1-4 僕が見たもの
僕は睨みつけるように男のことを見た。男はもう目と鼻の先にまで近づいてきている。
加齢臭が鼻を刺す。
「隠岐くん?」
「この人が帰るまで、ここにいます」
「それは……隠岐くん。これは私の問題だから」
困ったような表情を浮かべる宮古さん。
そんな彼女を見て、男が僕の肩をど突いた。
「ほら。なぎさちゃんだって困っているだろ? とっとと消えろ」
男の体格は僕より明らかに大きい。僕はチビだから仕方がない。それでも、僕は男を睨みつけた。
「おじさん。宮古さんを待ち伏せしていたんでしょ? それは、立派な付きまとい行為だ」
「なに言っているんだ?」
「付きまとい行為は犯罪だ。おじさんは……ストーカーだ」
「ストーカーだと? 俺が、変態な犯罪者共と一緒だって言いたいのか!」
「そう――」
「黙れ!」
僕は答えを言い切る前に、喋れなくなった。強烈な痛みが、鼻を中心に広がっていく。
殴られるなんて、いつぶりだろう。思考がゆっくりになった頭でそんなことを考えていた。
「ガキの分際で、俺に説教するつもりか!」
ひるんだ僕の胸倉を、男が掴んだ。
息が詰まる。抵抗しようにも、僕の力では振りほどくことは到底無理だった。
「畜生。どいつもこいつも……!」
「ぐっ」
突き飛ばされた先には、固いコンクリートの道路が待っていた。
強い衝撃が脳みそを揺らす。
「成上さん。やめてください。このままでは、本当に警察を呼ぶことになりますよ」
「なんだよ! 最初の頃はあんなに優しくしてくれただろ」
「それとこれとは違います」
「なにが違うって言うんだ!」
もう、どちらが大人なのかわからない情景だった。
わがままな大男を、少女が懸命に諭していた。
「もうやめてください。いい加減終わりにしましょう! 帰ってください」
「大体あんたが、急に連絡を切るからいけないんだ」
「成上さん!」
「うるせえ!」
僕は声も出なかった。
宮古さんが殴られる。必死に立ち上がろうとしたけれど、僕の重い身体はすぐには動こうとしてくれなかった。
「あっ……」
少し鈍い音がした。
宮古さんの頬に、男の拳がぶつかる。宮古さんの身体が崩れた。
「み……宮古さん!」
僕の叫び声に、彼女は応えなかった。
代わりに、宮古さんはゆっくりと男を見上げた。
「なんだよ。その目は……」
「ごめん……なさい」
急にしおらしくなった宮古さんに、男の動きも止まる。
静寂と静止。まるで世界が止まったようだった。
「ごめんなさい。成上さん。あなたを、あなたを――」
僕は宮古さんの横顔を見ていた。その左頬は赤く染まっていた。しかし、彼女の瞳から涙が落ちることはなく、その表情は不自然なほどに穏やかだった。
殴られた後なのに、あんな顔できるのか。僕は少し恐ろしさすら感じたた。
彼女は、まるで我が子を抱いた母親のような表情を浮かべていた。
そして、まるであやすように、抱きしめるように言葉を口にする。
「あなたを幸せにできなくて。ごめんなさい」
サブタイトルはもう少しいいものを思いついたら変えるかもしれません。