5話
「ほう……まあ、とりあえず中に入れよ」
少し納得がいったような呟きを言うと、ロクロ―を家に招待した。隻腕の男は家の中に入っていった。
ロクロ―はしばらく警戒をしていたが、男は敵意も好意もない、関心があるようにも興味がないようにも感じられた。全く何も思わせない程にそこに漂う空気に溶け込んでいた。ロクロ―は警戒少しだけ和らげた後に、首を少し手でポリポリと掻きながら悩んだ。悩んだ末に屋根から飛び降りて、玄関の前に立ち、ドアノブをしっかりと見ながら握り込み、男と同じ要領で扉を開いた。
家に入ると、淡い緑色の絨毯が敷いており、その上に赤色の履物と白色のとが置いてった。奥に目を移すと、丸テーブルと二つの椅子、奥には台所があり、台所の向こうにある戸棚にはたくさんの食器があった。蒸気越しに男が見えた。奥で少し何かを煮ているようだ。男はその片手で、器用にポットを取って持った後にロクロ―の方を向いた。
「悪いが、そこにあるスリッパをはいてくれないか?」
「スリッパ?」
「これだよ、これ。その白色のな」
男は台所からロクロ―に見えるように片足をプラプラさせながら説明した。ロクローは絨毯の上に置いてあったスリッパを履いた。ロクロ―はえらくスリッパを気に入ったのか、その柔らかい感触を楽しむように、何度もスリッパを踏み、軽く足踏みを繰り返した。
「茶、飲むか?」
「茶ってなに?」
「知らねえのか?ちょっと渋い飲み物だよ」
「……飲んでみる」
「おう」
隻腕の男は器用に片腕でカップとポットを机の上に運んだ。ポットの注ぎ口からトクトクと出る淡い黄緑色のお茶をロクロ―は眺めてた。
「ふいーっと。ほら、座れよ」
ロクロ―はやけにゆっくりと時間をかけてバランスを取るように椅子に座った。椅子の高さはロクロ―には足のつま先が床にちょんと着くぐらいの高さだが、隻腕の男はどっしりと足裏を付けている。隻腕の男はすすった後に、ロクロ―も真似をするようにカップを持ち上げ、口で茶を啜った。すぐさま「あっつ!」と声を出し、口をカップから離した。
「猫舌かあ、まあ冷めてから飲めよ。」
もう一度男が茶を啜った後に、口を開いた。
「俺はハル。お前さんは?」
「ロクロ―」
「ロクローね、それでいつ、どこから来たんだ?」
「この街の近くの山から今日来たよ」
「なんだそりゃ、野生児だなあ。親は?」
「親はいるけど、いないんだ。俺は口減らしで殺されそうになったから山に逃げて暮らしていたから」
「そりゃ大変だったな、しかしずっとねえ……それでこの街が見えてきたから降りてきたと」
「うん、そういうこと。冒険者になりたくて来たんだ」
「ふーん、そら大したもんだ。それで冒険者組合には行ったのかい?」
「うん。なんか試験を受けたよ」
「へえ、今の世代は試験があるのかあ」
「ハルは冒険者なの?」
「ああ、副業で片手間にやってたよ。といっても誰でもなれる時代だったからな。受付になりたいって言えば、すぐなれたよ。試験って何をするんだ?」
「アオハナクサを二日間までに10株まで集めるっていう試験」
「ちょっと待て、ここでゆっくりしていいのかい?」
「うん、もう終わったから」
「……ふーん、そうか」
「?」
「なあ、坊主が嘘をついてることはわかってるが、話せないことなのか」
「俺、嘘ついてないよ」
「いいから、そういうの。はやく喋ってくれよ」
ロクロ―は少し目線を泳がせ、体を引き気味にして、足をブラブラと動かした。対照的に依然としてハルはどっしりと佇んでいる。ハルはしばらくお茶を口に含み、存分に味わって飲み切ると、立ち上がって口を開いた。
「へえ、そこまで警戒してんのかい」
「……」
「しゃあないな、外に出ろ」
「え、何するの?」
「俺は口で喋るが苦手だし、お前もそっちの方が手っ取り早くていいだろ?」
「……うん、いいけど、その」
「よっしゃ決まりだ。さっさと来いよ」
ハルはそのまま外へと軽い足取りで出ていった。ロクロ―は少し唖然とした様子で佇んでいたが、ハッとして立ち上がり、ふと目についたカップに入ったお茶を両手で勢いよく一気に飲み干し、苦い顔でハルを追いかけた。