4話 決意と揺らぎ、繰り返しの中で・・・2
由沙宅には私が一番乗りだった。まあ、狙った一番ではあるのだが。
パーティと称するからには私や砂奈以外の友人も呼んでるに違いないので、由紗の友人と関わりのない私は後から参加するほどその輪に入りにくい雰囲気になるのだ。なので時間より早めに来た。
現在は私の他は一人しか来ておらず、砂奈はまだのようだった。
その一人はクラスメイトで、「緒割さんって由沙と友達だったんだね~」とか言われ「うん、まぁ」とか適当な相槌を返したりした。
由沙も会話には参加していて、電話で感じた元気のなさは消えており、どうやら私の杞憂だったようで安心する。
「あっ、そうだ。ちょっと手伝ってもらいたいのがあるんだ」
由沙が立ち上がり何かを思い出したように、ぽんと手を打つ。
「んー、なにかな?」
「食べ物とか飲み物の用意、できてなくて。自分でやれればいいんだけどねぇ、ごめん……」
少し表情を曇らせた由沙だが、私とクラスメイトAさん(名前を聞いてない)は顔を見合わせると、無言で頷き合った。咄嗟の阿吽の呼吸だ。
「そんなことかー、なんでも言ってよ」
「うん、準備なら手伝うよ。何が何処にあるか言ってくれれば」
「そう? 二人ともありがとう」
由沙の指示に従い、台所からお菓子や飲み物を運ぶ。由沙が一人で無茶せずに、頼ってくれたことを嬉しく思う。一人で準備しようとして、つまずきでもしたら一大事だ。
「由沙、何飲む?」
「お茶がいいかな。なんか、ごめんね。これじゃあ私が招待されてるみたいだね、あはは……」
「別にいいって。準備するのも楽しいよ。ね、緒割さん?」
「う、うんっ、そうだよ。気にしないで」
私とAさんがなだめる中、由沙は浮かない表情が拭えないようだった。気持ちは分からないでもないが、もっと由沙らしく明るく振る舞って欲しい。
それから程なくして、砂奈ともう一人が加わり参加者は全員となったようだった。砂奈とは目が合ったが特に何も言われなかった。嫌みな視線も感じない辺り、私には彼女が何を考えているか分からない。認めてくれたのかな……? いや、それはいくらなんでも。
私以外を主軸に会話に花が咲いていた。私は時々相槌を打つくらいで、無理して会話に入ることはない。友達だからと主張して目立つつもりはなかったし、いきなり私が会話の主導権を握っても他の三人が動揺したり気を使うのは目に見えている。
それにこうして由沙の笑顔を眺めていると、まるで学校の時の光景のようで懐かしい……と言ったら大袈裟かもしれないが近い感覚だった。
ゆったりとした時間が流れていて、こういうのも悪くないなと思う中、由沙がいきなり立ち上がった。小さく咳払いをするその姿に、皆がなんだろうと注目する。
「みんな、今日は来てくれてありがとね」
お礼の言葉だった。なんだかアイドルや歌手のライブによくある挨拶みたいだと呑気に思ったが、次の発言でその緩い思いは砕かれた。
「いきなりなんだけど、私と友達でいるのは、今日限りにしてほしいんだ」
「………………えっ……?」
唐突な発表に、脳の処理が追い付かない。というか脳がその言葉の理解を拒んでいるようだった。
周りの三人も困惑気味で、驚きを隠しきれていない。
「いや、いきなりすぎでしょう。私たちはずっと由沙と友達だよ? 今日までそうだったじゃん」
クラスメイトBさんの真っ当な発言にAさんも「そうそう」と同意しているが、砂奈は動じる気配がなかった。
「実はもう、目ね、ほとんど見えなくてメールとかも無理になったんだ……」
「えっ、それって……」
「今までは少しだけ見えてたからまだ余裕、あったよ。みんなと連絡取れるし、まだ繋がってるんだなぁって、思った。けど、いざ完全に見えなくなると一人じゃ何もできなくて……不安だけが大きくなって。みんなにはもう迷惑しか掛けれなくなったよ……」
「だから迷惑だなんて思ってな――」
「私は嫌なのっ!!」
今まで聴いたことのない叫び声。それは由沙から発せられていて、その表情は怒りと悲しみで歪んでいる。私たちは誰一人声を出せずに威圧されていた。
「私はね、みんなに迷惑を掛けるくらいなら友達でいたくないの。世話をされたり、気を使われたりが嫌なの……。最初のうちはみんな、いつも言ってくれるように気にしないかもしれない。けど日が経てば私と付き合うのは面倒になるはずだよ? 目が見えないから、みんなと同じ事は出来ないし遊ぶのにも気を使わなきゃいけない……」
由沙が何を言っているのか、よく分からなかった。でも下手に口を挟めない。どうしたら、いい……?
「後々ぎくしゃくするくらいなら今切ろうよ、縁をさ。私もそのほうが楽だし、みんなには私に縛られないで自由に過ごして欲しい」
その“みんな”の中に私は含まれているのだろうか? 私は由沙の目が悪くなり出してから友達になった変人だ。これからも友達でいるつもりだし大丈夫だろう。私には関係ない。
「ごめんね、怒鳴っちゃって。もう解散しよっか。片付けはしなくていいから。後でお母さんに任せるよ」
それから由沙は座り、お茶を飲もうとしたがコップをつかみ損ねて倒してしまう。
「あはは、何やってるんだろうねぇ」と力なく呟き、拭くものを手探りで探したようだが見つからない。そして代わりに拭こうとする者もいなかった。皆、どうしていいか分からないという風で私は見てられず、台所へ駆け布巾を手に戻る。
「あ、あの……由沙、これ――」
「七恵ちゃん? 短い間だったけど楽しかったよ。ありがとうね」
「………………えっ……?」
私はその無理矢理張り付けたような苦しい笑みを前に、その場に布巾を落としてしまう。
由沙が何を言ったのか、やっぱり理解できずに頭が真っ白になった。
・
気付いたら寒空の下にいて、由沙の家から離れていた。呆ける私たちを砂奈が先導してくれたような……気がするけど、ちゃんと覚えてない。
AさんとBさんはもう辺りにいなくて、視界には砂奈だけがいた。なんで私はこの人と歩いてるんだろう? 由沙のところに戻らなきゃ……。
「どこに行くつもり?」
「どこって。由沙のところに決まってる」
「あんなこと言われたのに戻るの?」
あんなこと――。思い出すと少し目眩がする。けど、今なら理解できた。信じられないことに由沙は、私たちと友達の縁を切ったのだ。
由沙があんな事を言い出すなんてあり得ない、という気持ちが強くてあの時は信じられなかったのだ。
「貴女は戻らないの?」
「由沙が決めたことだから」
「それでも友達なの!?」
「前は、そうだったさ。でも拒絶された。由沙は一人で選んだんだ。誰にも相談せずに、この道を。今更生まれた溝をなかった事になんか……できないでしょう? 会う度にさっきの件を思い出してお互い辛くなるはず……」
砂奈にとっても先程の光景はショックだったようで、私は投げつけてしまった失言に悔いる。
「けど、これは由沙が望んだことだ。私はこれからはもう関わらないことにするよ」
「そんなに簡単に割り切れるの?」
「簡単じゃないさ。私は由沙の目が悪くなってからずっと考えてきた。あなたにも忠告したよね? これからどう接していくかを。でも、遅からず遠からずこの結末になっていたんだよ。違いはどっちが先に離れるかだけで――」
砂奈の発言は理解できそうになかった。由沙の言葉は時間を置けば辛い決断だと分かったのに、今の砂奈の言葉はえらく淡白に感じる。まるで最初から決まっている数学の答えを述べてるかのような。そんな関係は本当の友達じゃない、と私は思う。
それに由沙があんな決断をしたのは、私たちの為を思ってのことでもある。由沙は本心ではきっと、寂しがっているはずだ。
もしそうじゃないとしても、もう一度話し合いたい。というか、そうしないと私が納得いかない。
「私、やっぱり由沙と友達やめるなんて嫌だ。諦めないから」
「…………そう。頑張って」
砂奈はきっと、私と同じ想いにはならない。由沙と関わることにもう未練がないんだ。由沙の言った言葉を肯定して、由沙との関係を諦めたんだ。本当は由紗の事を厄介だと思ってたのかもしれない……。
そんな事を考えてしまう自分の心が、汚れてるような気がした。
砂奈と別れ、由沙の家に急いで戻ってみたが、インターホンでの呼び掛けには応じず、スマホからの通話にも反応はなかった。