3-3 七夕と衝突
翌日。
教室に着くと、奄美さんが教室にいた。
「よう。隠岐。昨日は大変だったな」
「あぁ。うん。まぁね」
「しかし、宮古のことを庇うとは、お前の心にも漢があったってことだな」
奄美さんは満足そうにウンウンと一人うなずいている。
「宮古さんは?」
「宮古? さぁな。カバンはあるから、学校には来ているんだろうけど」
「そっか」
昨日のこと、宮古さんがどう思っているのか気になっていたのだ。ただ、いないのなら仕方がない。
僕は宿題だった調理のレポートを家庭科室に提出しに行くことにした。
「それって今日までだっけ?」
「違うよ。でも、早く出した方が良いと思って」
料理なんて大してしないから、適当な炒飯のレポートになってしまった。
朝の学校は不自然なくらいに静かで、特に家庭科室のある廊下には人影1つ見えなかった。
ふと、カソウケンの部室、第二家庭科準備室の方に人の気配を感じた。
音を立てて扉が開く。僕は思わず曲がり角に身を隠した。
中から人影が現れる。
金髪の男――僕が昨日倒した男だった。
ドンッ!
壁に穴が開いたんじゃないかと思うくらいの大きな音が廊下を響いた。
男は壁を殴って吐き捨てるようになにかを呟くと、そのまま階段の方へ消えていった。
僕は嫌な予感がした。
急いで部室のドアを開ける。
「宮古さん!」
「ひゃわぁっ!」
案の定、ソファーには宮古さんが座っていた。彼女のワイシャツが不自然に乱れている。
「なんだ。隠岐くんか。ビックリさせないでよ……」
「ここで、何しているんですか」
「うん? ちょっと相談に乗っていたの」
「あの男の?」
「廊下で会ったの? 能登 竜二さん。三年生だって」
「それでどうしたんですか。何もなかったわけじゃないんですよね」
僕の語尾は徐々に強くなっていた。なのに、宮古さんは変わらずへらへらしている。
「えへへ。怒らせちゃった。難しいね」
「相談ってなんでそんなことを……」
「別に。昨日の話の続きを話していただけ」
「幸せの話ですか?」
「うん。そうだよ――ねぇ隠岐くん。ちょっと向こう向いていてくれない。下着直したいから」
僕は壁の方を向く。それでも、宮古さんを問い詰めるのは止めなかった。僕の中で何かが沸々と煮えたぎっていた。
「あの男を、本気で幸せにしたいと思っているんですか?」
「そうだよ。他人を幸せにするのが、私の幸せだから」
「だとしたら、人を選ぶべきですよ。なんでまたあんな男に……。また殴られていたかもしれないのに」
「うん。でも、大丈夫だよ」
「なにが大丈夫なんですか? 殴られて大丈夫な人間なんていないですよ。どうして宮古さんは自分のことをどうでもいいみたいに言えるんですか!」
「だって、どうでもいいから」
表情が見えなくても、その言葉を本気で言っている気がした。
宮古さんの声は冷たく、感情がこもっていないただ淡々と事実を述べているような声だった。
その声が僕の心をかき乱していた。
「僕、納得いきませんよ。宮古さんが殴られたり、奄美さんの妹を演じたり……それで宮古さんは幸せなんですか?」
「言ったでしょ。他人を幸せにすることが、私の幸せなんだよ。隠岐くん」
「そのために宮古さんが傷ついてもですか?」
「私、バカだからこれくらいの方法しか思いつかないんだ」
ハッとして振り返ると、宮古さんは僕のすぐ後ろに立っていた。
「隠岐くん。安心して。私は大丈夫だよ。私を信じて」
彼女と視線が合う。
数秒。
彼女の瞳が透き通っているのか、暗く濁っているのか、僕にはわからなかった。
何も言えない僕の横を宮古さんが通り過ぎていく。
「待ってください!」
僕は焦燥にかられて叫んだ。
そんな僕に彼女は一言だけ、
「隠岐くん。私の事信じてくれないんだね」