3-2 七夕と不良
翌日。事前の告知もあったからか、多くの生徒が短冊を書き込んで、笹に吊るしていった。特に明らかにウケを狙った短冊があり、それを見て楽しむ生徒もいたようだ。
放課後、静かになったテラスの笹を見ていると、宮古さんもやってきた。
「あ、隠岐くんも見に来ていたんだ」
「宮古さん」
「たくさん作ったかいがあったね。――あ、これとか見て! 『髪が生えますように 校長』だって」
「この学校の校長って禿てないないですよね……」
「そうだよね。もしかしたら違う学校の校長先生かもね」
「それはないでしょう……」
僕と宮古さんはしばらく短冊を見上げていた。僕が話のネタになりそうな短冊を探していると、ふと宮古さんが呟いた。
「七夕って色々な願いが飾られているよね……」
「え? そ、そうですね」
「この願いが叶ったら、この人たちは幸せなのかな?」
「それは――。願いが叶ったからって幸せになるとは限らないと思いますけど」
「だったら、この人たちはどうやったら幸せになれるんだろう?」
「……さぁ?」
「でも、幸せにできるんだったら、幸せにしてあげたいなぁ」
「宮古さん?」
「えへへ。なんでもない」
宮古さんの様子がどこかおかしい気がした。宮古さんはまっすぐに短冊を見つめていた。
なんて声をかけていいのかわからなくて、僕も黙りこんでしまった。
と、そこに大きな声が響いた。
「おいおい。なんだコレ。いつからこの学校は森になったんだ?」
「一本だけで森とか。くくっ。馬鹿じゃねえの? 」
金髪を筆頭に、緑や赤と鮮やかな髪色の男たちが現れる。
学校でたまに見かける不良グループだった。制服を雑に着た男三人組が近づいてくる。
「ほら。七夕だよ。七夕」
「あぁ。そういうことか」
この手の連中に絡まれてロクなことはない。
僕は宮古さんと一緒に静かに立ち去ろうとした。
しかし、先ほどまで短冊を見つめていた宮古さんの姿はすでに消えていた。
「短冊。書いていきますか?」
宮古さんは不良の前で短冊を持っていた。
「なに? これ書けって?」
宮古さんが差し出した短冊を金髪の男が受け取った。
男はそれを少しの間眺めると――バラバラに引き裂いた。結ばれたリボンを儚く宙を舞う。
「はっはっははー」
「クソ野郎じゃん!」
周りの奴らは大声で笑ったり、無残に散った短冊をスマホで撮ったりした。
「あぁ。手がすべって、破っちまったよ」
「そんな――」
「そうですか。安心して。たくさん作ってあるから」
僕の言葉を遮って、宮古さんは短冊が入った籠を差し出した。男がそれを奪い取って、宮古さんの頭上でひっくり返す。
「ひーひっひくそ笑える!」
「かわいそー」
「ごめんごめん。また、手が滑っちまった。ていうかさ。俺、お前みたいな誰にでも愛想良さそうなヤツ? 気に入らないんだけど」
僕はもう見ていられなくなった。あの男たちに報復してやりたいと本気で思った。
――でも、宮古さんの表情を見て、血の気が引いた。
穏やかな表情で、男たちを見ている。
あの表情だ。まるで何もかもを許しているような、慈愛に満ちた笑顔。宮古さんが何かを背負おうとするときの表情だ。
「なんだよ。テメェ。何笑っているんだ……!」
「あなたこそ、どうしてそんなに怒っているの?」
宮古さんがそっと男の方へ手を伸ばす。
「怒ることなんて、本当はないんでしょ? でも、素直になれなくて、どうにもできなくて、困っている」
「なっ……」
「ねぇ。いいんだよ。幸せになって。あなたは幸せになれるはずだよ」
“幸せ”
宮古さんはその言葉を再び口にした。
「おい。竜ちゃん。何ボーっとしているんだよ。そんなちんちくりんとっとと殴り飛ばしちゃえよ」
緑髪の声に、男が我に返った。
「わ、わかったような口きいているんじゃねえ!」
男が腕を上げた。
僕は宮古さんは絶対に避けないとわかった。あの男のやるせなさや鬱憤を全て受け入れるつもりに違いない。
迷っている時間はなかった。
「やめろ!」
僕は男に向かって、ぶつかりに行った。タックルという言葉には不釣り合いな弱々しいものだったけれど、不思議と隙だらけだった男は簡単に倒れた。
「竜ちゃん!」
「この野郎ッ……!」
取り巻きが近づいてくる。でも、標的は明らかに僕だ。これでよかった。
僕は安堵のため息と同時に殴られる覚悟を決めた。
「なにしている。お前ら!」
男たちの動きが一瞬止まる。騒ぎを聞きつけた教師陣が駆けつけたのだ。
体育教師を筆頭とする先生によって、僕と不良三人組は生徒指導室に連れ込まれた。
「こいつが竜ちゃんに飛びかかったんですよ」
「そうだよ。竜ちゃんはなんも手を出してないのにな」
「あぁ……」
不良たちは口々に金髪の男――竜ちゃんを擁護する発言をしていた。
しかし、当の本人は頷きながらも、どこか上の空だった。
「それで、どうなんだ。隠岐」
「おおむね彼らの言う通りです。彼が七夕の短冊を破り捨てたことに憤慨して、そこの男にぶつかりに行きました」
「破れた短冊があったのと、短冊が散らかっていたのはそのせいか」
「そうです」
それからは長い説諭と反省文を書かされて、ようやく解放された。不良たちはグチグチと文句を言いながら足早に帰った。
僕はホッと息を吐いた。外はもうとっくに日が暮れていて、宮古さんたちから先に帰ったと連絡が入っていた。
久しぶりの1人だけの帰り道。
その間、僕の脳裏には、宮古さんのあの表情が浮かんで消えなかった。




