1-3 僕のストーキング
「僕は何をしているんだ……」
僕は帰宅中の宮古さんの後ろを歩いていた。後ろと言っても、適度な距離を保つ。
彼女は歩いて登下校していた。たまにヤクザ……奄美さんと帰っているところを見かけるが、今日は別行動のようだ。
僕は正直不安だった。
心臓の裏側あたりが絞められている気分だ。ストーキングは二度とやらないと決めていたのに。
そんな葛藤する自分もいたけれど、冷徹なストーカーの自分もいた。
小中の時は地図を丸暗記していたけれど、学校周辺の地図は把握していない。いざという時に回避できる小道や交番の場所などがわからないのは不便だ。
僕はスマホで堂々とマップを確認しながら歩くころにした。こうすることで「ここに行きたいんだけど、迷ってしまった」という言い訳が立つ。
そんなストーカーとしての自分がまだ残っていることに心の底から嫌悪感を覚えた。
宮古さんを後ろから観察してみる。
無造作に伸ばされた髪はちょうど肩のあたりでバッサリと切られている。制服のブレザーは誰かからの貰い物らしく、サイズが1回り大きく、他の新入生より年季が入っている。
痩せ型で、身長はチビだと言われる僕よりも低い。
歩きスマホやイヤホンで音楽を聴くこともせずに黙々と歩いていた。
彼女のあとを尾行して20分。川の流れる音が聞こえてきた。
この先は丁字路になっていて、川に沿って道が横に伸びているらしい。
その時、ふと青い鳥が川から飛び上がった。
宮古さんがちょうど丁字路の手前で足を止めて、それを見上げる。
彼女の穏やかな横顔が目に映った。
僕は一瞬見惚れてしまい、すぐに我に返って焦った。しかし、彼女の視界がこちらを向くことはなかった。
彼女が再び歩き始めた。丁字路を右に曲がって、そのまま消えていく。
僕も歩みを止めることはなかった。
でも、罪悪感で胸が押しつぶされそうだった。ストーカーが発覚して、糾弾された時のことを思い出していた。
彼女に辛い想いをさせたいのか。
あの穏やかな横顔を泣き顔にしたいのか。
僕は悩みながらも歩き続けた。歩き続けるしかなかった。
丁字路を曲がろうとした瞬間――
「待てよ!」
突然、男の叫び声が僕の鼓膜を振動させた。
思わずびっくりして立ち止まる。そして、誰かとぶつかった。
「すいません……」
反射的に謝罪の言葉が口から出る。
「あ、あれ?」
「え……」
ぶつかってきたのは今までずっと見ていた後ろ姿。
僕よりも少し背が低い女子高生。
「あれ、隠岐くん?」
「み、宮古さん」
ぶつかったのは――宮古さんだった。
「あ、み、宮古さん。なんで――」
僕はなんとか言葉を口にした。宮古さんも僕の存在に驚いていた。
「なんでって、隠岐くんこそなんで……」
動揺した様子を見せたが、宮古さんの視線はすぐに僕から丁字路の先へと移った。
「ん? 誰だよ。テメェ」
見ると、30歳くらいの男が立っていた。シワの寄ったワイシャツを着ていて、髭はここ数日剃っていないようだった。
男はジワリジワリと僕らに近づいて来る。
「ちょっとその子に大事な用事があるんだよ。用がないならとっとと帰れよ。ガキが」
「帰るのはあなたですよ。成上さん」
宮古さんが穏やかな口調で語りかける。
「なんでだよ。いつもみたいにゆっくりおしゃべりしようぜ」
「それよりも家に帰って、奥さんと話した方が良いのではないでしょうか? まだお仕事をお辞めになったこと、話していないのでしょう?」
「なんだよ。さっきから他人行儀みたいな口調で話しやがって……」
宮古さんの丁寧な口調には、確かに相手を遠ざけるような冷たさが含まれていた。
「隠岐くん」
「み、宮古さん?」
明らかに話から取り残されていた僕に宮古さんが話しかけてくる。
「ゴメンね。隠岐くん。ちょっと物騒なことになるかもしれないから帰って。また明日、学校でお話ししよう」
「だ、大丈夫なんですか?」
「うーん。あの人は……大丈夫じゃないかもしれない。でも、私は大丈夫だよ」
大丈夫。そう言って彼女は笑ってみせた。
でも、その笑顔はなぜだか泣いているように見えた。
なんだかハリボテみたいな笑顔だ。今にも崩れそうだった。
その顔を見て、僕はここを……彼女の近くを離れてはいけない気がした。