格闘家が知る真実の味は苦い(加筆修正済)
2/4/11に段落修正済み!
加筆しました。主にいつもの会話間の地の文追加です。
二人の現状確認パート。重要な解説もあります。
《スミマセン、トリミダシマシタ》
あれからしばらく土下座の体勢で固まっていた女神は、今は若干落ち着きを取り戻した。
足場まだ正座のままで、言葉もなんだかバグっているが、まぁなんとかなるだろう。
「ああ、気にしなくていいよ。そのかわり、ちゃんと正直に答えてくれるよな、アトロポス?」
《ハイ、アトロポス、ウソツカナイ》
「OK、あとその言葉聞き取りにくいから普通に話してくれ」
《はい、分かりました………》
女神の言葉も普通に戻ったところで、いよいよ本題だ。
俺はついに女神へ俺が抱える最大の疑問を口にした。
「じゃあいくぞ。昨日の夜、俺が橘さんを助けた後、俺の体が橘さんの姿になっていたのは現実か?」
「ええっ!?」
《うん、あれは現実だよ。ふじっちの体は実際橘さんの姿だったんだ》
女神の返事と同時に橘さんの驚愕の声も響く。無理もない、自分の体が他の人間、それも男に使われていて驚くなという方が無理な相談だ。
「ど、どういうことなんですか不二さん!?」
「いや、俺もよく分からないんだが、橘さんを助けに入って体がぶつかった瞬間に俺は意識を失って、気付いた時にはもう俺は橘さんの姿だったんだ」
慌てる橘さんを手で制しながら事実のみを告げる。ここで憶測でものを言ってもしょうがないし、それに答えは恐らくすぐに女神から聞けるはずだ。
「だから、さっきの部屋であんなに騒いでいたんですね………。あれ? でも、今は不二さんは本来の体ですよね? もしかして、戻れたんですかね?」
「それはーーー」
《ーーーいや、ふじっちが元の姿なのは一時的なものさ》
俺の言葉を遮る形で女神が疑問に答えた。
「一時的、というと?」
《神界ではね、人間の地上での形は意味を成さないんだ。ここでは人は魂が本質の姿となって現れる。ふじっちが男に戻ったのもそれが魂の姿だからさ》
「なるほど、じゃあつまり、この後地上に戻ったら俺はーーー」
《ーーーうん、お察しの通り橘さんの体のままということさ。》
やっぱり現実はうまくいかないものだ。どうやら俺が男でいられるのは神の世界の中だけらしい。
「分かった。今の俺は橘さんの姿、ここまでは理解した。橘さんもそこは大丈夫?」
「納得はできませんけど、理解はしました。今の私の姿は不二さんが使っているんですね」
橘さんが頷く。納得できないのは当然だ。俺だって急に見ず知らずの女子高生が俺の体を使ってますと言われれば流石に焦る。
それでも現状を理解してくれる橘さんの理解力の高さが今はありがたい。
「よし、じゃあ次だ。今の俺は橘さんの姿になってる。それじゃあ、この姿は俺の体が橘さんに変化したものなのか、それとも橘さんの体に俺の精神が入ったのかどっちだ?もし後者なら俺の体には今橘さんの精神が入ってるのか?」
そう、これは非常に重要な問題だ。
もし、今の橘さんの姿が俺の体が変化しただけなら多少の無茶も許される。元に戻ったときに橘さんには影響がないからだ。
しかし、体が借り物ならそうはいかない。大切に扱わないと元に戻ったときに困るのは橘さんの方なのだ。
今後の身の振り方を決める上でこの質問への答えは聞き逃せない。俺たちは静かに女神の言葉を待った。
《その質問の答えだけど、答えは「どちらも正しいし、どちらも間違っている」だよ》
「………?ということはどちらも部分的にはあっているが、それ以外は違う、そういうことか?」
俺の言葉に女神は首肯する。
《そうそう。実はね、今の君たちの状態は非常に珍しい状態なんだ》
「というと?」
《結論から言えば、ふじっち、たっちー。今の君たちの体は完全に混ざって一つになった状態なんだ》
「ふむ………?」
完全に混ざって一つになった状態というのがいまいち分からず首を傾げる。橘さんも同じ思いだったようで、その口から女神への質問が飛んだ。
「それってつまり、今の体は外見上の姿は私だけど中身には不二さんも入っているということですか?」
《その認識で間違いないよたっちー。二人の体は完璧に結合しちゃっててね、ただ肉体のスペック的には100%橘さんの方になってる。その代わりふじっちは精神の方が割り当てられたわけだね》
なるほど理解した。橘さんの中に俺の肉体が入り込んで入るからあの場所に俺の体はなかったということか。まあ、実際は混ざっているからあるといえばあるんだが、今はそれを確認する術がないということだ。
そして、体の主導権を握る精神は俺だから、あの場で目覚めたのは俺の方で、橘さんの精神は体の中で眠ったままだったわけだ。もしかしたらあの時既に彼女の精神は神の世界に飛んでいたのかもしれない。
確かに説明されれば理解はできる。
そう、理解はできるのだ。
しかし、理解はできるが、まだ足りない。
「よし。理解したぞ、アトロポス。それじゃあ次で俺からは最後の質問だ。いまの俺たちは完全に合体しているわけだが………アトロポス。俺たちは元の別々の人間に戻れるのか?」
そうだ、俺はいつまでもこのままではいられない。
プロ資格がかかった格闘技の公式戦も近いし、それ以前に学校生活もしっかりと送ってちゃんと卒業しなければならない。
それに、家には親父が待っている。俺が居なくなったら親父は本当に独りになってしまう。それに恩返しだってまだできていない。
だから俺は絶対に元に戻らなければいけないんだ。
俺は女神の答えを待つ。
彼女はまだ答えを出さない。
よほど答えにくいことなのだろう。顔色はさっきから赤くなったり、青くなったりと忙しく、額からは滝のような汗を噴いている。
口は開きかけては閉じるのを繰り返し、そこから声が発せられることはない。
それからしばらく待ったが状況は変わらない。埒が明かないと感じた俺は最後の手段に出る。
立ち上がって女神の前に立つ。
俯いてびくりと肩を震わせる女神。
膝まずいて、震えるその肩に優しく手を添える。
女神の顔が上がり、至近距離で目が合う。
不安げなその瞳を、真剣な眼差しで見つめてからおれば言葉を発した。
「アトロポス」
《……はい》
「俺は、受け入れる」
《えっ?》
「どんな絶望的な答えが返ってこようとも、俺はそれを受け入れる。そのせいで俺の心が折れることはない」
《……っ!》
「たとえどんな絶望が待っていても、俺はその中で最適解を探る。思考は決して止めないし、立ち止まることもない。前を向いて突き進み、ただ元に戻る時を耐えて待つ」
《ふじっち……》
「だから、アトロポス。教えてくれ。君の言葉を知識に変えて俺は前に進んでみせるから」
「わ、わたしも! 私もアトロポスの口から答えが聞きたい! 不二さんが聞くなら私も聞く! 私にはその責任があるから!」
《たっちー……》
伝えたいことは伝えた。橘さんも一緒に覚悟を決めてくれた。ありがたいことだ。
俺たちの視線を受けた女神が目尻にたまった涙を拭う。真っ直ぐな目で俺を、そして橘さんを交互に見つめる。
その口が開く。
《………まったく。友達が覚悟を決めたのに私だけが覚悟を決めない訳にはいかないな。分かった、ちゃんと話すからよく聞いて欲しい》
俺たちは無言で頷く。
《結論から言おう。ふじっち、たっちー。君たち二人は別々の人間に戻れる。》
「「……!!」」
元に戻れる。
それは待ち望んだ希望の言葉だ。
俺はグッと拳を握る。
だが、安心はできない。
なぜなら、希望を口にするならば女神がここまで言い澱むことはない。
この希望は絶望と背中合わせ。
俺たちは次に来るその絶望を待つ。
《………ただ、二人の人間がここまで完璧に混ざった前例は今までにない。だから二人を別々の人間にするにはどれほど時間がかかるか分からないんだ》
「なるほど………」
神の世界の長い歴史の中でも前例がないとなれば女神が言い澱むのも無理のない話だ。下手に希望を持たせて後で絶望させはしないか、女神の中でも葛藤があったに違いない。
真剣な眼差しで女神は続ける。
《肉体が元の形を保っているたっちーの復元は比較的容易にできると思う。要は今の形を保ったまま、ふじっちの要素を体から抜けばいい。だけど、ふじっちの方はかなり困難だ。たっちーから要素を抜き取ってバラバラになったそれを再構築する必要がある。しかも再構築を間違えればまったく別の何者かになる可能性すらある。……正直な話、神としては新しい人間を最初から創る方がはるかに楽だよ》
「………もし、俺を再現するとしたらどれぐらいの時間がかかるか予想はつくか?」
《正直、見当もつかない。神界の時間は地上と比べれば停滞しているみたいにゆっくり流れるからね。まぁ、もし地上の時間に当てはめるならーーー》
「ーーー当てはめるなら?」
《早くて数年、遅ければ数十年もの時間を覚悟して欲しい》
「……っ!」
「そんな!?」
………覚悟はしていた。
たとえどんな絶望が来ようとも受け入れる。
俺も男だ。
言葉に二言はない。
だがしかし、山の頂に染み込んだ雨水が時をかけて地下へと染み込むように、この事実を受け入れるまでには少しの時間が必要だ。
落ち着け。
思考を整えろ。
集中、集中、集中、集中ーーーーーーーーーーー
「ーーーーーーーーーっしゃあ!受け入れた!」
《………ふじっち!》
「不二さん!」
しばらくの沈黙の後に叫んだ俺を見て、橘さんと女神が声をかけてくれる。
二人の気遣いに感謝をして頭を下げつつ、言葉を紡ぐ。
「心配させたなアトロポス、橘さん。でももう大丈夫だ。考えてみれば、俺の人生が少し先伸ばしになるだけだ。最悪で数十年なら、親父もまだまだ生きているかもしれないしな。親孝行もなんとか間に合うだろう」
そうだ。
人間は、たとえ絶望だらけの人生だってほんの少しの希望があれば歩いていける。
アトロポスは俺に最初に希望を示してくれた。
だから俺は大丈夫。
なんとかうまくやっていくさ。
《ふじっち、大丈夫?》
「大丈夫、大丈夫!」
「本当に無理してないですか?」
「心配ご無用。切り替えの早さも取り柄でね。」
そう言ってにっこり笑うと二人ともほっとした表情で胸を撫で下ろす。
この二人に深刻な表情は似合わない。だから、少なくとも俺が原因で二人にそんな顔はさせたくなかった。
パンパンと頬を叩いて弛んだ表情を元に戻すと俺は女神の方へと顔を向ける。
今の俺の置かれた状況が分かった今、次に必要なのは当面の方針だ。ひとまず女神の助言を受けながら俺たちの身の振り方を考える必要があるだろう。
「それじゃあ、アトロポス。俺たちは、今の自分たちの状況は理解した。だから、次は少しアドバイスが欲しい」
《ほうほう、続けて?》
「俺たちが二人に戻るまで、俺はどう動けばいい?体を動かすのは俺だから、行動の指針があると助かる」
俺の問いかけに女神はぽんと手を打つ。どうやら既に服案があるようである。
《あー、その事なんだけどね。私もずっと考えていたんだ。短い時間ならこのままこっちに居てもらうんだけどさ、今回は状況が状況だからねー。二人には地上で生活してもらわないと》
「まぁ、やっぱりそうなるかー」
女神の提案、これは想定の範囲内だ。先ほど聞いたように神の世界の時間の流れは緩い。もし、ずっとこのまま過ごせば間違いなく戻ったときに地上で浦島状態になってしまう。
肉体がどうなる変わらない俺はともかく肉体がそのままな橘さんには不都合が大きいだろう。
「となるとーーー」
《ーーーふじっちはこれからしばらく地上で橘さんのふりをして生活してね!》
「やっぱりか」
まぁ、当然の帰結である。
肉体や外見が橘さんなら、当然橘さんのふりをして過ごすのが自然だ。
俺がうまく立ち回ればなんとかバレずにやることも可能なはずだ。
まぁ、俺には橘さんの記憶がない上に、性別まで変わってしまうので、その辺りのところはしっかり橘さんと話を詰める必要があるだろう。
そう考えて、今度は橘さんの方に振り返る。
橘さんはいつの間にか少し離れたところに立っていた。俺は橘さんに呼び掛ける。
「橘さーん!そういうわけで、これから俺が橘さんのふりをして過ごすから、分からないこととかちょっと教えーーー」
「ーーーめだよ。」
「………えっ?」
「駄目、駄目、駄目、駄目、絶対に駄目。そんなの、そんなこと許されない………!駄目、駄目、駄目、駄目なんだ。私が、私がやらないと。不二さんには絶対駄目、駄目、駄目………!」
「橘さん!?ちょっと落ち着いて、橘さん!」
《たっちー!どうしたの!?》
ヤバい。
橘さんの様子が変だ。
異変に気付いた俺と女神は慌てて橘さんの側に駆け寄る。
しかし、橘さんは腕を振り回して俺たちを近づかせないように抵抗する。その姿はまさに必死という感じで、いつも柔和な表情を浮かべていた顔には今は苦悶の表情が浮かぶ。
「橘さん!冷静に、冷静になって!俺たちは安全だから!」
《たっちー!落ち着いて!》
「ああああああ!来ないで、来ないで!駄目、駄目なの!私は、私は!絶対に、絶対に駄目なんだから!」
駄目だ。
これは聞く耳を持つ感じじゃない。
直接的に制圧して、動きを止めないと話にならない。
そう判断を下した俺は一瞬で臨戦態勢に入る。
橘さんが腕を振り回す、その腕が振り抜かれた瞬間を狙い一気に懐に飛び込む。
「橘さん!倒れるよ!」
叫びながら、タックルをかけてそのまま橘さんを押し倒す。
一瞬、ケガの心配が頭を過ったが、よくよく考えたら今の俺たちは魂みたいなものだったし、雲の足場は見た目通り柔らかかったので、俺たちはケガすることなくぼすんと雲に倒れ込んだ。
「嫌!嫌!不二さん、離して!」
「駄目、駄目。橘さんが落ち着くまで離さない。」
俺は橘さんが苦しくないぐらいで、しかし、決して抜け出せないようにホールドをかける。
少し弛いので、抵抗する橘さんの手足が腹や腕に当たるが気にせずにただ耐える。これぐらい、普段の試合を考えればダメージにも入らない。
「離して!離してくれないと不二さんのこと嫌いになるから!だから離して!」
「無理でーす」
………今の言葉はちょっとグサッときた。
ちょっとだけだぞ。ほんとだぞ。
結局、俺はそのあとも色々なことを橘さんに言われながら、彼女がなにも言わずに泣きじゃくり始めて、そうしてそれが終わって泣き止むまで、ずっと、ずっと、彼女の体を抱き締めていた。
不二「暴れんなよ、暴れんなよ!」
橘「馬鹿野郎!お前!私は勝つぞ!お前!」
ということで橘さんがバグったまま次回に続く。
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