5話 月はまた昇る・・・1
「昨日は上之さん家でパーティだったんだよね? 楽しかっ……たかは聞かずとも分かるなぁ。何かあったでしょ?」
登校して早々、綾子は私の心情を顔色で察したのか昨日のパーティで起きた“何か”について聞き込んできた。
にしても顔に出るほど辛辣な表情をしているだろうか? それとも幼馴染みだから些細な変化が分かる、とか?
「あったよ、たくさん。私も何がなんだか」
「そっかそっか。相談のろうか?」
「んー……いや、今回は大丈夫。ありがと」
いつまでも綾子に頼るようではダメな気がしたし、今回の悩みの解決策は私なりにはもう出てるのだ。
話せば楽になるかもしれない。けど、どうせ話すなら由沙と話した方が悩みの解消にも繋がり、一石二鳥な気がした。
「んー、いい顔だなあ。成長したようでお姉さんは嬉しいよ、うん」
「お姉さん? どこのかなぁ?」
「は? あんたにはこの麗しい綾子様が見えないの!? ちょ、きょろきょろすんな!」
綾子が胸を張り手を腰に当てるが、いろいろと小さい。特に何がとは言わないが。言ったら殴られそうだし。
「いつもと変わらない綾子ちゃんしか見えないなぁ」
「許さん、末代まで背が150cm以上にならない呪いを掛けてやる! ……けど、こんな軽口叩けるなら余裕そうな悩みね」
「そうでもないけどね」
私も笑んで返すよう努める。正直なところ、私なんかより由沙はずっと傷付いてるのだ。それを考えると辛い。
由沙の選んだ独りで歩む道は、右も左も分からなければ道標もないのだろう。そんなのは茨の道だ。
私はそんな道を行く由沙をほおってはおけない。せめて、茨を断ち切る鋏となって一緒に歩みたい。
友達として、笑顔を見守る者として。
「続けるの? 友達」
「うん。そのつもり」
「ふーん……。今度さ、私にも上之さん紹介してよ。あんたが夢中になるのって珍しいからさ、ちょっと興味沸いたかなぁ。あ、別に無理にとは言わないけど」
「あははっ、今度聞いてみるね」
綾子をお供に加えるとしよう。さっきの例えだと、茨を焼き払う火炎放射器……といったところか。物騒だが心強そうだ。
そんな事を考えてニヤけていると、綾子に気味悪がられた。
・
放課後になり、私が一直線に向かうのは由沙の家だ。
会ってくれるかもわからない、通話も未だ取ってくれないにも関わらず私は由沙の元を目指す。
歩いている時間がなんだか惜しいと思い、走れる場所は走る。
一昨日通った道々を抜け、見覚えのある瓦屋根が目に入り足の速度を緩める。由沙の家だ。
久しぶりの全力疾走に頭がくらくらしている。
家の外観を見て気付いたが、今日は車庫に車があった。家族の人がいるんだろうなと察する。思えばまだ会ったことはない。だからといって今更、臆することもないのでインターホンを押し込んだ。――数秒後。
「はいはーい」
インターホンから声、ではなく門戸が開けられ人が出てきた。由沙に面影を感じたので母親、だと思うが若々しい。背丈も体格も似ていて、服をお揃いにすれば姉妹を名乗ってもバレないかもしれない。
「あの、由沙の友達の緒割ですけど」
「あ~、あの七恵ちゃんか。由沙と仲良くしてくれてありがとうね。でも……ごめんなさいね、由沙は昨日からずっと部屋にこもりっきりで」
“あの七恵ちゃん”というフレーズが気になったが今はそれどころではない。
「大丈夫なんですか? ご飯とかは」
「それは大丈夫よ。部屋の前にご飯置いてたら皿はキレイに空になるから。たぶんいじけてるのね。よく家族と喧嘩した時もあんな感じになるから。お友達とは確か、初めてかなー?」
「は、はぁ……」
なんだか母親の雰囲気からは大したことない状況のように感じたが、これは明らかに昨日の私たちに関係ある事柄だ。それは知ってるようだが、どこまで聞いてるのだろうか。
「あの、話してみてもいいですか!? 多分、こうなった原因は私たちにあると思うので」
「いいよいいよ、上がって。由沙も喜ぶと思うから」
へらへらと私を受け入れた、いまいち掴み所のなさそうな母親。頑固な石頭の人よりはいいが、これはこれで大丈夫なのだろうか?
そんな疑問はさておき「失礼します」と告げ由沙の母親より先に屋内に入った。由沙の部屋には一回入ったことがあるので場所に迷う事はない。
部屋の戸は閉じていて、しばらく立ち尽くしたが中からはなんの音も聴こえてこない。カギもないようだが、いつかのようにノックする。あの時との違いは、私の手に震えがないことだ。
「…………なに? もうご飯?」
「あのっ、七恵だけど」
「――――ッ!?」
最初の不機嫌さの混じった声は私を母親だと思ったのか、名乗った後は返事はない。動揺してるところが目に浮かんで、ちょっと気まずい。
「あの、由沙。入っていい? 話がしたい」
「い、いない! いないから入っちゃダメ!」
いやいや、その反応はいるよ絶対。むしろ突っ込み待ちのような気さえする。
けど、いきなり入るのも悪いし本心から嫌がってるなら入るべきではないのかな……。なのでドア越しに話すことにする。
「由沙、話がしたい」
「……今更、何を……」
「なんでもいいよ。あ、そうだ。綾子が今度、紹介して欲しいって言ってたよ。友達になりたいのかも――」
「なんでなのっ!?」
由沙の叫びが響く。しかし、その声は震えていて悲しみを帯びているように感じた。
「なんで、そんなに普通に話せるの? 私、あんなに酷いこと言ったのに!」
「うん……。いろいろ考えたけど、やっぱり由沙とはこのまま終わりたくないから。だから、話したくて来た」
しばらく沈黙の時が流れた。恐らくは私が来た事が予想外で、どう対応していいか思い付かないのだろう。
私も自身の行動が予想外で、その根幹に何があるのか知りたい面持ちでいる。本当に、ただ笑顔が見たいだけの理由で、ここまでの言動に走ったのか。少し疑問を持ち始めている。
「由沙、入るからね?」
応じる様子はなかったが、私は由沙が寂しがっているはず、という直感を信じドアを開けた。
ベッドの上で毛布にくるまってる塊が由沙だろう。顔も覆っていて表情はわからない。
私は、そんな由沙の近くに腰掛けた。ベッドが少し沈む。
「由沙、顔が見たいな」
そう言うと、みのむしのようにくるまれた毛布が解かれ、由沙が姿を表した。そして私の横に並ぶように座った。泣き明かしたのか目元は赤く腫れていて、鼻水を啜るような呼吸音が聴こえる。
「あははっ、目元が真っ赤だよ?」
「っ!? み、見ないでよ……」
由沙はプイッと顔を逸らしたが、毛布に逃げ帰るようなことはなかった。
何度目かの沈黙の時が流れる。昨日は喧嘩、のような別れ方をしたのだからぎこちなくなるのも無理ない。
「由沙、ごめんね」
「なんで、七恵ちゃんが謝るの?」
「昨日はちょっとショックで何もできなかった。すぐに否定できればこうはならなかったかもしれないから」
「そんなことないよ。私もどうかしてたし。……今みたいに頭冷やさないと、癇癪起こし続けるだけだったと思うから」
確かに昨日の由沙には余裕がなさそうで、ただただ辛い気持ちを振り払おうとして逆に余計辛くなってるように感じた。
「まだこんな私と、友達でいたい理由って……なに?」
「由沙は私みたいな友達は、もういらない?」
「そんな返し方……卑怯だよ」
「ごめん。けど、返せないってことは本当は友達と別れるの嫌、でしょ?」
由沙は無言で頷いた。その顔を見てるとじわじわ目が潤み出し、やがて涙が頬を伝い始める。
そんな由沙を前にすると、いてもたってもいられなくなり気付けばその細い身体をぎゅっ――と抱きしめていた。
驚かれたが、途端に肩を震わせ泣きじゃくり出したので背中に回した手で、ぽんぽんとあやした。泣き止ますつもりが、より泣かせてしまう結果になり失敗したかなと思う。
でもこれは、安心した証拠にも取れる。そうなら嬉しいな。