4話 決意と揺らぎ、繰り返しの中で・・・1
「ふーん、そんなことがねぇ」
お昼休み。私は綾子と中庭のベンチにて、昼食を食べながら土曜日にあった砂奈との出来事を打ち明けていた。綾子なら最初からいろいろ知っているし、一人で悩みを抱えるよりは良いかなって思った。それに本人も聞きたがっていたから丁度いい。
悪く言えば愚痴を吐くために利用してるとも取れそうだが綾子は、きっちり相談料ということで私のたまごぱんを奪ったので罪悪感は一切なかった。
「砂奈はそこまで深い仲じゃなかったかぁ。けど、それだと上之さんには頼れるような親友がいないような気がするけど、大丈夫なのかね?」
「大丈夫ってなにが?」
「多分、これから先みんな離れていくよ? それぞれ自分のやりたい事とか目標があったりするわけで、学校からいなくなって尚且つ目が見えなくなった上之さんと、このまま友達で居続けるのは難しいんじゃない? 冷たい意見かもしれないけど」
「うん……、そうかもしれない」
「けど、あんたは何故か目のことを知った上で友達になった見上げた若人よ!」
大袈裟に高らかに、称えるように発言したウザめな綾子を睨む。周りから変な目で見られる言動は避けてほしい。恥ずかしくないのだろうか?
「まあ、なんだ。悩む必要ないんじゃない?」
「は…………い?」
軽く、一言でそう締め括られかけて納得がいかない。私は休みの間ずっと悩んでいたのに。
「七恵は目のこと知ってて、友達になったじゃん?」
「うん」
「で、今はどう? やっぱり友達は無理そう?」
そんなことない、と私は首を横に振った。まだまだ由沙のことが知りたいし、笑顔をもっと見せて欲しい。これからも会いたいし、話をしたいとは思う。でも――。
「私はよくても、由沙……上之もそう思ってくれてるかわからないし、砂奈が言うように本当は迷惑だったらって考えると、怖い……」
「これから先、目が見えることを羨ましがられたり、力になれないことが出てきたり、上之とすれ違いが起こるかもしれない――。とか思ってる?」
「……! う、うん」
なんでわかるのだろう。私はやっぱり顔に出やすいタイプなのかな? 私はたまに綾子が大人びて見えたりするけど、何を考えてるかはまでは分からない。この差はなんだろう?
「まだ、知り合ったばっかなんだし不安があるのは分かるよ。上之さんが仕方なくあんたに付き合ってると思う?」
「……思わないけど、本心は分からない」
「初めはそんなもんでしょ。ていうか人の本心なんてそうそう分からないから。私もあんたが上之さんにこだわる理由、知らないし――」
それは知られたら困る。自分でも変な理由だと理解してるから。
「――あんたも私の本心わからないでしょ?」
「う、うん。分からない、けど……?」
「だよねー。まぁ、今のまま少しづつでも仲良くなればいいと思うよ。誰かに否定されたからって焦るのは良くない。七恵はしっかり上之さんのこと考えてはいるんでしょ?」
「その、つもりだけど」
「ならそんなに悩むことはないよ。先が思いやられるなあ! あはははっ」
何故か強制的にお悩み相談は終幕したようで、「いつものように頑張れ」と肩をばしばし叩かれた。
悩まずにこのままでいいとの結論だが、本当にそれでいいのだろうか? いまいち締まらない答えに拍子抜けした気分だ。けど、話すと気は楽になるもので、気持ちの整理はできた。
砂奈の言葉を鵜呑みにして考えすぎていたという事、自分で接して感じてきた由沙を信じきれなくなっていたという事に気付いた。
こんなに簡単に自分が揺らいでしまっては、由沙に対して申し訳ない気分になる。今からでも私は、私が信じる由沙を信じぬいてみよう。そう心に誓った。
ベンチに掛けてる時間が長く、そろそろ授業の始まりを告げる鐘が鳴ろうかという時だった。私は、その声に冷水を掛けられたような衝撃を感じる。
「緒割さん、こんなところにいた」
一昨日ぶりに聴く、その棘のある感じの声は砂奈だった。口ぶりから察するに私を探していたようだが、もしかして因縁でも付けられるのだろうか?
「明日、暇な時間ある?」
「…………えっ?」
「由沙が、明日の祝日にパーティしたいから緒割さんにも声かけておいてって、伝えるよう言われたの」
因縁、ではなく由沙からの伝言だった。わざわざ砂奈から伝えさせたのは何か意図があるのだろうか? もしかして、あの時見られていた――……とか? いや、それはない。
「じゃ、話はそれだけよ。無理に来なくてもいいから――」
「私は呼ばれてないのー!?」
「ん? あなたは……特には話に上がらなかったけど」
綾子が何故か残念がる中、砂奈は踵を返し校内へと戻って行く。その背中を見て私は、何か言わなきゃいけないような衝動に駆られる。
自分の意思も伝えてないし、思えばあの日から言われっぱなしのままだ。今なら臆することはない。が、少し怖い。でも……。
「わ……たし、は――」
声が震えて掠れる。その声はか細く砂奈に届いていない。
深呼吸。息を吸って、吐く……。そして息を吸う、大きく――!!
「私はっ――! 明日行くから! 逃げないっ! これからも由沙とっ、友達でいるつもりだから!」
おもいっきり吐き出した声に、砂奈は足を止めて振り返っていた。その顔は驚きに満ちていたが、それも一瞬ですぐにまた校内へと歩き出した。私はその一瞬でも一矢報いたような、そんな心地がして気分が高まった。
「よく言えたじゃん! でもさ……、さっきの私より注目されちゃってるけどね~」
「あっ…………」
周りの視線に恥ずかしさも感じたが、それよりも宣誓じみた決意表明を実行できた自分が、少し誇らしかった。
・
パーティ当日の朝。私は少し不安を感じていた。
というのも、昨日は由沙からメールの返信がなかったのだ。病院に行っていて気付いてなかったのかなとも思ったが、いくら待っても返信は来ず今に至る。電話もしてないので由沙の声を二日聞いてない。
それに私はパーティ開始の時刻を知らないのも問題だった。今更、砂奈に聞くのはなんだか気まずかったので、由沙からメールの返事待ちなのだ。
電話、してみようかな? さすがに起きてもいい時間帯だし、声を聴かないとなんでか落ち着かない。最近、毎日話していたからそう感じるのだろうか?
スマホを手に、登録先から由沙を選び通話を試みる。そういえば私から掛けるのは初めてだ。
数回のコール音の後、繋がった。
『はい、もしもし』
寝起きだろうか? なんだか元気がないような気がする。
「えっと、おはよう。由沙」
『あー、七恵ちゃんかぁ、おはよう!』
「ごめん、寝てた?」
『んーん、大丈夫だよー』
「そう? えっとさ、今日パーティするって砂奈から聞いたんだけど」
『そうそう、そうなんだよね。急でごめんね。退院祝いとかやってなかったなぁ、とか思って』
「うん、いいけど。その、時間って何時から?」
『一時くらいからだけど、あれ……聞いてない?』
「聞きそびれちゃってさ。けどうん、分かった。行くよ」
『ありがとう、待ってるね……』
「由沙?」
『えっ、なに?』
「いや、なんか元気ないような気がして……大丈夫?」
『ええっ? 大丈夫だよー! 寝起きだったからかなぁ? うん、ぜんぜん大丈夫!』
「……そっか。ならいいけど」
『うん、じゃあね。待ってるから』
「うん、また後で」
声の調子が、やっぱりいつもと違う気がした。トーンがほんの少し低いような? でも後で会うのでその時も元気がなければ原因を探ってみよう。
私は時間まで、由沙と今後どうしたら楽しく過ごせるかをいろいろ模索した。たまには旅行もいいかもしれないなぁ、なんて。美味しいものを食べたり温泉に入ったりとか、次々浮かんでくる。
由沙の笑顔を想像して一人にやけ面の私だった。