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あなたを幸せにできましたか?  作者: 一ノ瀬 スグナ
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4-1 宮古と笑顔

 7月8日。金曜日。天気は晴れ。

 コンクリートで舗装された道路にはもやもやとした陽炎が揺れ、グラグラするくらいの強烈な日差しが僕に降り注いでいた。


「来週の今頃には期末テストが終わって、七夕燃やしだな」

「ふふふ。七夕送りだよ。浜音ちゃん」

「あ、そうだったか」


 僕はいつものように帰り道を歩いていた。

 でも、朝のことがなかったわけではないし、忘れたわけでもない。

「わからないなら、わからないままでいいよ」

「私の事信じてくれてないんだね」

 宮古さんの言う通りだ。

 僕は勘違いしていただけだ。本当は宮古さんのことをなにもわかっていないのに、わかっているつもりになっていた。

 宮古さんを勝手に信じていた。宮古さんがどう考えているのかも、よくわかっていなかったくせに。


 でも、

 なぜだろう?

「違う」と叫びたい自分がいる。

 宮古さんにも自分自身にも「違う」と叫びたい自分がいる。

 でも、僕はどうしたらいいかわからない。今はただいつも通りを演じて、自分の矛盾を誤魔化していた。


「宮古は勉強はかどっているか」

「うん。まぁまぁかな。今回は科目数多いから大変だよね」

「そうだよな。なにより生物のワーク提出がなぁ。ああいうの性に合わないんだよ。隠岐はもう終わったか?」

「え、あ、うん」

「お前はああいうのマメにやりそうだもんな」


 奄美さんはため息を吐き捨てて、ココアシュガレットを取り出した。宮古さんは大好きというほどでもなかったらしくて、最近は奄美さんだけが咥えている。

 宮古さんは奄美さんのことも「幸せ」にしたかったのだろう。

 僕がストーカーになることを許した理由も「幸せ」と言っていた気がする。

 彼女は誰かを本気で幸せにしたいと思っている。

 でも、それで宮古さんが本当に幸せになれるのだろうか?


 僕はストーカーだ。

 僕のストーキングが人の心を傷つけた。

 僕は宮古さんをストーキングした。

 僕以外のヤツも宮古さんをストーキングしていた。

 そんな状態だったのに、本当に宮古さんは傷ついていないなんて言えるのか?

 いや、本当は傷ついている。

 ただ、そんな傷はどうでもいいと思っているだけで――。


「隠岐。どうかしたか?」

「え? いや、なんでもないよ」

「そうか? 今宮古のことジッと見ていたろ」

「そ、そうだった……? ごめん」

「私は別に気にしてないよ。隠岐くん」


 宮古さんはそう言うと奄美さんとの会話を再開した。

 とても幸せそうな笑顔で……。


 ――ずっとその笑顔のままでいればいいのに。


 宮古さんと別れてからも、ずっと彼女のことを考えていた。

 でも、どんなに考えても、結局堂々巡りになってしまっていた。


「おい、隠岐」

「……」

「隠岐。聞こえてんのか?」

「え、あ。ごめん。何の話だったっけ?」

「なんとなく声かけただけだよ」


 奄美さんは呆れた表情で僕を見下げる。


「どうしたんだ? 連中に殴られて、頭でも打ったか?」

「いや。殴られてはないから」

「連中のことは前々から目障りだったが……。ウチらに手を出すとどうなるか教えてやろうか……」

「ちょ。ちょっと待ってよ。そんな物騒な」

「本気じゃないって。昔のノリだよ」

「昔って?」

「そりゃ、まぁ……あれだよ、暴れていた頃」


 奄美さんのことだって、本当は何も知らない。妹さんのことをたまたま聞いただけだ。


「ねぇ。奄美さんって不良だったの?」

「ウチが不良だったら、なんだってんだよ」

「ううん。別に。優しい不良だったのかなって」

「優しい不良? お前なぁ。こう見えてもそこそこ有名だったんだぞ。武勇伝とかあるし」

「本当?」

「な、なんだよ。ほんとだぞ、ほんとにあるぞ」


 ちょっとすねた奄美さんの表情が面白くて、つい笑ってしまった。

 そんな僕を見て、彼女はニッと笑った。


「ようやく笑った。隠岐」

「え、あ……ごめん」

「悪いなんて言ってない。なんか知らないけど悩んでいるみたいだったからさ、ちょっと心配しただけだよ」

「うん……」

「あ、また元の顔に戻ってる。なんか上手くいかない時は体を動かした方が良いんだよ。別に走れとか言っているわけじゃなくて、顔の表情を動かすのもいい。そうすると多少は肩の力が抜けるってものさ」


 黙り込んだ僕の肩を、奄美さんが優しく叩いた。僕にはそれが背中を押してくれているように思えた。


「ねぇ、奄美さん」

「なんだ?」

「奄美さんって宮古さんの事どう思う?」

「宮古? あいつは優しいヤツだよ。ただ優しさの使い方が下手だけどな」


 そう。彼女は優しい。他人に優しすぎる。


「僕は……宮古さんは何かおかしいと思う」

「は?」


 奄美さんが怪訝な顔をした。


「奄美さん。実は宮古さんを庇ったのは、宮古さんが避けないってなんとなくわかったからなんだ」

「なんだそれ?」

「宮古さんは自分のことを投げ捨ててまで、他人を幸せにしようとしているんだ」


 その時、ちょうど公園を通りかかった。

 話しをするならゆっくり話そうと奄美さんが言って、僕もそれに賛同した。

 ベンチに腰を下ろす。今日は子どもたちがいないせいか、公園は静寂に包まれていた。頭上にある大木の葉が揺れる音だけがかすかに聞こえる。


「僕は――宮古さんにはもっと自分を大切にしてほしいと思う」


 僕はどこから話していいかわからずに、手探りで話し始めた。


「今まで宮古さんが悲しそうな顔をしながら笑うところを何回か見てきた。普段の楽しそうな笑顔とは全然違う笑顔」


 慈愛に満ちた笑顔。まるで相手に寄り添って、包み込むような笑顔。

 でも、すぐにでも泣き崩れそうな笑顔。


「いつも他人を幸せにしようとして、自分を殺している時だった。自分は傷ついているのに、笑って誤魔化しているんだ……。宮古さんは言っていた『他人を幸せにすることが自分の幸せ』だって。でも、それで宮古さんは本当に幸せなのかな? 僕は……あんなに傷ついている宮古さんが幸せだなんて、そうは思えないんだ」


 言葉を一度区切った。急に気まずくなって、ずっと黙っている奄美さんの方を見る。奄美さんは驚いた様子でこちらを見ていた。


「隠岐」

「なに? 奄美さん」

「お前、宮古のことになるとめっちゃ話すんだな」

「え? そう?」


 奄美さんは僕の問いに頷く。なんだか少し恥ずかしかった。


「まぁ。言いたいことはわかったよ。確かに宮古は――特に体育祭の前、あいつが妹みたいにしてくれていた時はいつもと違う表情になることがあった。ウチは勝手にお釈迦様みたいだと思っていたけど」

「そうだったんだ……」

「それに気が付いたのも、なんだかんだ言ってちゃんと宮古と話してからだけどな。隠岐はほんと宮古のことをちゃんと見ているよな」


 ストーカーだからね。と心の中で呟いた。


「奄美さんは、どうしたらいいと思う?」

「本当に隠岐の言う通りなら、ウチのやることは1つさ」

「どうするの? 宮古さんを引き止めるの?」


 僕にとって現状の答えはそれだけだった。彼女が傷つくのを止めたい。

 でも、奄美さんは違った。

 突如立ち上がり、拳を握りしめる。


「いいや。ウチは宮古を守る。宮古が傷つくようなことがあったら、ウチが助ける」


「守る……?」

「宮古は他人を幸せにすることが幸せなんだろ? だったらその途中で傷つかないように守るさ。だって、あいつはウチの大切な仲間だからさ」


 奄美さんの言葉に、僕は初めて自分の身勝手さに気付かされた。

 宮古さんの言葉は嘘だと、そんなわけないと決めつけていた。

 危険な目に遭わないように、宮古さんのことを止めさせることを考えていた。

 でも、それは宮古さんにとっての幸せを奪うことでもあるんじゃないのか?

 そう。僕は「宮古さんの幸せ」を信じていなかった。


「まぁ、まだお姉ちゃんぶっているだけかもしれないけどさ」


 奄美さんはそう言って、再びベンチに腰を下ろした。


「僕は――宮古さんが傷つかなければいいと思っていた。宮古さんの幸せなんて考えもしなかった」


 ――わからないなら、わからなくていいよ


 あんな言われ方しても仕方がない。わかろうとすらしていなかったのだから。


「僕は自分の考えを宮古さんに押し付けただけだったんだ」


 僕は奄美さんのように強くはない。宮古さんを守ることすらままならない。

 このまま何もできないままなんだろうか。

 今のように黙り込んで、宮古さんが傷つくところを見ているしかないのか。


 悩みこむ僕のことを、奄美さんは不思議そうな顔で見ていた。


「なぁ隠岐。お前は結局のところどうしたんだ?」

「どうしたいって……それは……」

「隠岐が宮古のことを心配しているのはよくわかったよ。でも、そうやって悩んでいるお前を見ているとさ、なんかただ心配しているだけじゃなくて、もっと別の気持ちがあるように思うんだよ」

「僕自身の気持ち……?」

「今、自分の気持ちを押し付けているみたいに感じているのは、その自分の気持ちがちゃんと見えてないからじゃないか? それは宮古に対してかもしれないし、自分に対してかもしれないけどさ」


 僕はどうしたいんだろう?

 僕は何を宮古さんに望んでいるんだろう?

 脳裏に宮古さんの色々な表情がフラッシュバックしてきた。


 ストーカーに殴られた後の表情。

 僕のストーキングを許したときの表情。

 喫茶店で浮かべた悔しそうな表情。

 奄美さんに甘えるような表情。

 不良に手を伸ばした表情。

 今朝部室で見せた表情。


 そして――

 いつもの晴れやかな笑顔。


「僕は宮古さんの笑顔が見ていたいんだ。だから、宮古さんにずっと幸せでいてほしい」


 僕が呟くと、奄美さんが僕の頭をガシガシと撫でた。


「見つかったみたいだな。自分の気持ち」

「でも、この気持ちだって宮古さんにとっては押し付けのままだよ」

「隠岐は真面目だな。いや、真剣って言うべきか。悪いけど、ウチにはそこから先はわからない。でも、やり方はこれからいくらでも考えられるさ」

「そうだね。ありがとう奄美さん」

「ウチに協力できることがあったら、なんでも言えよ」


 僕らは立ち上がって、公園を出た。

 駅に着くまで、僕は終始黙り込んでいた。


 奄美さんの言葉のおかげで、僕は一歩踏み出せる気がした。

 でも、まだ足りない。根本的なところが変わっていない。そう。このままだと、身勝手な自己満足には変わらない。

 どうしたらいいんだろう……。


 夏の暑さは夜になっても冷めない。

 家についてすぐにクーラーを入れて、冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出した。

 一杯飲んだけれど、疲れや眠気が取れた気はしない。カフェインに慣れてしまっている。


「コーヒー……」


 ふと、喫茶店のことを思い出した。

 僕にストーカーを許した理由を聞いて、宮古さんは僕のことを勘違いしていた。

 僕の事情を知らなかったんだから仕方がない。

 せめて僕に確認してくれればなぁ……。


 それを思い出したことをきっかけにして、僕はこの短い数か月間を改めて振り返ることにした。

 ちゃんと自分と宮古さんに向き合うために。


奄美さんは隠岐にとって必要不可欠な存在だと思います。

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