3話 芽生える想いは未だ・・・1
由沙と友達になってから早くも三日が過ぎていた。友達になった途端に始まった名前呼びは、最初こそ慣れなかったもののすぐに馴染んだ。親しみも沸きやすく、自然にそういうことができる由沙は伊達に友達が多いわけだと感心した。
あの日以降、病院には行けていない。翌日からはバイトが入っていて、つまり由沙の顔を見れてない。それでも、連絡先は交換していたので通話は毎日少しだけしていた。
今日も放課後はバイトがあり、今はちょうど帰り道を歩いてるところだ。すると――。
ピコンッ、と暇な時間を狙ったように連絡用アプリの通知音が鳴る。足を止めスマホを取り出すと由沙からのチャットだった。少し頬が緩んでしまう。
『退院したよ(^ω^)』
いつも先にチャットを送ってくるのは由沙からだ。私からだと、どのタイミングで何て送ればいいかさっぱりなので助かる。もしかすると察してくれてるのかもしれない。
『おめでとう』
短く返した。あまり長い文だと目が疲れるだろうと配慮した。文が思い付かないわけではない、断じて。
『かけていい?(´・д・`)』
『OK』
何故か由沙は、必ず最後に顔文字を付けてくる。こだわり……なんだろうか?
ほどなくして、着信音が鳴る。あまり聴かないメロディなので、チャット機能しか普段は使ってないんだなとこの間気付かされた。歩きながら通話に出る。
「はい、もしもし」
『七恵ちゃん? バイト終わった?』
「さっき終わったよ」
『お疲れさまだねぇ』
「ありがとう。それより退院、今日だったんだ」
『そうだよ。久々に帰ってきたらなんだか懐かしい感じがしたよ』
「懐かしいって、十日くらいだよね……?」
『それでもだよ。けど、やっぱり家は落ち着くなぁ。お昼寝五時間くらいしちゃった』
「そんなに……」
本当は顔を合わせて話したい。けど、これも由沙に元気でいてもらうための一環だと思えばなんでもなかった。声の調子から表情を妄想したりもするが、やはり実物でないと満足はできない。
『明日もバイト?』
「明日はないよ」
『じゃあ、うちこない? 土曜日だし休みでしょ?』
「そうだなぁ。砂奈たちは来ないの?」
『来るって言ってたけど……。やっぱり避けてるの?』
「避けてるっていうか、苦手? あんま合わない気がするんだよね」
確か砂奈はバスケ部で行動力があり、学校の行事も乗り気で参加することからクラスでは頼りにされる存在だった。クラス関係なく相談事も解決してるとかの噂も聞く。
私みたいに冷めてしまっていろいろ面倒がる人間とは逆の立ち位置にいると言ってもいい存在だ。
『それ、避けてるって言うんだよ』
「率直に言えばそうなる、のかなー?」
『そうだよ。過去に何かあったとか? 喧嘩とか』
「ううん、何もないよ」
むしろ、話すことで何か起きそうというか。多分私は怖いのだと思う、砂奈のことが。
何事も一生懸命取り組んでる者とそうではない者。向き合うとその違いを指摘されて否定されそうな気がしてならないのだ。実際に口や態度に出されなくても、私がそう感じ取りそうなくらいには砂奈がしっかり者に見えていた。
『何もないのに避けるって、やっぱり七恵ちゃんは不思議で変だなぁ』
「うん、ごめん……」
『じゃあ、お昼過ぎくらいに来たら? それくらいの時間には部活行くって言ってたから』
「わかった。あ、何か買っていこうか?」
『うーん、美味しいものがいいかなぁ』
「太るかもよ?」
『あーっ! 今日は七恵ちゃんがいじわるだー』
そのあと二人で笑い合い、少し雑談を交わして「また明日」ということで通話を終えた。この約十分間が日々のやり取りであり、それだけでも由沙のことで少しは分かってきた事がある。
まず、由沙は私の周りにはいなかったタイプの人間だ。言葉にすると難しいが、ふわふわした雰囲気で少し子供っぽいところがある可愛い系というか……。それでも私より社交性があるようで、経験からなのかあまり話したことのない私ともすぐに打ち解けた。すごい事だと思う。
それに由沙との会話は思いのほか楽しかった。通話の時間なんて物足りなく感じ、友達になって良かったかもなんて今は思える。あの時、綾子に出任せを言った自分と、由沙にそれを伝えた綾子には感謝の言葉を贈りたい。
それにしても、明日はどんな風に過ごせばいいんだろう? 楽しみなような不安があるような。なにせ、由沙は視力がほとんどないのだから。
いろいろ考えていると自宅に着いていた。
・
翌日は吹き付ける風が少し肌寒く感じた。本格的に秋に入ってるようで、早めの衣替えを済ませた人も道中ちらほら見掛ける。私もカーディガンを羽織り、由沙の家へと向かっている。
駅方面でお土産は買ったし、あとは教えられた住所に着けばいいだけなのだが微妙に遠い。3kmくらいの距離だが、駅からも離れていて電車を使ってもあまり時間的には変わりそうにないので徒歩だ。
にしても、由沙の家には当たり前だが初めて行くことになる。親御さんにも会うかもしれないし、由沙と友達として会うのも初だ。
友達といえば必然何かしらの交流……もとい、遊んだりするのが普通だが由沙とは何をすればいいのか? 昨日からその事ばかり考えているが、答えは出なかった。
映画も見れなければ、ショッピングに行くことも、スポーツだって難しい。けれど誘ったのは由沙の方で、もしかすると何か考えがあるかもしれない……。無責任だろうか?
考え事をしてると時間は早く過ぎるもので、気付けば目的地に到着していた。瓦屋根の一軒家、表札を確認してインターホンを鳴らす。
『はーい』と元気に応答したのは由沙だった。「えっと、七恵だけど」と返すと『おぅ、七恵ちゃん!』などと言い回線は切れた。そして玄関が開き、由沙が飛び出してくる。初めて見る私服姿だった。ラフで明るい感じの着こなしは似合うが、そこに気を取られてる場合ではない。
由沙は感覚に頼ってるのか杖なしで歩いていた。いくら自分の住み慣れた地形だからって――――あぶなっ!
やっぱり無理があったようで門でこけそうになった。あやうく私が抱き止めなければ痛い結果が待っていただろう。
「あっ、七恵ちゃんありがとう」
「もう、無理しないでよ」
「うん……」
「えっと…………なに?」
由沙はくっついたままの姿勢で私の顔をまじまじと見つめてるようで、恥ずかしいというか……近い。思わず目を逸らしてしまう。顔、赤くなってないかな?
「今日も七恵ちゃんはイケメンだなぁと思ってさ。行こ」
「んー? うん」
いまいち腑に落ちない。イケメンって男に使う言葉じゃないのか?
疑問もそこそこに由沙に腕を掴まれ家の中へ誘導される。杖は持ってないようなので、私は由沙がぶつかったりしないよう気を配りながら進む。
「ここが、私の部屋だよー」
「おじゃまします」
案内された部屋は由沙専用の一人部屋だろう。ぬいぐるみや可愛らしいクッション等で彩られ、ファンシーな雰囲気が漂っていた。私の質素な部屋と比べると差が開きすぎていて、心でも体現してるのでは? なんて思った。
「どうしたの? 座ったら?」
そう言われ、黙々とお部屋チェックをしてたことに気付く。
「じゃあ、座ろうかな」と由沙が前にしてるテーブルの対面に腰を降ろす。すると由沙がこちら側にすり寄ってきて、肩がぶつかって止まった。えっ……なんだろう?
「お土産あるのかな? さっきからビニール袋の音するよ」
「あー、あるよ。由沙って実は意外と食いしん坊?」
「乙女に対してそんな発言するなんて……。育ち盛りって言ってよ」
私の隣で頬をふくらませる由沙。それを尻目にテーブルの上にお土産を置いて広げる。独特のソース臭が漂い、今日のはすぐ分かりそうだと思った。
「由沙、お土産あるよ。何かわかる?」
「えっ、と。これは匂いとお箸でつついた感じでわかるよ。たこ焼き……だよね? けどなんで?」
「いや、美味しいもの希望されたし。また甘いものってのも芸がないかなぁ、と思って」
「そこは甘いものでいいんだよ、七恵ちゃん……」
何故か少し残念そうな由沙だが気持ちの切り替えは早く、お礼を言って「食べよっか」と言ってくれた。
そしていつかのように私の方を向くと、ねだるように口をあーんと開く。綺麗な歯並びだなと思った。
「私にまた、食べさせろと?」
「おねがーい」
「仕方ないなぁ」
たこ焼きは一つが大きめだったので、お箸で半分に割った。するとまだ温かいのか少し湯気が広がる。
火傷する熱さではないが、少し冷まして由沙の口へ運んだ。
「おいしい?」の問いに「うんっ!」と無邪気な笑顔で返され無意識に心臓が跳ねる。前の時もそうだが、これは私だけに向けられた笑顔なんだ。遠くから見てる時と比べるとより眩しくて尊いと感じ、このまま額縁に収めたいと思ってしまった。
「そういえば、七恵ちゃんはご飯食べてきた?」
「えっ、私は、軽く食べたよ」
「軽く? ちゃんと食べてないの?」
「そうなる、かな。前みたいに由沙が食べられないってなったら私が食べようかと思って」
お昼過ぎのこの時間帯だ。さすがに由沙もご飯後にこのたこ焼きを全ては食せないだろうなと予想はしていた。
「なるほどねぇ。今度は私が食べさせてあげよっか?」
「それはちょっと、遠慮しとくよ」
由沙に頼むと、右とか左、とか誘導しないといけない気がしてスイカ割りを連想した。失敗して顔に当たってソースの臭いが付いたり、化粧を整えるのは少し面倒だ。
なので由沙が満足そうに食べ終えた残りを、せっせと平らげた。
残ったごみをビニール袋に入れて片付ける。さて……。
これから何をするかをまだ閃いていない私は少し焦り気味だ。そして、無言になるのも変だし何か喋ろうと口を開きかけた時だった――。
「――――っ!?」
由沙が身体を傾けて私にもたれ掛かってきたのだ。私はその軽い身体を受け止め、どうかしたのかと心配になる。
しかし由沙は何も言わず、密着したまま頭を傾け私の顔を覗き込んだ。じっと見つめられ、玄関先でのことがフラッシュバックし顔付近の温度が上昇する。
由沙の表情には珍しく色はなく、やがて気が済んだのか顔を正面に戻した。だが体勢はそのままで、私は由沙の背もたれと化す。
由沙の体温を身近に感じ、鼻腔は由沙の髪の甘い匂いでくすぐられる。こうしてると、すごいドキドキして変になりそうだった。
しばらく無言でこの状況が続き、私は変な汗を掻かいてないかと心配になる。由沙もなんで何も喋らないんだろう? それを言ったら私も同じなのだが……。
そう思っていると、「ねぇ」と由沙が短く囁く。抑揚がなく、いつもより元気がないように感じる。
「なに?」
「私って、気持ち悪いかなぁ……?」
「えっ、どうしたの急に」
「こうして七恵ちゃんにくっついたりして……変かなぁ、って」
今の状況の事を言ってるのだろう。不思議ではあったが、そんな風には思わなかった。むしろこの状況にドキドキしてしまっている私の方が、気持ち……悪い、ような?
「しっかり見えないからかなぁ、時々すごく不安になるの。こうしないと本当に近くにいるのか分からないし、こんなになった私をみんながどう思ってるのか考えると、怖い……」
「私はここにいるよ」
「うん。わかってる……」
「それに由沙は――――」
由沙の今の表情がどうなってるのか分からない。だが、声の調子から強い不安と孤独に襲われていることは分かる。だから私はつい、由沙をぎゅーっと抱き締めていた。とにかく安心させてあげたい一心で取った行動だった。
「わ、わわっ、七恵ちゃん!?」
「大丈夫だから。私は由沙のこと、変になんて思ってない」
「…………うん、ありがと」
私たちはまたしばらく、お互いの体温を伝え合うかのように動かなかった。由沙は少しずつ安心してくれたのか、前後に身体を揺れ動かしてリズムを刻んでいた。それが心地よくて、眠ってしまいそうだった。