」
橘さんの情報を元に、俺は見取り図から教室の位置を把握する。2-Aは階段を上がって廊下を突き当たりまでいったところにある教室だった。
階段を登り、廊下を歩きながら、俺はついにいじめっ子のクズ共との対面の時が来たと気を引き閉める。
いじめっ子がもっと時間ギリギリに登校する可能性もあったが、橘さんの話ではいじめっ子たちは外面のいい教師受けするタイプとのことなので、恐らく真面目に登校しているだろう。
廊下を歩き終えていよいよ2-Aの扉の前に立つ。
スライド式の扉に手をかけると、俺は迷わず扉を開いた。扉が開き、教室の全貌が明らかになるその瞬間、俺は猛烈な違和感を覚える。
オレガノ違和感を覚えたのはクラスメートの動きだ。扉が開いたことで一瞬近くの生徒たちの視線が俺の方に集まるが、俺のことを姿を見たとたんに皆一様に視線を外したのだ。
もちろん、扉を開けた人物に興味がなければ視線を外すことは自然な流れだ。
しかし、彼らの動きはあからさま過ぎる。
まるで見てはいけないものを見たかのような、そんな感じの動き。彼らからはそれが感じられた。
……なるほど。いじめはクラスメートにも周知の事実というわけだな。
積極的に荷担する気はないが、止める気も毛頭ない。いわゆる傍観者層のクラスメートたち。
……ふむ、これはクラスメートからのアシストは望み薄か。
そのまま教室に入って自分の席に座りながら、俺がそんなことを考えていたその時。
「………っ!」
強烈な視線を感じて俺は辺りを見回す。息苦しく粘りつくような敵意の籠った視線だ。
果たして、その視線の主はすぐに見つかった。
教室前部、俺が入ってきた入り口とは別の入り口の脇、そこに三人の女子生徒がたむろしている。
一人は自分の席に座り、後の二人はその横に立って三人で会話を楽しんでいる。
視線を送ってきたのはその中の座った女子生徒だ。
腰まで届きそうな先端が少し巻かれた長髪に、整った顔立ち。しかしその目に宿る輝きは獲物を狩る猛禽類のそれである。
一目で分かった。
奴が親玉か。
俺がそちらを見つめると、女子生徒は目を細めて、笑みを浮かべる。その笑みは猛禽類よりも蛇のような爬虫類を想起させ、どちらにしろその姿は捕食者に連なるものである。
不愉快な気分になって俺は視線を外す。机に視線を落として、机の下では拳を固く握りしめる。もしも今机の上にこぶしを出してしまったら、怒りに任せて机を殴ってしまいそうだった。
………カスめ、お前が笑っていられるのもあと少しだ。
ありったけの憎悪を込めて心の中で呪詛を吐く。
これが俺が戦うべき相手、御厨冬子とのファーストコンタクトだった。
二章のラスボスが早速登場!
もったいぶるのはあれなので速攻出しました(HMはせっかち)。
明日からいよいよ新天地での業務開始なので投稿頻度が落ちますが、なるべく投稿頑張るのでよろしくオナシャス!
よろしければ感想・コメント・評価オナシャス、センセンシャル!