1話 ここが女神ノ学園
都心からそう離れてはいないのに緑が深い、つまり田舎のような場所に広大な敷地を使われた施設がある。○○ドームがいくつ分とかいうレベルである。
そこにある施設の名は神立 女神ノ学園。
学び舎であるが、ここはどこの学園とも隔絶した場所である。
通常の生活では無用の長物だったり、世間に溶け込めない、腫れモノ扱いされる者達が集う場所。
所謂、人を超えし力を有する者達がやってくる。
本人が望む望まないに限らず、そう判定されたら来ざる得ない。何故なら、そんな者達は人の法で縛るのが難しいのだから。
なので、この学園の管理範囲は超法規的に治外法権が適用されている。
ここまで聞くと牢獄のように聞こえるがそうでもない。
ちゃんとした学園としての機能も有している事もあるが、ここを無事に卒業した者達は一般的に勝ち組に分類されるからだ。
この学園の本当の特殊性はここからである。
通常の授業以外にクエストというものが存在していた。学園の職員室の隣に大きく拓けた場所に巨大な掲示板があり、そこに依頼書が張り付けられる。
その依頼書を持って学園に至るところに設置されている魔法陣に乗ると異世界に飛ばされる。
飛ばされた先で依頼書に書かれた内容をクリアするとポイント、ここの学生達は『単位』と呼んでいる物が加算される。
この『単位』を溜める事で卒業する時にそれに応じて願いを叶えて貰える。
神と面談を果たして願いが叶えられた者達が沢山おり、超常、いや、異能を有するものだけでなく、この学園に入園するのを望むモノは多い。
希望者が多いせいか、それともそういうシステムなのか分からないが『単位』が奮わない者は『退園』させられる。
そして、『退園』の警告を告知された少年達がそれを回避する為に異世界に飛んで帰還しようとしていた。
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教室サイズの部屋の床を全部使って描かれた魔法陣が光り輝く。
光に包まれた部屋の真ん中に人影が生まれ、光量が落ち着くと隆二達の姿が現れた。
隆二は部屋の窓から見える夜空を見て、げんなりした表情を浮かべる。
「げっ、学食の夕食時間過ぎてないだろうな……外で食いに行く金なんかねぇーぞ?」
「僕はそんな事はないが……外で食べるなら『マッチョの集い亭』以外では食べたくはないな」
「えっと、あの……」
魔法陣の部屋から出て行こうとする三人を見てフレイドーラは何かを確認するようにフムと頷いてみせる。
そんなフレイドーラの様子に気付いた様子もなく体を解すように伸びをする隆二と生徒手帳の中に挟まれる写真を眺める聡は話を続ける。
「まったく聡が実験兵器を逃がすヘマするから単位不足になったんだぞ?」
「何を言う? ヘマなどしてない。ママの写真に付いた汚れを綺麗に拭う方が重要だったに過ぎない」
何を当然の事を? と言いたげに前髪を掻き上げる聡をギロっと睨みつける隆二であるがすぐに諦めたように溜息を零す。
それなりに長い付き合いであるこの2人は俗に言う幼馴染である。似たようなやり取りは何度となくして徒労に終わる事を隆二は身を持って知っていたからだ。
今回の事も、とある世界のマッドサイエンティスト、怪しい関西弁で話す眼鏡の少女と見た目は抜群だが興味が無い事にはとにかく無関心な2人組が作った自立型兵器が暴走を止める為に隆二と聡は旅立った。
しかし、隆二が追い詰めて見事、聡がいる方向に誘導したが天井から落ちてきた水滴が聡の母親の写真に落ちてしまい、それを綺麗に拭う作業に没頭して逃がしてしまっていた。
その失敗で『単位』が減算され、ただでさえギリギリだったラインを下回る事になったのである。
なので、隆二と聡はその補填の為、生贄を要求し続ける大蛇退治の依頼を受けて済ませて帰還した。
悲しい経験から反省を促すのが無理と判断した隆二は頭を掻きながら代替案を出す。
「学食が終わってたら、備蓄してる非常食を提供しろよ?」
「断る。隆二に施す理由が思い付かない」
「さっき言っただろうが!」
「シクシク……」
あっさりと断った聡の胸倉を掴んで持ち上げて揺さぶる隆二の背後から女の泣き声がしたが16歳という食べ盛りの栄養摂取に目が眩んで気にする様子はない。
隆二に胸倉を掴まれて揺さぶられる聡とその背後で帰還前から放置され続けてさめざめと泣く少女を見つめるフレイドーラが咳払いをする。
「そろそろ無視をやめて相手をしてやったらどうだ?」
「「何を?」」
フレイドーラに話しかけられてバッチリの呼吸で聞き返す隆二と聡。
それを見て本気で言ってると分かったフレイドーラは頭を抱え、疲れたように隆二の背後を指を差す。
フレイドーラの指の先を追うようにして視線を向けるとそこにいた少女、先程、大蛇の生贄にされそうになっていたコムギを漸く認識して隆二は飛び退く。
「な、なんで、お前いんの!?」
驚く隆二と無意味に前髪を書き上げてポーズを取る聡。そんな余裕がある聡に少し落ち着きたい隆二は質問する。
「お前はなんで落ち着いてるんだ? 気付いてたとか?」
「はっはは、ママ以外はどうでもいい」
いつも通りなマザコン全開な発言を聞いて落ち着きと深い溜息をもたらされた隆二。
やっと認識して貰ったと思ったら放置されたコムギが蹲って床に指を擦るのを横目に隆二がフレイドーラに質問する。
「なぁ、フレイドーラ先生。確か、現地から持ち帰れるのは素材だけで生きたままのモンスターは勿論、人も連れて来れないって授業で習った気がするけど俺が頭が悪くて覚え間違いか?」
「僕もそう聞いた覚えはある。だけど、隆二が頭が悪いという否定をしてる訳じゃないのであしからず」
「うむ、高田の言う通り、間違ってない。正直、我も驚いている」
頷くフレイドーラの視線が外れた僅かの間を狙って馬鹿にした聡の脇腹を拳で抉り、コムギの隣に蹲って呻く聡に一瞥もせずにコムギを指差す。
「じゃ、どういう事だよ!」
「我に聞くな。我は所謂、体育会系だ。考える事は我の得意分野ではない。今日の会議で聞いておく」
「会議じゃないよな! さっき大人の付き合いって言ってた飲みに行く話だよな!?」
突っ込みを入れる隆二の脇を通り抜けるフレイドーラが「大人には色々あるのだ」と言って部屋から出ていこうとする。
コムギの処遇も指示せずに出て行こうとするフレイドーラを隆二が呼び止める。
「ちょ、ちょっと待て、コイツはどうするんだよ!」
「ん? そうだな、とりあえず高田の部屋に泊めてやれ」
それに思わず、声が出た隆二といじけていたコムギが飛び上がるように立ち上がる。
口をパクパクさせるコムギが隆二の学ランの裾を掴んで引っ張るが無視してフレイドーラに噛みつく。
「こんなガキンチョでも女だぞ? 俺の部屋に泊めるってまずくねぇーか!?」
「高田……ここは女神ノ学園だぞ? 合意の上で責任を取れるなら好きにしろ」
そう、超法規的な学園である女神ノ学園では外の常識は通用しない。酒だろうが、煙草でも、当然、不純異性交遊ですら学園内であれば自己責任で自由であった。
極端な話、違法薬物も自己責任である。
そう聞くと無法地帯のように聞こえるが実際はそんな簡単な話ではない。
普段から命のやり取りをするのが日常的な特に隆二達が所属する異世界科はその辺りの管理、そして死が身近であるせいで命の価値が希薄であり、同時に尊いとされた。
なので、例えば酒に酔って能力を使って人の腕を斬り落としたら、外であれば傷害罪などで刑務所であろうが女神ノ学園では余程の事情が無い限り、ほぼ死刑である。
キツイと思うかもしれないが戦いを生業にする女神ノ学園の学生が野生の獣だとして片足欠損したらどうなると想像したらその重要性が分かるだろう。
もう生きていくのが困難な話である。
つまり、女神ノ学園ではある意味で野生の掟が存在し、少年法や犯罪者に優しい法が存在しない場所なのであった。
そういう訳で外より厳しく、実際には煙草は勿論、違法薬物に手を出す者は希少である。手を出すような心の弱い者はだいたい自主退園する。
体が資本であるこの学園の学生は成長期に成長を阻害する事を嫌うプロ意識があった。
話はだいぶそれたが、その事を思い出した隆二が盛大な溜息を零すのを見たフレイドーラは手を上げて部屋から出て行こうとして最後に振り返る。
「何、一晩だけだ。明日は力になれる」
朝一にコムギを連れて職員室に来い、と告げて去るフレイドーラの背を見つめて握る右拳をプルプル震わせる隆二は呟く。
「飲み会に行きたいから押し付けやがった……」
「はっはは、フレイドーラ先生はお酒がお好きだからね」
他人事のように笑う聡を睨みつける隆二は一瞬、聡に押し付けようかと考えるが諦める。
聡は部屋に招くのは隆二ぐらいしかいない。男だろうが女だろうが徹底している。その隆二ですらかなり強引にいかないと入れはしない。
色々と諦めた隆二は相変わらず裾を掴んでいるコムギを見つめる。
目幅のサイズで号泣し続けるコムギにもウンザリさせられ、そういえば初めて会った時も同じように泣いてたよな、と溜息を零す。
「おい、女」
「女じゃないわ……いや女で合ってるけどコムギよ! やっと相手にする気になったの!? こんな可愛い子を放置するなんて有り得ない! いい? コムギは……」
あれほど滝のような涙を流してたのを一瞬で引っ込めて隆二に詰め寄るコムギに何度目になるか分からない溜息を零す。
そんなコムギに隆二は掌を向けて「待て」と告げる。
「何? あれだけ放置してまた薄幸の美少女の話を止める気? それ以上の重大な事なんでしょうね?」
誰が薄幸の美少女かと突っ込みたい気持ちを飲み込んだ隆二が頷き、聡と共に踵を返して部屋から出て行こうとする。
また放置されると思って慌てるコムギに隆二は告げる。
「ああ、学食を逃すかもしれない。話は飯を食ってから聞く」
「コムギって、ご飯より価値ないのね……」
再び、泣くコムギは歩き去る隆二達に着いていくように歩き始める。その2人の背を見て思う。
酒を飲みたいという理由で去ったフレイドーラと隆二達にどれほどの違いがあるのだろうと……
とどのつまり、教師も生徒も似た者同士である事に理解させられる。
つまり、女神ノ学園とはそういう所であった。
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