3-1 七夕と短冊
七夕の準備は短冊の用意が主だった。
紙を裁断して、パンチで穴をあける。そこにリボンを結びつける。
そんな単純作業。
「隠岐君。そこにある紙を取ってくれ」
「はい」
でも、作業している間は部長と宮古さんと奄美さんがいて、狭いカソウケンの部室では会話もあった。
「隠岐。出来たヤツはまとめるから、こっちくれ」
「ありがとう。奄美さん」
「隠岐くん。これもよろしくね」
「わかりました」
そうこうしていると、真鍋先生が差し入れをもってきてくれたり、小豆先輩が生徒会の仕事か逃げてきたり、と色々なことがあった。
素直に楽しいと思える時間だった。
「よし。これで完成だ。みんなお疲れ様!」
一通りの作業が終わって、みんな伸びをする。今日は7月5日。一時は焦ったけれど、なんとか間に合った。
「みんな、七夕無事成功させような」
「でも、僕らが当日することって大してないんですよね。部長?」
「あぁ。そのことなんだけど……」
と、部長がなにかを言おうとした時、顧問の真鍋先生が部室に入ってきた。
「あ、作業終わったんだ。お疲れ様。みんな、がんばったね」
「真鍋先生。ちょうどいいところに……。結局、あの件はどうなったんですか?」
「そうそう! ちょうど今朝決まってね。許可が降りたの!」
真鍋先生は高らかに、そして嬉しそうに宣言した。
「今年は……七夕送り! 実施できることになりました!」
奄美さんが僕の脇を突く。
「おい、隠岐。七夕送りってなんだ」
「いや。僕も知らないです」
「私も知らない……」
「え、もしかして、みんなも知らないの?」
僕らの反応に先生も困惑している。
と、ここで大崎部長が1つ咳ばらいをした。
「本来の七夕送りっていうのは飾り竹を海や川に流すことを言うんだ。雑に言ってしまえば、願いを込めて捨ていたんだ。ただ現代ではそれができないから、燃やすっていう地域が多いみたいだけどね」
「さすが。御詳しいんですね。部長」
「う、うん。いや、そもそも家庭総合研究部ってこういう伝統行事とかについて研究する部活なんだけどなぁ……」
部長はやるせなさそうに苦い表情を浮かべた。
「あ、解説ありがとうね。大崎君。それでね。私が生徒だった頃はこの七夕って高校の一大イベントだったのよ。キャンプファイヤーみたいに笹を燃やしてね」
「先生。この学校の卒業生だったんですか」
「えぇ。そうよ。それで、七夕送りを楽しみにしながら赴任してきたんだけど、無いって言うじゃない。どーしよーと思っていたの。でね、今年校長先生が変わったでしょ? ちょっと相談してみたの。そしたら……」
つまり、先生の尽力によって色々と折り合いをつけることに成功したらしい。七夕送りの実施は期末テストが終わった日。つまり、7月15日とのことだ。
「それじゃあみんな。明日の設営もがんばろう。それとちょうど期末テスト一週間前ってことも忘れないように」
部長の耳の痛い挨拶で解散となり、部室から廊下に出るとちょうど夕陽が差し込んで眩しかった。
「うわっ。外明るいと思ったのに、もう6時半か。宮古。バイト大丈夫か?」
「え、あ、本当だ。ごめん。二人とも。今日は先に帰るね」
「わかりました。気を付けて」
「うん。また明日ね」
時計を見て、小走りで去っていく宮古さん。
「宮古さん。バイト忙しいみたいだね」
「そうだな。結構シフト入っているらしいから。それで、友達からの誘いも断っているみたいだな」
「そうなんだ……」
最近、部活が忙しいから、負担になってないといいけど。そんなことをぼんやり考えながら、家路についた。
そして、翌日7月6日の放課後。
家庭科準備室に集まった家庭総合研究部と生徒会の面々に向けて、顧問の真鍋先生が説明をする。
「今日は笹の搬入をします。校門まで竹川さんがトラックで運んできてくれているので、その先をお願いします」
「わかりました」
「いよいよだね。隠岐くん」
「そうですね」
楽しそうな宮古さん。心なしか僕の気分も高揚していた。
僕らの仕事は4、5本の笹を所定の場所に運んで、短冊を用意することだ。
カソウケンの一年生は中庭に続くテラスを任されていた。天井に届くくらいの笹を3人で運び、ポール立てに挿し込む。あとは短冊を置くための机を持ってきて、準備完了だ。
「そういえば、二人は短冊書いたか?」
「あ、書いてないや。どうしようかな……。隠岐くんは?」
「僕も書いてないです」
奄美さんが短冊とペンを渡してくれた。
「ちなみに奄美さんはなんて書いたの?」
「特に願うこともなかったからな。後輩の進路が決まるようにって」
「浜音ちゃん。後輩想いだよね。この前も相談に乗っているって言っていたし」
「ま、まぁ世話になった連中だからな」
僕の願いはなんだろうか。
願いなんて、短冊に書いたからって叶うわけじゃない。でも、今の決意を書くとするなら……。
「隠岐くん書けた?」
「はい」
「よかったら、見せてくれない?」
「いいですよ」
他人を信じられる人間になる
隠岐 景文
「うん。うん。いい願い事だね」
「宮古さんは?」
「私はこれ」
みんなが幸せになれますように
宮古 なぎさ
「えへへ。どうかな」
すこし照れて頬を赤らめる宮古さん。
いかにも彼女らしい願いだと思った。
「宮古さんって、好きですよね『幸せ』って言葉」
「幸せが嫌いな人なんているのかな?」
「まぁ、確かに幸せが嫌いな人なんてそうそういないですけど……」
でも、宮古さんは口癖みたいに「幸せ」という言葉を使っている。
その時に彼女はあの慈愛に満ちた……自分ではない誰かのための笑顔を浮かべている。
彼女にとって「幸せ」とはなんなのだろう。
僕は彼女の横顔を見ながら、少し考えていた。




