1話
淡い赤色の灯が空を照らし、青白い雲が天を貫くような大きく渦を巻いてる。その渦から凄まじい速度で一匹の竜が飛び出した。竜は多くの怪我を負っており、多量の血を散らしながら深い森中へ飛び込み、地面に激突した。その凄まじい衝撃音がなるやいなや、地上の多くの動物、魔物達は恐れをなして震源地から慌てて離れた。舞った土が落ち着き竜の姿が露わになった。その竜の鱗は思わず見入ってしまうほどの綺麗な黒色で、その目は紅玉のごとく、眼孔は黄金だった。見るからに鋭利で硬い爪は容易く生命を奪うことができるだろう、その大きな尾は振るうだけで風を切り裂くほどの強暴さが見てとれる。その翼は艶々しており、幻想的な雰囲気を醸し出す。
動物と魔物たちが逃げていったのが幸いし、竜は外敵から襲われることなく怪我を治す事に集中できた。ほんの一時間ほどで竜の外傷はほとんど見えなくなり、血も流れなくなった。まだふらつくものの竜は先ほどよりも明らかに元気そうだ。竜は物珍しそうに辺りを見回した。地面に蠢いてる蟲や、茂みに隠れそこなっている小動物などを面白げに見ていた。しばらくすると、翼にかかった木屑や落ち葉を掃うともに翼をはためかせ、そのまま空に浮かび、この森全体をくるり見回った。大体見え終えると、元の激突した箇所に戻って来た。竜は激突して地面が凹んでいるところへ爪をたてて耕して、土を盛り返し、元の状態であろう平地に戻した。その後、竜が何かをつぶやくと、自身の血を吸った地面が猛烈な勢いで荒れた土色を若々しい緑で埋め尽くした。その作業が終わった後に竜は少し寂しげな鳴き声を出しつつ天を見上げた。
それから長い年月が流れた。その中で竜は各地を飛び回り、動物、魔物達の生態、氷の大地や火を噴く山にだだっ広い海と様々な物を知った。だが本当にどうしようもなく知ったのは、自身の内にある孤独感だ。何とも言えない寂寥感が竜の思考を支配しようとする。これほど孤独が自身に重くのしかかるとは知らなかった。
実は自分と同じような存在達にも会ったが、何か悪意めいた感じが鼻につき、彼らと一緒にいることを拒んだ。こんな状態になるなら、あのどうしようもない嫌悪感を我慢し彼らと一緒に入れば、よかったかも知れないと少し後悔したまま、各地を転々としていた。
そんな時、最初に降り立った森である人間の子供が目についた。その子供はまだ幼く、黒い髪にいくつもの若葉乱雑についておりの体節々は擦り傷だらけだ。泣きじゃくってぐちゃぐちゃの顔になりながらも走っている。何かから必死に逃げているようだ。追っ手を見ると、人間の成体だ。手に槍のような鋭く尖った棒を持ち、大声出しながら子供を追っているようだ。
竜は何を思ったか、その子供をその尻尾ですばやく包み、自分の身体の腹側に隠した。子供はじたばたしているが、当然、竜には痛くもかゆくもない。そのまま、追手が通り過ぎるまで竜はじっと子供を隠し続けた。
追手が去り、子供を包んだ尻尾をゆっくりと自分の前に動かし、子供をいたわるように地面の柔らかい所に尻尾から離して置いた。子供は腰が抜けたのか、座ったまま目をぱちくりとさせながら竜を見ている。竜はその子供に自分の口を近づけた。子供は驚いて、少し体を引いたが、本気で逃げようとはしなかった。竜はその舌で子供を舐めた。子供はくすぐったそうに両目をギュっとしながらも抵抗せずにされるがままにしていた。すると、たちまちに擦り傷が癒えて赤色が全く見えないほどに正常な綺麗な肌色になった。
子供は自分のあちこちを見て、傷が無いのを確認して、驚いた様子で竜を見つめた。竜は満足した様子で、振り返って森の中に歩いて入っていった。途中で小動物や虫を踏まないように注意を払いながら、すたすたと巨体の割に軽快な動きで慣れたように歩いていく。
ふと後ろを振り返ると、さっきの子供がいた。竜が歩くと、子供も歩き、龍が止まると、子供も止まった。竜は翼を広げて、はためき飛びたとうとした。すると、子供は勘がいいのか悪いのか、すぐさま尻尾の先にしがみついた。竜は子供がしがみついたのが分かると、翼をはためきを止めて、尻尾の先を自分の目の前に持ってきて子供を見た。子供の目には、悪意めいたものはなかった。ただただ、純朴な好意を感じた。どうしてか竜はこれが拒否しきれずに、しばらくくっつくことを許した。
それから幾日も竜の側に子供はいた。竜が寝ると、子供も側で寝た。竜が木の実を食べると、子供も木の実を食べた。竜がぽりぽりと首を掻くと、同じように真似をして子供も自分の首を手で掻いた。
しばらく立つと、竜がちょうど木の実を食べる時間に子供が木の実を持ってきた。また、竜の寝床に柔らかそうな葉っぱを敷き詰めていた。竜がぽりぽりとすると、一緒になって木の棒を使って竜の首を掻いた。竜は別に痒くもなかったが、ただそれを受け入れた。
ある日、子供が風邪を患った。かなりの高熱で何をするのも億劫そうだ。だが、それでも木の実を持ってきた。竜の頬を木の棒で掻いた。しかし、体力の限界だったのか倒れてしまった。かなり苦しそうにうなされている。竜は、熱くなった子供をそっと抱き寄せ、その眼から子供の口に涙を落した。子供の顔よりも大きな涙だっため、鼻に入ったのか少し咳込んだが、子供の体内に涙が入っていった。すると、子供の顔が徐々に安らぎ、熱も平熱程におさまった。
竜はこの子供を介抱している自分に驚いていたが、ただそれを受け入れた。二人はこの日から共に暮らした。竜は子供に生きる知恵と自身の持っている精一杯の知識、戦いの術を、所々転々としながら教えた。子供は素直にすくすくと竜の元で育っていった。
時は経ち、子供が自分で生きていけるほどに成長したと見るや否や、竜は親離れの時期が来たと見て子供に十分に忠告をして人間の町に送り出した。子供はそれに従って、町に向けて出発した。
子供はその道中で「この世界をもっと知って、色々な事を体験しなさい。そして、成長したらまた会おう。それまでいってらっしゃい」と竜から送られた言葉を思い出していた。
これが、黒い竜の『アドル』を探す、子供の『ロクロ―』の冒険譚の始まりの一ページだ。